魔術師は異能の世界で散歩をする

人形さん

1章 個性を解明しよう

第1話 魔術師は散歩に出かける猫はフードに潜る

「むりぃ〜」


 アルトは広めの机においてあるA4サイズの紙に向かって嘆いていた。

 虚しいことに、独り言に返事をしてくれる人はいないので、苦悩は綺麗に整頓されている紙ゴミたちが吸収していった。


「やっぱ基礎からやり直さなきゃかぁ~。魔力ホール理論と性質仮説を前提としたら駄目だよなぁ。

組み立て段階ではいけそうだったけど、魔術的第4次元定説のラ・ア魔力構造を経由しなきゃいけなくなるのは想定外だった。

せめて北村式理論を使えたら前段階のアルトミスの公式からジュネブの公式に繋げられるんだけど、それは漢の定理によって理の環が乱れるから式に介入されちゃうんだよな。

原因を精査するにしても、そもそもの性質仮説を否定しなきゃ始まらないから根本から崩れるんだよ。

やっぱり仮説を定説かのように使うのはだめだったのかぁ」


 誰が聞いても分からなそうなこの内容も紙ゴミは吸収してくれるのだろうか?


「改めて研究するとしたら時間の情報化から入ったほうが良いだろうな。魔力ホール理論はいいとしてリ・コネクトシステムを使う場合は停止した時間の中で動く方法も考えなければいけない。

……それにしても」


 そこまで話したところで頭が冷えてきたようだ。さっきまで頭が沸騰したように独り言を唱えていたが、次の手が思いついたのでピークが過ぎた後の賢者モードのような感覚である。


「転移魔術を作ってみようかな? って軽く手をつけただけだったのにここまで沼るとは」

「あ、やっぱり転移だったんで……」

「うわぁぁ!!」


 誰もいないと気を抜いてたので、突然隣から声が聞こえると気が動転して座っていた椅子がひっくり返り背中を打ってしまった。

 だが、そんな無様な状況でも背中を打った痛みより誰がいるのか気になった。


「ちょ! マスター何をやっているんですか」

「いや、お前だれ……ってピノか」

「私のこと忘れていたんですか。ここにはマスター以外の人はいませんけど黒猫である私はいるんですからね! 忘れないで下さい! 」


 使い魔であるピノは初めからいたようで、僕の独り言を聞いていたようだ。恥ずかしい内容を言った覚えはないけど、秘密をばらされたような恥ずかしさで頭をかかえる。


「いるならいるって言ってよ」

「マスターが邪魔をするなって言ったんじゃないですか。集中している時はいいって言うまで話しかけるなって」

「……そうだったっけ。それならごめんな」


 ずっと研究をしていて約束していたことは頭から吹っ飛んでしまっていた。でもそういうことなら僕が悪いかな。

 元々集中するときは一気に詰めなきゃいけない方だから、話しかけられたら全部が吹っ飛んでしまうんだよね。


「それで、何を悩んでいたんですか。マスターの知識で悩むことなんて早々ないでしょうに」

「いやいや、凡才どころか無才で駑才な僕には分からないことだらけだよ」

「それは魔術を使用する才能の事ですよね。私が言っているのは知識です。貴方は人一倍、記憶して、思い出して、使用する事が出来たはず。自分でも言っていたでしょう。僕は脳味噌に才能の割合を割かれたって。」

「まぁねぇ。」

「それで、何に悩んでいるんですか。」


 ピノとはそれなりに人生を歩んできたこともあって僕の事は殆ど知られている。いまだって僕は魔術を使用する事はまったくと言って良い程才能が無いが、考える事は人一倍能がある。

 

「転移魔術の術式を書こうとしていたんだけど、想定していた方法が駄目だったんだよ。」

「具体的には?」

「さっきの1人事は聞いていたよね。」

「はい。ですが私にはそのような知識がありませんので」


 ピノは猫であるが魔術の才があり僕よりも使用できる。そのせいなのか魔術の事に関して興味を抱いているようで考える事しか能がない僕によく質問してくるんだ。

 でも、ピノ自身はお堅い魔術本は読みたくないようで興味はあるが僕に聞いてくるだけにとどまっている。そのおかげで専門的な知識は所持していない。公式とか。前提となる理論とか。


 それでも、魔術を使用できる所から才の高さが分かるだろう。僕は1から10まで全部わかってないとまったく使用できないのにね。


「前者が体を一瞬のうちに分解して別の場所に再構築する方法。この前、世界には現在の自分を情報として保存している場所があるって言うのは教えたよね。」

「はい。人はそれぞれ違う性質を持っていて、それを識別番号として生まれた時からついじ記録しているんですよね。」

「そう。そこから自分の情報を引っ張って任意の場所に再構築する事で転移をする方法だ」

「なんか倫理委員会に怒られそうですね」

「それはしょうがない。世界の法則的に自分が複数いるのは駄目なんだからどちらかは消さないと。」


 確かに今考えると、自分のクローンは自分なのか問題が出てくるよな。そこらへんはあんまり詳しくないけど遺伝子レベルから記憶まで全て同じの自分が目の前にいた時自我が崩れるなんて言う事を言っていた人もいるみたいだし。


