組み立てライン
@cafe_mocha
第1話
朝九時。始業のチャイムが鳴る。
ざっと百人くらいだろうか。それぞれが自分の持ち場について作業を始める。誰とも話すことなく、淡々と自分の仕事をこなしていく。
僕の仕事は部品検査だった。検査といってもそんなに大げさなものではない。ベルトコンベアで運ばれてくる小指サイズほどの小さな部品の中から、形の悪いものを除くだけである。一応基準となるサンプルが渡されて、明らかに形が異なるものだけ外せばいいと言われたが、こんな個人の裁量に委ねられた検査に何の意味があるのか、正直分からなかった。
そもそも僕たちが何を作っているのかさえよく知らなかった。もちろん気にはなっていたが、誰もそのことに触れようとしないので話題にしづらかった。もしかしたら他の人は、そんなに興味がなかったのかもしれない。商品について知ったところで勤務時間が減るわけでもないし、仕事が楽になるわけでもない。僕たちは、ただただ無心になって作業に集中して時が過ぎるのを待った。
十二時になるとようやく休憩がもらえる。昼休憩で同僚と食事をとるのが工場での唯一の楽しみだった。特に僕のことを気にかけてくれたのは、一つ上の先輩の加藤さんだった。
「どうだ、宮下もそろそろ仕事を慣れてきたか」
加藤さんは、カレーのスプーンを僕に向けて言った。
「まあまあですね」
と、僕は曖昧な返事をする。
「そろそろ新人が入ってくる時期だ。今度は宮下が教える番ってわけよ。大丈夫だとは思うけど、分からないことがあったら今のうちに聞くんだよ」
工場に勤め始めてから、あと少しで一年が経とうとしていた。時間の経過が予想以上に速いことに驚く。
「まあ、仕事自体は難しくないんだけどな。あいつらのせいでサボれないのが厄介だよな」加藤さんは、スプーンの先を少し遠くで見回りをしている監視ロボットに向けた。「大体俺はロボットが人間を見張ってるのが気に食わないのよ。普通、逆じゃあないか」
「公平だとは思いますよ、見張りがロボットなのは」
「そういうもんかなあ」
至福のひと時も終わりが近づいていた。僕は勇気を出して加藤さんに質問した。
「あの、僕たちっていったい何を作っているのですか」
意外な質問だったのか、一瞬、加藤さんの顔が固まる。が、すぐにいつもの加藤さんに戻った。「いやぁ、それが俺も分からないんだよね」
「やっぱり、そうなんですね」
「でも、俺たちの仕事が大切なことには変わりないよ。特に、俺たち部品検査の仕事は」加藤さんの声色が明るくなる。「部品検査は、製造ラインの最終工程に位置しているんだ。つまり、俺たちがミスを見逃すとそれがそのまま商品になっちまう。言わば最後の門番ってわけだ」
午後の仕事が始まっても、僕はまだ加藤さんとの会話について考えていた。
加藤さんでさえ、ここが何の工場か知らなかったのだ。多分ここで働いている誰一人として、自分たちが何をしているのか知らないのだろう。
僕は、不良品が入っている箱から部品を一つ取り出した。真っすぐであるべき部分が大きく曲がってしまっている。もしこれを取り除かずに良品として提出したらどうなるのだろうか。確かに加藤さんは、部品検査が最終工程だと言った。もしそうなら、このひん曲がった部品をそのまま流しても、誰にも気づかれないのではないか。
考えているうちに部品を持つ手が少しずつ緩む。そしてとうとう、良品用のレーンに部品を落とした。
僕が不良品をそのまま流したのは、この一回きりである。それ以外にいい加減な作業をしなかったのは、自分の仕事に意味があると思いたかったからなのかもしれない。
それから数週間が過ぎ、ついに工場に新人が入ってきた。もちろん僕たちの仕事場にも。
新人とは始業前に顔合わせをすることになっていた。新人は既に到着していたようで、僕のことを待っていた。
「今日からここで働くことになりました、酒井です。よろしくお願いします」
「よ、よろしく」
新人に元気よく挨拶されたが、僕はそれどころではなかった。酒井の顔には見覚えがあったのだ。というより、酒井の鼻に見覚えがあったと言った方が適切かもしれない。彼の鼻は途中で右に大きくひん曲がっていた。
「先輩、いきなりなんですけど、一つ聞いてもいいですか」
「もっ、もちろん」
「自分、まだこの工場が何の工場か知らなくって。この工場っていったい何を作っているんですか」
朝九時。始業のチャイムが鳴る。
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