神の贋作と秘密集会 -3
あの告解部屋の夜から、数日経ったある日の事だった。
「ごきげんよう、エヴァ」
ふと、声がかけられる
誰かと思い顔を向けると、そこには栗毛が特徴的なシスターがいた。
「ジュリア……ごきげんよう」
合唱隊の一員であるジュリアは、本来エヴァに声をかけるようなシスターではない。
『前院長のお気に入りが、今回はどうリベリオ様に取り入ったのかしら』
シスタージュリアは、典型的な現院長派だからだ。
前院長の関連する事をすべて嫌っており、特にエヴァの事は毛嫌いしている……はずだった。それなのに今日は自分から声をかけ、挨拶もするほど。心の声は残念ながら嘘がつけていないが、どういう風の吹き回しなのかとエヴァも思うほどだ。
「そういえば最近、侍従役になったそうね。おめでとう」
「えぇ、ありがとう」
本当は思ってもいない事だが、当たり障りのない返事を返しておいた。
ジュリアの方も同じように感情がない言葉で、社交辞令である事は容易にわかる。しかし、その先にある目的までは読み取る事ができない。
「リベリオ様からのご指名だったのね」
「私は役がなく哀れに思われたの」
「そうかしらね?」
かなり、含みのある言い方だった。
「最近、お二人は仲がよろしいのね」
『なにを二人でこそこそと企んでいるのよ』
口も心も、皮肉がたっぷり籠っている。
なるほど、とその言葉でエヴァは納得できてしまった。おそらくであるが、今まで馬鹿にしていたエヴァが最近きた人気の祭司の傍で、しかも侍従役をしている事が気にくわないのだろう。
「特に仲がいいわけではないわ、それよりジュリア、聞きたい事があるのだけど」
「聞きたい事?」
『嫌よ、エヴァと仲良くしていると思われるじゃない』
隠す事なく顔に出ているジュリアは、心の声も清々しいほどに一緒だった。
しかしそんな事を言っていられないのが侍従役エヴァの立ち位置であり、それは本人も理解している。ふう、と息を吐きながら、ゆっくりと言葉を選んでいく。
「空き小屋なんだけど、あそこで最近人が集まっているとか、そんな話を聞いた事はない?」
「…………なにエヴァ、あなた探偵の真似事なんて始めたの?」
目に見えてわかるくらい付き合いたくないという顔をされて、それ以上はなにも聞けなかった。このままでは、リリアの時のように話を聞く事すらできない。
どうしたものかと考えていた、そんな時。
「私ですよ、シスターエヴァに調べるようお願いしたのは」
エヴァの背後から、声が聞こえる。
「ごきげんよう、シスタージュリア」
リベリオはよそ行きの笑顔を貼り付けたまま、エヴァの横に当然の顔で立っていた。
まさか本人がくるとは、ジュリアも思っていなかったらしい。一瞬困惑した表情を見せた彼女は、なにかを考えるように目を泳がせるとさっきよりも少し猫声を作りながらリベリオに近づいてくる。
「ご、ごきげんようリベリオ様……エヴァにお願いをしたというのは、いったい」
「先日のミサで、信者の方より空き小屋の幽霊という怪談を小耳に挟んだのですが……他のシスターからも怖くて夜も眠れないという相談をいただいていたので、なんとかしなければと思いましてね。そこで私の侍従役であるシスターエヴァに、それが幽霊なのか人なのかを確認してほしいとお願いしたのです」
(幽霊騒動なんて、どこから出てきた話なのでしょうね)
思いつきにしてはやけにすらすらと言葉が出てくるものだと感心をしていると、リベリオはその視線に気づいたのか嬉しそうに目を細めている。
『即興だ』
わざわざ心の声で言わなくとも、と言いたかったがジュリアの手前やめておく。
「あぁなんだ、あの事ですね……」
「っ!」
なにかを思い出すように零した言葉は、明らかに今回の事を知っているような口ぶりだった。そんなジュリアの様子に、エヴァもリベリオも顔を上げる。
「あの事って……」
おそるおそる、様子を伺うように言葉を選ぶ。
ジュリアは一瞬だけ考えるように目を伏せたが、すぐにイジワルな表情を貼り付けながらエヴァの方へ顔を向けた。
