第2話『ミウミ』(6)


「いらねぇってんならここの熱は全部俺がいただいてく!」

飛び降りたカミヤはあっという間に俺の乗る船の横を通り過ぎていった。行為に呆然とさせられたのは一瞬、慌て甲板端から下方を覗き込むと、カミヤが高熱と低熱の境界に激突する直前の場面が視界に飛び込んできた。

「っ、らぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 直後、カミヤの広げた掌がこちらとあちらを区切っている境界に接した。

 瞬間、甲高い音が鳴り響いた。音はまるで鐘の音色のようだった。

 直後、荒れ狂う風が周囲に吹き荒れた。世界が赤く染まった。

船の下方より吹き荒れてくる風には大量の熱が含まれていた。空間内に吹き荒れる熱風はまるでカミヤの激情そのものであるかのよう、熱く、熱く、熱く、熱く、ただただ只管に熱かった。

「―――あつっ……!」

轟く熱風が吹き荒れていた。高温と熱の境界に大きな渦が生み出されていた。大きな渦はカミヤと熱の境界の接触点を中心に生まれていた。渦はやがてカミヤの体が境界の向こうへ進行するとともに、竜巻へと変化した。そして生まれた竜巻はやがて根元からいくつにも分裂し、四方八方へと散らばっていった。そして―――

「あ―――」

見えた光景が、現象が、信じられなかった。伸びた巨大な竜巻の先端が風車塔の中の軸柱や内壁面や螺旋階段を形成する板に接触した途端、プレートと一体化しているそれらの表面を削りとっていったのだ。

 目の前の光景を、夢か幻か何かではないかと思った。だってプレートと一体化した風車塔が破壊されるなんて光景を初めて見た。不壊のはずの存在に破壊が生じるその光景が、現象が、どうしても信じられなかったのだ。

「あ―――、っ、カミヤッ!」

 何を言おうとしたのかなんてわからなかった。何故思わずその名を叫んだかなんてまったくわからなかった。わからないけれど、体の奥から湧き上がってきた正体不明の熱を体内に押さえつけておく事が出来なかった為に気付いた時には己の体が動いて声を上げたのだという事だけはわかった。

「あ、ぁ、ぁ、ぁ、あぁぁぁぁぁっ!」

カミヤは叫ぶ。応じるよう、渦まく熱風が、熱の竜巻が、接触した存在の全てを打ち砕いてゆく。螺旋階段はそしてカミヤのいる下方から上方へと向かって次々と破壊され、ドミノ倒しの駒のよう次々と脱落していった。また同様、風車塔の内壁面や軸柱はカミヤに近しい場所から次々削られ、金粉銀粉が宙を舞っていった。

「あぁぁぁぁぁぁぁっ!」

カミヤの咆哮と共に、今後も同じように続いていくだろうと思っていた世界の全てが変化してゆく。風車塔を構成している壁が、歯車が、軸棒が、螺旋階段が、余さず消え失せていく。カミヤが余裕ない様で発する単純で意味をなしていない悲鳴の羅列の無意味な咆哮を、雄々しく、猛々しく、そして美しいと思った。

「あぁぁぁぁぁぁ―――」

カミヤの咆哮は抗いの現なのだと直観した。だってカミヤの咆哮は俺の叫びみたいに言い訳じみていなかった。だってカミヤの咆哮には余計な修飾の言葉が存在していなかった。だってカミヤの咆哮は俺のそれのよう立派な言葉の錦に着飾られていなかった。だってカミヤの咆哮には行動が出来ない己を言い訳するような言葉がまるで存在していないのだ。だってカミヤの咆哮にはただただ若きカミヤがその内に秘めていたのであろう情熱の滾りばかりを感じさせられるのだ。だってカミヤの咆哮は、枯れて老いて情熱失せてしまったはずのカロンの全身に、胸に、努めて抑え込んでやらなければ今すぐ動きたくなるくらいの熱い熱を生むのだ。

