神の贋作は目を向ける -4
姿を消したのは、分所のシスターである一人。誰かと聞いてみれば、エヴァに冷たく当たっていた一人である事がわかる。
「あれ、ならさっきまでいたはずなのに……」
そんな事を考えながら、エヴァは他のシスターに顔を向けていく。掃除の時の様子を見れば、ここでのエヴァの立場はわかりきっている。声をかけたところで、正直に答えてもらえるとは思えなかったから。
『そういえば確かに、井戸へ水を汲みに行ってから見てない……』
(井戸の方……)
少しぬかるんだ地面を見ながら、エヴァは顔をしかめた。マーレット教会の方は日差しもよく乾いていたから気づかなかったが、どうやら夜のうちに雨が降っていたらしい。ぐちょり、と鈍い音をたてるそこはシスター達の裾が長い服では歩くのも不自由で、おまけに井戸となれば外に出るのは必須だ。
目凝らすとぬかるんだそこの無数あにある足跡の中に、一つ大きい足跡が井戸の方に続いているのがわかる。少しだけ、エヴァの中で嫌な予感がした。
(けど、そう思ってない人もいるようね……)
そう、井戸の話以外にも一つ、エヴァには気になる声が聞こえていた。
目の前のシスター達ではない、名前も知らぬシスターでもない。それは横にいるコーラル、その人から聞こえてきた声だった。
『分所のシスター達がいなくなる話は聞いていたが、この事か……? いや、それにしてはあからさまだろ』
(分所のシスターが、いなくなる……? つまりそれは、失踪しているという事?)
リベリオは、失踪事件については言っていたが分所については一言も触れていなかった。初めて聞きた話であるそれについ目を丸くしていると、コーラルの声は続けるように聞こえてくる。
『まぁ確かに、教会の生活なんて合う合わないがあるし……マーレットでも逃げ出すやつはいるからな。それに、前に先生と話した大規模失踪事件の事もあるし』
(先生……!?)
その名前には、エヴァも反応する。なにも前院長を先生と呼ぶのはエヴァだけではないとわかっていたからこそ、それはなおさらだった。ここでまさか前院長の名前を聞くなんて、夢にも思っていなかったから。
(なんだろう、先生の言っていた話って)
あいにく、エヴァは聞いた事がない。しかしこの状況で似ているという言葉が出る以上失踪事件となんらかの関係がある事は確かだった。だからどうにかして、コーラルから話を聞き出さないといけない。
「ね、ねぇコーラル」
我ながら、少しだけぎこちなかった気がしてならない。
「そういえば先生が、昔話でシスターの行方不明になる話をしてくれた事があったのだけど思い出せなくて……コーラルは覚えている?」
「覚えてるも、なにも」
コーラルは、少し不思議そうに首を傾げている。
「エヴァあんた、そんな話まで先生に聞いていたの? エヴァが教会にくる前の話なのに」
藪蛇だった、とエヴァはつい思う。
てっきり最近のものだと思って言った言葉だったが、そう最近の話ではなかったらしい。
「えっと、孤児院で少し噂を耳にして、それで先生に聞いたの」
我ながら、かなり無理のある言い方ではあったと思う。心の声が聞こえるのにこういった駆け引きはあまり得意ではない事を痛感していたが、コーラルはそれで納得したのかなるほどね、と言葉を続けてくる。
「まぁ、エヴァとアンナはちょうどあの生贄事件の後から入ったシスターだから仕方ないか……この辺りでさ、例のテロリスト達がでかい事件を起こした事あるんだよね」
「夜明の、鷹?」
「そうそれ、あそこが悪魔信仰をしているのはエヴァも知っていると思うけど……あいつら、まじで生贄を用意して悪魔召喚しようとしたんだよ。それで、街のスラムやヘロンベル教以外の人々が大勢拉致されて犠牲になったんだ……けどその裏でもう一つ、失踪事件があった」
「それが、シスターの失踪」
「そういう事」
小さく頷いたコーラルの表情は、どこか曇ったものだった。
「その話、私にも詳しく教えていただけませんでしょうか?」
そんな話の途中で、聞き慣れた声が聞こえる。背後へ目を向けると案の定いたのはリベリオで、エヴァはつい目を細めた。
「お、祭司様、挨拶はお済で?」
「えぇ、おかげ様で」
『失踪事件があったと聞こえて少し押してきたがな』
実際失踪事件なのかはまだわからないが、それには触れないでおく。
「どこまで話したか……あぁそうだ、シスターの失踪だったな。ちょうど生贄事件が起きていた裏であった話だが、この分所や孤児院出身のシスターが中心で失踪事件があったんだ。シスターの生活は集団行動で合わなかった事から脱走ってのも珍しくないけど、さすがに多かった印象でさ……今回もなんか似ているなぁって」
「え、ちょっと待ってコーラル、今回って、まだ失踪したのはシスターサリだけじゃ」
「今日いなくなったのはね……けど最近また多いらしいんだ、この分所でも原因不明で失踪するシスターがな」
そこまで聞いて、エヴァは無意識にリベリオの方へ目を向けていた。パチンと目があった相手であるリベリオ本人も、コーラルの前にも関わらず祭司の仮面はかなり崩れかけている。
『確かに失踪事件の調査を俺はしているが、シスターの失踪は初耳だ』
(という事は、この教会はなにかを隠している……?)
