第三章《6》


「皆さん!!!今日は天候にも恵まれ、絶好の体育祭日和となりました!」


耳をつんざくほどの声音で、校長が言う。


校長はそう言っているが、でも俺は本当の意味での体育祭日和は曇りではないかと思う。


実際、晴天だと容赦なく降り注ぐ日照りで体力を奪われる。


だから一気にやる気を削がれるし、雨に関しては言わずもがなだろう。


いっその事曇りぐらいの方が日差しも幾分か収まり、恵まれた天気だと思うのは俺だけじゃないと思うのだが…。


とは言えここまで頑張って練習したのだ。


今更それを言い訳に投げ出すつもりはないし、やる気が出ないなんて言っていられない訳だが。


そしてただでさえ暑い中で始まる校長の話。


私も若い頃は。


それが校長の自慢話が始まる合図だ。


これは約二年こうしてこの学校に通っていると、嫌でも分かる情報だ。


いや、実際にはそれが分かるのに二年もいらないらしい。


一年の列でもそれを聞いて顔を顰める奴が多く見受けられた。


こう言うのでもやっぱりいざ聞けなくなると寂しくなったりするのだろうか。


三年の列に目をやり、ふとそんな事を思う。


俺も来年は、あの列に並ぶのだ。


その時はどんな気持ちでこの体育祭当日を迎え、今は一秒だって聞きたくもない校長の話を聞くのだろう。


まだ先だからと言うのもあるが、実感が湧かない。


「私が若い頃は毎年体育祭が、とても楽しみでした。


活躍する為に毎日練習に励み、仲間と汗を流し、その練習と普段の山登りで鍛えた体で大活躍したものです。」


うん、寂しくなる訳がないわ。


と言うか今の話で余計に暑苦しくなったわ。


まぁそれはさておき…。


俺達はさっきまでの校長の話のように、(真偽は定かではないが)昨日までしっかり練習してきたのだ。


開始早々げんなりしたものの、赤のハチマキをきつく結んで、気合いを入れる。


今回、俺達は橋本のてきと…ゲフン。


厳正な人選で赤組に選ばれた。


ヤス、高橋さん、小池さんも一緒だ。


まぁ…クラス対抗リレーのメンバーだと小城だけ白組になってしまった訳だが…。


ちなみにそのせいで赤組の女子(一部を除く)は意気消沈してるんだよなぁ…。


「いよいよね!」


「今まで頑張ったんだもん。


今日も精一杯頑張ろう!」


そんな中でも、小池さんと高橋さんは気合い充分。


「作戦はとりあえずそのままで、まぁ最初は敵だけどお互い頑張ろう。」


気さくに笑って言う小城。


「ま、ちょっとは本気出すかね。」


「お前は本気出せ…。」


ヤスは相変わらず。


まぁ…俺達は今日の為に喧嘩もしたけど最後にこうしてまた集まったんだ。


今ならきっと大丈夫。


俺達の体育祭が始まる。


そこから開会式は順調に進み、準備体操が終わると早速競技に入る。


まず最初にそれぞれの応援合戦。


そして次に二年男子の玉入れ。


背が高い俺とヤスは確実に大活躍する!…筈だったのに。


「てい!とりゃ!」


投げた玉は全て操られたように篭を飛び越えて地面に落ちていく。


「お前…どんだけコントロール悪いんだよ。


わざとやってねぇだろうな…?」


「そんなんじゃないって…。」


ちなみにそう皮肉を言ってくるヤスは悠々と絶妙なコントロールで玉を篭に入れていた。


この超人め!と心の中で叫んでおいた。


対する白組側には水木が居る。


対抗意識からか、やる気が半端ない。


着々と玉をカゴに入れ、大活躍している。


とりあえず俺も負けてられない。


「うりゃ!」


気合いを入れ直して勢いよく投げてみるも、また地面に落ちる。


「ある意味お前も超人かもな…。」


言いながらヤスにため息を吐かれた


「それ褒めてないだろ…?」


「お前もな。」


やっぱりこいつエスパーかよ…。


結果、ヤスが活躍したおかげで赤組の勝ちで終わったのだが…。


一方の俺は笑われ者だ…とほほ…。



私が参加するのはパン食い競争。


参加するとパンが貰えるお得な競技だ。


一応念の為に簡単なルールを説明すると私達が走るコースの中間地点に棒で吊り下げられたパンがあり、それを口で取った人からゴールを目指し順位を競う、と言うのがルールだ。


リレーの前の肩慣らしには丁度良い。


パンも貰えるし。


…と思っていたのに…。


「なんで私の所だけカレーパンなのよ!