「あ、あっ、あ、ぐ、ぁ、あ、あぁぁぁぁぁぁぁっ!」

想像を超えた存在にはいつだって問答無用の説得力がある。

だからだろうカミヤの咆哮には問答無用の説得力があった。

誰にとって無価値であろうと関係ない。

誰にとって価値があるかなんてそんな事、己の都合の後に考えれば良い。

最優先にすべきは己の事情だ。他の存在だの他の誰かにとって価値があるなんていう余計な事を考えるのは、最後の最後、己の事情が全て余さず解決して熱の余裕が出来た時でいい。

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

カミヤの咆哮は無言のうちに強くそう訴えていた。

カミヤはきっと自分が世に生まれた意味なんてものを考える暇があるのならさっさと動いてしまう人間なのだ。カミヤはきっと他の誰かに必要されようがされまいがそんな事知った事ではないと断言してしまえる人間なのだ。カミヤはきっと理想を叶える為に立ちふさがるあらゆる物事や障害を正面から力尽くに押し通りたい人間なのだ。カミヤはきっと自分の持っている才能や能力が弱いからといって他の誰かの力を安易に頼る事を嫌う人間なのだ。カミヤはきっと自らの望みの為ならば物事の要不要の判断を瞬間的に下して突き進んでゆく事が出来る男なのだ。カミヤはきっと自らの進んでゆく道を自らの望みと自らの意思で決定して自らの手で足掻く事が出来る男なのだ。

 カミヤはきっと今の時代に唯一存在する、自ら選んだ苦悶の道を自らの手足と意志で進む事が出来る男なのだ。

「あ―――」

涙が零れた。己に無いものを持つカミヤの事をひどく羨ましく思った。けれど不思議と嫉妬の気持ちが生じる事はなかった。胸中は初めて風車塔の屋上で沈む夕日の光景を眺めた時に生じた暖かい気持ちでいっぱいだった。 改めてカミヤを見た。唐突に、何故カミヤが唐突に会話を打ち切って突撃していったのかが分かった気がした。きっとカミヤはカロンの言葉と想いの不一致が気に食わなかったのだ。きっとカミヤは己すら納得させられない言葉を積み重ねては本音を言葉の後ろへ隠してしまおうとするカロンの臆病さと態度が気に食わなかったのだ。きっとカミヤはカロンの発する不愉快の言葉や想いや態度を否定する為には、億千万の言葉を積み重ねるよりもたった一つ行動してやった方が余程効果的だということを直観的に悟ったのだ。

そう。たった一つの行動は億千万言葉重ねるより雄弁に真実を語るのだ。カミヤはきっと、口先ばかり達者に言い訳ばかりして行動せず、あまつさえにはプレートの中の力を借りて得た誰のモノかも知らない知恵や知識や経験による答えや否定的な意見ばかりを後生大切に扱っては勝手に絶望し、更には己が納得して信じてしまった絶望の結論を関係ない他人に押し付けようと必死に努め、全てはもう終わってしまっているのだと言ってはこの世界を完結させては何もかもを過去の中へと放棄したがるカロンという存在の在り方を、自己の意思と保有する熱と才と力を用いて今の世界を必死に生きるカミヤはとことん嫌悪し、腹立たしく思ったのだ。

