無垢な八音

亜夷舞モコ/えず

前文

『塔には必ず不思議な力がある』

 ある時、父は言った。

 父が携わった蒸気式のロープウェイが披露される日だった。

 ベランダに出て両親とともに、

 大きな鉄のゴンドラがゆっくりと通り過ぎるのを見ていた。

 


 それは、僕ら家族の一幕だ。

 人生でも数えるほどしかない、大切で幸せな一場面。

 でも、僕は父さんの言葉よりも、目の前の発明品の美しさに目を奪われていた。

 小さな木箱の上に乗って、やっとベランダから顔が出る。

 そんな僕の左手を父が、右手を母がしっかりと繋いでいた。

 興奮でベランダから落ちてしまいそうになる僕を、必死に繋ぎ止めてくれていた。


『まあ、いいか』

 と父は優しく笑っていた。


 振り返れば、母も同じようにほほ笑む。

 幸せな一日だった。

 ゴンドラが、通り過ぎて行った。

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