 まあ、転移出来るなら別にいいけど。


「でも、それは複雑な処理を強いるから無理だったんだ。もし禁忌を侵して良いならそんな回りくどいことはしなくていいんだけど、それは色々問題があるからね。そこで考えたのが後者の時間を止めて歩いていく方法」

「時間を止めるのは出来るんですか?」

「出来るよ。それはもうリ・コネクトっていうシステムが開発されている。」


 何でも早く動くと時間が歪む特別相対性理論から、人間には時間を歪ませる可能性があるのだと魔術的に曲解ずけて無理やり構築しているのだと。


「でもそのシステムでは動くことが出来ないらしいんだ。」

「え、欠陥品じゃないですか。」


 なんでも時間を歪ませるためには光と同じ速度で動か無ければいけないためシステムでは体に対して光の速度で動いていると言う情報を与えているのだ。しかしそうすると動けなくなる。

 それは同じ人が考えた光速度不変の原理によって光よりも早く動けない事から、すでに光の速度で動いているはずの自身はそれ以上動けないのだ。


「まあ、そうだね。でもその中で動けるようにすれば転移まがいの事も適うんだよ。」

「……マスターその転移魔術に欠点がある事に気づきました。」

「欠点? そんなところはなさそうだけど」

「いえ、魔術の話ではありません。時間が止まっても動かなければいけないんですよね。そんなめんどくさい事時間が動いていてもやらないのに出来るんですか?」


……あ。

 確かに普通に歩いて行った方が良いよな。

 時間停止と言う事は周りも停止しているということだから何の変化もしない世界を一生懸命に歩いてそれを転移と言うのは……


 でも、時間が進んでいないと言うメリットはあるだろうけど、リ・コネクトシステムだと自分の時間は進んでいるだろうから、腹は減るだろうから……現実的ではなかったんだ。


「はぁー……」


 次の段階に進めたと思っていたけど、盲目的な部分があったようだ。自分の世界に入り込んでいるとよくあるんだよなぁ。

 でもよくあるからと言って割り切れることではない。


 転移魔術の見通しがなくなったのだから。


「気晴らしに外に行きませんか? ここのところ部屋にこもりっきりだったでしょう」

「そうだね。そうだなー。」


 気が抜けたことによって疲れが出てきたのかぼーっとしてくる。

 少し研究に時間をさきすぎたのだろう。


「長寿の魔術があるとはいえ動かないのは体に悪いですよ。」

「まあね。」

 

 この塔から空を一瞥する。


「外も結構変わっているだろうし、久しぶりに歩いてこようかな。」

「良かったですそれなら適当な服を用意しておくので身支度をしてください。」

「ありがとう。」


 部屋にこもりっきりでは頭が硬くなってくるから新しい知見を深めるのもいいかもな。まあ、前回外に行った時から2000年もたっていないから変わっているところは少ないと思うけど。


 少しウキウキしながら身支度をするのであった。




 風呂でさっぱりしてきた僕は用意されていた服を着る。少し豪華であり個人的にはもう少し質素な服を好むけどせっかく用意してくれたのだから何も言わない。

 どうせいつも着ているローブで隠れてしまうのだから。


 そう思いながら身に着けると、いつもはこんな服は着ないからかイケメンに見えてくる。

 思わず髪を弄ってこの服に相当する見た目にしようとするほどだ。


「きましたか?」


 ただ少し時間をかけてしまったようでピノが心配して来てしまった。


「うん着れたよ。それじゃあ行こうか。」

「はい! 行きましょう!」


 ピノは準備が終わっているようで行く気満々である。僕はまだ服を着終わったばかりではあるが、後は魔術を使うための杖とローブくらいである。

 定位置に置いてあるそれらを手に取って出発するのであった。


「杖よ願いに応えよ。」


 この塔を降りる方法は二つほどある。一つは歩いて降りる事。しかしそれは雲を超えるほどの高さゆえに現実的ではない。そこで二つ目の方法なのだが、魔術で降りるのだ。


 僕の言葉に応えて杖が反応する。杖の先から何十にもなる魔法陣が展開されて魔術が発動されるのだ。


「願い魔術 飛行」


 人々の淡い欲望である願いの集合体の一つの「空を飛ぶ」事をキーに魔力で飛行するのだ。本来身一つでは出来ない事だけど、魔力に内包されている反発の性質によって無理やり起こしているのだ。


「おぉ、マスターの魔術は綺麗ですね。見惚れてしまいます。」

「ありがとう。それじゃあ行くぞ。」

「はい。行きましょう!」


 久しぶりの塔の外で鼓動がいつもよりも早い。年がらもなくウキウキしてくるようだった。





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