第19話 フランスフォレスト

街での生活はだいぶ落ち着いてきた。

冒険者の仕事(街中の簡単なやつ)を受けつつ、魔法の練習を毎日行う。


最初の頃はタバコの火よりも小さな火しか出せなかったが、今は野球のボールくらいの火の玉を出せる。

多少ノーコンだが30センチくらいの的になら10メートル離れても当てる事が出来る様になってきた。


水魔法は手のひらに溢れる美味しい水を出せるが、攻撃には使えない。

でもマジに美味いぜ、俺清水。(オレシミズ…イマイチだな、命名は後で考えよう)


風魔法は…そよかぜが出せる。

雨の日に部屋干しの洗濯モノを乾かすのに重宝している。


雷魔法は静電気の強い感じのが出せる。

小さな魔物や獣は触れさえすれば気絶させられる!……ただ、触れるのが難しい。(だって近寄るのは結構怖いから)

あ、あと!これ重要!!!

地球の電池とか電気製品に充電出来る!(俺すげえええ)

そして土魔法、庭に穴が掘れる。ゴミを埋めるのに便利。



火魔法は以外はほぼ生活魔法と言うレベルだな。

ライアンとクラ、パチェラはもっとすごい。

魔法でバンバンと魔物を倒している。

ミシェルは俺とおんなじくらいかな?



森の探索はギルドが依頼を出して冒険者たちが物資の回収をしてきてくれている。

俺たちは、7日に1箇所ずつ交代で森を回り、落ちて来た人がいないか確認をしている。



今週はクラとミシェルのペアが南の森、フランスフォレストに行ってる。

今のところ他に誰も落ちて来てはいない。


もしかすると地球に現れていた白い穴の現象も治まってしまったのか?と思ったが、相変わらずジャパンフォレストに物資は落ちている。

って事はまだ穴の出現は続いているのだろう。


ただウッカリ落ちる者がいないってだけか。


安心半分、淋しさ半分。

複雑な気持ちだ。



明日、明後日くらいにはミシェル達が戻ってくるだろうと思っていた昼過ぎ、

突然ギルドの職員が飛び込んで来た。



「ライアンさん!パチェラさん!ゆうきくん! いますか!すぐにギルドへ来てください!」


俺は裏庭で洗濯相手に風魔法を使っていた。

家の中、というか表口から誰かの俺たちを呼ぶ大声が聞こえた。

裏庭から家の中に入りつつ、もしかしてミシェル達に何かあったのかと胸がざわついた。


パチェラは市場に買い物に出ていたのでライアンとふたりで急いでギルドへ駆けつけた。


ギルドの中はざわついていたがすぐに奥に通された。

ギルドの奥の部屋のドアを開けるとそこにはミシェルが立っていた。

その横にクラもいる。

良かった。

ふたりが無事なのを見て安堵の息を吐いた。

ライアンに背中を押されて中に入ると、そこには少し汚れているが数人の男女が立っていた。


服が、彼らが着ていた服が地球のものに似ている。

が、最近は森から回収した物資が売りに出されているのでこの世界の人が着ていても不思議でない。


けど、何だろう?何か違和感がある。

自分でも何を探りたいのか解らないが彼らから目が話せなかった。



「見つけたんだ!」

「そうよ、落ちて来た人」

「フランスフォレストに落ちてきたのか!」


ミシェル、クラ、ライアンの会話が耳に入りゆっくりと脳に伝わる。


「5人か。これだけ?他には?」

「昨日見つけたのは彼らだけ」

「そうよ、まだ来るかも知れないけどとりあえず連れて帰ったわ」


驚いた、5人も、落ちて来たんだ。

外国人の区別が出来ないからどこの国の人かわからないけど、フランスフォレストに落ちてきたからフランス人かな?

何だろう、何か悲壮な表情をしてる。

いや、穴に落っこちたんだから悲観的な気持ちにもなるか。


ん?まだ来るかも知れない?

何で?

地球の穴に何か変化があった?


