賢者に憧れる魔法使いがやってきた

「ルード様、今日は挑戦者がほとんど居ませんね」


「そうだな」


 挑戦者、この森の奥にある俺たちに会いに来ようとする人間だが、今日は片手の指で数えられるほどしかいなかった。しかも賢いことに引き際をわきまえており、深手を負うまえに危険と判断したら森から逃げ出していた。要するに俺がやることはないと言うことだ。


「今日はやることが無さそうで何よりだ」


 そう言うとシャミアが俺の事を見ながら怪訝な目を向けてきた。


「ルード様って賢者様と呼ばれてる割には怠惰ですよね?」


「言うようになったじゃないかシャミアくん」


「いいいいえ……その……賢者様と言えば日々研鑽を欠かさないような気がしたもので」


 言うて賢者ってそもそもあのクソ神が言いふらしたおかげでそう扱われているだけで、今の俺はただの魔法が超得意な人間と大して変わらないからな。賢者なのだから人類全てを助けろとか言われてもやる気のない人間だし。


「他人様が何と呼ぼうが自由だがな……シャミアが俺を見て賢者と思うならそう読んでもいいが、『みんな言ってる』からそう呼ぶなんて主体性の欠片もないことはやめろ」


 あくまでも賢者というのは他称だ。俺は自分のことを賢者などという高尚なものだとは思っていないし、賢者を期待してきている連中には申し訳ないが期待には応えられそうにない。


「ところでルード様、一人すっごくがんばっている人がいるんですよ!」


「がんばっているねえ……」


 俺はシャミアの見ている映像を覗き込んだ。がんばっていると言えば聞こえはいいが、逃げるべき場面で戦い続けるのは賢いこととは言えない。というか死にそうになったら俺が助けにいかなきゃならんのでやめて欲しい。


「お、アバレザルと戦ってますね。この人魔導師みたいですが弱いですね」


「お前、そんな戦いを見て楽しいか?」


「強い人が雑魚を一気に吹き飛ばす様を見るより、力のない人が精一杯ギリギリの戦いをしている方が見ていてこう……感動的なものを私に与えてくれるんです」


 おっと、シャミアがなんか上から目線で言っているぞ。というか自分が多分この魔導師より弱いことについてはどこかに置いて言っているようだ。


 そんなことを考えていると怒らせたサルに襲われてロッドをおられた魔導師の少女がピンチになったので俺たちが出向くことが決定した。面倒くさいなあ……


「シャミア、助けにいくぞ」


「はーい!」


 いい返事を聞いてからポータルを開いた。あの少女もそこに向かうまでに死んだりするほど弱くはないだろう。そう思いながらポータルに飛び込む。


「ひゃあああああああああ!!!! 助けてええええ!! 死にたくない!!!」


 やかましい悲鳴がよく聞こえてきた。とりあえず大声が出せる程度には元気そうなので安心した。


「アイスウインド」


 一撃でアバレザルはカチコチに凍り付いて死んだ。この程度の相手に苦労するとか先が思いやられるな……


 少女と話さず帰ろうかとも思ったが、この魔導師の卵がこれ以上奥に入っていかないように送り返しておこうか。


「大丈夫か?」


 アバレザルに恐怖していた少女は正気を取り戻したようで、俺に恭しく頭を下げて挨拶をした。


「助けていただきありがとうございます。私はフローラ、宮廷魔導師を目指しています」


「ああ、無職ね」


 あくまで目指しているだけなのだから無職だろう。しかしその言葉にフローラは憤慨した。


「失礼ですね! 私は夢に向かって歩いている最中なんですよ、そんな目的もなく生きているような無職と一緒にされては困ります!」


「でも働いてないんだろ?」


「それは……賢者様に指導をしてもらおうと……ってもしかして賢者様ですか!?」


 どう答えたものだろうか。


「そうだな、そう呼んでいる人もいるようだな」


「私は賢者様のところで働いているシャミアです、よろしく!」


 ここぞとばかりにマウントを取り始めるシャミア。働いている……嘘ではないか……


「賢者様! 私を弟子にしてください!」


「無理、俺は弟子なんて取りたくないし、そもそも弟子に教えるようなことはない」


 だって実力の大半は魔王由来だからな。教えてくれと言われても魔族時代に人に教えたことがないのでなんともならない。


「そこを何とか! もう親に働けと言われる生活は嫌なんですよぅ!」


「おとなしくその辺の魔導師不足で悩んでいるところに就職しろよ! 宮廷魔導師なんて狭き門をわざわざ目指すな!」


「だって……人不足のところは人使いが荒いことで有名なんですよぅ! そんな所で働きたくないですよ!」


 このクズはとにかく働きたくないらしい。俺はいい加減うんざりしてきたのでその辺に生えている木の枝を一本折った。


「「?」」


 シャミアとフローラが何をするのか分かっていない目で見てきているが、俺は構わずその枝に魔力を流して整形した。


 そして魔力を増幅する効果を付与して完成だ。


「ほら、賢者特製のワンドだ。売ればしばらく遊んで暮らせるぞ。だから弟子になるのは諦めろ」


 それを受け取ったフローラは危機として魔法を試してみている。アレは魔法初心者でも高位の魔導師レベルの威力が出せるからそれを使って精々暮らしてくれ。


「賢者様! ありがとうございます! これでもうしばらく遊んで暮らせそうです」


 そうクズっぽいことを宣言してフローラは森の出口の方へ迷うことなく向かっていった。


「解決……ということでいいんですかね?」


 シャミアが俺にそう問いかける。


「知らん、とりあえず森から出て行ってくれたし手間が省けたのでいいだろ」


 そしてポータルに入り慣れ親しんだ家に帰って本日の治安維持活動は終了した。

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