あんパンが良かったのに!」


「まぁまぁ…結構順位も良かったんだから。」


走り終わった後に持ち場でぼやいてると静に宥められた。


ちなみに私は四人中二位。


他の二人はパンを取るのに随分時間がかかっていたし、その間に一気に引き離せたのだ。


「しかもこれ結構辛いやつじゃない…。」


こうしてこんな風にぼやいていると、またあいつに鼻で笑われてるような気がしてなんかムカつく。


「静、これあんたにあげるわ…。」


とりあえず自分では食べれないし、静にあげる事にした。


「え?あ、うん。


ありがとう。」


「確かあんた次でしょ?」


「うん、借り物競争。」


「本当に大丈夫な訳…?」


「うーん…ちょっと不安だけど…頑張る。」


「まぁ、頑張りなさい。」


「うん、ありがとう。」


…ん?持ち場に座り、何となく辺りを見回していると、客席の辺りから一際目立つ人物の姿が見えた。


…ふーん。


本人はバレないように変装したつもりなのだろうがその人物が誰かなんてすぐに分かった。


「摩耶ちゃん…?」


「さ、行ってきなさい。


誰かさんも応援してくれてるだろうし?」


「え…?うん?」


静は気付いてないみたい。


まぁ、良いか…。


どうせその内気付くだろうし。



私が出るのは借り物競争。


自分の走るコースに置かれたメモを見て、それに書かれた物を持ってる人と一緒にゴールする競技だ。


決まった日に借り物競争に参加する事を恵美ちゃんにも電話で話したのだが、友達以外の人に話しかけられるのかと本気で心配された。


でも今は前までの自分とは違うんだ。


摩耶ちゃんにも心配されたけど…きっと大丈夫!


ハチマキを結び直して気合いを入れ直し、そのまま張り切って走り出す。


中間地点でメモを手に取り、早速書かれた文字を確認する。


[田中さん。]


「…え?」


信じられない文字を見た気がして思わず二度見するも、真ん中にデカデカと書かれたその二文字は一切変わらない。


田中…さん?


理解が追い付かず、少しの間言葉を失う。


…………え?…えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?


それはつまり、こんな大勢の中から田中さんと言う名前の人を探せと言う事なのだろうか?


確かによく聞く名前ではあるけど…。


同級生、先輩、後輩、クラスメートに先生まで。


必死にその名前の人を記憶から探すも、そもそも知ってる人が少ない私にはこの学校で田中さんと言う名前に一切聞き覚えがなかった。


「た、田中さんは居ますか?」


とは言えこのままオロオロしてばかりもいられず、仕方なく探そうとするも恥ずかしくてあまり大きな声が出せず、誰も出てこない。


あー、こんな時に恵美ちゃんがいれば…。


他の人達は順調に相手を見付け、走り出していく。


なんとか声を出してみても、全く見付かりそうにない。


どうしよう…。


何も出来ず、ただ途方に暮れる。


よりにもよってなんでこんな…。


「あぁ…もぉ…全く…。


静、走るよ!」


「え、えぇぇ!?」


そのまま自分の不運を嘆きながらどうするか迷っていると、急に客席から伸びた手に引っ張られて私はそのまま走った。


なんだか懐かしいこの感じ。


変装して姿を隠しているとは言え、すぐにそうだと分かる見慣れた背中。


「恵美ちゃん!?なんで!?」


走り終わった後に問いかける。


「あ、あぁ…。


まぁ…一応コーチもしたし?あんたが心配だからこっそり様子を観にきたのよ。」


息を整え、変装の為の帽子とサングラスとマスクを外しながら、恵美ちゃんは言う。


「え…でも学校。」


「エ、ナニナニ?キコエナーイ…。」


言いながら冷や汗をだらだら垂らして、吹けもしない口笛を吹いてる。


あ、休んだんだ。


ちなみに今更ながら恵美ちゃんの名字は田中だ。


だからこんな時に恵美ちゃんが居たらと思ったのだが、まさか本当に現れるとは思わなかった。


「もうすぐリレーでしょ?練習の成果を見せてきなさいよ!」


「うん!」


「あ、ヤバ…。


親から鬼電入ってる…。


風邪で休んだ事になってるから仮病がバレたんだ。」


「えぇぇ!?大丈夫なの!?」


「仕方ない…帰るわ…。


また結果は電話で教えて!それじゃ!」


「あ、うん!ありがとう!」


軽く手を振ってそれに返事をしてから、大慌てで帰っていく恵美ちゃん。


その背中を見送りながら、私は思う。


いつだって恵美ちゃんは私が困った時に駆けつけてくれるヒーローだなぁと。



順調にプログラムは進んでいき、遂にクラス対抗リレーの時が来た。


「ちょっと予定が狂った。」


入場門に集まった時、隣にいた小城が俺に言ってくる。


「え?」


「水木がアンカーだなと思ってたんだが、どうやらお前と一緒の順番で走るらしい。」


「え、なんで?」


拍子抜けして聞き返すと、盛大にため息を吐かれた。


「ヤボな事聞くなよ…。


そんなのお前と張り合いたいからに決まってんだろ?」


「あ…。」


言われて思い出す。


後悔させると、あいつはそう言ってたんだよな…。


「俺さ、何となく分かるんだよ。


水木の気持ち。」


「え?」


「あいつもずっと沢辺の事好きだったんだろうし、それをパッと出のお前に負けた訳だろ?


