第5話


「イザベラ。楽しんだかい?」

「こんな時間まで、さぞかしお話が弾んだのでしょうね」


 デイビッドを玄関で見送った後、両親は顔を綻ばせてイザベラへ問いかける。

 それを聞いて彼女の楽しい気持ちは一気に霧散してしまった。

 

「ええ。お二人の想像通りです」


 それ以上、何故か二人と話したくなくて、そう切り替えす。自室に戻ろうと背を向けたところ、


「夕食の時に話を聞かせてね」

「楽しみにしてるぞ」


 彼女の気持ちがまったく読めない二人は、追いかけるようにその背に声をかけた。


「お腹がいっぱいなの。夕食はいらないわ」

「そうね、そうよね」

「殿下との思いでいっぱいでもあろう」


 冷たく答えるイザベラに両親は勝手に良い方へ解釈する。それも彼女を苛立たせるのだが、無視して二階にある自室へ、階段を登り始めた。

 ふと足が見え顔をあげると、踊り場で弟エドヴィンが怒りの表情を浮かべて立っていた。


「折角、私に関心をもってくれたのに。また姉上に奪われた」

「そんなの私に言われても困るわ」


 弟の気持ちもわかったが、イザベラの心に余裕などなかった。元から二人の関係は良くない。弟が小さいときはイザベラの後を追ってきて、絵本を読んであげたりと、姉らしいことをしていた。可愛がっていたと思う。しかし、弟が十歳を超えてから変わった。彼の態度が生意気になったのだ。イザベラに突っかかるようになり、二人の関係は悪化した。王太子の婚約者になるためにすることが多く、忙しいことに拍車がかかっていたかもしれない。彼に構わなくてなり、時間があって一緒になることがあっても彼のの態度は友好的ではなかった。


「姉上なんていなくなればいいんだ!」

「エドウィン?!」


 何を思ったか、エドウィンがイザベラを突き飛ばす。

 予想もしない行動、手すりから手を離していたイザベラはそのまま階下まで転がるように落ちていった。


 ☆


「君みたいな愚かな女性に、王妃どころか王太子妃など務まるわけがないだろう。確かに君は可愛くてとても魅力的だ。だが、それだけだ。レジーナ」

「お呼びになりましたか?殿下」


 王太子シモンの隣に立った女性は、「元」婚約者であったレジーナだった。


「なぜ、あなたが?」

「婚約破棄された?そう思いなのですか?カタリナさん」

「確かに君からそんな事言われたけど、私がこの聡明で美しいレジーナを手放すなどあり得るわけがないだろう?」

「カタリナさんの頭の中には砂糖菓子がいっぱい詰まってそうよね。遊びには相応しい令嬢でしょうけど、王太子殿下の隣に立ち公務など無理でしょうね。あなた、そんな事も分からなかったの?」

「遊びには十分に付き合ってやったぞ。十分だろう?カタリナ」


 二人は高らかに笑うとカタリナに背を向ける。

 

(許さない!)


 気がつくとカタリナは果物用のナイフをもって二人に襲いかかっていた。


「殺すな!捕縛しろ!」


 王太子の鋭い号令が飛び、切り掛かった騎士は動きを止め、別の騎士らがカタリナを背後から拘束し、床に押し付けた。骨が折れたかもしれない。それほどの痛み、床の冷たさと硬さが彼女に苦しみを与えた。

 けれでもその痛みは始まりにしかなかった。

 悪女カタリナ、その色気で王太子を誘惑し、婚約者である聡明な伯爵令嬢のレジーナを陥れようとした。

 これは事実であった。カタリナは王太子に出会い、彼を愛し、愛を囁かれ、自身こそ婚約者に相応しいと考えた。そして、レジーナを排斥しようとした。

 王太子の愛を信じ、彼が彼女を支えてくれる、そう信じたばかりに。


 馬鹿な女。

 あの女の言う通り、頭の中には愛という砂糖菓子が詰まっていて、熟考という行為を放棄していた。


「私は違うわ」

「イザベラ様?」


 部屋で待機していたのか、彼女の声に侍女が反応した。


「お目覚めになりましたか!今すぐ医者を呼びますので!」


 目を開け、ぼんやりしているイザベラに侍女はそう言い、慌てて部屋を出て行く。


「私は……」


 (そう今の私はイザベラ・リード。伯爵令嬢だわ。レジーナと同じ。

 今世でも王太子妃にはなれなかった。でもまだ分からないわ。私には第二王子がいる。

 王太子に何かあれば、自動的に第二王子が王太子に繰り上がる。そして私も王太子妃へ。

 私は王太子妃になるため努力してきたわ。私ほど王太子妃に、王妃に相応しい令嬢はいないわ。

 今世こそ、私は私の願望を叶えて見せる!

 あんな惨めに死ぬなんてあり得ないわ!)


 イザベラは弟エドウィンに突き飛ばされ、頭を強く打った。幸い命には別状はなかったが、彼女はいわゆる前世を思い出した。

 悪女として断罪された前世を。

 イザベラ自身も王太子妃になると野望を持っていたが、カタリナほどの強烈な思いではなかった。しかも、今の彼女はカタリナの記憶を思い出し、その怒りに支配されていた。

 しばらくして医者と彼女の両親が部屋に戻って来た。医者の質問、両親に答えながら、イザベラは考えていた。どうやって王太子をその座から引きずり落とすか。

 別人のような笑みを浮かべているのに、医者も両親も、侍女もその場にいる誰も気が付かなかった。

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