「すみません、遅れました」


パチェラが市場から戻ったのか部屋へ駆け込んで来た。

パチェラはそこに立ってる5人の落ち人を見て目を見張った。


「え?落ちて来たんですか?フランスフォレストに?」


「そうなんだよ、いや、そうなんだけど、それより大変な事が。アンドレ、あの話…、もう一度してもらえる?」



アンドレと名指しされた男性がポツポツと話し出した内容に俺たちは仰天した。



「何だって!」

「そ、そんな…」

「……」


「嘘じゃないです。どの国でも似たり寄ったりの報道はされてます」



アンドレさんが話した内容は、地球があと数日で消滅するという事だ。

理由は彗星。


大国は結構前から何とか手を打とうとしていたらしいが、どの国も彗星の軌道を逸らす事すら出来なかった。

彗星は破壊など考えられないくらいの大きさだった。

せめて軌道を反らせないかと核ミサイルが何度も打ち上げられたが、彗星のほんの一部は欠けたがそれだけだった。


彗星は真っ直ぐ、地球に向かう軌道のままだったそうだ。

アメリカも、中国も、ロシアも、もはや打てる手は打ちつくした。

この時点で彗星が地球に衝突するまであと20日。



結局、各国多少の前後はあるが国民へ知らせる事となった。

彗星衝突の衝撃はシェルターに隠れて防げる程度のものではない。

それは全人類滅亡というより地球の終焉を意味した。


残りの時間を家族と、恋人と、静かに最後を迎える人々。

宗教に走り神に救いを求める人々。

自暴自棄になり自分を他人をも終わらせる者。

どちらにしてもEND時間は迫って来る。



「そんな中、白い穴の事がネット民の間で騒がれ始めたんだ」

「あの白い穴は別の世界に通じてるって書き込みは以前からあったけど終焉前にして注目され始めたの。書き込みの9割は日本からのカキコミだったわ」

「ゲームや漫画の見過ぎだって笑うやつもいたけどな」

「でも、私はあれが、あの白い穴が神の救いの手だって思った」


「そうです。だから俺たちは一か八か、白い穴の先に新しい世界が広がっている事を祈った。どこかに必ず繋がっているはずだって」

「だって、こんな地球の最後に、地球のあちこちに穴が出現するなんて、飛び込みなさいという神の言葉にしか聞こえないわ」


「俺は日本のアニメやゲームが好きだしファンタジー小説も読んでた。大学の専攻も現代日本を研究してた。だから日本のネットのカキコミも毎日見てた」

「ルイは大の日本贔屓だもんね。ルイから穴に飛び込むって聞いて私も着いて行くって決めた」



彼らの話を聞きながら、俺は頭がグルグルとしてきた。

自分があの白い穴に落ちた時、もう家族と逢えないかもしれないと覚悟を決めた。

こっちの世界で生きていくと決めても、あっちの世界に残った家族は幸せに生きててくれると信じていた。


だけど。

地球に彗星が衝突する?

人類が滅亡する?

嘘だろ?そんな事なら最後の瞬間まで家族といたかった。

最後は家族と一緒にいたかった。

俺は初めて、俺を穴に落としたあいつらを恨んだ。



「ゆうき! 大丈夫か」


ライアンが俺の頭を抱えてこみ背中を叩いた。

もしかしたらいつか、いつかは地球に戻れるかも、いつか皆んなに会えるかもって俺を支えていた希望が消えて無くなった。

戻れる場所が地球が無くなる。



「…うっ」


涙が止まらなくなった。

お父さん、お母さん、…姉ちゃん、ハナ、チロぉ


「ううう…おがぁさん」


ライアンに抱きついてワンワンと泣き出してしまった。



「あの…あの、もしかして彼は日本人?」


救助された5人の中のルイと呼ばれた青年がおずおずと声をかけて来た。

ミシェルが頷くとルイは言おうかどうか悩みながらボソっと口にした。


「ぬか喜びになるかも…なんだけど、日本はネットで穴に入るスレが盛り上がってた。だから、もしかしたら彼の家族も……」

「ちょっとルイ!無責任な事は言わないであげて。彼の家族が穴に入ったかなんてわからないじゃない」

「でも、日本では…スレがたくさん」



「あのさ、ゆうき、ジャパンフォレストに行こう。日本にはあんなにたくさんの物資を落としてくれる人がいる。って事は、白い穴の先があるって信じてる人が多いって事だろ?今頃ジャパンフォレストには落ちて来てる人がいるはず。だからフォレストに行こうよ!」


ミシェルが真剣眼差しで俺を見てた。


「そう…だな。ジャパンフォレストのあれは確かに確認する意義はある」


ライアンが俺の顔を覗き込む。


そうだ。

そうだよ、まだ諦めるな。

諦めるなって母さんや姉ちゃんがいつも言ってたじゃん。

隕石が落ちて来るからって簡単に諦めるような皆んなじゃないはずだ。


『どうせ地上にいても死んじゃうなら穴に飛び込もうよ』


姉ちゃんがそう言ってる姿が涙で滲む目に浮かんだ。


『お兄ちゃん、先に行ったんだからちゃんと用意してくれてるかな』

『そうねぇ、一家五人と犬一匹が住めるくらいの家を用意しておいてほしいわね。長男なんだから』

『いや、母さん、長男って言ってもゆうきはまだ17なんだから』

『じゃあせめて3LDK、父さんと母さんでひと部屋、私とハナでひと部屋、チロとゆうきでひと部屋ね』


うわあああ、どうしよう、姉ちゃん絶対言ってるよな。

落ち人クランのハウスに空き部屋いくつあったっけ?

今日フランスフォレストから来た人たちにとりあえず入ってもらうし、あと、残りいくつだ?


「ゆうき?ゆうき!明日の早朝にフォレストに出発するぞ?聞いてるか?」


「え、あ、ごめんなさい。あのあの、ええとルイさん達はとりあえず落ち人クランのハウスに来てもらって」


「おう、そうだな」

「空いてる部屋が2階にふたつ、3階は5つあるわ。そこを使ってもらいましょう」


「それで、もっと人来るかも知れないでしょう?他にも家を用意しないと」


「そうだね、アメリカンフォレストにも落ちてきてるだろうし。ジャパンフォレストはかなり落ちて来てそうだし」

「ギルドに相談してとりあえず宿屋に入ってもらうか」

「そうね、あと数日でどのくらい落ちて来るのかしら」


泣いてる場合ではない。

俺たちは慌ただしく動き始めた。

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