5-8 Wake Up The World

 生意気な少年が、最初から女を裏切る気でいたのか、あの数分で気が変わったのか、それは総司祭にとってはどうでもよかった。自分の計画を邪魔した反乱分子が2つ消えたのだから。

「……悪魔が悪の下に戻る……。それで、同胞を殺したお前の罪が清算されると思っていないだろうな?」

と、あくまで王になる者らしく冷静に言う唐津。

 先刻の遣り取りは、数万人を証人として言質を取る意味で成功を収めた。それが計画の後押しになることは疑わない。ハードルは残っているが、それも時間の問題だろう。

 流雫は何も答えない。

「まあ、いい。改心するなら、そして私を崇拝するなら、今回だけ特別に恩赦してやる」

そう言った唐津の目を見据えたまま、立っているだけの少年。その目付きを微塵も緩めないのは、未だ警戒しているからか。

「……お前の下で、かつてのように日本は平和になるのか?」

数秒経って流雫は、落ち着いた言葉で唐津に問うた。

「当然だ。この国はこれまでにないほど、強く平和で立派な国になる。私が頂点である限りな」

そう答えた男の後ろから

「流雫!澪!!」

と叫び声が聞こえる。流雫はその主に視線を向けず、ただ唐津を見据えている。

「お前は……何がしたかったのか」

と唐津は問う。

 「……ノエル・ド・アンフェルで祖国を離れ、トーキョーアタックで恋人を殺された。……だからただ、僕が安寧に過ごせるために、使えるものは使っただけだ」

そう答えた流雫に向ける眼差しは変わらず、

「過渡期には混乱が付きものだ。多少の犠牲は避けられない。しかし、失われた命の分まで強く生きること、それが唯一の弔いになる。その強く生きる、を世界で唯一実現できるのが、これからの日本だ」

と諭すような、しかし見下すような言い方で納得させようとする。報復を怖れた連中の常套句だ。

 流雫は何も言わず、ただ見据えている。

 「澪!!」

後ろから、再度雨音を掻き分けた声が響く。流雫は漸くその方を向く。詩応は、倒れている澪に駆け寄ろうとする。

 シルバーヘアの少年の手が動いた。片手で構えた小さな銃の先は、漸く相容れたハズの少女の上半身を捉えていた。

「……流雫、アンタ……!」

その動きだけで、足を止めた詩応は身体を流雫に向ける。まさか、澪を撃ったのか……この世界で何より有り得ない、そう思っていたのに。

 「……愛してたんじゃなかったのかよ!!悪魔を護るんじゃなかったのかよ!!何故澪を殺した!?」

自分でも制御できないほどの怒りを、アンバーとライトブルーのオッドアイを睨みながらぶつける詩応は、持っていた銃を流雫に突き付けながら叫んだ。心臓の真上に違和感を感じながら、流雫は言った。

「……僕には、失うものなんて無い」

 ……この半年、流雫や澪と会って遊んで、そして命懸けで戦って。その全てが、詩応の頭に甦る。あれは何だったのか。何のために戦っていたのか。

 悲しみも怒りも、誰よりも抱えているハズの流雫が何故……!?その困惑が、怒りを増殖させた。


 唐津の目線の先には流雫、そして殆ど隠れる形で詩応がいる。その2人は、互いに相手の胸元を狙っていた。

 裏切りが生んだ分裂の顛末をこの目で見届けようと、大口径の銃を流雫に向けたまま、唐津は右に動く。一瞬、少女が諦めたかのような表情を浮かべようとした……瞬間、唐津の足首に小さな刺激が走った。

「?」

唐津が疑問に思い、足下を見る。スラックスの下は特注の革靴。足首までをプレートで覆っている。念のためにと普段から履いていて正解だった。

 それと同時に、

「……」

何やら小さな声が聞こえ、2人の高校生の足下に薬莢が飛んだ。……しかし、どっちが撃ったかは知らないが2人して倒れない。

 撃たれたのに倒れない高校生。驚きと困惑に襲われた唐津は、思わず地面に目線を落とす。そのすぐ先には、倒れたままのセーラー服の少女。しかし、その手には落としたハズの銃が握られている。

 何が起きている……!?


