神の贋作と秘密集会 -4
エヴァの一言は、回廊に響く。
しんと静まり返った中で、リベリオは薄い笑みを貼り付けながら素直にそうだ、と言葉を続けた。
「この状況なら、一番疑われる立場だと思うがな。夜な夜な意図のわからない集会を開いている可能性がある、おまけに聞いたその行動を考えれば、失踪事件に関係せずともじゅうぶん怪しい」
確かに、リベリオの言う事は正しかった。
誰も姿を見ていない状況で、なおかつ様子がおかしかった。そんな情報があれば疑うべきなのは、エヴァもじゅうぶんにわかっている。
しかし、それでもやはりそう思う事ができなかった。エヴァから見てシスターコーラルは、そのような事をする存在ではない。心の声からもそれは感じる事ができなくて、とてもではないが犯罪を犯すとは思えなかった。
「……この話はやめましょう」
「そうだな」
このまま話したところで、埒が明かない。
その点はエヴァもリベリオも同意見で、ゆっくりと首を横に振る。
(それより今は、小屋についてです)
今のところ、鷹やテロ紛いの不穏な言葉は聞こえてこない。
だからと言ってエヴァは油断ができなかった上に、まだ確証は見つけられていなかった。あるとすれば、それは集会役の中心メンバー達がなにかをしているという点だけだ。
「まだ、足りません……」
「足りないならば、埋めるまでだな」
簡単に言う、と思ったが口にはしなかった。
そうは思っても、実際リベリオの言う通りだったから。
「で、なにが足りないんだ?」
「そうですね、それは……ん?」
なにやら、甘い香りが漂ってくる。
なにかと思い顔を向けると、その匂いは厨房の方からだった。時間からして昼食の準備である事はわかったが、それにしてはお菓子のような香りだ。
(これは……ビスコッティ?)
バターをたっぷり含んだ香りは、ビスコッティ独特なものだった。しかし、教会でビスコッティを食べる事はほとんどない。ならばなぜ、この香りがするのだろう。
「リベリオ様、寄り道をしてもいいでしょうか?」
「問題ないが、厨房か?」
「はい」
これには、リベリオも気になったらしい。
エヴァの後ろをついて歩くと、厨房の前で顔をしかめていた。それほどまでに、匂いが強かったからだ。
「これだけ外に匂いがするという事は……かなりの量を作っていますね――失礼します」
ぎっ、と音を立てて開いたドアの先には、突然の来訪者に驚いている数人のシスターがいた。
『げっ、エヴァ!? なんで!?』
真っ先に驚いた様子を見せたのは、教会の胃袋を管理する食堂役の筆頭、前院長派のサバナだった。料理が上手な彼女が、このビスコッティの香りを生み出していたらしい。
「失礼、あまりにいい香りがしたので……これは、慈善役のお菓子かなにかですか?」
「そ、そうよ! 当たり前じゃない!」
『厄介なのがきたなぁ、エヴァ変に感がいいし』
直感などではなくはっきりと聞こえているのは、黙っておく。
(どちらにせよ、今のは嘘……)
慈善役のお菓子は、手作りをするにしても余り物を使う。ビスコッティほどのバターが余るなど、そうそう考えられなかった。そもそもこの狭いヴィカーノ皇国に置いて、材料の小麦は輸入に頼る高級品だ。
(どこから、そのような材料を)
金銭や材料調達は、会計役が厳しく管理している。
だからと疑問に思ったが、サバナは動揺を必死に隠しつつも二人の背中を強引に押した。
「ほ、ほら、お二人ともこんなところにいてもお零れはありませんよ! 帰った帰った!」
「わ、ちょっ……」
視界に、銀色に光るなにかが見える。
(あれは、市販のキャンディ?)
市販のお菓子などにあるそれがなぜ厨房にあるのかはわからない。もっと近くで見ようにもサバナの力は強く、そのまま追い出されるように回廊へ逆戻りしてしまった。
「ごめんねエヴァ、今忙しいからさ!」
『せっかく工面してもらったお金で出したお菓子なんだ、無駄にはしたくない!』
(工面、してもらった……?)
どういう意味なのか聞きたかったが、それよりも早くドアは閉まり声は途切れてしまった。
「……シスター」
「……黒ですね」
心の声から心境は筒抜けであり、動揺もしていた。
「集会と、お菓子……工面……」
「……なにか聞いたみたいだな」
「こう、確証は残念ながら少なかったのですが」
それでも、損はなかった。
しかし、確証がなくともこのまま行動に移せるようなひと押しが足りなかった。
「あと、あと一つなにか……ん?」
遠くから、足音が近づいてくる。
(……あれ、この足音)
足音があまり響かない回廊で聞こえるのは、少し特徴的なペタペタとした音。聞き覚えのあるそれに顔を上げて、エヴァは音のする方へ目を向ける。
(そう言えば、聞きたい事がまだある)
散々聞いた相手ではあったが、それでも気になる点がエヴァにはある。
そう思いながら足音を待っていると、それに気づいたリベリオも合わせるように顔を覗き込んできた。
「シスター?」
「すみませんリベリオ様、少々お待ちを……」
少し遠かったその音は徐々に近づき、すぐそばの角から聞こえてくる。
「……あれ、エヴァとリベリオ様」
「待っていたよ、アンナ」
「…………な、なに」
音の主であるアンナは、あからさまなほど動揺している。
『い、今からシェシリエのところに行かないとといけないのに……!』
シェシリエ、は会計役のシスターだった。
慈善役は確かに外に出るのが主だが、与える物はすべてシスター達の余り物や寄付の物で、金銭関連のやり取りは発生しない。ならば、なにをしに行くのだろうか。
それは言葉にせず、半歩下がるアンナを見ながらエヴァは一歩近づく。
「アンナ、聞きたい事があるの」
『やっぱり、慈善役の私が集会役のとこにいたのはおかしかったかな』
(もちろん、それはあるけど)
それよりも聞きたいのは、別の事だった。
「……アンナってさ、最近の夜はなにをしているの?」
「よ、よよよよ、夜!?」
絵に描いたような反応だった。
大袈裟に手を振ると、あからさまなくらいに顔をぶんぶんと横に振っている。
『なんで、エヴァが夜の事を知ってるの!?』
夜はなにをしている、しか聞いていないのにとエヴァは思ったが、アンナの中はそれどころではない。完全になにかがバレてしまったと思ったらしく、隠すので必死な様子だった。
(本当にアンナはわかりやすいというか……)
声を聞かなくとも、態度でわかってしまうタイプだ。リベリオとは、また違う方向で。
こういった部分は人に流されやすく時折心配になるが、そんなエヴァの気持ちがわからないアンナは目をぐるぐるさせながら、必死に言葉を選んでいる様子で。
「わ、私は本当に、なにも知らないからね!」
しかし実際に出た言葉はあまりにも犯人らしいもので、そのまま逃げるようにどこかへ行ってしまった。
「…………なんだったんだ、今のは」
状況が掴めていないリベリオがそんな言葉を零す横で、エヴァはなるほど、と言いながら小さく頷く。
「なんとなくですが、状況はわかりました」
「……本当か?」
「えぇ」
本当になんとなくではあるが、アンナの言葉でそれは確証に近くなった。
これで、行動に移して価値のある状態になった。
「リベリオ様」
少し単調に、名前を呼ぶ。
「せっかくですし、私達もその集会に参加させていただきます?」
「……仮にも、偽物でも聖職者なのにか?」
「夜の告解部屋に顔を出している時点で、いまさらです」
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