ドリフター(恩恵なき漂流者)

生名 成

第1話「草むしりしか出来ない日々」

 俺たちがこの世界に来てから、もう一週間経った。

毎日、毎日、ただひたすら『草むしり』という名の薬草採集をしている。 F級冒険者の依頼の中で、武器も防具も無い俺たちができるものはコレしかないのだ。

 

 冒険者ギルドの『随時依頼』は受注する必要がない。採集した依頼品を受付に出せば完了だ。


【随時依頼】

採集:ギルド指定の薬草類

報酬:下級薬草五本一束で銅貨五枚

貢献:1点

特記:下級薬草以外は時価で買い取り


 冒険者ギルドに隣接する新人冒険者専用の簡易宿舎は、一泊二食付きで一人青銅貨三枚で泊まることができる。

 これは、金が無い新人冒険者のために冒険者ギルドが格安で運営しているからだ。 ただし、E級までしか利用できない。D級になったら独り立ちしろと言う意味だ。

 

薬草採集依頼が五本一束で銅貨五枚だから、二人分の宿代の為には六十本もの薬草を集めなければならない。だが、六十本の薬草を採集するのは容易ではない。なぜなら、薬草採集をしているのは俺たちだけじゃないからだ。ソロで活動しているF級冒険者のほとんどがやっている。競争相手が多いのだ。


 人が多い分だけ、安全な場所にある薬草から先に採集される。森の奥にいけば薬草の種類や数も多いのだが、それだけ危険も増す。

俺たちは二人だから警戒と採集を分業できるが、ソロだとそういう訳にはいかない。

そういう意味では俺たちは有利なのだが、二人分の薬草を採集するのは大変な労力がいる。

 

 しかし、六十本採集できなければ野宿になるのだから毎日が必死だ。俺は男だからまだいいけど、マリエはそういう訳にはいかない。

 俺と一緒にこの世界に来た幼馴染のマリエは美少女だ。西洋人顔が多いこの世界でも目立つくらいの美人だ。 まだ16歳だけどスタイルもかなり良い。そんなマリエが野宿なんかしたら大変なことになる。

 一日も休むことができないその日暮らしの毎日。それどころか病院も医薬品も無い世界なのだ。ケガや病気にも注意を払って生きていく必要があった。

 

 

領都『ボナンザ』の東門を出て暫く進むと、街道の北側に森が見えてくる。

『東の森』の通称で呼ばれている広大な森。ここが俺たちの採集場所だ。

俺は立ったままで周囲を警戒している。ついでに薬草も探すのが役目だ。薬草を見つけたら、マリエに教えて採集してもらう。

俺までしゃがんでいると魔物の接近に気づくのが遅れるからだ。と言っても、森の浅縁部には魔物がほとんど出ないらしい。


「そろそろ休憩しよう」

「は~い」と言ってマリエが俺の方に来る。俺は布製のリュックから皮の水筒を出して木の栓を抜きマリエに渡した。


このリュックと水筒は冒険者ギルドからの支給品だ。金銭的に余裕が無い新人冒険者を支援する制度があり、その一環でギルドが無料で支給している。


「ありがとう。ショウちゃんも飲む?」

 自分が飲んだ水筒を俺に渡す。俺は水を一口飲んで息を吐いた。

 

「ここら辺もあまり採れなくなったな」

「そうね。そろそろ移動かな?」

 そう言ったあと、マリエは少しだけ不安な表情を見せた。この『東の森』以外で、安全な場所は少ないからだ。


 ここより奥の場所は魔物が出てくる確率が高い。森の奥に行くには最低でも武器が要るのだが、俺たちには武器を買う金が無かった。

 その日暮らしの毎日では貯金をする余裕が無いのだ。一番安い青銅製のダガーでも銀貨一枚はする。銀貨一枚は、日本円に換算すると一万円くらいの価値だ。普通の宿屋でも二食付きで二泊できる。


今、俺が持っているのは森で拾った1メートルくらいの硬い木の棒だ。防具は無い。この世界に飛ばされてきた時の服装のままだ。

 俺は白いスニーカーにブルージンと長袖の黒いトレーナー。マリエは長袖の水色のワンピースに水色のサンダルだ。家が近いマリエと近くの公園まで散歩がてらに出かけた時に、この世界に飛ばされたから普段着のままだった。

