第20話 冒険者ギルドで絡まれる

▽第二十話 冒険者ギルドで絡まれる

 まず、ぼくたちが行うべきは、冒険者ギルドへの登録である。


 この世界のような魔物が跳梁跋扈し、レベル制度なんてモノが導入されている文明ならば、絶対に必須の職業だろう。

 立場で縛られない強者なんて、脅威以外の何者でもない。

 すべての人物を騎士や兵士にはできないから、ギルド制度は必要なのだろう。


「登録はぼく一人で良いかな? ぼくたちの正体が露見したとき、少しでも被害を抑えたいし……いずれはダンジョンマスターとして引きこもるしね」

「異論はないよ。代表者たるキミが登録すれば十分だとも」


 冒険者として生きていくつもりはない。

 ギルドランクを上げるメリットはないし、欲しくなったら作ってもらえば良いだろう。


 王都のギルドは豪奢だった。

 白を基調とした、巨大な建物は役所じみている。清掃が行き届いているのか、壁が光を反射して輝いている気がした。特殊な魔法が掛けられているのかもしれない。


 扉を開けば、冒険者たち。

 外の静謐な雰囲気とは一変し、武器を装備したならず者たちが犇めいている。扉が開いたことにも気づかぬほど、彼らは一様に仕事に従事している。

 酒場は併設されていないみたいだ。


 ぼくたちは三人で受付に並んだ。


 さて、こういう時のお約束がある。

 ぼくのような美少女連れの、ナヨナヨ系男子が先輩冒険者に絡まれる、というシーンである。おそらく、そのイベントを避けることは不可能だろう。

 すでに幾人かの冒険者たちが、エポンやアンの美貌にやられている。


 ぼくは強くない。

 虚無魔法と時空魔法というチートは扱えるが、それは「強さ」ではなく「ズルさ」を目的として得た力なのだ。

 今、ぼくが絡まれたら……まあ負ける。


 厄介ごとはアンに任せるしかないだろう。

 イケメン勇者が現れて「決闘だっ!」とか言い出されたら終わりだ。虚無魔法で姿を隠して、アサシンキルするしかない。


 さあ、頼みます。

 どうか絡まれませんように……


       ▽

 絡まれた。

 ただし、どうやらぼくの想定していた絡まれ方ではない。


「決闘だっ! その人を賭けて!」

「上等であります。我が君に触れようだなんて――百年早いのであります」

「百年くらい待てる! エルフだから!」

「ならば、一昨日来やがれであります」

「断る!」


 絡まれていた。

 冒険者登録を済ませた直後、ぼくは肩を掴まれてこう言われた。


「私はBランク冒険者――フェリスという。良ければ私とパーティを組まないか! そ、その……その後に二人っきりで食事でもどうだろうか! もしも宿がまだだったなら、私が紹介しようじゃないか!」


 早い話がナンパだった。逆ナンだった。

 顔を真っ赤に染め、モジモジとするエルフのフェリスさん。顔立ちはとても素晴らしく、余計なモノを排除しきった美しさがある。


「えっと……ぼくは今、登録したばかりですけど」

「問題ない! 是非、私とチームを組もう! 幸い、私はソロ専門だったからね。他者に迷惑を掛ける心配もいらないよ!」


 ギルドがどよめいている。

 むさ苦しく、なおかつ強そうな冒険者たちが口々に囁く。


「あ、あの『絶対零度』のフェリスが、あそこまでお熱とは」

「あいつはソロじゃねえのか」

「たしかフェリスって旦那を探すために森を出たって……」

「それがあいつか? てか、フェリスって実力とかじゃなくて面食いかよ……」

「色男ってか、まだ幼いじゃねえか」

「そういうのが好きなんだろ……」

「俺、フェリス狙ってたのに」

「フェリスって俺のこと好きなんじゃなかったのか……一緒に冒険したこともあるのに」

「助けてもらっただけだろ」


 どうやら異常事態のようだ。

 

