第43章|後日談 -鈴木風寿sideその2- <3>思わぬスイッチ(鈴木風寿の視点)
<3>
床から布団に足立を移動させてやろうとしたタイミングで意図せず肌が触れ、ふわっと髪のいい匂いがした。
酒の勢いでどうにかなるのは嫌いだ。
だけれども、このシチュエーションは色々考えてしまう。
薄暗い部屋に二人きり。ゼロ距離にある足立の小さな身体。
彼女の呼吸で肩が上下する気配まで、腕の中に感じ取ることができた。
「せんせ・・・・・・・・・・・・っ? 」
「ん? どした? 」
そのつもりはなかったのに、吐いた声は囁くような甘いトーンになった。
声を出してから、自分の中にもこうして誰かを可愛がりたい気持ちが隠れているのだと気付く。
普段は理性のタガでコントロールして、ほぼ完璧に抑えつけている感情だ。
誰かを愛したい。愛されたい。そんな気持ち。
「ふわァ・・・・・・・・・」
足立の顔を見ると、表情はとろんとしている。
目は閉じたままだ。おそらくまだ、意識は夢の中にいるのだろう。
「・・・・・・なぁ、自分で歩けないのか。世話が焼けるなぁ」
仕方ない。
足立を横にしたまま背中と膝を抱きかかえて持ち上げ、そうっと布団に下ろした。
耳元で足立が小さくつぶやいた。
「せ・・・・・・んせい。『切ない』って、、、なんのこと・・・・・・・・・? 」
「ん?? せつない? 」
「前に私が、体調崩して、こうして抱きとめてくれたとき、そう聞こえたから・・・・・・・・・」
「??? 」
しかし足立は俺に促されて布団に横になると、そのまま身体を丸め、くうくうと寝息を立て、また深く眠り始めてしまった。
「すー・・・・・・、すー・・・・・・・・・」
(・・・・・・。安心しきったような寝顔だ)
すやすや眠る足立とは裏腹に、高ぶった心臓がドクドク鼓動しているのが分かった。
もういい大人だ。
仕事関係の人間とは、絶対にこんな気分にならずにやり過ごせる自信があった。
だが・・・・・・、いまこのややこしい感情にスイッチが入ってしまっていること、彼女には決して悟られないようにしなければ、まずい。
熟睡している足立の居場所と距離を取り、壁にもたれて座り、心を落ち着かせた。思わず口元に遣った手の甲にかかる自分の息が、思ったよりも熱かった。
慎重に、慎重に。冷静になれ。固く目を閉じて息を吐く。
感情を沈静化させる目的を見失わないように呼吸を整えた。
しばらくそうして自分を抑えてから、さっき足立が言っていたことを思い出した。
――――――『切ない』? 俺、そんなことを、足立に言ったことがあるか??
足立の言っていた “前に私が、体調崩して、こうして抱きとめてくれたとき” とは、アルコール依存症の男性会社員、折口さんのことで言い合いになり、足立が発作を起こしたときのことを指しているのだろう。
どんな状況だったか・・・・・・・・・思い出してみる。
確かあの日、偶然、俺のカバンが倒れて、
『プクミン』のキーホルダーが床に転がった。その直後に足立が過呼吸になった。
あの時・・・・・・・・・俺は何を思っていた?
多分、花蓮を思い出していた。
心の病だった俺を救い出してくれた花蓮。
でも出会った日から花蓮は、決して友人以上の距離になってはいけない存在だった。
足立がアルコール依存症の折口さんと個人的にLIMEで連絡を取り、毎日のようにメッセージを送って励ましていることを強い言葉で止めてしまったのは・・・・・・・・・。
そういうやり方は、純粋に足立のためにならないと思ったから注意した。
でもそれだけじゃない。
精神の治療と個人的好意の境目が見えなくなり、いつまでも亡霊のように援助者を想ってしまう、自分のような哀れな男を増やしたくなかった。
「『切ない』。まぁ、言われてみれば、たしかに・・・・・・」
口に出しては言ってないと思う。ただ、俺があのとき感じていたこととは不思議と合致している。
カバンの中から『プクミン』のキーホルダーを取り出して眺めた。
時間と共に塗装が剥げてきている、この安っぽいキーホルダーの思い出・・・・・・・・・・・・・・・・・・
--------------------------------------------------------------------
――――――まだ、うつ病が治りかけたばかりくらいの、大学生のころだった。
花蓮と部屋で会う約束をしていた日、約束の時間が大幅に過ぎても彼女は来なかった。
心配していたら、一通のメールが届いた。
――――――「さっき車とぶつかっちゃった…いま大学病院。入院になりそうだから、勉強会キャンセルにして。ゴメン(´;ω;`)」
その知らせを見て、ガンと強く何かで頭を打たれたような感じがした。
――――――花蓮が、交通事故に遭った・・・・・・・・・!!?
『ヤバい』
三文字だけメールの返信を打って、俺はすぐさま外に飛び出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます