神の贋作は無垢に触れる
神の贋作は無垢に触れる -1
偽物祭司改め教皇の息子リベリオがマーレット教会にきて、数日。
まだまだ完全に心を許したわけではないエヴァは、リベリオの事を観察する事にした。とは言いつつも観察する前にリベリオからエヴァの方へ寄ってきて、なにかにつけて絡んでくる。それこそ観察してくれと言わんばかりの距離ではあったが、心の声は純粋無垢で深い意味などなかったからそれはそれでエヴァも調子が狂ってしまう。
「…………」
そんな数日の中でも、リベリオという男についてわかった事が何個かある。
まずは、偽物祭司である彼だが実際祭司としての知識がかなり多い事。
もちろん冷静になって考えればわかる話だが、彼は教皇の息子だ。偽物であっても知識はない方がおかしい話であり、当然のようにこなしているのは幼い頃からそういった環境にいたからであろう。
次に、彼は思いのほか歳相応であるという事。
エヴァは話したわけでも聞いたわけでもなかったが、それでもリベリオがそれなりに若いという事は見てわかった。おそらくエヴァより少し年上か、あるいは同い年。
普段は祭司としての仮面を被りながらも、ふとした瞬間に見せる顔は少年のようで。あの日告解部屋でエヴァに見せていた等身大の口調が本来の彼だという事はわかるが、祭司の時のものとはずいぶんと性格が違うとエヴァは思った。
そして、なにより――
「おや、こんなところでどうしたのですかシスターエヴァ」
「っ……」
問題の男であるリベリオに声をかけられ、エヴァは考えるのをやめた。
少しだけぎこちなく首を向けた先にいた彼の周りには他のシスターももれなくいて、それぞれやけにエヴァの事を睨みつけている。
「……いえ、なにもございません」
若干棒読みになってしまったと思ったが、リベリオはそこまで気にしていないらしい。エヴァのそんな返事を聞くと少しだけ満足した様子で、頬を緩めていた。
『本当に、彼女は見ていて飽きない』
「っ……」
そう、この事。エヴァがリベリオについて観察をして一番わかった事は、彼は他の誰よりも心の声が聞き取りやすいという事だった。
人の心の声を聞く能力と長年付き合ってきて、聞き取りやすい相手や聞き取りにくい相手はもちろんそれぞれ存在している。規則性などはなく、単に相手からの好意や性格が関係しているとエヴァの中では結論が出ているが、それでもここまで聞き取りやすいのは初めてだった。それこそ、耳元で話されているような感覚にもなるほど。
(それはそれで、あまり居心地がいいとは思えない……)
言葉にはもちろんせずリベリオの顔を見ていると、そんな彼の後ろにいるシスター達からも声が聞こえてくる。視界に入ってしまったのだからと諦めて聞くと、どれもエヴァとリベリオが仲良さげに話している事に対してのものだった。
『役立たずの癖に、リベリオ様と』
『きっと、リベリオ様はこの役立たずに同情して声をかけてくださっているのよ……なんと優しいのでしょう!』
(嫉妬するのは自由ですが、神に捧げた身はどこへ行ったのでしょうか……)
言葉にしたらもちろん喧嘩になるから、そこまではやめておいた。
世俗から離れたところで、女は女。それを具現化したような存在になっている他のシスターに目を細めていると、リベリオから少し困惑した声が聞こえてくる。
『実家のシスター達よりも距離が近いが、こういうものなのだろうか……』
「…………違いますよ」
「……お前、今っ」
リベリオにだけ聞こえるくらい小さな声で、教えてあげた。
忘れていけないが、彼は偽物祭司であり元々は教皇の息子。かなり浮世離れしているからこそ、教えないと女の餌食になりかねない。
教皇はなにを思って彼を送り込んだのだろうと肩を落としていると、リベリオがエヴァの顔を見ている事に気づいた。
「シスター……いや、なんでもない」
なにかを言いたそうにして、すぐに言葉を飲み込んでいる。
いまいち意図が読み取れず目を見ると、リベリオの声が聞こえてくる。しかし口は動いておらず、それが心の声である事はすぐにわかった。
『後で話があるから、この先の廊下で待っている』
どうやら、今近くにいるシスターには聞かれたくないのだろう。リベリオはわざわざエヴァに心の声を聞かせようと、真剣な表情で目を合わせてくる。そこまでじっと見なくてもとは思ったが、エヴァ自身もこの能力の仕組みを教えてなかった事を思い出して、言葉を飲み込んだ。
「それではシスターエヴァ、また」
「はい、また」
だから、それだけ。
そんな簡単な言葉だけを交わすと、リベリオはエヴァにだけ見えるよう微笑みながらどこかへと行ってしまった。もちろん、背中には他シスターの取り巻きも従えて。
(けど、なにを話したかったのだろう)
心の声をわざと聞かせるという事は、それなりの内容であるはずだ。どちらにしてもあれだけ取り巻きがいたら確かに話せないなと思いつつ背中を見送っていると、間髪入れずにエヴァ、と名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
「エヴァってば、リベリオ様となにお話ししてたの!?」
楽しそうに顔を近づけてきたアンナは、わくわくを隠しきれないと言わんばかりの表情をエヴァに向けてくる。
『なんだかリベリオ様、エヴァと話してる時表情柔らかいし!』
心の声も、もちろん同じテンションで。
彼女とはそれなりに長い付き合いであるが、知っている限りアンナは見たものを知りたがるタイプのシスターである。おそらく今回もエヴァとリベリオの関係が純粋に知りたいようで、まるで仔犬よろしくエヴァに顔を近づけてきた。
「特になにも、先日リベリオ様の手伝いをしたからお言葉をいただいていたの」
「本当にぃ?」
エヴァもすっかり忘れていたが、彼女はこういった話になると嬉々として聞いてくる人物であった。娯楽に飢えたシスターほど、噂話に敏感な存在はいない。
どうにかこの状況を切り上げられないかと考えてもすでに遅く、どうなの、とアンナは休む事なく言葉を投げてきた。
「だから、本当になにもないから」
「けどさっき、リベリオ様エヴァだけに向けて笑っていたよ」
「…………それとこれは、また別の話で」
(見られていた……)
確かに微笑んでいたし、これはごまかしようがない。
「あれは、あの方の挨拶というか」
「普通挨拶だけでは微笑まないと思うけど」
まったくもってその通りで、エヴァはなにも言い返す事ができなかった。アンナは抜けているようで、こういった面が鋭いシスターだった。
無理のあるごまかし方をするエヴァを見たアンナはエヴァ、と確かめるように名前を呼ぶ。
「……一応確認だけど、本当にエヴァとリベリオ様って、なにもないんだよね」
「あったら大変よ、祭司とシスターなんだから」
彼が偽物祭司である事は、もちろん黙っておいた。
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