 殺意を帯びた目で銃口を向け合う2人。その片方が、総司祭に気付かれないように微かに表情を緩めたのは、相手の絡繰りに気付いたからだった。逆に云えば、何度か戦う中で見てきた流雫のセオリーを忘れるほど、詩応は怒りに駆られていた。

 流雫のセオリー、それは例外を除いて片手で撃たないこと。反動が小さい銃とは云え、完全に制御するために両手で構えるクセが有る。そして、完全に静止状態なのにわざわざ片手で構える必要は無かった。

 片手で構えたが故に空いた方の手は空を握り、しかし親指の上には空の薬莢を乗せていた。そして、視界の端で事が動いた瞬間、一言

「僕たちの勝ち」

とだけ呟いた流雫は、表情を緩めて弾いた。そう、コイントスのように。


 こうして雨に打たれるのは、あの空港の時以来だっけ……。そう思いながら澪は、時々目に入りそうになる雨粒と戦っていた。そして、薄れ途切れるどころか更に張り詰めた意識が、2人の声を拾っていた。

 ……流雫と澪、2人の銃は威力で劣る。しかし、逆手に取れば勝ち目は有る。銃声も小さいからだ。音を掻き消せれば、撃ったように見せ掛けることはできる。

 だが、雨音だけでは不安だった。だから、澪は喉が壊れそうなほどに叫んだ。撃たなかったことが絶対にバレないように。

 その直前、流雫が撃ったと思わせる唯一の証拠……薬莢が指で弾かれる寸前、澪にだけ聞こえた流雫の声は

「……明日からも」

だった。

 これが最後の戦いになってほしい、その先の世界を2人で見たい。その願いを流雫らしい言い方で。そしてそれが、叫びのスタートシグナルだった。

 詩応には、このことを伝えていない。彼女は真と通話中で、話す術が無かった。だから、あのリアクションは当然だった。

 しかし、だからこそ唐津にバレることが無かった、と云うエクスキューズは辛うじて成り立つ。後で2人揃って、詩応……と真に延々と苦言を呈されるだろうが、しかし死ぬより断然マシだ。

 全ては、流雫が澪に真が駆け付けていると伝えた、流雫の戦略。あの数秒の間に生み出し、イヤフォン越しに澪に

「撃たれて」

とだけ伝えたが、それに賭けるしかなかった。ただ、その一言だけで澪は、裏切られのヒロイン役を完璧に演じてみせた。

 そして、唐津は油断した。怒鳴る詩応と、数分前までの恋人を裏切った流雫に気を取られ、足下を見ていなかった。落とした銃が跳ねず、すぐ手元に有ったのは完全に偶然だったが、澪はバレることなく拾い、銃身を少しだけ上げて足首を狙った。

 だが、足首が防弾仕様だったのは、澪にとっても、流雫にとっても予想外だった。


 唐津が一度足下を見た瞬間、流雫は左に1歩だけずれながらターンし、詩応と同時に銃を向ける。セオリー通りの両手持ちで。そして、澪と再会する直前に掛けたセーフティを外した。

 「僕は悪魔を救う。お前の手から」

そう言った流雫の目に、背筋が一瞬凍て付いたのは詩応だった。そのオッドアイで悪を睨む目は、ゲーエイグルに刃を向けたテネイベールを連想させるからだ。

 目の色は生まれつきだし、単なる偶然。彼女もそれは判っているが、信者として因縁めいたものを感じざるを得なかった。

 「僕には、失うものなんて何も無い。何一つ失わない、全て護ってみせる」

その言葉に、詩応は無意識に呟いた。

「流雫……流石だわ……」

先刻の言葉の、本当の意味。褒められない部分も有るが、こう云う時の芯の強さは本物だ。

 「革命も、これまでよ」

そう声が聞こえた瞬間、唐津の表情が更に困惑に支配される。まさかこの女が撃ったのか。しかし、悪魔の少年が至近距離で撃ったのに何故生きている……!?

 澪は膝を突いて立ち上がりながら、流雫が弾いた薬莢を拾う。そして

「やだぁぁぁぁ!!」

と叫びながら、鈍く光る金色の円筒を指で弾いてみせた。

 「!……やらせか……!!」

唐津は、怒りに目を震わせて言った。あの茶番に、引っ掛かったのか……この俺が。

「言ったハズだ。安寧に過ごせるなら、何でも使うと」

と流雫は答える。……目の前の悪を逮捕と云う形で倒せば、安寧に過ごせる……ならば何だってやる。だから間違ってはいなかった。

 しかし、唐津は不敵な笑みを洩らした。目線の奥から走ってくる男を見たからだ。それは次第に大きくなり、やがて止まると

「大人に銃を向けるとは、問題児だ」

と声を張り上げ、扱いに手子摺る銃を澪に向ける。だが、唐津と多久……2人の黒幕は知らない。2人に刃を向けるのは、3人だけではないことを。


 元々中距離を得意としていた少女にとって、有明から台場までの距離はどうってことない。海側を走った少女は、雨で重くなったポニーテールを振りながら、声が聞こえる方向に目を向ける。 

