5-6 Victory Speech
「アルス!入るわよ!」
少女の低めの声で飛び起きた少年は、何故か部屋にいる恋人に思わず声を上げる。
「朝から何だよ!?」
「朝から緊急ニュース!日本で国会襲撃!」
と言ったアリシアは、恋人にスマートフォンを見せる。
「……は?」
と思わず反応したアルスに、
「アタシが言いたいわよ!」
と言葉を被せたアリシア。寝起きでニュースを見て、モーニングも口にせずプリュヴィオーズ家に飛び出した。しかし、この家族も家族だ。二つ返事で招き入れるとは。
……東京の国会議事堂に武装集団が侵入。警察の特殊武装隊により全員射殺された。
冒頭の段落に目を通したアルスは、
「……待て。何がどうなってんだよ……!」
と声にした。……ついに連中が動いた、完全に本性を現しやがった……。
それと同時に、トーキョーのウォーターフロントエリアの列車で、連続して異臭騒ぎが起きたと云うニュースもスマートフォンを鳴らした。
テロに、卑劣じゃないものなど存在しない。しかし、密室の列車で無差別テロを起こす……これが最悪じゃないなら、何が最悪と呼ぶのに相応しいのか、教えてほしい。
「……これが聖戦ってワケね……」
と言ったアリシアの隣で、大きく溜め息をついたアルス。その頭に、とある少年が浮かんだ。無意識に、その名を口にする。
「ルナ」
……またしても、遭遇しているのか?無事なのか?
アルスは、机の上に置いたスマートフォンを手にすると、日本にいる少年の名前をタップした。
炎鷲こと唐津の、聴くに堪えない演説が始まろうとした瞬間、流雫のスマートフォンが鳴った。流雫はブルートゥースイヤフォンを耳に挿す。
「ルナ!無事か!?」
その第一声の主に、流雫は
「どうにか。ミオもシノも」
と答えた後で問うた。
「……どうしてウォーターフロントにいると?」
「お前がいると、何故かテロが起きるからな」
と冗談交じりに言ったアルスに流雫は微笑みながら
「……日本が終わったと思った」
と言った。
「泣いてないか?」
「……少しだけ。アルスとの約束が……なんてね」
と答えた流雫に、フランス人の少年は軽く笑いながら思った。本当に泣いたな、と。ただ、流雫はそう云う奴だ。思わず微笑が零れた。
「……今、どうなってる?」
「連中、エリア一帯を占拠してる」
と、フランス人の問いに流雫が答える。それと同時に、
「君たちは人質ではない。立会人だ。抵抗しなければ、安全は約束しよう」
と唐津は言った。そして、一呼吸置いて強い言葉を叩き付ける。
「政府に告ぐ。君たちが穏便に解決できる方法は一つだけだ。今すぐ、この国の実権を明け渡せ。人間の命は地球より重い。そうだろう?」
それに対する怒りの声は、上がらない。上げれば射殺されるからだ。
「政権を渡せば、エリアの人質は解放する……らしい」
と、イヤフォンのマイクユニットを口元に近付けた流雫は言う。
「映画かよ……」
と、呆れ口調でアルスは被せた。そう言いたいのも、シルバーヘアの少年には判る。
すると、場内のスピーカーから声が響いた。
「……そうだ、人間の命は最も重く、尊いものだ」
声の主は、駅前に止められたワンボックスから降りてくる。……日本の首相、多久博だった。
その背後には、男が1人。国を代表する人物に背後から銃を突き付け、歩かせている。
50代後半の首相は、両手を顔の高さまで上げている。しかし、悲壮感は感じられない。それが流雫にとっては引っ掛かる。
掠れた声で
「数万もの命を救えるのなら、この地位は惜しくない」
と言った、グレーのスーツ多久は、一度呼吸を整え声を張り上げた。
「だからこの場で宣言する。彼を、この国の新たな指導者に指名したい!」
その瞬間、場内に響めきと怒号が響く。スーツを着た私設軍隊の連中と支持者だけは満面の笑みで拍手する。