若いカミヤは老いたカロンの諦観と絶望の押し付けが許せなかったのだ。だからカミヤは迷わずに動いたのだ。そしてそんなカミヤが動いた結果、その意思と情熱に応えるかのように、これからもずっと変わらないだろうと思い続けていた世界はこうも呆気なく変化したのだ。老人カロンの詰まらない屁理屈と言い訳を、若いカミヤは行動によって完全に封殺したのだ。カミヤはそうして見つけた苦悶の答えを解消するべく、願いを叶えるべく、行動によって己の意思をこの世界にぶつけ続けてゆくのだ。多くの熱を持つ相手にも迷わず突撃してゆくのだ。必要なのは決心と行動だけだったのだ。決心して行動すれば、応じて世界は変化するのだという事を、カロンは決心して行動したカミヤに理解させられてしまったのだ。カミヤは言葉一つ告げる事なく、示したのだ。即ち、カロンのみっともなさを、カロンに足りなかったのは勇気の決断と行動だった事を、誰かに必要とされたいなら必要とされたいと思う事を相手にわかるよう提示してやる事が肝要だったのだと、そんな事すらも忘れて―――否、傷つく事を恐れてそれを行ってこなかった俺はだからこそ他の誰からも必要とされなかったのだと、かつて決心して行動したからこそ老いたカロンは風車塔の側で満足の出来る生活を送れていたのだと、だからこそ若いカミヤは老いたカロンという男の生き方を認め、そして今、己が認めた生き方を否定したカロンを否定する為、何より他でもない己自身の苦悶の解答と進む道の正しさを証明してやる為、己の意地と矜持にかけて己の熱量を遥か超える存在へ突撃しているのだと、それこそがこの世界で自身が見つけ出した苦悶に対する答えなのだと、カミヤという己はそんな己自身の願いを貫く為だけに臆せずどこまでも前へ進んでいく存在なのだ、と。

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

周囲に一切流される事なく頑なに己の意地と矜持保とうとするカミヤの強靭な在り方に、長年付き添ってきたアイオリスの風車塔の姿を幻視した。カミヤと膨大な熱との激突によって強い熱風が生まれ、それが周囲にある小さな礫を飲み込み上空へ巻き上げてゆく光景は、まさにそっくりだった。

そう。今、こうして見守るさなかにも、目の前では熱風が吹き荒れている。吹き荒れる熱風によって、熱風が生む旋風や竜巻によって、風車塔の完全に不壊であるはずの壁が、中央の軸柱が、大小の歯車が、螺旋階段が、カミヤの決意と行動の結果によって壊れてゆく。誰からも不要の烙印を押された完全不壊であるはずの風車塔が、その壁が、未熟で年若いカミヤの抗いによって全て取っ払われ、世界が更新されてゆく。

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

飽きもせず只管その光景を眺め続けていると、やがて壁に罅が生まれた。罅はすぐさま広がって隙間となり、やがて大きな穴が生まれて中と外を繋いだ。生まれた大きな穴からは、向こう側の世界、太陽が沈みかけている黄昏時の光景が目に飛び込んできた。風車塔の周囲を再び取り囲み始めていた灰色の積乱雲が大きな穴から出た強烈な熱風と旋風と竜巻によって赤い夕空の中へ散っていく光景を見た。カミヤと風車塔内部の熱の激突により生まれる赤が崩れた壁の向こう側にあった夕暮れの朱と混じった結果、目の前に広がる世界はまるで燃え盛っているかのような赫色に染まっていった。

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

行動というあらゆる生物に通じる共通言語によって、今後も当然に続くと思っていた世界が崩れ壊れてゆく。何度も見てきた風車塔の黄昏の光景をこうも美しいと思ったのは真に初めてだった。この世界は万物が流転する事によって存在し続けてきたのだという事をこうも強く意識させられたのも本当に初めての事だった。さなか、この俺を乗せたプレート製の大型帆船はカミヤと風車塔の熱が生む熱風に翻弄されて黄昏に染まる空をいつものよう流浪させられているのをひどく情けなく思った。

カロンの所有する大型帆船のプレートがカロンの意思によってではなく周囲の熱の流れによって流されてゆく。カロンの決意によっての行動によってではなく周囲の熱の大きな流れの影響で流されるその姿は、その有様は、まさしくカロンという己とそっくりでなんとも皮肉が効いている出来事だと思った。

つまらない事を考えるさなかにも風車塔は、上層の大風車と小風車の力を鐘へ伝える為の基礎となる大歯車が設置されていた、つまりは先程までカミヤのいた地点あたりを中心に崩れてその姿を失っていっていた。

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁ!」

崩壊は迅速だった。そうして砕けた風車塔の欠片は瞬間的に砂粒のよう粉砕され、生まれた金色銀色の粒子は荒れ狂う風により世界中にばら撒かれていった。そして天を支えるよう屹立していた風車塔は、それを構成する風車羽は、外壁は、内壁は、歯車は、内柱は、風車塔の全ては、あっけなく瓦解していった。