 ……後は、目の前の数十段を上がるだけだ。真は水溜まりの端を踏みながら、雨粒が踊る手摺を掴んだ。


 「おみゃあら!!大概にしときゃあよ!!」

その声に、2人の男は海側を向く。其処には、階段を駆け上がったばかりのパンツルックの少女が仁王立ちしていた。

「真!!」

詩応は思わず声を上げたが、それとは反対の多久に銃口を向ける。そして澪も続いた。詩応に銃口を向けた多久は女子高生2人にV字に挟まれ、真に銃口を向けながらも流雫に目を向ける唐津は、男女2人にほぼ一直線に挟まれる形になる。

 ……先に撃った方に、勝ち目は無い。しかし、十数秒の硬直状態を破ったのは流雫だった。何かに背中を押されるように1歩だけ足を踏み出す。唐津は銃を流雫に向けた。

 全ての意識がシルバーヘアの悪魔に向く、それはポニーテールの少女がノーマークになることを意味する。流雫への殺意と足首の痛みに気を取られていた。

 詩応が澪の目を見つめ、2人同時に頷く。そしてボブカットの少女は、動き出すと同時に後ろから走ってきた少女と入れ替わる。その間際、彼女の耳に

「頼んだでよ」

と聞こえた。

「……はい」

とだけ答えた澪は、最愛の少年を狙う悪に目を向ける。

 ……詩応と真は、日本の王を狙った総司祭との決着を流雫と澪に託した。

 姉を殺された怒りで一発は殴りたいが、革命の野望を潰えさせることができるのは、あの2人しかいない。特に流雫は、16年近くもの間ノエル・ド・アンフェルの亡霊を抱えてきたからだ。決着を付けるのは、彼が相応しい。

 2人にとって最強のカップルは、この日のために地上に舞い降りた戦女神の化身か……。そう思えるほどに凜々しく、頼もしく見えた。


 正当防衛、それは自分だけでなく他人を護るためでも通じる。首相が先に銃を向けたのだから、既に成立する。しかし、先手必勝がセオリーとして通じないのが、日本でのテロとの戦いなのだ。何度かの戦いを経て、詩応は身を以て知った。

 詩応は足を引き摺るように、少しずつ多久の背中に回ろうとする。

「不敬も大概にしろ……!」

と大声を上げた男は、ショートヘアの少女に銃を向け、引き金を引いた。しかし、弾は1人分外れて空しく飛ぶ。そして反動で腕を振り回す形になり、

「うぉあっ!!」

と声を上げ、後ろによろける多久。首相としての貫禄も威厳もそこには無い。追い詰められ、挙げ句銃に振り回されているだけの醜態を晒している。

「詩応!」

と叫んだ真は、その腹部を狙って咄嗟に引き金を引いた。2発の銃弾が脇腹に刺さるが、多久の身体は倒れない。

「防弾ベスト!」

と詩応が叫ぶと、真は奥歯を軋ませて照準を変える。動くターゲットを撃つのは難しいと言われる、しかし残り4発有る。どれか1発でいい、当たれば。

 真は再度引き金に指を掛け、一気に引く。リズミカルな銃声が3発響き、真に銃を向けようと足に力を入れた首相の太腿に1発、小さな銃弾が刺さった。膝が折れ、そのまま仰向けに倒れ、その弾みで銃を手放した。

