第48章| 高度に発達した産業医面談は遊びと見分けがつかない <1>おさかな天国

<1>



――――――――――・・・・・・月曜日。


 

青山一丁目駅の近くの待ち合わせ場所で集合したとき、現れた産業医の荒巻先生が自分の服を見せてきた。



「おはよう。今日は里菜ちゃんのために、お手本のオールブラックコーデにしてきたったわ。どや」



黒ブーツに黒パンツ。黒ジャケットに黒シャツ。全部が黒。

この前先生が言っていたように、それぞれが質感の違うアイテムで組み合わせられていた。



(私にファッションを教えるために、わざわざオールブラックコーデにしてきてくれるなんて、荒巻先生、気を遣ってくれたんだ・・・・・・・・・嬉しいな)



ブーツはマット黒で、ゴツいベルト付きのやつ。ボトムスは光沢感のある艶黒のピタッとした革パンツ。ジャケットは多分ウール素材だ。


そして一番目立つインナーは、黒地のタンクトップにUネックのカットソーを重ね着している。カットソーは網のような素材で、上から黒ガムテープを大きくHの字に貼り付けたような、凝ったデザインだった。



(鈴木先生のピシっと決まったネクタイ+スーツとは真逆のお仕事服ってカンジ・・・・・・でも確かに全身黒でも全然地味になってないし、荒巻先生のキャラには合ってる! )



「あっ。あの・・・・・・。その、魚取り網の上に高所作業用のハーネスを装着したようなデザインが、すごく個性的ですよね! 目を引きますし、良くお似合いだと思います! 」



「せやろ~。墜落ついらく転落災害てんらくさいがい防止! 高所作業ではショックアブソーバー付きフルハーネス型安全帯を着けてご安全に!! ・・・・・・・・・って、ちゃぅわぁッツ!! 」


荒巻先生がジャケットの前をバッと開いて、網シャツをピッと持ち上げた。


「これはなぁ。やなくて、“ソー”っていうんやで。んで、このハーネスベルトみたいなHラインがちょっと闇テイストでかっこええやろ? そして透け感の下にさりげなく見える、盛り上がった大胸筋の影・・・・・・ここが隠れポイントや」



「しっ、失礼しました!!! 昨日ちょうど、高所作業の安全管理を勉強していたので、つい・・・・・・」



(しまった・・・・・・荒巻先生が不機嫌そうな顔に・・・・・・。せっかくのお洒落に対して、私、無粋なコトを言っちゃったみたい・・・・・・汗)



「そか。まぁ、独特の表現で褒めてくれはるのはええけど、例えば俺ならこう言うわ。『今日の荒巻先生のお洋服。魚取り網とかけまして、高所作業用のハーネスととく、その心は・・・・・・? 』」



「そ、そのココロはっ・・・・・・・・・?? 」



「ととのいました!! 『思わず私も、ちゃいそう~! 』お題はととのったけど、ドキがムネムネしちゃって、脈がととのわへん☆ 」



「なるほど! 魚を、とハーネスのをかけて・・・・・・シャレてます!! 」



「せや。産業保健職にとって、言葉は商売道具であり武器なんや。そして人間は、自分のことをよ~く見てて、褒めてくれる人を好きになる生き物。相手に合わせた上手な褒め技術は、仕事にも恋愛にも応用できる沼らせテクでもあるねん。少しずつでええから、一緒に言葉遣いの魔術師マジシャンを目指していこうな! 」



「はい! 私も、これからはもっと、イケてるコメントができるように精進します!!  」



「あ、でもね、里菜ちゃんっ」

会話を聞いていた先輩保健師の持野さんが言ってくれた。

「『魚取り網をかぶって、上からハーネスベルトを装着したようなカットソー』って言ったほうが、説明としては的確で、聞いただけでどんなものか映像が思い浮かぶでしょう。だから荒巻先生に合わせて、無理にオモロい系保健師を目指さなくても大丈夫だと思う」



「ん。ま・・・・・・、確かに言われてみればこの服、魚を取るのにもよさそうやな。ほな、無人島でサバイバルするときは、この網でサカナぎょうさん獲って、キミらにもたらふく食べさせたるわ〜」


荒巻先生はそう言って、マイケル・ジャクソンのようなポーズを決めながら、鮮魚コーナーの定番曲『おさかな天国』をワンフレーズ歌ってくれた。



「ヨシ。現場へ行こか」


「は、はいッ!! 」



(・・・・・・荒巻先生って服装がビジュアル系ロックバンドのボーカルみたいだし、あんまり話したことなくて怖い人なのかと思ってたけど、実はお茶目で親しみやすい性格だったんだ・・・・・・)



荒巻先生が中小企業の社長さんに特別気に入られて指名を受けるのも、なんだかわかるような気がした。




――――――――――――――・・・・・・



荒巻先生、持野さんと一緒に初めて訪問する会社は『カイセンアパレル株式会社』という名前だった。主に既製服やオーダーメイドシャツ、ファッション小物などを作っている会社らしい。


社屋の一階は店舗になっているため、遠くからでも様子がわかるガラス張りだった。まだクリスマス気分には少し早い11月上旬とはいえ、ファッションの世界は先取りが基本なのだろう。ウィンドウディスプレイには小さなクリスマスツリーやリース、プレゼントボックス、リボンなどが飾られて、中心に置かれたマネキンは真っ白なダウンコートの下に、鮮やかな赤いニットを着せられていた。



3人で店に入ると、店員さんがすぐにこちらに気付いて上階を案内してくれる。

2階より上は事務所になっているようだった。


会議室に通される途中に会社ロゴがあった。その近くにもマネキンが飾られていて、紳士用のワイシャツや台紙に並べられた各種のボタン、レースなどが展示されていた。



「真穂ちゃん、今日は面談、何件やって? 」


「枠いっぱいの5件、入ってまーす」持野さんが答えた。


「面談が5件・・・・・・ですか!? 2時間で」


着席・挨拶だけでも2、3分はかかるのに、そんな早さで面談が終わらせられるのかな? と驚いた。


「そう。荒巻先生の産業医面談って大人気で、ひとり20分で5枠までOKにしてるんだけど、希望者が多いからほぼ毎回、満席御礼なの」


「社員さんのほうから産業医面談を希望して来られるなんて・・・・・・! 」



そう話していると、部屋に大柄の男性が入ってきた。


「一人目の面談者だよ」持野さんが囁く。



男性はアパレルメーカー社員らしく、長髪を後ろで一つにまとめていて、服装もカジュアル寄りだった。少しだけゆるっとしたサイズ感の柔らかそうな生地のグレージャケット、インナーには温かみのあるベージュのニットを合わせていた。


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