5-1 答え合わせの約束


 要は昨日の事を説明した。

 

 ホームルームが終わってすぐに屋上へと向かったこと。そこで出会った一人の女の子のこと。事情を知って動けずに立ち尽くしたこと。そして、気づいたら家にいて、眠りに落ちていたこと。

 

 説明する言葉に熱はなく、ただ時系列に沿って、淡々と言葉を羅列する。それは自分の事を話す第三者が取り調べに応じる聴衆のよう。要自身、屋上での一件に結論を出せずにいた。濁流に流されるまま、かいをコントロールをする余裕もなく、岩壁に砕かれた感情をいったいどう説明すればよいのか。

 

 何度も思案し、ゆっくりと言葉を模索するが、選択される言葉は無機質な場面を連想させる状況名詞ばかり。

 要は火花の意図する回答と、自身の回答にズレがあるのを自覚していた。それ故に、時間が経つにつれ湧き出るのは濁った居心地の悪さのみ。

 

 要は手持ち無沙汰に摩ったさすった手から視線を外すことなく、気付けば言葉の残弾は底を尽いていた。火花は相槌すらいれず、ただただ耳を傾けていたのだろうか。もしかしたら、あまりに趣旨から逸れた話を繰り広げてしまい、呆れて物も言えないだけかもしれない。重い頭を軽く振り、視線のみを火花に向け、機嫌を確認する。

 

 「……火花?」

 

 要は他人の感情を読み取るのが得意な方ではない。目を吊り上げる、声を荒げる、涙するといった大きな導線でもあれば判断ができるのだが、空気感や機微といったものから察するのはめっぽう苦手だ。

 

 ただ、今回はそのどちらにも当てはまなかった。

 

 目に映るのは正座姿で背筋を伸ばし、手で顔を覆う岸本火花。思わず要は小首を傾げた。互いに何も言葉を発することなく、空白の間が永遠にも感じられるほど、静けさが空間を支配していた。

 

 手で顔を覆うといった動作には大きく二つの意味があるとされている。一つ目は何かしらの羞恥を目の当たりにし、堪え顔を他人に顔を見られたくない時、二つ目は泣きたくなるほどの悲しい出来事に遭遇した時の二つに大別される。後者は論外だろう。呆れられることはあれど、悲しみにいたるような酷い説明はしていないはず。可能性があるとすれば前者だが、こちらも限りなく零に近い。あまりに荒唐無稽な説明だったため、可笑しいのを堪えている。そうであって欲しくはないと思うが、現状の選択肢としては一番可能性が高かった。

 

 「ひばっ」

 

 「はぁぁぁ……」

 

 「うわっ」

 

 要の呼びかけに被さるようにして、火花は盛大なため息をついて見せた。顔を両手で覆い隠したまま、クの字に折れ曲がるように倒れ込み、要の布団の上に頭を乗せる。猫を連想されるような予測不能な行動に、要は動揺を隠せず困惑の色を浮かべる。完全に声を掛けるタイミングを失い、空中に手をさまよわせていると、布団に顔をうずめた火花からくぐもった声が聞こえてくる。

 

 「どうしたい?」

 

 問いの意味が分からず答えに詰まっていると、今度ははっきりとした口調で「要は、その子とどうなりたい?」と問うた。布に吸われてしまったせいか、その言葉から感情を読み取ることができない。

 

 火花の問いに、困惑と疑問を浮かべる要。そもそも「どうなりたい」という質問の意味が分からなかった。要が屋上で出会った女の子は知らない人で、勘違いで手紙を入れた相手で、他に好きな人がいて、何の関係性もないただの一生徒。間違って手紙を入れられたことも、屋上で時間を空費させられたことも、要にとっては慣れきった日常の一部だった。そこに怒りや憎しみといった感情はなく、いつもの日常の一ピース。今回はたまたま女の子が勘違いして告白に来ただけ。

 

 ただ、それだけなのに……

 

 (どうなりたいって、私は、ただ屋上に、それだけで…)

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