「あ―――」

さなか、風車塔の上部が瓦解した部分あたりより斜め前傾姿勢となり滑り落ちる姿を目にして思わず呟いた。伴い、地面に向かって落下してゆく風車塔の屋上部位に設置されている鐘が大きく斜めに傾く場面を目撃した。傾く鐘は落下するさなか更に勢いを増し、同じく屋上に取り付けられていた金属製の舌と接触し、そして。

「あぁ―――」

からんからんと大きな音を周囲に鳴り響かせた。不動で老いの象徴と思っていた鐘がこうも高らかに若々しく清らかな音色を鳴り響かせる姿に胸を打たれた。まるで祝福の音色のようだった。聞いた瞬間、体中が心地良い熱に満ちる感覚を知った。世界が光を取り戻していた。音色を知る人々がヘルと呼んだ理由が分かった気がした。胸打つ音が熱の飽和したこの世界を切り裂いて遠くまで鳴り響くその様に、涙が止まらなかった。

「―――」

思わず膝をついた。両手を合わせて強く握りしめた。涙が止まらなかった。全身の隅々までが心地良い熱さに満たされていた。両手を強く合わせたまま無言で光景を眺め続けていた。するとやがていつ終わるともしれなく続いていた鐘の音色はしかしカミヤと風車塔の熱の激突によって生まれた竜巻によって本体と共に徐々に砕かれ、小さく変化し―――やがて満足のため息のような音色を最後に小さく鳴らすと、小さく粉々に砕け散ったのち、荒れ狂う熱風と竜巻に飲まれ世界の中へと溶け込むようその姿を消していった。

それはまさしく挑戦の姿だった。正面から熱と激突して戦って正々堂々胸を張ってこの世界から退場してゆく鐘の有様は美しかった。文句を言う余裕があるなら挑み、力の限りに戦っては力尽きると同時満足げに微笑んで速やかに消え失せるというその理屈を当然のよう素直に実行する鐘の有様に、涙が止まらなかった。

「―――」

命多ければ辱多し。倦怠と挫折の絶望に満ちていたはずの世界が光輝いて見えていた。体の中が焼かれたよう熱く、熱く、熱く、ただただ只管に熱かった。朽ちて老いて錆ついていたはずの心臓が限界を忘れたかのように次々に全身へ血液を送り出していた。流れる血の一滴すらも灼熱帯びているのではと思える程に熱い熱が全身を暴れ回っていた。身の内巡る波打つ灼熱の感覚は、その余韻は、いつ終わるともなく続いていた。

「あ―――」

けれど、やがて世界を染める赫が薄くなったのを見て、終わりが来た事を悟った。

見上げるともう夜が訪れかけているのがわかった。目の前の景色は見る間に移り変わっていっていた。

あと少しすれば赤は全て消え失せ、世界はいつもの黒色に染まってしまうのだろうと思った。

夜がもうすぐそこまでやってきている。太陽はもう沈んでしまっている。けれど世界は未だ赤さを保っていた。目の前の世界がまだ完全な夜色に染まりきっていないのは、未だカミヤが風車塔の熱と戦っているからだった。カミヤと風車塔の熱との決闘によって生み出される赤色の光と竜巻が目の前の世界を赤く染め続けているのだ。

「あぁ、あぁぁぁぁぁぁぁぁ、っ、ぁぁぁ、あぁぁぁ!」

カミヤは今も周囲の熱を全て奪い尽くそうとしていた。戦いに生まれる旋風や竜巻により、粉々に砕け散った風車塔の残骸が世界にばら撒かれていた。風車塔はもう屋上も羽も鐘も失せていて、残るは塔の下部だけだった。

「あぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁ、っ、あぁぁぁぁぁぁぁ!」

その下部も今や砕けて散りつつあった。姿に、カミヤは遠くないうちに誰からも不要と断じられて放棄されたアイオリスの風車塔とその内部へ大量に溜め込まれていた熱を喰らい尽くすだろうと確信した。