「もちろん噂には聞いておりますが……エヴァには教えません」
本当に、イジワルな言葉だった。
少し頭にはきたが、本当に少しだけ。エヴァは力なく肩を落として見せたが、その目はじっとジュリアの事を離さなかった。
『幽霊騒動って、きっと集会メンバーの事ね。彼女達、就寝時間が過ぎても出ていくもの……聞くにスラムの子どももいたって聞くし、なにをしているのかしら』
本人は勝ち誇ったように笑っているが、エヴァには内容がよく聞こえてくる。ここまで自信ありげなのに聞こえていると知ったら、彼女はどう思うのだろうか。
それを考えるとジュリアが可哀想に思えて、エヴァはどう反応をするのが正解かわからなかった。しかし、今必要な情報はじゅうぶんなほど手に入ってしまった。
「……わかったわ、ならちゃんと自分で調べる」
「え、あ、あらそう」
思いのほかすんなり引き下がったエヴァに、拍子抜けをしたようだった。
一瞬目を丸くしたジュリアだったが、すぐにいつもの表情に戻る。
「あなた方も、こそこそしていると鷹と間違えられますよ」
最後まで皮肉が籠った言葉を投げて、ジュリアはエヴァとリベリオに背中を向け歩いて行ってしまう。
「……なんだったんだ、最後の言葉は」
「…………」
鷹、という言葉は夜明の鷹を指している。
意味がわかっているエヴァはあまりいい気分ではなかったが、それを言うほど気が短い性格ではない。
声にはせず、ジュリアの背中をじっと見送る。そんなエヴァの様子をしばらく見ていたリベリオだったが、なぁ、と様子を伺うように声をかけてきた。
「……念のため聞くが、シスター」
「はい、もちろん知りたい事は聞き取る事ができました」
「隠していても筒抜けだな……」
末恐ろしい顔をエヴァに向けていたが、気づかないフリをしておいた。
「さて、状況がわかりましたのでこれで次に聞く相手も目星がつきましたね」
「俺には聞こえていないから目星がついていないのだが……」
「そうでした、つい……」
リベリオは心の声が聞こえずとも、感がいいのかエヴァの考えを察する事が多い。だからつい忘れていたと反省をしつつ、さっきまで聞こえていた言葉を整理していく。
「ジュリアが心の中で言っていたのは、ある役を持っているシスター達が就寝時間の後で夜な夜な外に出ていく、そこにはスラムの子どももいる、というのものでした」
「ある、役……?」
「はい、集会役です」
「集会役……あの集会役か」
集会役は、シスター達の中でもかなり積極的なメンバーがなりやすいものだ。
街での教会主催の催しものや、ミサの声かけ。シスター間の集まりも。そういった人を集める行為に特化した役は、比較的フレンドリーな存在や立ち位置とされている。
間違ってもエヴァにはなれないし、なりたいとも思えない。
「しかし、その集会メンバーというのもどこにいるのか」
「それはすぐ案内できます、こちらですよ」
エヴァは、回廊を歩き出す。
まだ慣れていないリベリオは急ぎ足でそんなエヴァを追ったが、きょろきょろと視線を動かすものだから気を抜いたらはぐれてしまいそうだった。
「えっと、ここを曲がって……」
「シスター、どこまで」
「教会の一番奥です」
この集会役は、ヘロンベル教でかなり重要なポジションになる。
「シスターコーラル、集会役の中心メンバーなら私も顔見知りですので、話を聞きに行こうと思います」
慈善役や合唱隊のように表に出る機会の多い立場の彼女達は打ち合せや対応に追われ、専用で一番奥の大きな部屋を割り当てられている。
エヴァも自分から行く事は少ないが、その存在とメンバーの事はマーレット教会にいるシスターなら誰もが知っているほどだった。
「ここです……って、あれ?」
目の前にいたシスターは見覚えのある人物で、エヴァもつい足を止める。
少し幼い振る舞いの彼女は、エヴァもよく知っているシスターだ。
「うん、じゃあ次も私が声掛け頑張るね!」
「……どうしてここにいるの、アンナ」
