暑かったので氷の巨人を召喚した

「暑いです……」


「グチグチ細かいことを言うな、ちょっと気温が上がっただけだろうが……」


 とはいえ俺も普段より不機嫌になっていた。気候的に晴れの日が続いたので森の中は蒸し暑くなっていた。これをなんとかしないと体が変質しそうだった。魔王時代には気温など気にしたこともないし、業火に焼かれようと平気な体だったのだが、人の体にはこの程度の暑さでも堪えるらしい。


「ルード様……氷魔法で冷やしていただけませんか」


「おお! その手があったな!」


 俺としたことが、気温の問題など気にしたこともなかったので対処法を思いつかなかった。そうだ、暑いなら冷やせばいいだけではないか!


「ちょっと表に出てくる」


 そう伝えて家の外に出て召喚陣を刻む。一々手書きできるような魔方陣では大して影響を与えることが出来ないので大地に地属性魔法で溝を刻んで召喚陣を作る。あっという間に巨大なものが完成した。


「我が呼び声に応えよ! 来たれスノウジャイアント!」


 周囲に冷気が漂い、寒気がするほどの気温になった。召喚したのは氷の巨人だ、立っているだけでも気温が下がってくれるありがたい精霊だ。


 今度は肌寒くなってきたので家の中に入る、丁度いい温度になっていた。


「ルード様! 凄いですよ! 快適ですねえ!」


「そうだな、始めからこうすれば良かったんだ」


 二人して快適になった室内でカードのゲームをしていた。魔王時代は知性的なゲームをしようにも負けそうになったら実力行使に出る奴が多すぎて勝負が成立していなかった。


 魔王軍チェス大会では全試合最後まで知能で争ったことはなく、終盤には全員が殴り合いで決着をつけていた。それが当然だと思っていたのだが、目の前のシャミアはちゃんと負けを認めてくれる、これがどんなに貴重な相手なのかは言うまでもない。


「ルード様! これが私の切り札です!」


 そう言ってジョーカーを切るシャミア。勝負は決した、負けたことは確かだが不思議と心地よいものだった。


「ルード様? 負けたのに悔しくないんですか?」


「ああいや、まともに勝負の出来る相手が居るのはいいことだと思ってな」


「ふっふん! 次の勝負も勝ちますよー! 次は何で勝負しますか?」


「そうだな、ポーカーでもどうだ?」


「いいですね、私の運命力を見せてあげます!」


「運命ねえ……大層な自信だな」


 そうして次のカードではポーカーの勝負となったのだが、全体的に俺の運が無いのではないかと疑惑を持ちたくなるほどについていなかった。シャミアがワンペアで強気に乗せてきた時でさえノーペアという悲惨な勝負になってしまった。結局、全戦俺の負けと言うことで決着がついた。


 流石の俺もシャミア相手に実力行使をする気にもならなかったので負けを認めて、貢ぎ物からキャンディを結構な数シャミアに譲ることになった。


「ルード様にも苦手な事ってあるんですね」


「運が悪いのを苦手で片付けるのはどうかと思うぞ。イカサマありならともかく純粋に運だけで勝負するのに努力でどうにかなるわけないだろう?」


「運も実力のうちですよ?」


 言うようになったなあシャミアの奴。一応俺へのリスペクトはあるようだが、こうして俺に狩った時にはちゃんと喜ぶようになった。いい奴なのだが何故生贄扱いで俺に捧げられたのだろうか? 人間というのは分からんな。


「ところでルード様、表の氷はどのくらいのあいだ冷やせるんですか? 出来れば寝苦しい夜は嫌いなので一晩くらい冷やして欲しいのですが」


「ああ、アレは一雨来るまで出しっぱなしにしとくよ。俺の魔力が続く限り出しておけるからな」


 氷の巨人は自らで来た氷で構成されているわけではない。冷気の魔力が形を持ったものなので俺が出そうとしている限りここを冷やし続けてくれる。しまう時も溶かす必要がないので便利極まりない。そしてあの程度のものなら出しておく魔力よりも自然回復する魔力の勢いの方が早いのでほぼコスト無しで出し続けることが出来る。


「はえー……ルード様は時々驚くようなことをしますねえ……流石は賢者様ですね」


「そんなたいしたもんじゃないよ」


 実際あの程度、出しておける時間に差はあれ魔族ならわりと出来る奴が多い。ただし魔族には暑いだの寒いだの出口愚痴言う奴がいないので誰も出そうとしないだけだ。


「魔法って便利ですね、もう少し冷やしておいてもらえますか?」


「それは出来るが寒くならないか?」


「今晩は私が肌寒い時に食べると美味しい料理を作りますので、美味しく食べられる温度にしておいてください」


 そうか、料理には食べる環境も味に関係あるからな。


 俺は表に出て氷の巨人に多少強めの魔力を注いでおいた。あっという間に辺り一面が肌寒くなる。凍るとまではいかないが、寒さに弱い生き物は別の所へ行くであろう程度の気温に調整した。


 そして家に入るとトントンとシャミアが野菜を切り刻んでいた。鍋にはたっぷりの水が入っている。スープかな?


 その晩はベーコンと野菜のスープを二人で食べた。寒い中でアツアツのスープをすするのは心地よいものだった。人間はこんな事も出来るのだな。


 そしてその晩は寒くない程度に再び気温を調整して涼しい夜を過ごしたのだった。


 翌日。


「ふぁああ……ルード様、快適な夜をありがとうございます。久しぶりにぐっすりでしたよ!」


「ああ、そうだな。最近なんだか眠れないと思っていたんだが冷やすだけでここまで快適になるとは思わなかったよ」


 そう答えるとシャミアがクスッと笑った。


「ルード様も冗談を言うんですね! 暑かったら寝苦しいのは当然じゃないですか!」


 当たり前のことのように言っているが、俺のような人間初心者には理解しがたいことだ。そういう人間の常識を知っていくのも今後は重要な課題になるだろうな。


「さて、貢ぎ物をもらいにいくか」


「そうですね! 今日は何が供えられてますかね?」


「面白いものか美味しいものだとありがたいな」


「それは私も思ってますよ」


 考えていたって何かは分からない。俺は部屋のポータルから貢ぎ物が置いてある祠までジャンプした。


「ルード様、ここら辺でもまだ涼しい……ちょっと寒いですね。あの氷のかたまりって凄いんですね」


「ああ、森の中が涼しくても来る人間の数に関係はないと思って範囲の調整はしなかったからな」


 そんなことを言いながら祠を開けるとドサドサドサッと食べ物から民芸品まで様々なものが崩れて出てきた。


「おいおい……突然俺たちが信仰対象にでもなったのか?」


 いきなり貢ぎ物の量が増えたことに驚いているとシャミアがその中に会った神を見つけて読み上げた。


『賢者様のおかげで快適に過ごせるようになりましたあの氷をどうか涼しくなるまで出して置いてください』


「だそうですよ? これは近場の村の人が持ってきたようですね」


 人間は気温一つでそこまで快適になるのか、逆に言えば気温に敏感すぎやしないだろうか? 難儀な生き物だな。


 その日は大量の貢ぎ物を二人でせっせとポータルに運び込んでいったのだった。


 三日後に雨が降るまで氷の巨人は俺たちの家の庭に鎮座して周囲を冷やし、俺たちは大いに感謝されたのだった。

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