神の贋作は答えを聞く
神の贋作は答えを聞く -1
「ちょっとエヴァ上、上!」
「え?」
リリアの焦ったような声が聞こえ顔を上げるのと、水が降りかかってきたのはほとんど同時だった。避けきれずに水を浴びてしまうと、慌てたように近くにいたシスター達が近づいてくる。
「ごめんなさいエヴァ、木の上から水をあげたら効率いいかなぁって」
「危ないよー」
「エヴァ、大丈夫?」
たまたま近くを通りかかった、エヴァの不運でしかなかった。
心配そうにエヴァの顔を見ているシスター達の中で、コーラルが洗濯したばかりのタオルを差し出す。
「にしても珍しいな、エヴァがボーっとしているなんて」
「確かに、エヴァはしっかり者だからね」
(しっかり者というより、声を聞いて危機回避しているだけなのだけど……)
楽しそうに笑うコーラルとアンナを見ながら、そっと言葉を飲み込んだ。それよりも、エヴァは遠くを見ていたから。
(失踪事件や、生贄事件……それから、見つからなかったシスターサリも)
エヴァの思考は、ここではないどこかにある。
ずっと深いところの、暗い場所。リベリオが教会にくる前に近い感覚を、あまりエヴァは好んでいなかった。
(けど、やはり)
エヴァの中には分所で聞いてしまった過去の失踪事件があった。
あまりにも似ているそれと、今回の話。もしこれらがすべて繋がっているならば、リベリオや教皇の追っている失踪事件も同じように生贄事件の模倣か近いものになる。
(しかしそれが本当なら、もし生贄事件の犠牲者ならすでに……リベリオ様のご友人はいないのでは)
最悪な考えだと、自分でも思った。
スラムの住民について、明確な被害は把握されていない。だからこそその被害者や行方不明者の中にリベリオの友人がいたのかは誰もわからず、直接的な関係があったのかはわからない。それでも、確証がなくともエヴァはリベリオに友人の失踪した際の詳細を聞けずにいる。もし事件と失踪した時期が一緒だったら、エヴァはどのような顔をするべきなのかわからなかったから。
(……今は、これ以上考えても気分が落ちるだけです)
悶々としながら、溜息を一つ。
気を取り直しながら、リベリオに頼まれた書類の提出を副院長であるマリネッタの元へしに行こうとした、その時だった。
「エヴァ」
びくりと、大げさに肩が揺れてしまった。
なにかと思えば柱の陰からマリネッタがエヴァの事をじっと見つめ、手招きをしている。畑仕事でもしていたのか、足元には土が溜まっている。
「あ、副院長ごきげんよう。ちょうどそちらに伺うとしていたのです」
「私に、ですか」
「はい、リベリオ祭司からの預かりものです」
数枚の書類を渡すと、すっかり忘れていたのかあぁ、と声を漏らしていた。
「ありがとう、これは預かっておきます……ところでエヴァ、少し時間を」
「え、えぇ、問題ありませんが」
なにか事情のある言葉選びだったが、心当たりのないエヴァはつい首を傾げる。
「あなた確か、孤児院出身だったわね。それはセントラル孤児院で間違いない?」
「はい、間違いありません」
明確に孤児院の名前を聞かれたのは久々で、エヴァ自身も一瞬間違っていないか心配になったがそれは黙っておく事にした。そもそもエヴァは、孤児院での話をしてこなかったから。
「そう、ならあなたで間違いないわね。セントラル孤児院のエヴァに会いたい、とお客様がお見えよ」
「私に、ですか?」
外に親戚のいないエヴァには、なにを言っているのかわからなかった。
誰かが会いにきた事など、今まで一度としてない。
「なんだか、あなたの友人を名乗っていたのだけど」
「あぁもう、いたいた」
ふと回廊の横にある庭から聞こえた、少しだけプライドの高そうな高めの声にマリネッタの言葉は遮られる。
これに驚いたのは、エヴァではなくマリネッタの方だ。
「いけません、回廊はシスターを含む聖職者のみが通る事を許された場です。どうか応接室にお戻りを」
「声をかけたのは庭からよ、それなら問題ないでしょ」
(この、少し勝気な声は……)
遠い記憶の蓋が開けられた、そんな感覚だった。
懐かしさと隠し切れない驚きに、エヴァも声のする方へ顔を向けながら目を丸くする。なぜここでこの声が聞こえるのか、なぜ今ここにいるのか。それはすぐにはわからない。しかし彼女が今同じ空間にいるのは、紛れもない事実だったから。
「久しぶりね、エヴァ」
「み、ミシェル!?」
そこにいたのは他でもないエヴァと孤児院時代の友人であり――嘘つきと呼ばれるすべての原因になった少女、ミシェルがいた。
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