 ぼくはこの世界の基準では、そこそこに悪くない容姿をしているらしい。あまりピンと来ない思いはある。

 あまり鏡は好きではなかった。

 いつも鏡面に映るのは、痛みをこらえた絶望の香りをまとう、幼い少年。眉間に皺を寄せて、歯を食いしばり、時折、悲しそうに諦めた目をしている。

 

 そのような生物、なるべく見たくなかったからだ。


 病院内で出会いもなく、ぼくは容姿について気にしたことがなかった。

 いや、この世界で黒髪黒目の、ナヨナヨした男性が珍しいだけかもしれない。この世界に住む人が持つ特有の空気が、ぼくにはないのだ。


 ともかく、ぼくが唖然とする中、フェリスさんのナンパは続く。

 やがてアンが反論し、二人は口論になった結果、前述の決闘騒ぎが起きたのだった。優勝トロフィーはぼくである。


       ▽

 ギルドに併設された訓練場にて、二人は対峙している。

 身の丈ほどの大弓を構えるのは、エルフのフェリスさん。澄ました顔をしながらも、チラチラとぼくのほうを見やってくる。


 対するアンはゆったりと身体を脱力させている。


「えっと……ぼくとしては止めてほしいんだけど、やりたいらしいので審判をさせてもらいます。それでは、はい、初め!」


 ぼくのやる気のないコールと同時、二人が戦士の目を浮かべた。


 フェリスさんが弓を弾く。

 魔力で構築された、不可視の矢が四――いや六発も撃たれたことを理解する。高速の矢は全弾が見当違いな方向に飛び、不意に方向転換して全方向からアンに襲いかかる。


「ほう、であります」


 アンは動かない。

 彼女の「竜鱗」スキルであれば、あのような攻撃を喰らっても大したダメージにはならぬだろう。

 かといって、無駄に被弾するのは――とハラハラするぼくを尻目に、アンの両手、両足に桃色の魔力を纏った。


 一瞬、アンの姿がぶれた。

 決闘を観戦していた、一部の冒険者たちが呻く。

 ぼくの目にはアンは動いていない。しかし、不可視だった魔力矢は、すべてが胡散霧消している。すべて叩き潰したのだ。


「……ま、まだぁ!」


 フェリスさんはすかさず矢束から、槍のような長さの矢を番えた。


「ホーミング・アロー!」


 不可視の矢を放ちながら、彼女は実矢を引き絞る。魔法の矢と現実の矢、その両方を使うタイプの弓師のようだ。

 アンも動く。

 一歩。二歩で距離を詰め、その拳を大きく振りかぶっている。風を纏うその姿は、戦闘中だというのに舞踊のように美しい。


 ゼロ距離。

 フェリスさんの弓はまだ間に合わないが――ニヤリ、とエルフが嗤う。


「スタン・ナイフ」


 矢を番える手の中、小さな針のようなナイフが仕込まれていた。そのナイフは見るからに帯電しており、何をしようとしているのは一目瞭然。

 すでにアンの攻撃は始まっており、これは避けられない。


 と思ったのもつかの間。


「遅いのであります」


 アンが急加速した。


 フェリスさんのナイフが動くよりも早く、アンの拳がフェリスさんの顔面に突き立つ。エルフの少女が嘘みたいに地面をバウンドし、壁に激突して停止した。

 白目を剥き、涎を垂らしている。

 せっかくの美貌が台無しであった……


「エポン……回復してあげられる?」


 エポンが駆け寄り、フェリスさんに回復魔法を仕掛ける。アンはかなり手加減したようだが、エポンの魔法では三回も使う必要があったらしい。

 フェリスさんがソロでBランクという、そこそこの強者で助かった。


 ぼくたちは気絶したフェリスさんを抱きかかえ、訓練場をあとにした。俗に言うお持ち帰り――ではないよ。

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