初恋相手に出会ってすぐ、振られてました
黒神
1 (プロローグ)
晴れ渡る空の下、アパートの
アパートを出てすぐ左、坂下に見える駅へと向かう。傾斜の鋭いこの道路から見渡せる景色にも、段々と慣れてきた。要の向かう駅への道は近隣学校の通学路と重なっており、時折すれ違うジャージ姿の男女の胸元には名前が刺繍されていた。数年しか違わないはずなのに、その背丈は一回りも小さく思えた。自分が一つ大人になったのか、それとも坂の上から見下ろしているせいなのか、そのどちらもか。
歩みを進めると、門出を祝い花を散らせた桜の木が役目を終えて閑散としていた。車に煽られ、花びらが縁石の傍へと追いやられている。柔らかくも煩わしい花びらを眺めていると、カラカラと回る懐かしい音が近づいてくる。視線の先にいたのは二人の少女。軽快に縁石の上を渡る身軽なポニーテールと、カゴいっぱいに荷物を詰めて自転車を押すお団子髪の二人組。
「そんなところ歩いたら危ないよ」
「大丈夫大丈夫~」
両手を広げ、自由気ままに闊歩するポニーテールの少女。それをよそに、傍らで心配するお団子髪。髪の色、身長、雰囲気まで、見るからに対照的な二人。同じジャージで並んでいなければ、二人が親しい間柄と思う人は少ないだろう。きっと、当時の要も同じように思っていた。
すれ違う彼女たちを背に、二人が通った道をなぞる。これまでの軌跡を辿るように。
しばらくして駅に着いた。出入口は一つ、駅構内にはコンビニなどなく、快速は止まらない。改札で勤務する駅員の欠伸さえ、鮮明に聞き取れる。発車予定時刻の十五分にはホームに辿り着き、スマホを覗く。残り少なくなった交通系ICの残高をチャージし、電源を切った。明かりのない画面に映りこむ自分の顔が気になり、前髪を整える。気づけば電車は目の前に止まっていた。
休日といえど、この時間の車内は数えるほどしか乗客がいない。一つ飛ばしに空いた席には目もくれず、扉付近へと身を寄せた。そして、もう一度スマホの画面を覗いた。
目的地へ向かい、電車は音を奏でて発車する。心地よく揺れる電車に反し、要の心は落ち着きない。昨日用意した鞄の中身を何度も確認し、何度もポケットに手を入れては、鍵の存在を確かめた。一つ、二つと電車は停止を繰り返し、目的地を知らせるアナウンスが聞こえてくる。その度、段々と鼓動のリズムも早くなっていった。
電車が目的地へと停車すると、要はすぐさま化粧室に向かい、何度目かも分からない服装チェックを施した。ロング丈のワンピースのしわを伸ばし、黒のショートブーツについた砂汚れをウェットティッシュで拭き取る。拭いきれない不安の塊を、ほんの少しでも軽くするように。
待ち合わせは改札正面にある小さな時計塔。時計塔を中心に、囲うようにして組み立てられた木組みのベンチには、まばらに人が座っている。誰も座っていないベンチの前に行き、要は直立不動で立ち尽くしていた。左手首に掛けられた腕時計を見やる。短針と長針が重なるまで、半周とない。
約束の時が刻一刻と近づいている。その分かり切った事実を、改めて確認させられた。
(駄目だ、手が震えてる。)
左手には鞄、右手には部屋のカギ。強く握りしめられた手の内には、確かな水分を持った汗を感じていた。音などでるはずもない時計から、まるで刻一刻と時を告げる音が聞こえてくるようで、このままでは、いずれ彼女の幻覚すら見えてしまうのではないだろうか。不安と緊張、そして実態のない彼女の存在の影に翻弄させられる。
視線は幾度となく腕時計と駅改札を往復する。長針が揺れる度一喜一憂し、手首を
ゆっくりと思いを込めるように、右手首を包み込む。
(どうか、うまくいきますように。)
永遠とも思える時は、震えるスマホによって遮られる。
「後ろ」と書かれた画面。反射的にその方角へと顔を向ける。
(いた。)
彼女だ。
悪戯に笑う顔をスマホで隠すように、こちらを見つめている。あの表情、少し前には到着していたに違いない。ぶわっと、視界が開け、そして先ほどまで溜めていた緊張が湧き上がってくる。
はやく、はやくその手に触れたい。笑顔でほほ笑みかけてほしい。喫茶店にいって沢山話を聞きたい。会えなかった時から、昨日見た夢の話に至るまで、ひとつ残らず共有したい。あなたといられなかった時間が嘘になるように。
そして、この願いを聞き届けてほしい。
要は駆け寄る前に、ミサンガに願いを込めた。ポケットに手を入れ、握りしめる手に力を込める。
どうか、どうか、届きますように。
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