 詩応は多久に駆け寄ると、その身体をうつ伏せにさせ、以前澪がやっていたように手首を掴み背中に回す。

「離せ!国の代表に何をする!!」

と多久は騒ぎながら身体を捩るが、詩応は

「その座を明け渡すと言ったのは誰だ!」

と被せた。その隣に駆け寄った真は

「抵抗すると痛むでよ?」

と言い、膝の裏を銃身で殴る。

「おおおっ!!」

と声を上げた首相は、ついに抵抗を諦めた。2人に取り押さえられたまま、

 「……後は……」

と詩応は呟きながら、彼女にとっての最強カップルに目を向ける。

「僕たちの勝ち、か……」

そう小さく声に出す詩応には、そうならない未来など想像できない。する必要も無い。勝つ未来しか見えないからだ。

「そう!うちらの勝ちだがね!」

と言った真に、ショートヘアの少女は表情を緩めた。


 「残り2発……」

「どう撃たせよう……?」

イヤフォン越しにそう言葉を交わした2人は、銃を構えたまま、しかしどうするか迷っていた。

 下半身の太さや動きから、防弾仕様にはなっていないだろう。だが、撃つのは最終手段。できることなら、2発撃たせて弾切れになったところを捕まえたい。

 違法銃と違法銃弾とは云え、弾倉はホログラムシールを貼れるほど。だから6発が限度か。そのシール自体も、恐らくは偽造したものだろう。

 教団の代表と云う社会的地位が有る以上、何か有った時に備えて合法のものを使用するのがセオリー。同時に、違法のものを使うのならば、合法に見せる必要が有る。だから銃身からはみ出ない弾倉とホログラムシールが必要だったが、それ故6発しか入れられない。そもそも、私設軍隊が有るだけに、自分が銃口を人に向けることは想定していなかった。

 それが、裏目に出た。しかも、最も予想していなかった形で。

「くそ……」

と、苛立ちを露わにしながら口にする唐津。それとは対照的に、高校生のカップル2人は冷静さを失わない。

 一度は終わったと思った。しかし未だ終わっていない。これが、革命を止める最後のチャンス。

「行くよ」

「うん」

その言葉を合図に、2人は地面を蹴る。

 唐津は、後ろに下ーがりながら真っ直ぐ走ってくる澪に銃口を向け、引き金を引く。大きな銃声が鳴ったが、半歩分外れた。すかさず澪は唐津の足を狙い、引き金を引く。

「ちっ!!」

舌打ちした唐津のスラックス、その太腿に穴が開く。しかし出血は無く、男の表情も変わらない。

 「足にも防弾……!」

澪の言葉は、恋人にも届いていた。

「何処に撃てば……!」

そう声に出しながら、流雫は唐津の背後に流れ、しかしループ状になったデッキの端へ走る。


 「……あたし、流雫の力になりたい」 

その一言で、初対面だった澪との距離が急速に縮まった。ファーストキスを交わした。その全てはこの場所だった。

 しかし、此処で2人の未来は終わらない。だから、流雫は澪を、澪は流雫を信じる。

 唐津は流雫よりも、目の前の澪を斃すことを優先した。最後の1発を、一度止まって撃つ。だが、足下のタイルを削るだけだ。

「ゼロ」

とだけ呟いた澪は、しかし反動に任せて銃を投げ捨てた唐津が胸ポケットに手を入れたのを逃さなかった。まさか……。

 「流雫!別の銃!」

とだけ声を上げた澪の目には、男の手に収まる同じ形の銃が見える。同じようにホログラムシールが貼られている。

「こっちも出すことになるとは……」

と唐津は言ったが、その目は少しずつ戦闘を楽しむような目付きを滲ませる。自分の手で、自分に立ち向かう悪魔を討伐できるからか。

 残りは6発に逆戻り。唐津は先手必勝とばかりに引き金を引く。それは澪の半歩左を飛ぶ。

「撃たれろ!!」

と総司祭らしくない声を上げる唐津は、引き金を引いたままホールドする。3発の銃声が雨音を突き破るが、セーラー服の少女には刺さらない。

「手にさえ当たれば……!」

そう呟いた澪は、走りながら咄嗟に銃を構え、一気に引き金を引く。2発の銃声と、唐津が銃を手放したのは同時だった。

「くそっ!!」

と、手の甲から血を流しながら舌打ちした唐津の足下に落ちた銃は、タイルに一度だけ跳ねると直後の階段に滑り、鈍い音を立てて転がる。残された唯一の武器を追って、唐津は澪に背を向ける。澪は走り出すと、

「流雫!下に行ってる!」

とマイクユニットを摘まんで言った。その瞬間、ビープ音に遮られ、無音になった。

 ……バッテリー切れ。スマートフォンを片手に持っては戦えない。

「流雫……」

思わず、最愛の少年の名を呟く澪。しかし、口調とは裏腹に心配していなかった。


 澪との通話が切れる。しかし、唐津が下に向かっていることだけは判る。

 雨、転落防止柵の手摺は金属。未だに澪には知られていない前科が有るが、あの時と同じ。今の方が、寧ろ安全か。

 流雫はループの端で、ベンチに乗り、両足で手摺に飛び乗る。そして浮き上がり、後は重力に委ねた。

 踊り場のタイルに叩き付けられた足は、しかしダンパーの役割を存分に果たした。……元々はここから挟み撃ちにする気でいたから、跳ぶこと自体は最初から決めていた。だが、先回りする形になった今はそれより有利だ。