 二人とも荷物は持ってない。ポケットに入れていた携帯は、いつの間にか失くなっていた。着の身着のままの状態で異世界に放り出されたのだ。


 最近になってやっと、この世界に飛ばされたショックから立ち直ったばかりだ。これまでは、日々の暮らしに追われて考える余裕が無かった。毎日の宿代の捻出と今後への不安で心に余裕が無い状態だった。自分一人なら深く考えないが、マリエと二人で生きていく事を前提で、将来の事を考えなければならなかった。

 

 俺はしばし考えた後に言った。

「やっぱり石槍を作ってみるよ」

「大丈夫?」

「縄文人でも作れるんだ。現代人の俺に作れないわけがない」

 マリエは元気にウンと言った。俺の前向きな考えが嬉しいのだろう。子供の頃からの付き合いだから気心も知れている。


「今日のノルマが採集できたら川に行こう」

「うん。わかった。これでやっとお肉が食べられるのね」

「まだ、分からんが頑張るよ」

「うん。お願い」

 俺とマリエは少しだけ奥に入り、陽が残っているうちにノルマの六十本を達成した。


 街の西側に大きな川が流れている。俺たちは出てきた東門から西門に移動するために街壁の外を西へと向かった。

西門から伸びる街道は、そのまま『西の川』を渡る橋へと通じている。川の水を利用する為に街に引き込んでいる関係で西門から橋までは10メートルもない。

  橋の手前を右に曲がり、川の土手を進む。草が生い茂る土手は、高さが2メートル位だ。階段なんか無いので、滑らないように注意して川岸に降りた。


大小の丸い石が転がっている川原は幅が5メートル位だ。川の中央を流れる水は緩やかだが、川幅が20メートル以上はあるので水量は多い。水深はかなり深そうに思えた。

 川原で割れやすい石を探す。石包丁を作るためだ。薄く平たく割れたらいい。いくつもの石を大きな岩に叩きつける。何回か繰り返すうちに、石包丁ができたので皮紐を作る。

 木の幹を石包丁で削り皮を採取した。細く線状に切って干せば紐の代わりになる。暫くすると日が暮れ始めたので街に戻る。日が暮れると門が閉まるので、続きは明日だ。

 

 ギルドに戻って薬草をカウンターに出す。査定後に青銅貨六枚を受け取った。一時間の無料訓練をすませてからギルドを出る。

川に行くために今日は早めに切り上げたので、いつもより稼ぎが少ない。

 簡易宿舎で今日の宿代の青銅貨六枚を支払う。この一週間でようやく青銅貨十枚の貯金ができた。

 でも、ギリギリで生きている現状が、不安となって俺を苦しめる。

だが、諦める訳にはいかない。マリエは、俺が絶対に守る。そして、必ず二人で日本に還るんだ。

 

 夕食を終えて二人で部屋に戻る。冒険者ギルドが運営する新人冒険者専用の簡易宿舎は二人部屋だけだ。狭い部屋に二段ベッドがあるので、他には畳一枚分の空間しかない。マリエが体を拭く時は、俺は部屋の外に出る。

 

「おっ! 今日も見張りか。ご苦労さん」

 同じ新人冒険者のゲイルが声をかけてきた。俺がこうやって部屋の前に立っているのを、不審に思った彼が話しかけてきたことから知り合った。奥の二人部屋に泊まっている。

 実は、効率のいい薬草の探し方や採集の仕方は、ここに来て三日目に彼に教わった。出会った時は同じF級で年齢も近かったから仲良くなった。もっとも、彼らは俺たちよりも一ヶ月ほど先輩だった。


 ゲイルが言うには、貧乏な開拓村の生活が嫌になって冒険者になるために幼馴染のガットと一緒に村を出たらしい。

 彼らも最初は草むしりがメインだったが、武器も防具もある彼らは早いうちにゴブリン討伐をメインにした。稼ぎが全然違うからだ。討伐証明になるゴブリンの魔石を受付に出せば青銅貨一枚になる。そして、魔石の買い取りは銅貨五枚だ。合わせて銅貨十五枚になるのだ。これは薬草採集の三回分に相当する額だ。

 そして、ゲイルたちは先日E級に昇格していた。それは武器と防具があれば『草むしりの日々』を脱却できる証なのだ。


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