第2話
第二王子デイビッドは手の中のリボンを見て、小さく息を吐く。
彼は夜会など人が集まる場所に行くのが大嫌いだった。
けれども兄である王太子チャーリーから強く請われ、仕方なく参加した。
デイビッドは、勉強もできないし運動も苦手、ただ食べることが好きなだけのどうしようもない王子だと思われている。王位継承権第二位であるが、王位など期待されず、ご機嫌伺いの貴族もいない。
お陰で嫌いな夜会だがのんびりと食事を楽しんでいた。彼のお気に入りの星形の砂糖菓子を皿いっぱいにのせ、食べていたら、カーテンの影に隠れているイザベラを見つけた。
闇に溶け込むような漆黒の髪を結い上げ、紫色の瞳を会場の中心に向けていた。
兄の婚約者候補であったイザベラとは話した事もない。けれども、彼が小さい時から夢で見る女性によく似ていたので、気になっていた。
彼は茶会や夜会に出席する事はなかったが、彼女の事はよく目で追っており、カーテンの影に隠れる彼女にも直ぐに気がついた。
イザベラの手にはワインの瓶、兄の婚約者が姿を見せると彼女は動いた。
デイビッドは彼女の目的がわかり、咄嗟に砂糖菓子を投げた。弧を描き飛んだそれは見事に彼女の口の中に入る。そして彼は彼女の前に立った。
初めての会話、今思えばなんというか……。
冷静になれば、引き攣った彼女の顔が思い起こされる。
ただでさえぽっちゃり王子と呼ばれる容姿だ。それにあの言動。
イザベラの落とし物の紫色のリボンに目をやって、デイビッドは再び溜息をついた。
「デイビッド、入るぞ」
扉が軽く叩かれ、直ぐに開かれた。彼の入室許可を待たずに部屋に訪れる者は限られる。そのうちの一人である王太子チャーリーが婚約者のミシェルを伴って部屋にやってきた。
「今日はうまくいったみたいだな」
「うまくいった?」
入室するなり、チャーリーがニヤリと笑う。訳がわからずデイビッドは眉を顰めた。
部屋には三人だけだ。
外にはデイビッドの侍女やチャーリーの護衛などが立っているはずだが、部屋に入ってくるような真似はしなかった。
「これは、落とし物?」
彼の質問には答えず、チャーリーの後ろに控えていたミシェルがリボンを指差しながら尋ねる。
デイビッドが答えるよりも先に再び王太子が口を開いた。
「デイビッド。これはチャンスだ。リード伯爵令嬢の元へ届けるんだ」
「は?」
兄は何を言っているんだと、デイビッドは更に顔を顰めた。
「その時にちらっと脅してみてもいいと思う。もしミシェルにワインをぶっかけていたなら、死罪にしていたからな」
「兄上!」
やはり気がついていたかと、何とかイザベラの行動をフォローしようと兄を見る。
「チャーリー!言い過ぎだ。イザベラの気持ちもわかるし。デイビッド殿下のおかげで何もなかっただろう?」
それに助けを出したのが、兄の婚約者であるミシェルだ。夜会での様子は嘘のように男性的な口調。それもそうで、ミシェルはつい最近まで兄の護衛騎士として兄の側にいた。その際の名前はマイケル・ハリス。夜会での厚化粧が功をなして、誰もミシェルとマイケルが同一人物であることに気が付かなかった。
「君がそういうなら」
王太子は愛する婚約者の言葉に頷いた後、いいことを思いついたとばかり悪い笑みを浮かべる。
兄のこの悪い笑みは碌でもないことだった。
「わかった。この件はこれ以上言及しまい。だが、デイビッド。条件がある。リード伯爵令嬢をお前の婚約者にするならば、この件は不問にしよう」
「兄上!」
何を言うのだと、デイビッドは声を荒げる。
チャーリーがデイビッドをからかって遊ぶのは日常であり、第二王子の彼が声が荒げようとも、騎士たちが部屋に雪崩れ込んでくることはなかった。
「珍しく気になるみたいだからな。父には私から話を通す。明日、リード伯爵に会い、伝えるがいい。まあ、嫌ならば昨日のことを問うだけだ。未来の王妃を傷つけようとしたのだ。未遂とはいえ、反逆罪に相当するだろうな」
「兄上!」
「チャーリー!」
デイビッドとミシェルが睨むが、王太子が動じることはなかった。
兄たちが退出した後、湯浴みを終え、寝台に横になる。
視線は机に置いたイザベラのリボンに固定されている。
(兄上は本当になんて条件を出すんだ。だが実行しなければ兄なら絶対やる。仕方ない。一度婚約して、その後なんとかして解消すればいいことだ)
デイビッドは大きな溜息を吐く。
明日のことを思えば気が重いが、睡魔はすぐにやってきて彼は眠りに落ちていった。
☆
「エドウィン。もっと食べてほうがいいわ」
「そうだぞ。お前だけがもう頼りなんだから」
リード家で王太子の婚約者発表の翌日からこの様なやり取りが繰り返される様になった。イザベラの弟のエドウィンが優越感たっぷりの視線を送ってきたが、彼女は無視をする。
今まで、姉第一主義で何もかも後回しにされていた弟。放って置かれた彼が急に期待される様になり、有頂天になる気持ちも理解できるので、イザベラは相手にする事もなく、この光景をやり過ごす。両親に無視されているには相変わらずだが、食事などいつもと変わらない。
仕方ないといつもの光景に、イザベラは諦めがちにため息を吐く。それよりも彼女には考えなければいけない問題があるのだ。
王太子の婚約者にワインをぶちまけようとしたところを、第二王子に見られてしまった。
(捕まえにくるのかしら)
いつもよりも食欲はなく、食べるのをやめて紅茶を口にする。
そうして席を立とうとしていると、慌てた様子で家令が部屋に飛び込んできた。
「何事だ?」
リード伯爵は眉を顰めて、用件を問う。
「だ、第二王子デイビッド殿下が来られました!」
家令から出た言葉にイザベラは気を失いそうになった。
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