「今この場で、この男の首相としての人生は終わった。しかし、同時に数万人の人質を救ったヒーローとなったのだ。この功績は、未来永劫讃えられるだろう」
と、昂揚した口調で唐津は言った。……日本社会に勝った瞬間だった。
首相を讃えているように聞こえるが、端にいる高校生3人にはそう聞こえない。そして、そのうちの1人から母国語に翻訳されて聞いた少年もそうだった。
「……首相が総司祭に、国を渡すと言った」
フランス語で、あくまで冷静に言った流雫に舌打ちしたアルスは
「グルか……!」
と声を上げ、続けた。
「……首相も計画に絡んでいやがったな……」
そもそも、議員を国会議事堂に緊急招集した首相本人は、臨海副都心でのイベントでの演説を理由に欠席を通告していた。その後、黒いワンボックスに乗って外出している。
「……絡んでた……?……それって、つまり……」
そう言った流雫と、その声をレンヌで聞いていたアルスは、同じ答えに辿り着く。まるで、テレパシーでリンクしているかのように。
2つの国の言葉が重なった。
「国会襲撃もブラフだった……!?」
……事前に計画を知らされていた多久は、その通りに議会を招集した。しかし当人は急遽演説のために欠席し、別行動に出る。この行動は、直前までトップシークレットだった。
そしてテロ犯を突入させた。乗っ取りに賛同しなければ議員を殺す気でいただろう。誤算だったのは、特殊武装隊との銃撃戦が突入後すぐに始まったことだった。
そもそも、違法銃ごときで遅かれ早かれ突入してくるだろう特殊武装隊に敵うとは、唐津自身最初から思っていなかった。だからこの犯人も、捨て駒だった。できれば、首相の宣言を中継映像で見せて立ち会わせたかったが……。
そして、OFAが確保して匿っていた不法難民を使い過ぎた。今この界隈に集結させたのが、最後の手駒だ。
しかし、たった今1人も失うこと無く、計画を成功させた。
「……流雫?」
と、詩応が声に出す。唇を噛む少年の隣で、親指の爪を噛む澪。前に傾く肩丈ボブカットが、後ろに揺れた。
「我が神クレイガドルアの真理の下、この国は生まれ変わる!漸く真の強国日本が……!」
その勝利宣言を遮るように、会場の端から声が上がった。凜々しさを帯びた、強い声が。
「太陽騎士団の悪魔を踏み台に、フランスだけでなく日本まで蹂躙する気!?」
「澪!?」
流雫は思わず名を呼ぶ。
「どうした!?」
とアルスは問う。……フランスの少年と話している場合ではなくなった。
「……僕のソレイエドールが動き出した」
と、詩応に向かって頷きながら言った流雫に、アルスは
「……ルナ、アッリ」
とだけ言って通話を切る。……自分の声は、あの戦場には邪魔だった。だから、最後に背中を押した。
「ルナ、今どうなってると……」
と問うたアリシアが、階下から2人分のフレンチトーストとコーヒーを運んでくる。アルスはマグカップを手にしながら
「……戦女神が、悪魔に立ち向かった」
と言った。赤毛の少女は特別驚かず、部屋の主の代わりに椅子に座る。
「……あの3人なら、必ず勝つ。……そうだろ?」
恋人の問いに、アリシアは
「当然。ルージェエールの守護が有るんだから」
と答える。1万キロ離れた地にいる3人がもたらす勝利を疑わなかった2人は、皿を空にした後で教会に行くことに決めた。3人の勝利への導きを求めて。
「……ウィ」
通話が切れた後で、そう母国語を呟いた少年。その前を歩くセーラー服の少女に、幾多もの目が向けられる。
華奢な女子高生が、険しい目付きでスーツの男2人に近寄ろうとする。その後ろから、2人の少年少女も歩いてくる。
「敵対する太陽騎士団を偽旗作戦で追い詰め、総司祭まで暗殺して教団を乗っ取って抵抗できないようにし、そして不法難民を捨て駒に日本を乗っ取る……。それが愛国なの!?」
「アタシの姉は、旭鷲教会に殺された。旭鷲教会の真実を知られたから、この計画を知られたから殺したのか!?」
