第7話

 


「殿下。殿下の名前をお呼びしても構いませんか?」

「え、うん。いいけど」

「それでは私のこともイザベラとお呼びください」


 翌日からイザベラは行動を積極的に開始した。まずはデイビッドとの絆を深める。それに着手。観劇のお礼の手紙を書き、また会いたいとさりげなく誘う。そうして絵画を見に行ったり、庭園でデートした。

 名前をお互いに呼ぶ方が親しみがあるとお願いしたり、ともかく積極的だった。

 それから数ヶ月後、彼女は次の段階に移ることにした。


「僕が王位?とんでもないことを言うね。君は僕の噂を知っているだろう?僕は食べること以外に興味がない」

「……私にもですか?」

「それは……」


 デイビッドはイザベラの質問に戸惑って、頬を赤らめるとそっぽを向いてしまった。

 こう言う時、彼女はデイビッドが可愛いと思ってしまう。

 記憶を思い出す前、彼を熊の人形に例えた。それは今も変わっていない。丸みがあって温かみを感じる。イザベラは純粋に彼に対して好意を持っていた。

 それなので時折カタリナの記憶と自分自身の間でイザベラは葛藤する。

 デイビッドが兄を尊敬し慕っている事は、言葉の端々から伝わって来た。それなのに彼女が考えている事はその兄を追い落とし、彼を王太子に押し上げる事だ。

 罪悪感で押し潰されそうな時、彼女は前世の王太子とその婚約者レジーナの高笑い、牢獄で受けた仕打ちを思い出す。そうすると怒りに支配され、罪悪感など何処かに行ってしまうからだ。


「兄上ほど王に相応しい人はいない。僕は何にも出来ないから、せめて邪魔にならないようにしたいんだ」


 デイビッドはそう言って色とりどりの星形の砂糖菓子から一つ選び、口に放り込む。彼の好みと聞いてイザベラが買って来たのだ。王族に渡すので何か間違いがあってはならないと店に自身で足を運んで購入した菓子だ。


「君もどう?ああ、あの時は当然口に放り込んでごめん。慌てていたんだ」


 ふと彼はイザベラと付き合うキッカケになった出来事を思い出したようだ。眉を少し下げ、困ったような表情になった。


「とんでもございません。お陰で殿下の婚約者になれました」


 デイビッドから王太子があの時のイザベラの行動を知っていたと聞いていた。油断がならないと、ドレスを掴む。そんな彼女の動作はテーブルの下なので、デイビットに気がつかれる事はない。


(慎重にしなければ)


 結局強く薦められて星形の砂糖菓子を口に入れる事になった。甘いはずのそれはイザベラにとってまるで苦く驚く。同色のそれをデイビッドが口に入れようとしたので慌てて叩き落とした。


(まさか、毒なんて混入できるはずがないのに)


「イザベラ?」」


 強烈な眠気が彼女に襲いかかる。

 心配そうな彼の顔を最後にイザベラは気を失った。


「医者を呼べ!イザベラは私は運ぶ」


 購入したのはイザベラだ。調べて毒だった場合罪に問われるのは彼女だ。けれでもそんな事もは構ってられなかった。

 デイビッドはイザベラを抱えて、別室に連れて行った。




 ☆


「心配するな。混ぜたのは単なる睡眠薬のようだ」

「どうしてそんな事を!」

「私の取り巻きの一人が計ったらしい。馬鹿な事だ。イザベラがお前に王位を唆してる事を知って、濡れ衣を着せて排除しようとしたらしい」

「兄上!僕にはそんな気は全くありません」

「お前の事はよく知ってる。だからそいつには処罰を与えた。二度とそんな事を考えまい。だがまた起きる可能性は大いにある」

「兄上……」


 今回の事は兄の思惑外である事は理解できた。そもそもイザベラを婚約者にするように話をしたのが兄チャーリーだ。今更彼女を排除するような事をする訳がない。

 けれでも兄の側近達は異なる。障害となりそうなものは、何かが起きる前に取り除きたいだろう。


「デイビッド。俺はどうやら余計な事をしたようだ。婚約を解消した方がよい」

「それは!」


 確かに初めは仕方なくだった。今は彼女と会うのが楽しくなっていた。婚約者など考えた事がなかったのだが、彼女であればと考えを改めた。


「よく考えるんだな。睡眠薬の事も彼女に話すかどうかもお前に一任する。それを含めて、しっかり熟考しろ」


 ぽんぽんと兄はデイビッドの肩を叩くと出て行った。


「どうすれば……」


 兄を見送り、部屋にイザベラと二人きりで取り残される。侍女達は既に遠ざけれており、先ほどの会話も二人以外には聞かれていない。

 規則正しい寝息を聞きながら、デイビッドは必死に今後の事を考えていた。


「ルーク……」


 不意に呼ばれた気がして、ベッドに目を向ける。ぼんやりとしたイザベラの視線とぶつかった。


「そこにいたのね」

「カタリナ様」


 (あれは夢だ)


けれども、デイビッドはそう呼びかけていた。


「なあに?ごめんね。疲れてるの。ちょっと眠ってもいい?」

「ええ」

「起きたらまた話しましょうね」


 ふふふと無邪気に笑うとイザベラは目を閉じて、再び眠りの世界に落ちて行ったようだった。規則正しい寝息が聞こえ始める。


「イザベラも同じ夢を見ている?」


 デイビッドには前世などという概念はなく、ただそう考えた。





 



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