リンという名の少年

連続更新

二話目で〜す


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 リン・メイルト。それが男の名前だった。

 リンは今日も今日とて強くなるために森の中に来ていた。


 冒険者になって最初の三日間こそ、そこまで強くなかったリンは一体一体を倒すのに苦労したのだが、今ではこの森の中では物足りなくなっている。だが、受け付けのミカン曰くこの森の手前で安全に練度を高めて奥に行くべきだと言われている。

 リンは、そんなまどろっこしいことをせずにすぐにでも強くなりたかったのだが、提出する魔物の素材、討伐記録、森の進捗度合いを換金の時にハイテクシステムで調べられるし、許可されていない範囲を探索すればミカンに怒られるので時間を無駄にしたくないリンは無駄に奥には潜らない。まどろっこしいが、それしかいなのだ、今は。


「………にしても」


 リンは後ろを振り向きながら、魔物の死体と血で染まった地面を見下ろしながら呟く。


「弱いな………」


 リンは冒険者になってまだ半月だが既に無傷で手前までは攻略できている。寧ろ、たまに奥から紛れ込んでくる魔物ですらも無傷で討伐に成功している。


「ミカンにもう少し奥に行けるように交渉してみるか………」


 そう言って帰ろうと一歩踏み出した瞬間、リン は首を右に傾けた。

 唐突に首を傾けた理由、背後からの攻撃を回避するために傾けたのだが、完全に回避することはできずに頬を少しカスってしまったのか血が少しだけ流れている。


「速いな………」


 そして強い。リンとしては、ミカンから勉強として教えられた情報だけだが、この森の中で自分に敵う相手などいないと自負していた。


 慢心もあった。だが、油断していなかった。その証拠に、自分の首が・・・・・吹き飛ばされる・・・・・・・・未来が見えても・・・・・・・冷静に対処出来た。


 遠距離から細く、鋭利な物を投げつけてくる魔物など、森の中心にあるダンジョンからしか出現しない。つまり、


「ダンジョンからの脱走者、か………」


 ダンジョンには強力な魔物が多い。だからリンは油断せず、未来視も気配感知も使ってナイフを構えた。


 そして詠唱を唱える前にリンは横に跳んだ。そして先程までリンが立っていた場所には、蜂型の魔物がその針を地面に突き刺していた。


「速くて、一点火力が高い………」


 現に、蜂型の魔物が抜け出した後には針の穴が空いている程だ。純粋な速くて強い。恐くお尻の針は飛ばせるのだろう。だが、それだけだ。


「問題は無いな………」


 奇っ怪な能力を持つ訳では無い。ならば、対処は簡単だ。


「【我が名はアイン。災禍を宿りし名。堕ちたるその身を惑わし、呪われろ】」


 詠唱を完成させてリンは跳躍する。リンが避けたことにより、蜂型の魔物はまたもやリンに攻撃することは叶わず、すり抜けていく。


「【偽りの英雄ファルシュ・ユナイト】」


 魔法名を唱えた瞬間、リンの身体にはまるで呪われたかのような黒い模様が入り、蜂型の魔物の視界からリンは消えた。

 どこに消えたのかと蜂型の魔物は周りを見渡すも、姿は見えず。


「じゃあな」


 蜂型の魔物はその声を最後に首を斬られた。


「お前に恨みはないが、俺の生きるための屍になってくれ」


 完全に絶命した蜂型魔物を見ながらリンは最後にそう呟いた。


「さて、と………」


 脅威は去った。あとは素材を剥ぎ取ればギルドでの換金アイテムに変えれる。だが、リンはそれをしない。


「まだ、もう一騒動ありそうだな………」


 慎重に、警戒を解かずにリンは周囲の気配を感じ取る。

 自分の魔法も解除せず、じっと待つだけだ。そして


 ────リンが投げ飛ばした投擲ナイフは、その肉体に弾かれた。


「不意打ち失敗………」


 木々を掻き分けて現れた熊型の魔物はリンの姿を見ると、一直線に突っ込んできた。


「また単純な………」


 だが、過酷な環境で生き抜く中必要なのは純粋な地力なのだろう。故の単純なる突進。


 ────だが熊型の魔物はその拳をリンの手前に振り下ろし、その衝撃で飛び散った土や石によってリンの視界は遮られた。


 あまりに予想外な出来事に一瞬リンの体は硬直し、


『guaaaaa!!』


 熊型の魔物はその隙をついてその豪腕を振るった。


「!?ちッ!」


 リンの油断が命取りとなった。本来ならば紙一重で回避してカウンターとしてナイフによる斬撃を繰り出す予定だったが、存外熊型の魔物は頭が良かったようだ。

 だが、リンもそんなにすぐくたばるような性格ではない。


「舐めんな!」


 即座に後ろに向かって飛び、豪腕による攻撃の威力を少しでも逃がす。


『gua!?』


 思いの外手応えがなかったことに困惑する熊型の魔物目掛けて再度投げナイフを懐から取り出し、投擲する。


 だが、それは先程のやり直し。投げナイフとリンの投げる力程度では熊型の魔物に傷をつけることすら叶わない。

 しかし投げナイフは手数を増やすために安価な量産品を使っている。単純な火力ならば手元のナイフの方がよっぽど強い。


 このまま逃げても街に被害がいく可能性もある。故に


「ここで倒す」


 決意を決めてリンは一歩踏み出す。だが、熊型の魔物の攻撃は一度でも直撃すればリンの体は動けなくなるだろう。事実、先程の豪腕による突進も、衝撃を逃がしたにもかかわらず肋骨にヒビが入ってしまっている。


 魔法で地力を上げたとしても、力も耐久もリンが劣っている。


『gyuaau………』


 まあ、


「諦める理由にはならねえな………」


 痺れを切らし、突進してきた熊型の魔物に向かってリンも同時に駆け出し、熊の攻撃を紙一重で回避しながらカウンターを決める。


「やっぱりな!」


 リンは薄く切れた熊型の魔物の体を見ながら叫ぶ。


「このナイフなら、攻撃が通る!」


 今リンが使っているのは昨日新調したばかりの新品だ。故に刃こぼれもなく、十分な斬撃を与えることができる。

 それに、速度と動体視力はリンの方が上で、リンは技と駆け引きがある。


「油断すれば、喰われるのはこっちだけどな………」


 決して有利な状況ではない。ナイフで攻撃を与えることができても、それも薄い傷。いずれナイフの切れ味は落ち、リンの体力も消耗され、捉えられる。

 ジリ貧だ。


(魔法を使うか………?)