と、女子高生2人が続ける。しかし唐津は
「まさか、フランスの出鱈目記事を鵜呑みにしたんじゃないだろうな!これだからデジタル脳世代は……」
としたり顔で言う。その言葉を遮ったのは、2人の女子高生の左に並ぶ、高校の夏用制服を纏ったシルバーヘアの少年だった。
「アジェンス・フランセーズにスクープを頼んだのは僕だ。ただ、頼れるものに頼っただけだ」
少年のオッドアイは、アンバーとライトブルー。それは、太陽騎士団や血の旅団の経典に一通り目を通していた唐津に、父を裏切り創世の女神に寝返った憎き娘を連想させる。経典ではテネイベールの裏切りと死が、ソレイエドールに勝利を導いたからだ。
「なるほど……お前が売国奴の黒幕か!」
「重罪だ!!不敬罪と国家反逆罪で逮捕しろ!!」
唐津と多久、2人が続けて怒鳴るが、3人は微塵も怯まない。
「何だ……おい……」
その声を機に、会場が騒然とする。何処にでもいるような高校生3人に、自然と目が向く。急に雲行きが怪しくなるが、それはどうでもいい。
その中心にいる少年は、微かな溜め息を吐き捨て、その勢いに乗せて叫んだ。
「お前は革命戦士でもヒーローでもない!悪そのものじゃないか!!」
澪と詩応の頭に痺れが走った。流雫の声に、殺気を感じたからだ。
そもそも、流雫が相手をお前呼ばわりすること自体が異常だった。詩応が耳にするのは初めて、澪でさえ2回目……その初めては、空港で伊万里に向かってだった。それが何を示しているのか、彼にとって最愛の少女には判る。
「流雫……」
と無意識に声を出した澪は、胸元に手を当てて、制服越しにグループ通話のボタンを押した。
先刻、流雫がサインを求めて人混みに紛れている間に、澪は詩応に言って流雫とのグループ通話のリストに入れていた。全ては、こう云う事態に備えてのこと。
3人のグループ名はレベリオン。日本の王を狙った男への叛乱、と云う意味で、詩応が名付けた。そして、2人はその中心に流雫を据えた。そのことを、流雫は知らない。
その少年の耳に、通知音が聞こえた。マイクユニットのボタンを押すと、2人との通話が始まる。これで、何時戦いになってもいい。
「誰に向かって言っている!!」
と多久が声を張り上げると、数人の男が銃を3人に向ける。
「売国奴に鉄槌を!!」
とヤジが飛ぶ。そして動いたのは……会場の端にいたスーツを着た2人の男だった。
「唐津学、多久博。トーキョーアタックの重要参考人として、同行を願う」
そう言ったベテラン刑事の声が、その娘にとってこれほど頼もしく思えたことは無かった。しかし、油断できない。何を仕掛けてくるか判らないからだ。
「特殊武装隊は既にこのエリアを包囲した。残りも駆け付けている。逃げ場は無いぞ」
と弥陀ヶ原は言う。
……あの宗教学者は、教団の動きを読む中で、特殊武装隊のリソースを半々に分けるよう提案していた。その場での戦力は半減するが、一方がノーマークになることを懸念してだ。
そして国会は片付いた、後はこの臨海副都心に全戦力を集結させるだけだ。
「警察ごときが吠えるな!!」
と声が聞こえ、空に向かって銃声が響いた。それが引き金となって、何人かが銃を手にする。
偶然その場に居合わせたとは云え、日本が新たな指導者の下に大きく生まれ変わる瞬間に立ち会える、特別感。それが、あの高校生のガキと警察に潰されようとしている。
伊万里や唐津の信者だけではない、偶然居合わせただけの人も、一生に一度の光景を邪魔されようとしていることに怒りを覚える。
「ギャラリーは黙ってろ!!」
と弥陀ヶ原が怒鳴った。
その瞬間、唐津の近くにいたスーツの男が3人に向けて銃を構えた。けたたましい銃声を率いて、増やされた火薬の力で撃ち出された大口径の違法銃弾は、流雫と澪の間を飛ぶ。
だが、誰も動じない。撃たれないと思っているのか、恐怖感が麻痺しているのか……2人の黒幕が些かの疑問を抱えた瞬間、3人の手が同時に動いた。ガンメタリックとシルバーの銃身が、それぞれの手に収まる。
