第12話:青の動揺。待って、わたしが推しなの?!
世の中には言わなきゃわかんないことなんてたっくさんある。
数の数え方だったり、時計の読み方だったり、学校で教えてくれることだって、言われなきゃ分からないことだ。
でも人間にとって特段分からないものがあるとすれば、それは他人の好意だ。誰が誰のことを好きで、誰が彼のことを嫌いで。みたいなことを人類は永遠と悩みながら生きている。伝わってほしいこと、伝わってはいけないこと。それぞれあるにしろ、どれもが言わなきゃ分からないことだ。
でも言ったらプライドとか恥とかそういうのがいろいろ傷ついちゃう。
で、今わたしはその言わなきゃ分かんないことに触れちゃったわけですね、はい。恥を含めて。
「あのギャルの推しがなんで音瑠香なのさ……っ!」
階段の影に潜むようにして、ちらちらと下駄箱周りを覗き見る。
ヤバい。何がヤバいって、あのギャルとはクラスメイトだから音瑠香のことをガンガン話すだろうし、向こうもオキテさんのことを惜しげもなく口にするだろう。向こうにとってはわたしはV友らしいから。
でも。でもさ! 相手は音瑠香のことをわたしだって思ってないわけでしょ?
で、わたしはあのギャルに自分が音瑠香だってことはバレたくないわけで。前にも言ったけど、VバレはVtuberが引退するランキングTOP10に入るぐらいの……。
……って、別にVtuberがVtuberにバレてもよいのでは? しばらく考えて、頭をブンブン振った。
「いやいやいや! そうじゃない。わたしがバレたくないんだ」
自分に言い聞かせる。そう、なんとなくあのギャルに弱みを握られた感じがして嫌なんだ。
Vtuberってさぁ~、こんなこと言われたら勘違いしちゃうんでしょ~? みたいなノリで好きとか推してるとか連呼されてみろ。褒められ慣れてないのがバレて、むしろいじるネタにされてしまう。ゆくゆくは耳元でかわいい。今日も音瑠香ちゃんかわいいよ~。くすくす、照れてる音瑠香ちゃんをいっぱい愛してあげるね。なーーーんて、ちょっとえっちな展開に……。ってなに人で妄想してるんだわたしは!!!
「と、ととと、とにかく。わたしが冷静にならなくちゃ。スーハースーハー……」
スーハスースースススススハーーーーーーーーー。
ダメだ、呼吸が荒い。元に戻らない。
だ、だって。一番最初に音瑠香の事をフォローしたのだって、推しだったから、でしょ?
でいっぱい朝の挨拶とか、呟きに対するリプライもいっぱいしてきてくれて。それって構ってほしいからだと思ってたけど、純粋に推しだから。なんだったらモデルだって音瑠香のため、ってことですよね?
……そんな隠れリスナーがいたのか。しかも激重なタイプの。そこまで推されたら、逆にガチ恋勢名乗れるのでは。絶対名乗らないでほしいけど!!!!
ガチ恋とか、全然。意味分からないし。そもそも恋愛のれの字も分かんない女を、女の子がガチ恋するとか絶対ないし!
あ、あれだ! イラストのせいにでもしておこう! うん、そうしよう。
「と、とりあえず。相談のDM投げよ」
依然として下駄箱の様子を伺いながら、取り出したスマホからツブヤイターを開く。
DMの相手はもうこの人しかいない。頼むから今は出勤中であってくれ……っ!
:秋達 音瑠香@セルフ受肉Vtuber
レモンさん助けて!!!!
わたしのクラスメイトがわたしのガチ勢なの!!!
……。送信してから冷静になって考える。
わたし、結構錯乱してるのでは?
疑惑は確信となって返ってきた。
:緑茶 レモン@お茶っ葉妖精幼女
……どうしよう、ウチの友だちがおかしくなっちゃった
そりゃそうなるよねーーーーーーー!!!!
いや本当のことなんですよ! 本当のことだけに端的に説明しづらいっていうか!
もっと詳しく書きたいけど、そろそろ予鈴の時間っていうか!!
でもこれだけは書いておこう。えっと、えっと!!
:秋達 音瑠香@セルフ受肉Vtuber
クラスメイトに隠れガチ恋勢いるの!!!!
:緑茶 レモン@お茶っ葉妖精幼女
落ち着け
:秋達 音瑠香@セルフ受肉Vtuber
このままだと褒め殺しにあう!!!!!
:緑茶 レモン@お茶っ葉妖精幼女
…………そう
:秋達 音瑠香@セルフ受肉Vtuber
待って! レモンさん! わたしを見捨てないで!!!!!
それ以降、レモンさんからの返事はなかった。
クラスに戻ったわたしはそのまま机に突っ伏した。気力不足とか、疲れとか、そういうものが一気にきて、このまま寝るほうが気持ちいいかもって思ってさ。ははっ。はぁ……。
「どしたん? さっきのアレは?」
「ドヒャアアアア!!!!」
ギャルの声が聞こえてうっかり起き上がってからの反動で椅子が背中から倒れそうになる。
あ、ヤバっ。死んだ? ゆっくりジェットコースターのようにあとは落ちるだけ、と思いきや倒れる前に静止した。もちろんギャルのおかげだった。
「あっぶな。あたしが止めなかったら軽く頭打ってたっしょ」
「……ぅう、すみません」
「いいってそっちは。で、さっきのは何?」
2回目の死んだ? が来たようだ。
今度はガチトーンの少し怒りの声色が混じった低めの声だった。こ、こわっ! ヒィ!
「あんさ、固まっててもあたし分かんないし」
「あ、あぅ……。あ、の……」
人を怒らせないようにと怯えた態度を取っていたけれど、まさかその態度で怒らせてしまいかねない雰囲気に戸惑う。
ど、どうしよう。このまま流されるように音瑠香の事を口にするしかないんだけど、でもここじゃ、その。他の人にバレちゃうかもっていうか。オキテさんにならいいけど、こっちを見ている他のクラスメイトにはバレたくない。
「……じゃ、じゃあさ! あたしには言えないことなの? それとも周りには聞かれたくないことなの?」
そんな心の声がバレバレだったのかもしれない。彼女の気遣いが身体に染みる。声色も少し優しくなった気がした。どっちかっていうと呆れた感じなのかな?
でもどっちにしたって、伝えやすくなったのは確かだった。
「えっと、後者、です……」
「……そっか。お昼、空いてる?」
「は、はい……」
「じゃ、そこで話そ」
わたしが返事をすると、ポンポンと頭を撫でられてから彼女は席へと戻っていった。
え、何いまの。ちょっと、キュンってしたかも。
……って、今の絶対「よくできました~草」みたいなノリだったでしょ?! なんか煽られた気分だ。わたしは同い年だっての!
はぁ……。お昼休み、ちゃんと覚悟決めなきゃなぁ。漠然とした覚悟がお昼休みまで引き伸ばされて、やっぱり行きたくないって気持ちになりそうだ。
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