 リンが持つもう一つの魔法。だが、それを使うにもリスクはある。

 確かに、もう一つの魔法も強力で、決定力にはなるが、使えばリンの魔力が危ういということだ。


(もう既にそこそこ魔力を使っている………)


 蜂型と熊型と続けて戦い、その間にリンは魔法を解除していない。

 身体強化の魔法は、使用している間はずっと魔力を消費し続ける。


 ジリ貧だ。今は良くてもいずれリンが不利になる。だから、


「不利にならぬように………」


 リンは二本のナイフを構えると、熊型に向かって突っ込む。


『guaaa!!』


 その状態を無防備だと判断した熊型の魔物は、リンを叩き潰そうとするが、


「まだわからねえのか?無駄だ」


 まずは片目を斬り裂いた。


「対応が遅い」


 片目を切り裂かれたことを気にして、動きが停止した熊型の魔物の体に再度傷を入れる。


『guyaaa!!!』


 熊型は苛立ちを覚えて我武者羅に暴れるが、


「当たるわけないだろ」


 動体視力が高く、未来を見ることができるリンの前では、無駄な動きでしかなかった。


「次に、足………」


 足の腱を切って熊型の動きを完全に阻害しようと考えたが、


『guyaaa!!』


 野生の勘で危険を察知したのか、その腕を振り回してくる。


「チッ!面倒な!」


 一度でも直撃すれば形成は逆転する。今はリンが優勢でもその一瞬で有利不利は覆ってしまう。

 ナイフで受け流すこともできない。いくら新品で、質がいいとしてもそれは初心者からしてみればの話。この熊型の攻撃を逸らすには耐久力が些か不安だ。


『guaaaaa!!!』


 熊型も死にたくないので兎に角暴れまくる。攻撃の軌道が不規則で、しかも無駄に素早く、力強く暴れるので切りかかる隙が少なく、地面に攻撃が当たる事に土の破片が飛び散るので厄介でしかない。


「【クリエイト・ウォーター】」


 そこで、リンは汎用魔法を用いて、熊型の顔に水を掛けた。


『gyua!?』


 唐突に顔に水を掛けられたことにより、熊型の動きは止まってしまった。


(チャンスだ!)


 隙を見つけ、リンは熊型に向かって突っ込んで行った。


(いける!)


 最大の一撃を、油断した敵に。そう思いリンは攻撃を仕掛けたが。


『gyuaaaaa!!!』


 野生の勘が強く働いた熊型は、それをも凌駕した。


「な!?ぐぁっ」


 驚愕と熊型の強烈な咆哮から身体が一瞬硬直し、その硬直したリンの胴体に熊型は勢いよる腕を振るった。

 結果、リンは吹き飛び、木に背中を打ってそのまま地面に倒れてしまった。


『gua………』


 熊型は、生まれ持った破壊衝動のままリンを殺そうと近づく。


「………ご………け………」


 そして、リンが何かを呟いているのが聞こえた。


「うご………け………」


 リンの指がピクリと動く。


「うご、け………おれの、からだ………」


 その声に呼応するように、リンは体の中の魔力を巡らせる。そして


「【顕現せよ………断罪の、力………。飢える、我が名は………】」


 熊型は気付いた。この言葉を言わせてはいけない、と。

 今すぐ、リンを殺さねばいけない、と。

 だからその拳を振り下ろそうして、


「【愚者の足掻きフェルズ・アダマント】」


 リンの持っていたナイフから放たれた想像以上の斬撃により、熊型の片手は消し飛ばされた。


『!?gyuaaa!!!???』


 訳がわからず肩を抑え、リンに視線を向けるが、そこには力尽きて倒れてしまったリンの姿だけがあった。


『gaaa………』


 その姿だけで察してしまった。リンの今の一撃は正真正銘最後の一撃。故の大技。だが、それも熊型を完全に倒すまでには至らなかった。

 ならば、せめて自分の手で殺してあげよう。そう考え再度残った手を振り下ろそうとして、


『gyua!?』


 背後に居る異様な存在に気が付いた。

 熊型は咄嗟に振り向き、その存在を見て理解した。あれは、己が決して敵う者ではない、と。曲がりなりにも己を追い詰めた少年よりも遥か高みにいる、と。


 だから逃げ出した。生き延びるために。


「待って………」


 熊型が逃げ出した原因である少女は、急いで追いかけようとするが、その前に倒れているリンの姿が視界に入ったため、助けるために少女の足は止まってしまった。

 熊型はこれ幸いと逃げようとするが、


「ちょっと待て!!」


 リンの叫ぶ声が聞こえた。一瞬振り返ると、リンがフラフラになりながらも立ち上がっている姿が見えた。


「ちょっと待てごらぁぁぁ!逃げんな!何、俺以外見て逃げてんだよ!」


「………」


「お前の敵は、俺だろうがァァァ!!」


 リンの悲痛な叫びを背に受けながら、熊型は逃亡した。

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