「お前……!!」

と言った唐津は、漸く銃を拾いながら流雫を睨んだ。上から飛び下りること自体、非常識だ。

 「非常識もストラテジー……」

と流雫は言った。正攻法じゃ乗り切れないなら、非常識な方法に出るだけ。物を壊さず、相手を殺さない範囲でなら、何だってやる。だから、非常階段で飛び下りたりもした。

 唐津にとって最大の誤算だったのは、この男が臨海副都心に居合わせたこと。そして、この瞬間まで生きていることだった。あの裏切りの真似事を愉しまず撃ち殺していればよかった。だが、今更そう思っても遅い。

「くそ……!」

唐津は何度目かの舌打ちをしながら、大口径の銃口を流雫に向ける。片手は痛むが、撃てないことは無い。火力では勝るから、それにモノを言わせるだけだ。

 「しかし、ここまでだな」

と唐津は勝利宣言を上げた。

「相手が悪かったようだ」

 ……流雫と澪、残りの銃弾は合わせて4発。そして生身。唐津は残り6発、そして防弾仕様のベストやタイツを中に着ている。それだけ見れば、高校生2人は明らかに不利。だが……。

 「あたしは美桜さんと約束したんだ。絶対に流雫を護ると!」

そう張り上げた澪の声が、流雫に刺さる。オッドアイの瞳に映るのは、銃を構えるセーラー服の少女。自分を中心にほぼ直角に立つ2人の高校生に挟み撃ちにされ、唐津の表情に焦燥感が浮かぶ。そして一気に澪に身体を向け、引き金を引いた。

 雨音を引き裂く爆発音とオレンジ色の光に包まれ、

「ぐぅぅっ……!!」

と顔を顰めたのは唐津だった。血染めの銃を地面に落とし、その場に転がる。

 流雫は目を見開き、澪は血相を変え、2人は数秒前までその場に立っていた男に駆け寄る。少女が膝を突いて

「救急車!!」

と叫んだ。それと同時に階上から

「澪!!流雫くん!!」

と声が上がった。2人の刑事が走ってくる。

「銃が……!!」

と叫ぶ澪を、流雫は思わず抱き寄せる。鼓動は早く、息は激しく、身体は震えている。それが雨に打たれて寒いから、ではないことは、最愛の少年だけが知っていた。

 「助かる!」

澪を抱いたまま、流雫は叫んだ。その声に、激痛に悶える唐津は目を向けた。

「お前……」

「助かる……!全てが終わるまで、死なれては……!」

そう言った流雫は、最後まで言えなかった。美桜のこと、大町のこと、そして難民のことを思い出したから。

 消えた、消された命の全てが浮かばれるのは、未だ先の話。それは、エムレイドの管轄。自分たちが出る幕ではない。だが、一つの区切りを迎えた。それも、誰も失わず。

 父親とその後輩が悶える男に駆け寄り、救急車の到着を待っている。その隣で

「美桜……」

と声に出した流雫の、この2年近く抱えてきた悲しみや苦しみや怒りが、止まない雨に流されていく。

「……美桜さん……果たしましたよ……約束……」

そう囁く声で言った澪は、流雫のシャツを掴む。その2人の後ろから

「……よくやったよ」

と言って肩を叩いたのは詩応だった。真も隣で安堵の表情を浮かべている。

 ……詩応、真、アルス、アリシア、そして澪と流雫。6人で掴んだ完全勝利。流雫は

「サンキュ、澪……みんな……」

と、声を詰まらせて囁く。澪は視界を滲ませたまま顔を上げる。ふと、美桜が微笑んでいる気がして、微かに頷いた。


 「君たちは、判ってるな」

と弥陀ヶ原が4人に言ったのは、唐津が救急車に運ばれるのと同時だった。

「……行こう」

とだけ澪は言い、濡れた手で目の辺りを拭いて立ち上がる。流雫は

「少しだけ待って」

と言い、立ち上がるとスマートフォンを手にする。メッセージ画面に打った3文字を、紙飛行機マークのボタンを押して送る。それはフランス語でこう意味していたハズだった。

「やったよ」

と。

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