 カミヤの行為と結果はまるで救いだった。

 世界に決して不要なものなんてないという証のよう感じさせられた。

「あぁ―――」

 けれど少し悔しかった。何故今、風車塔と戦っているのが、鐘を鳴らしたのが、この俺でないのかと思った。あの風車塔の全てを奪うのが、美しい音色の鐘を鳴らしたのが、ずっと側にいたこの俺の手によってではなく、来たばかりのカミヤの手で事がなされたという事実が、これから完全になされてゆくのだろうというその予測が、少しだけ悔しくて―――、寂しかった。

「あぁぁぁぁ、あぁ、あ、あぁ、あ―――お、おぉ、おぉぉぉぉ!」

思うさなか、叫びの質が変わった事に気付いた。考えが中断させられた。息を呑んで、カミヤを見た。

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 すると叫び戦うカミヤ―――

「―――」

ではなく、カミヤのすぐ側に佇んでいるミウミの姿の方が先に目に飛び込んできた。

「嬢ちゃん……」

カミヤの手前に佇むミウミの視線はカミヤに向けられていた。向けるその表情と眼差しはとても優しかった。荒れ狂う嵐の中、カミヤ見守るミウミという少女の周りだけが凪いでいた。見て、ようやくその異常に気付いた。

「―――」

唐突に思い出す。ミウミという少女はいつもカミヤの側にいて、求められた時には欲する知識を与えていた。ミウミという少女の目は常にカミヤに向けられていた。ミウミという少女は、ともすれば風車塔に溜め込まれていた熱の消失と共にあっけなくこの世界より退場してしまいそうな気配すら感じられるカミヤやカミヤの周囲にある熱とは異なり、この荒れ狂った環境の中において全く揺るがず浮かんでいる。俺が作りだした舟の上に乗るミウミは、その束ねられもせずにある黄金色をした毛先の一筋に至るまでが不動の状態を保ち続けている。

 不動の在り様にまたもや風車塔の姿を幻視させられた。常にカミヤの側に付き添い、常に変わらず在り続け、常にカミヤと世界とを繋げる橋となるその姿を、まるで船橋のようだと思った。

―――船……

「あ……―――」

瞬間、眼下に視線が向いた。足元にはこの俺のプレート―――大型帆船があった。俺が旅をやめたその時からずっとほったらかしにし続けていた風車塔より長い付き合いの船は、けれど今もかつて旅をしていた時のよう、カロンという存在の足元で、かつての旅路の時のよう、カミヤと風車塔の激突より生まれる全ての熱を吸収してカロンという存在を守り続けてくれていた。

「あぁ……!」

姿に、カロンはずっとカミヤのよう、側で支えられ助けられ見守られ続けていたのだと強く意識させられた。それに呼応するかのよう、胸に熱が生まれた。生まれた熱はすぐさま胸の中で収束し、別の熱さの熱を生んだ。その熱は瞬間的に全身へと広がり、やがて当然のよう頭部の方へと集まり収束していった。

「俺は―――」

一つ、二つ、と顔面に生じた熱の雫が足下へ垂れ落ちていった。落ちた雫が船板を叩いて濡らした時、唐突にこの膨大な量の熱と風が渦巻く空間の中において、それでも涙という儚い熱量しか持たない存在が無事に地面に届いているという事実に改めて己の愚かさと醜さを理解させられ、気付かされた事実に強く心を痛めつけられた。それと同時、只管与えられた役割を果たし続けるその強さに改めて強く尊敬と憧れの念を抱いた。

庇護対象の存在はいつだって文句を言って現実から目を背けるばかりで、プレートはけれど文句の言葉ばかり紡ぐカロンの側で辛くあたられても悪しく言われても常に自分を支えてくれていて、狭量偏屈で凡才故に余裕を持てなくて認めるどころか気付く事すら今まで出来なかったけれど、カロンという愚者はプレートに救われ続け、ずっと見守られていたのだと。プレートは己を不要と捨てた存在を見捨てず在り続けてくれていたのだと。

