第3話



「これはこれは、殿下。ようこそお越しくださいました」


 内心はどうなのかわからないが、リード伯爵はにこやかなにデイビットを出迎えた。それはそうだ。ぽっちゃり王子と陰で言われていても、彼が王族であるのには変わりがない。

 出迎えている間に朝食の残りを片付け、急遽お茶の準備をする。

 

「リード伯爵。突然の訪問にかかわらず歓迎頂き嬉しく思う。先にご息女と少し話がしたいのだけど、構わないか?」


(わ、私!やっぱり)


 リード伯爵は驚き少し肩を揺らした後、イザベラに視線を寄越す。

 

(……えっと、勘違いしている?)


 何から父の目がよくやったとばかり輝いており、彼女は更に恐縮する。


「もちろんですとも。殿下。イザベラ、何をしている。案内してあげなさい」


 父にそう言われ、イザベラは大きな溜息を噛み殺して、デイビッドを応接間まで案内した。

 

「人払いをしてもらえるかな?」

 

 部屋に入るなり、彼に請われ、彼女はメイドたちに指示する。通常ならば独身男性と二人きりなど未婚の令嬢のすることではない。しかし王子の願いとなれば叶えるしかない。メイドと侍女達は基本彼女に命じられれば従う。なので素直に部屋を出ていった。


「これを届けにきたんだ」

「これを?」


 お茶もそこそこにデイビッドは箱を取り出す。それが開けられ中身が自身が身につけていたいたリボンだと気がつき、驚いた。


「わざわざありがとうございます」

「どういたしまして」


 彼はにこやかに返事を返す。

 その後に訪れる沈黙。デイビットは難しい顔をして彼女を見ていた。真正面から見られて、彼女は思わず視線を逸らす。こんな風に真正面から人に見られたのは初めてかもしれないと、ドキドキして再度顔をあげる。茶色の髪に丸い顔。ぽっちゃり王子と喩えら得ているが、イザベラは別の印象を抱く。

 

(熊のお人形みたい。こんな近くで見たことなかったけど、熊のお人形に似ているわ。私ったら、なんてこと。そんなこと考えてる場合じゃないのに。きっと本当の用事はきっと、昨日私がしようとしていたことへの罰に決まっている)


 彼の言葉を待つのが正解なのだが、イザベラはこのままでは不安で胸が裂けると口を開いた。


「あの、昨日のこと、どのような刑罰になるのでしょうか?あれは私の独断です。家は関係ありません」

「ああ、昨日のこと。兄上は怒っていたけど、許してくれるみたいだから大丈夫」


(兄上!?許す?気が付かれていたの?なんてこと)


「お、王太子殿下は、気が付かれていたのですね」


 思わず彼女が顔をあげると、もう熊のお人形にしか見えないデイビッドが微笑みを浮かべていた。


「ああ。兄上は何かと敏感で、頭がいい方だから」


 デイビッドは本当にそう思っているようで、尊敬の念を浮かべて兄のことを語る。だが会話はそこで途切れ、再び沈黙が落ちた。


(えっと、どうしよう。罪には問われないってことよね??だったら、)


「リード伯爵令嬢。すまないが、僕と婚約してくれないか?この件を不問にする条件として、兄上が君との婚約をあげたんだ。大丈夫だ。後で解消にもっていくから。このままだとまずいことになる」

「まずいこと?」


 イザベラが聞き返すが、デイビッドは答えなかった。


(うーん。相当悪いことが起きそう。自業自得よね。デイビット殿下との婚約は悪いことじゃない。父はそう思って喜んでいたみたいだし。そもそも結婚は政略なもの。私だってわかっていた。王太子の婚約者、後々、王妃。父も喜ぶ。だから頑張っただけだし)


「畏まりました。喜んでお受けいたします」

「あ、ありがとう。助かるよ」


 実際助かったのはイザベラなのだが、デイビットはそう言って微笑む。

 その笑みは可愛らしくて、本当に熊のお人形のようだった。


 その後、彼はリード伯爵を呼び、正式な婚約を結ぶことになった。すでに彼は婚約のための書状を手にして、伯爵が署名するだけになっていた。

 婚約に際しては家の問題であり、交わされる書類は本人ではなく、当主が署名する。デイビッドの場合は王になり、イザベラは父のリード伯爵だ。

彼が持参した書状にリード伯爵が署名して、二人の婚約は結ばれた。

イザベラもデイビッドのどちらも微妙な表情をしているのだが、リード伯爵夫妻はそんな事に構わず嬉しそうに微笑んでいた。その後ろでは弟エドウィンが苦虫を噛んだような表情を浮かべている。


(これで当分は無視される生活からは解放されるのかしら。それにしてもエドウィンの表情が不味いわ。不敬になりそうなくらい)


 イザベラは心配でヤキモキしていたがデイビッドは何も言わず、書状を持って王宮へ戻って行った



 





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