今の1発は、流雫と澪、そして詩応の正当防衛を成立させるのに十分だった。しかし、それは2人の男には想定外でしかなかった。ボーイッシュな少女以上に目障りな男女がいるとは聞いていたが、まさか本当に、目の前で銃を向けるとは思わなかった。
……銃の本質は最凶の武器……。事件が起きても対岸の火事で、利権に気を取られて忘れていた、最も基本的なことを突き付けられる。自業自得、その言葉はこの瞬間のために存在していた。
ふと、手の甲に冷たさを感じた。それは数秒で音を立て、数万人の身体に容赦なく叩き付けていく。
ほんの少し前までは晴れていたのに、急に降り出した豪雨。誰も傘など持たず、雨宿りの場所が無いメイン会場から避難しようと群集が走り出す。
「止まれ!!」
と唐津が叫び、数十人が一斉に上空に向けて威嚇射撃した。
同時に鳴った銃声は雨音を突き破る。しかし、万単位の群れは止まらない。最早、警察でさえも止められない。
為す術も無く、数万人の人質は瞬く間に数十人に減った。それも、全員が唐津の信者だ。それは伊万里信者でもあった。
……何としてでも、目の前の悪魔を斃し、革命の本当の勝利宣言に立ち会いたい。そのためなら、どさくさに紛れて銃を撃っても構わない、それが残った連中全員が、銃を取り出した理由だった。
「くそ……!!」
舌打ちした唐津は、スーツの内側から大口径の銃を出す。違法銃と違法銃弾だが、ホログラムシールを貼ってある。
「正当防衛は正当防衛を呼ぶ……」
そう多久は呟いた。銃社会化を耳にした時から、密かに怖れていたことが、目の前で現実に起きようとしている。
首相も慌てて銃を取り出そうとした、しかし手が滑り地面に落とす。その瞬間、唐津は走り出した。
「待て!!」
と声を上げた詩応が、先に地面を蹴る。そして1組のカップルがそれに続く。
高校生を追う連中は4人。スーツを着ているとは云え私設軍隊、防弾ベストは着ているハズだ。狙うなら、やはり足か……。そう思いながら流雫は、詩応と澪の背を守るように走る。
数人が銃口を向けた。
「散って!」
と流雫が叫ぶ。応戦するにも、射程距離が足りない。今は唐津を追いながら、追っ手から逃げるしか方法は無い。
「鬱陶しい……」
そう呟いた流雫は
「澪!伏見さんを護って!」
とマイクに向かって声を上げる。しかし、詩応は
「アタシも残る!澪、追え!」
と返す。
「2人を残してなんて……!」
と困惑気味に返す澪に、詩応と流雫は被せた。
「悪を逃すな!!」
「絶対追い付くから」
……昨日、3人で誓った。3人で生き延びるんだと。2人は、あたしを信じてる。あたしが2人を信じなくてどうするの?
「……判ったわ!」
そう答えたボブカットの少女は、雨粒を吸って重くなったセーラー服を揺らしてプロムナードを北上する。その背を一瞬だけ見届けた男女は踵を返した。
……半年前の自分に言い聞かせても、信じないだろう。相容れない2人は、1つの真実のために手を組み、こうして背中を預けられる仲になったと。
それも、全ては澪が中心にいるから。彼女と生きて合流するために、そして彼女を護るために、2人はこの4人を止める。
何故自分が詩応と通話しているのか、流雫には判らない。澪の仕業だと思っていたが、しかしそれが今からは役に立つ。
「少し滑りやすいな……」
と言った詩応に
「これぐらい、どうってことないよ」
と返す流雫。ウェットで、軽くスリッピーなタイルでの彼の戦いぶりは、彼女も目の前で見たから心配していない。
そして流雫は、雨音に劣らないぐらい声を張り上げた。4月の日、彼女に銃口を向けた時のように。しかし今は、2人で生き延びるために。
「伏見さん、アッリ!」
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