「あぁ……、あぁ……」

嗚咽の声を押し殺す事なんて出来なかった。たまらなくなり両手で顔を覆うと鼻先にまで伸びてきていた涙はすぐさま掌を通り抜けて顎下を流れるそれと合流して地面へ落ちていった。指の隙間から意味をなさない嗚咽の声が涙と一緒に零れ続けていた。カミヤとミウミの在り方は、カロンと風車塔の関係に本当似ていると思った。

「あぁ……―――」

そうしてプレートの事を強く意識した時、自身を助け続けてくれた存在の事をよく知りたいと強く願った時、プレートの力によって見えてしまった彼らの結末に絶句させられた。このままでは彼らも俺と同じ結末を迎える。今のままでは彼らは未練を残したまま満足する事なく世界から退場するという最悪の未来に辿り着いてしまう。今はまだ想像のものでしかない彼らの結末を想うと、それでもぎしぎしと胸が強く痛んだ。まだまだ若い身空である彼らの未来に待ち受けているのがそんな悪夢のような結末である事を想うと、それだけで全身に満ちる熱は枯れた身を燃やし尽くしてしまいそうな程の憤怒の熱へ変換されていった。

「―――冗談じゃない」

物事には順序というものがある。起ころうとしている不条理を心底許せないと思った。

「―――冗談じゃない!」

何とかしなければと思った。けれど俺の力で出来る事なんて高が知れていると思った。

「俺は―――」

 あたりを見渡して、もう時間が全く残されていない事を知った。だって日はもう完全に沈んでしまっている。空は完全な夜色に染まってしまっている。気付けば目の前にあった赤は完全に消えてしまいそうになっている。

 闇が世界の全てを飲み込みかけている。若い命が老いた命よりも先に失せようとしている。

 事実が、決断して行動する事を避け続けてきたカロンという男の全てを、挑戦する彼らに感動したこの俺を、挑む彼らの事を嘲笑っているようだと感じられた。

「何か―――」

 何か出来る事がないかと考えた。今生で一番真剣に頭を動かし、周囲を見回し、今の自分に出来る事を探した。けれど、どれだけ必死に頭を動かしても、周囲を見渡してみても、わかるのはカロンなどという枯れ木に等しい存在に出来る事は何一つないという事実ばかりで、事実、カロンという己に出来るのは視線をカミヤとミウミとミウミの乗っている舟と壊れてゆく風車塔の残骸と俺の大型帆船型のプレートを行き来させる事ばかりで―――

「船……」

けれど唐突に閃く。枯れ木のような俺にもやれる事がある事に。

「―――」

殆どまともに自らで決断を下さないまま老いてきた俺にもやれる事あると気付いたその時、これまでの生涯において感じた事がない程の喜びを覚えた。けれど喜び勇んでその思い付きを実行しようとした途端、俺は本当にそれをしてもいいのだろうかという不安と迷いが生じた。だってやろうとしている所業を実際行ってしまえば、きっと彼らは今までとは別種の―――きっと今よりもひどい苦しみを抱えて生きてゆく事になるのだ。

誰かの手助けが呪いとなりえる事を嫌というほど体験させられてきた。

勝手な手助けが呪いになるかもしれない事を、十二分に承知している。

―――いいや、きっとそうなる

カミヤは、ミウミは、そういう存在なのだ。

プレートとはそういう道具なのだ。

「俺は―――」

 時間がないのはわかっている。夜がそこに迫っているのもわかっている。

 迷った。葛藤した。間違いなく生涯で一番悩み悶え苦しんだ。そんな時。

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

「―――」

「は―――」

 聞こえてきた声に足元を見て、戦う姿と佇む姿を見て、決心した。

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

「―――」

―――それでも

高すぎる理想を抱いた故その身に余る熱量に自身の全身を焼かれ苦しみ、それでも諦めず戦い続ける姿を見て、変わらず在り続けるその姿を見て、望んでしまった。

「馬鹿だなぁ、俺は―――」

―――どうかこの夢のような光景が

「本当に、どこまでも救いようがない―――」

 俺を救ってくれた彼らの旅が、どこまでも続いてくれますように、と。


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