そんな嫌な予感が、エヴァの脳裏を過った。
しかし耳をどれだけ澄ませても、どれだけコーラルを見てもそれ以上聞こえてくる声はない。そうするか悩んでいたところで、後ろから他のシスターの声が聞こえる。
「コーラル、少し探すの手伝って!」
「あぁ、今行く」
「あ、コーラル、私も探す」
「……エヴァって、お人好しって言われないか? いいの?」
『あれだけ言われたのに、私なら無視しちゃうな』
そんな事を言われても、人がいなくなった以上そのままなにもせずいるのは罪悪感がある。そこまでは言わずとももちろん、と言葉を返すと、コーラルは助かるよと笑っていた。
「じゃあエヴァと祭司様は、そっちお願いできるかな」
「えぇ、もちろん」
「わかりました」
足早に呼ばれた方へ向かうコーラルを見送り、姿が見えなくなった頃。エヴァもリベリオも、さっきまで作っていた顔を崩しながら同じタイミングで目を細めた。
「……浮かない表情だな、シスター」
「それは、リベリオ様もじゃないですか」
お互い様と言わんばかりに言うと、その通りだ、と言葉を返される。
「教皇の耳に、シスターの失踪は入ってきていない……おそらくだが、過去の事件も話は入っていないだろう」
悔しそうな表情をした理由は、おそらく自分がここまで調べていたにも関わらずまったく情報を持っていなかったから。唇を噛み締めるリベリオを横目に、またエヴァの心は沈んでいくのがわかる。
(今のままでは、情報が少ない……けど、やはりこれは)
今までの事が、すべて繋がっている。
それが現時点で、エヴァの出せる答えだった。
「しかし、ミサどころではなくなってしまったな……」
「えぇ、そうですね」
ひとまずはコーラルに言われた方角を探すために、足を向ける。そんな中でリベリオの落とした言葉に相槌を打ちながら目を向けると、なぜだか少し悲しそうな声が聞こえてくる。
『しかし、ここら辺は懐かしいな……』
(懐かしい……教皇様の居住区とここでは、かなり距離もあるはず)
それなのに目の前の男は、昔からここら辺を知っている口ぶりだった。
「リベリオ様、以前この辺りにお越しになったのですか」
「……あぁ悪い、聞こえていたか。きたというよりは、無理やり連れてこられたという方が正しいかもしれないな」
「無理やり、ですか?」
「あぁ、友人の話は以前しただろ、そいつだよ」
『あいつは、この辺りに住んでいたらしいからな』
「っ……」
足を止めずに話したリベリオだったが、それを聞いていたエヴァは思わず立ち止まってしまった。いつからか、としかエヴァも聞いていない友人の失踪。それだけならば、他の失踪事件として扱うだろう。しかし、少しずつ状況がわかった今それを聞くと話が変わってしまう。
(もしリベリオ様のご友人が失踪した時期と生贄事件の時期が重なっていれば、それはつまり……)
想像したくない話に、さすがのエヴァの動揺をしてしまう。
「……どうした、シスター」
エヴァの様子に気づいたリベリオも、心配そうに立ち止まった。なんとか隠そうと、エヴァは小さく首を振る。
「いえ、なんでもありません……少し目に、ゴミが入ってしまったようです」
自分でも、ごまかせたつもりだった。
しかしそう思ったのはエヴァ本人だけのようで、リベリオはすうと目を細めた。心の声は聞こえなくともすべてを見通すような反応だったが、すぐに普段の飄々とした態度に戻る。
「……そうか、ならいい。早くシスターサリを探しに行こう」
心の声は、ノイズがかかり聞こえなかった。
「はい、もちろん」
まだだった、核心に迫る証拠がエヴァとしてはまだなかった。今回の失踪がなにを意味しているのか。スラムやヘロンベル教でなにが起きているのか。だからエヴァは、言葉だけを飲み込む。
しかしエヴァとリベリオは、まだ知らなかった。
このシスター失踪の話が、終わりの始まりである事を。
自分達が、答えに近づいているという事を。
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