「ひゃ!?」
『なに!?』
あからさまに、アンナが肩を揺らす。
そこまで驚かなくてもと思ったが聞こえてくる心の声も同じくらい動揺していて、確かに後ろから声をかけた自分にも非はあったかもしれない、と考え直した。
「あ、ええ、え、エヴァ、偶然ね!」
なにかを隠している事は、声がなくても目に見えてわかった。
「あなた慈善役だったわね、なんでここにいるの」
「じ、慈善役はよく外に出るから、集会とかの声かけもしてるの、そ、それで打ち合わせに!」
『エヴァの目、絶対疑っているよ……!』
(そんなわかりやすい顔と態度をされたらね……)
声を聞かずとも行動でわかる友人を見ながら、エヴァは小さく肩を落とす。ここまで純粋な面が自分にもあればという羨ましさを頭の隅に追いやり、今いる全員へそっと目線を送る。
「ごきげんよう皆さん、一つお聞きしたいのですが」
『なんでエヴァがいるの』
途端に、鋭い言葉がエヴァに飛んできた。
アンナのようにエヴァと顔見知りならまだしも、ぐるりと確認をすればそこにいるのは見慣れない顔もある。前院長派かもわからないそのメンバーの前にエヴァが現れれば、当然の反応だった。
「……リベリオ祭司と共に侍従役として、シスターコーラルに用があり参りました。お見えではないですかね?」
リベリオの名前に反応をしたのか、それともコーラルの名前に反応をしたのか。
その場にいたシスターが、なにかを言いたいような顔をするがすぐにエヴァの顔を見てふいと目線を逸らしてくる。
『リベリオ様がというならだけど、エヴァに教えるのはなんか嫌よ』
『そもそも、なんでエヴァが侍従役なんて役についたのよ』
エヴァ相手だから、という言葉がかなりの障害でどうしたものかと考えていた時。
「コーラルなら、そういえばいないね……」
誰も言わない中で、話を繋げるようにアンナがそんな事を口にする。
一人が答えたら、答えないわけにはいかない。返事を待たれている空気を察したのか、それぞれ思い出すように顔をしかめていた。
「……コーラル、今日は集会もないしって朝に話しているのまでは見たような」
「私も、朝に見かけた時くらい」
「私は昼前かなぁ、慌てたように回廊を走っていたくらいで」
それぞれがコーラルの事を話すが、今どこにいるのかがわからない。心の声も同じようなものばかりで、どうしたものかと考えていたところだ。
『そういえば、お昼にご飯を食べず門まで走っていくのを見たけど……なんだか、様子もおかしかった』
誰かの、そんな声が聞こえてきた。
(慌てて門の方という事は、外に出た……?)
そうとしか、思えなかった。
しかし仮にもシスターが、自分の判断で外に出るような事があるのだろうか。それがエヴァの中では、どうしても不思議に思えてしまう。
「……そうですか、ご協力ありがとうございます」
小さく頭を下げていそいそと、リベリオを引き連れて距離を置く。ここに長居をしたところで、聞き出せる事はないと判断した。
「まぁ、こんな感じですね……ん?」
リベリオがやけに静かで顔を上げると、なにやら難しい表情を浮かべている。どうしたのかと顔を覗き込もうとすると、それよりも先にシスター、と声が聞こえて。
「シスターコーラルとは、どのようなシスターだ」
「どのような……平たく言えば男勝りですね、かなりサバサバしていて派閥とかはあまり気にしないタイプのシスターですが、それがいかがされました?」
「……そうか」
なにを考えているのか、エヴァにはわからない。
ただ静かに目線を落としたリベリオは、しばらく黙っていたがすぐに言葉を落としていく。
「いや……集会役の中心メンバーならば、人を集める事に秀でているのではと思ってな」
リベリオの話に、エヴァの肩が揺れた。
「…………その言葉の意味は、コーラルを失踪事件の犯人として疑っているという事でしょうか?」
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