で、結果的にお前はそいつと別れた訳じゃん。


考え方は違うかもだけど、俺なら許せないかもしれない。」


「そう…だよな。」


実際俺なんかより美波の事をずっと大事に思っている人がいたって別に不思議じゃないのだ。


まして、あいつが必ずしも俺だけの物だったなんて保証自体何処にもない訳で。


「やっぱりさ、はっきりさせといた方が良いんじゃないか?


お前がこのまま終わりで良いって言うんならそれも一つの答えではあるんだろうけど…。」


「そう…だよな。」


早く答えを出さなくては。


何もかも手遅れになる前に。


なのに焦って自分の頭を酷使しても答えは出ない。


焦れば焦るほど余計に遠退いてしまう。


でも急がないと。


どうすれば良いのだろう?



そして、クラス対抗リレーは始まった。


持ち場に付いて、辺りを見回す。


パッと見ではあるが、特別速そうな人はあまり居ないようにも見える。


走るのは私を入れてそれぞれの組から一人ずつの四人。


「位置について!よーい!」


その掛け声の後のスターターピストルの銃声で、それぞれが一斉に走り出す。


これまで必死に練習したんだ。


せめてビリだけは避けなければと、精一杯走る。


とりあえず出だしは良かった。


だから最初こそ二位になれたが、でもすぐに抜かれてあっと言う間に三位になってしまう。


負けるもんか…!最後の一人と順位争いになる。


絶対負けられない。


ここで抜かれたら、今までの練習が全部水の泡になってしまう。


あんなに必死に頑張ったのに。


そうなったらあいつにまた足手まといだと言われて馬鹿にされる。


そんなのもう嫌だ!絶対に嫌!そう思い、私は走った。


これまでで一番必死になって。


そしてそのままなんとか抜かれずに、あいつにバトンを渡した。


「ま…任せたわよ!」


「…よくやった。


後は任せろ。」


「…え?あ…。」


…え?今、褒められた…?


理解が追い付かず、しばらく呆然と走り去るあいつを見ていた。


「こら!終わったら早く出ろよー!」


先生の注意も気にならない程に、心臓が高鳴る。


これは多分、思いっ切り走った代償だ。


とぼとぼと持ち場に戻っていると、あいつの次に走る静とすれ違う。


「あ、摩耶ちゃん!お疲れ様!」


「あ…うん。」


「どうしたの?顔真っ赤だよ。」


「…え?」


これは多分暑いからだ。


そうに決まってる。



摩耶ちゃんからバトンを受け取った中川君の追い上げはすごかった。


一気に一位になり、そのまま私にバトンを渡す。


「後は任せた。」


「うん!」


バトンを受け取り、気合いを入れて走り出す。


出したのだが…。


中川君がせっかく一位でバトンを渡してくれたのに、すぐに二人に抜かれてしまう。


摩耶ちゃんも頑張ったんだ、私も頑張らないと!


気合いを入れ直して必死に走り、なんとか一人を抜いて二位になる。


「高橋さん、もうちょっと!」


と、ここで手を出して構えながらそう声をかけてくる佐藤君の姿が見えてきた。


「お、お願い!」


なんとか二位のままでバトンを渡す。




高橋さんを待つ間、横からは容赦ない敵意が向けられていた。


「ワシはお前を絶対に認めんけぇな。」


そう言われても正直今は何と返せば良いのか分からない。


今の中途半端な気持ちのままで変に何かをしようとしたところで、藤枝さんの時みたいに火に油を注ぐだけだ。


かと言ってひたすらに謝って済む問題でもない。


どうしたものかと思考を巡らせていると、精一杯走っている高橋さんの姿が見えてきた。


「高橋さん、もうちょっと!」


「お、お願い!」


バトンを受け取って走り出すと、先に走り出した筈の水木がまるで俺を待っているかのようにペースを緩めて走っていた。


いや、多分待っていたのだろう。


俺が追い付くと、すぐにペースを上げてくる。


わざわざ俺と走る順番を合わせてきたのだ。


張り合わなければ意味がないのだろう。


それなら負ければ少しは相手の気も収まるのだろうか?


いや、わざと負ければ余計に腹を立てられるだけだ。


それに俺だって今まで練習してきたんだ。


手を抜くつもりはない。


そして水木と並ぶ。


「へー、ちぃとはやるのぉ。」


言いながらペースを上げてきた。


次第に小城が見えてくる。


よし!もうすぐだ!と、そう思ったその時だった。


とっさに何かに躓いて盛大に転ぶ。


同時に水木にも後ろの二人にも抜かれてしまう。


「…ざまぁみろ。」


水木が横を通り過ぎる時、そう聞こえた気がした。


「佐藤!」


一瞬何が起きたのか理解が追い付かず呆然とするも、小城に呼ばれて我に返る。


そのまま急いで起き上がってから小城にバトンを渡す。


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