栗毛聖女の受難〜この世界では信仰神が違います。聖職者のスキルは使用できません!?VRにそんなリアリティ求めてません(>_<)~

たっきゅん

栗毛聖女のコンバート

第1話 栗毛聖女、VR世界を転移する。

 静まり返る大聖堂、その最奥にある淡い青色クリスタルで作られた夜天を司る女神カスピエッタの像、掲げられた杖の先端には月を模した宝石が月光を乱反射し輝いていた。礼拝客の生命音で昼間は満たされるここも静寂に包まれていた。


『新たな地へ旅立つ覚悟はよろしいのですね?』

「はい。覚悟は出来ております」


 天から澄んだ女性の声が降り注ぎ、私は迷いなく答えます。胸元に星が刺繍された黒の修道着に身を包んだ私はこの世界で聖職者のラピスとして遊んできました。中学までは目立たない子として過ごしてきましたし、この月影オンラインMSOというVRMMORPGにおいてヒーラーとして世界中を旅して名を残してきました。まあ、その……ネットゲームで有名になるってのは時間を犠牲にしてきたとイコールなので中学の3年間ぼっちだったとも言うんですが、高校性となった私は思い切って自分から声をかけて隣の席の狐島茉実こじままつみちゃんと友達になりました。


 そんな茉実ちゃんが新作ゲーム、GOD・F・オンラインGFOに誘ってくれたのです。高校に入学した4月から少しづつお互いの事を話してて分かったのですが、彼女もゲームは好きなのですが親が厳しくて高校生になるまでVRゲーム機を買ってもらえなかったそうです。ですが、この夏にようやく高校合格祝いとして買って貰えたので一緒に先日リリースした新作をやろうという流れになったわけです。


(私のお父さんってお金だけは持ってるからね。全然私に構ってくれないけど好きなものを買ってくれるってだけでも感謝しないとだね)


 脱線しちゃいましたが、そんなこんなで3年間という長い月日を過ごした愛着があるこのMSOでの私のアバターですが、小柄な栗毛の女の子で、みんなの後ろで回復魔法を使うヒーラーと呼ばれる役割ができる聖職者を選びました。淡々とこなす口数の少ない私だったのですが気軽に狩りに誘ってくれるギルドメンバーのおかけで聖職者だった私のアバターも成長して上位ジョブの聖女となることができました。


 この居心地の良い世界で、人との関わり方を教えてもらいました。だから高校生活を無事にスタートできたのはこのゲームのおかげで、私は多くの人に助けられて人と関わることをこれからは自分からしていこうと思ったんです。私はこの世界が好き。だけど、転移の儀式によって違うゲーム世界へとアバターを移動させることにしたのです。


「GOD・F・オンライン、光雫世界、ダーマラス大陸、ホルア帝国への転移実行をお願いします」


 茉実ちゃんと待ち合わせのために転移するゲーム名、サーバー、大陸、国を指定します。ちなみになぜ、今のゲーム世界を捨てて転移をしなければならないかというと、VRMMORPGが仮想現実、ヴァーチャルなリアリティーを追求した結果、アバターはあらゆるVR世界において一人一体しか作成できない制限がついているのです。


「夜天を司いし女神カスピエッタ様、癒しの月光を授かりし小さき星に、更なる輝きを授けたまえ」


 私一人しかいなかった大聖堂のはずですが後ろから声が聞こえて、月影オンラインからGOD・F・オンラインへとアバターデータを対応させるコンバートが開始されている私の体に赤みを帯びた暖かな魔法の光が降り注ぎました。


「これって近接戦闘職にかかる攻撃力強化のバフだよね」


 振り返ると大聖堂の扉が大きく開かれていて、そこには人垣ができていました。見知った顔から思い出せない顔、まったく知らない顔まで多くの人が私を見送りに来てくれたようです。


「マスター、それにみんな……」


 私はゲーム世界の転移をする旨を知人に知らせて軽く挨拶は済ませたはずです。ネット上の繋がりなんて脆くて儚いのはこれまでお別れしてきた人たちを見て知っています。リアルが忙しくなってゲームにログインできなくなった人や、飽きてしまってフェードアウトしていった人。その時は悲しくてもすぐに忘れてしまうし、私だけが特別だなんて自惚れは持っていません。だからこそ少しだけ涙ぐんでしまいます。


「そんな顔をするんじゃないよ。ラピス、あんたはこんなに人との縁を繋いできたじゃないか。あんたが真面目に役割仕事をこなすいい子だってみんな知ってるし、困ってる人につい手を差し伸べてしまう性格のせいで苦労してる姿も知ってる。あんたに助けられた人もここにはいっぱいいるんだ。だから、私はあんたに驚いて欲しくて、胸張って次の世界に行って欲しくてみんなに声をかけたのさ」


 ニカっと笑うギルドマスターのエミルさん掛けてくれた攻撃力強化のバフ以外にも防御力強化や素早さ強化、魔力強化といった様々なバフで身体が様々な色の光に包まれて、私の栗色の髪すらも金、白銀、漆黒と次々と人々の描く聖女のイメージ通りの色へ変色をしていきます。


「あっちの世界でリアルの友達が待ってるんだろ?覚悟して行けよ。リアルがあるってことはゲームのように簡単に関係をリセットできねーんだ。ま、いつものお前なら大丈夫だろうがな」

「ラピスちゃん、そっちの世界で出会ったらまた遊ぼうね!」

「コンバートは初めてだろ?ステータスは1からだがスキルはどのゲームも共通で使えるはずだ。じゃなけりゃVR操作になれた剣士とかのプレイヤーが有利すぎるからな。まあ、少しの違いはあるかもしれないがそこはゲームの設定だ。がんばれよ」


