四匹から二匹、あるいは鏡写し?
山猫芸妓
先日金魚が死にました
先日金魚が死にました。
横幅30,縦25?程度のサイズ感をした箱型水槽に二匹の金魚を我々山猫家は飼うていたのですが、先日一匹死にました。
どんな風に死にましたかと言いますと、まずある日の朝に故金魚氏、ひっくり返っておりました。それだけならばまぁいつものことか…で片付けられる事柄です。彼等は趣味で一週間に一回自分の意志でひっくり返る節がありましたので、まぁいつものことでした。
もっとも、私達人間に金魚の心など解る筈もありませんので、全く持って全て適当の推測でございます。
ところがそのある日の金魚は何かおかしい。いつまで経っても元に戻らない。死んだのだろうか。いいや、口をパクパクと動かしていましたのでまだ生きておりました。
とりあえず何とかしなければ。そこで行動に至ったのは我らが偉大なる祖母、御歳74になる喧しい婆でございます。
瞬く間に対象を本来は花瓶の用途で用いられる謎の壺に移し替え、隔離をはかりました。
ここまでは良い処置だったと私は思うのですが、なんとこの婆、その花瓶を氷点下の洗面室に何故か配置。
これは金魚氏、ドツボにハマってそのまま息を引き取りました。
花瓶なのか壺なのかハッキリさせておきたい所ではありますが、それはそれとして金魚は一匹となった訳です。
水槽はさびしくなりました。
祖父が生きていた頃に買ってきた二匹の金魚、「あれが死ぬ頃には俺はもういないだろう」そう言っていた祖父。彼はちょっぴり早く行ってしまいました。
ある朝、私は学生としての責務を全うする為、登校の準備をしておりました。
所謂ガチャ目と呼ばれる片方の視力のみが低い偏った眼をしている私は、コンタクトレンズを入れなければ外に出る事ができません。
ようやく見つけた鏡の所に向かった所、金魚が鏡をまじまじと見ておりました。
高い感性と素晴らしい才能を兼ね備えた私は勿論こう思います。
「彼は鏡に亡き相方を見ているのだ」と。
憐憫の心をぐっとこらえて、私はその鏡を取り上げました。
下校後、鏡は元の場所にありました。
飽きないのか、金魚はいまだに鏡をまじまじと見つめます。
そんな所にお前の相方はいない。もう死んだのだ。
そう強く憤りを感じた私でしたが、その気持ちをグッとこらえて水槽の隣に座ります。
祖母が来てこう言いました。
「鏡、元の場所にちゃんと戻しなさい」
ああ、この女には私の正しい感性は理解できまい。
祖母はきっと金魚の気持ちなど推し量った事は一度もあるまい。
その後も私は金魚を観察しておりました。
鏡から一時も離れる事はなく、ただひたすらそれの辺りをフワフワと泳ぐばかり。
いつの間にか辺りは暗く、すっかり夕飯時になりました。
チャーハンに餃子、卵スープと中華の一点張り構成の我が家の晩飯、人格はともかく料理の腕は確かな祖母の晩飯です。不味い訳はありません。
「金魚に餌をやってきなさい」
祖母がそう宣いました。
何故私が他人、いや他生物に施しを行わなければならないのか?私はガンジーでもレーニンでもなく、たった一人の可愛い孫である。その言い草は何事か。
その様な文句は心の底にぐっと押し込み、金魚に餌をやりに行きます。
まだ鏡を見つめ続けていた金魚ですが、餌が頭上から降り掛かった瞬間、亡き友人の事など頭から消し飛んだかの様な勢いで食事にありつきました。
ああ、失望、所詮は下等生物か。
コイツにとって相方の存在など、きっと水草以下のパーソナルスペースを侵害する害悪的魚介類だったのだろう。
そう思いながら、私は食卓につき、飯にありつきます。
もう金魚の事などどうでもよい、ただ目の前にある食事に集中するだけである。
祖父がいた時ならば、もう少し賑やかな食卓だっただろうか。
私はかなりのじいちゃんっ子だったので、亡くなった時はかなり心にくるものがあった。
少食な祖母とは食事の時間がそもそも違うので、私は毎日一人で食事を行う。
調味料も自由にこちらで使えるので、とても自由な食卓である。
この水槽で踊り狂う金魚畜生も、餌を取り合う相手がいなくなってさぞ自由な事であろう。
そんなことを思っていると、祖母が近付いてきてこう言った。
「今日、祖父の二周忌なのよ、お参りはしたの?」
忘れていた。
ここで私は気付く。
食事を前に大切な事を失念していたのは金魚ではなく、私だったのだ。
金魚は広い水槽で踊り狂う。
そうか、本当にさびしい場所は水槽ではない。
私の心か。
さびしくなったのは俺だったのか。
四匹から二匹、あるいは鏡写し? 山猫芸妓 @AshinaGenichiro
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