【コンバート完了、300秒後に転移を開始します。持ち込めるアイテムは現在の装備品のみとなります。ステータスは初期化されます。スキルは転移後の世界に対応したスキルに変化します。転移開始まではキャンセルが可能です】


「うん、ありがとう。頑張ってくるよ。って、え?プリアちゃんも転移するの?」

「だって私もラピスちゃんの友達だよ?だったらどんな世界にだって一緒にいくよ?それともネットの友達は友達じゃないの?」

「そんなことないよ!うん、先に向こうで待ってるね」


 思い思いに声をかけてくるギルドメンバーたちにたじたじになりなっているとシステム通知が鳴りコンバート完了を伝えてきました。これが繋がりとして最後になる人もいるかもしれません。なので、私は残りの時間で思いを伝えます。


「ジャスター、いつも暴れまわってて怖かったし、遠慮なく絡んできて困ったりもしたけど、そんな貴方に憧れてた私は変われたかな?」

「昔はもっと口下手でおどおどしてたろ。さっきも大丈夫だって言っただろ、心配しなくても成長してる、この副ギルドマスター様がもう一度言ってやる。いつものお前なら大丈夫だ、胸張って生きろ」

「うん。ありがとう、行っています」


 狐耳に和服を着崩して巨斧を背負った白髪の男、ジャスターさん。彼はギルドに入ったばかりの当時の私にとって恐怖でしかありませんでした。見た目怖くて無遠慮で戦闘狂、だけどいつもメンバー同士の間を取り持ってギルドの雰囲気が良かったのも彼のおかげで私の憧れの人。人目を気にせずに生きて、誰にでも優しくて一目置かれる存在に私はなりたくて高校デビューを目指したんです。リアルの私は何もできないかもしれないけど、ネットゲームの世界なら変われたから、だから真っすぐに目を見てありがとうと恥ずかしいけど口にして伝えます。


「プリアちゃん、私はプリアちゃんもリアルのその子も大事な友達だよ。だから、その子とも仲良くして欲しいな」

「当たり前だよ!あ、GFOなら私ね、なりたい職業があるからスキルを破棄して1からスタートするね!」

「うん。私のキャラクターネームは変わってないはずだから向こうについたらラピスに連絡してね」

「わかった!必ず連絡するね!」


 黒色の大きなとんがり帽子を被っていても目を引く長髪は真っ赤で、魔術師ローブを着て大きな杖を抱えたプリアちゃん。なんでもかんでも燃やしてたらイベントが進まなくなちゃって私の重要アイテムをあげたらこんな感じになちゃった。まあ、そのせいで〝夜天女神の加護〟というスキルを私は取れなかったんだけど、プリアちゃんが喜んでだしそれでいいかなっと思ってる。


「カゲミツさん、お世話になりました。私がヒーラーとしてやってこれたのも勉強の大切さをカゲミツさんが教えてくれたおかげです」

「そんな畏まるなよ、俺は別にお前のために教えたわけじゃない。PTの生存率を上げるために教えただけだ。それに、ただ仕様を調べるのが趣味なだけだ」

「ありがとうございました」


 道着を着て緑髪にエルフ耳で長槍を手にしているカゲミツさん、この人は少しでも体力HPが減ったプレイヤーにヒールをすぐに飛ばしていた私に、魔力MP管理やヘイト管理といった基本からスキルの応用技までヒーラーにできることを教えてくれました。その時のいろいろありましたが、社会性というモノもこの人から学ばせていただいたので頭があがりませんが、頭を下げるのも失礼なのでカゲミツさんとも目を見て感謝を伝えました。


「マスター、お世話に……」

「待ちな、感謝を伝えるのはいい。けれど今生の別れのようなものが私は嫌いだ。それに見てみな、あんたが感謝を伝えた二人の情けない顔を。男のくせに情けない」


 ジャスターさんもカゲミツさんも悲しそうな顔をしているのに気が付いて、自分の愚かさに気づきました。これは旅立ちで別れじゃない。だからそれ以上は言っちゃダメなんだって。


「なりましたけど、向こうに来たら私がお世話してあげますから頼ってきてくださいね」

「ああ、そんときゃよろしく頼むよ。まあ、私はこの世界と心中する気ではいるけどね」


 豪快に笑うギルドマスター、エミルさんはフリルスカートの可愛らしい洋服から職業である騎士らしい白銀の鎧に一瞬で装備を切り替えて剣を掲げる。空気が止まってエミルさんに場が支配される。この圧倒的なカリスマが私をこのギルドへと引き寄せた。


「我ら〝第六天明王〟の同胞よ、旅立ちを恐れるな!我らは救われた、汝にだ!汝も我らを救ってきたのだ!この過疎ゲーと言われるMSOで汝は太陽だった。その証拠に多くの人が集まっているではないか!もしこの夜天に帳が下りる日がこようものなら我らは太陽の元へ集おう。新たな世界での汝に祝福あれ!」


【これより転移を開始します】


 エミルさんの小っ恥ずかしくも胸の奥に届く演説を聴き終えると同時に転移までの猶予時間が終了したことをシステムが告げる。


「またね、みんな!」


 そう、これは別れじゃない。MSOのみんながGFOに来るかもしれないし、私だって戻ろうと思えばMSOに戻れるんだから、みんなに会えるよね。光に包まれて景色が高速で流れていくのを見ながら新天地に思いを馳せる。私、ラピス・ラズベリーの新たな世界での物語がこれから始まるのである。

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