第三章《2》
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小池さんを追いかけて高橋さんも居なくなり、この場には俺とヤス、小城の三人が残った。
「おい、ヤス!いくらなんでも言い過ぎだぞ!?」
そう言って責め寄ると、ヤスはめんどくさそうに頭を掻く。
「やりたくねぇって言ってる奴に無理にやらせる必要はねぇだろ?」
「でも…だからって!」
「…無理にやらせてもし負けたら?実際にチームの足を引っ張ったら?
やっぱりやらねぇ方が良かったって今以上に後悔して後からぼやくだけだ。
なら最初からやらねぇ方が良い。
やらなきゃ良かったより、やらねぇで良かったの方がまだマシだろうからな。」
「でも…。」
「こう言うのは本人の意思でやった方が良いんだよ。
だからちょっとでもやる気がある奴がやった方が良い。
自分の意思でやってんだからどんな結果になっても後腐れはねぇだろ?」
「っ…。」
確かにヤスの言ってる事自体は間違ってない。
でもだからって…このままじゃ駄目だろ…。
そう思ってみても、間違ってないからこそ言い返す言葉が見当たらない。
「とは言え…困ったな。
この様子だと高橋さんも来なくなるかもだぞ?」
見かねた小城が口を挟む。
「まぁ、その時はその時だろ。
こいつも二人分走れば良いんだし。」
「うぉい!」
「それとも…まさかお前まで嫌だ嫌だって言ってやらねぇのか?」
「わ、分かったよ。
やるって…。」
くそ、言い返せん…。
とりあえず、小池さんの事は後で高橋さんに連絡して聞いてみよう…。
静目線。
学校から少し離れた所で立ち止まり、摩耶ちゃんは私の方に向き直った。
「何もあんな言い方しなくても良いじゃない!」
振り返った摩耶ちゃんは、そう苛立たしげに叫ぶ。
「うん。」
「どうせ私はノロマよ…。
でも…!それでもちょっとは頑張ったのに…!!」
未だに流れている涙を少し乱暴にブレザーの袖でぬぐいながら、悔しそうに歯噛みする摩耶ちゃん。
「うん…ごめんね、私が無理に言ったせいで…。
また皆で一緒に何か出来たらなって思ったんだけど…。」
自分でもちょっと強引過ぎたかな、とは思う。
でも合宿で一緒に楽しい時間を過ごせたからこそ、今回もきっと上手くいくと思ったのだ。
それに肝試しの時摩耶ちゃんと中川君、なんだかんだ良いコンビだと思ってたんだけど…。
私の思い違いだったのだろうか?
「あんたのせいだけどあんたのせいじゃない。」
ちょっと申し訳なくなって謝ると、フォローなのかどうか分からないフォローが返ってきた。
「ごめん、ちょっと意味が分からない…。」
「あいつよ!本当にムカつく…!」
言いながら地団駄を踏んでる。
「まぁまぁ…中川君はちょっと口が悪いし…。
その…他人に厳しい所もあるからさ。」
「ちょっとじゃない!」
一応フォローしてみると、すぐに言い返された。
「でも多分怒らせようとしてあんな事言った訳じゃないと思うよ?」
「それにしてもよ!言い方ってもんがあるでしょうが!!」
「うーん…まぁ。」
やっぱりそこをつかれるとフォローしきれないなぁ…。
「私だってあいつに悪意がないのぐらい知ってるわよ…。
あー!もぉ!ムカついたら甘い物食べたくなってきた!
静、カフェ行くわよ!」
「え、あ、うん!」
中川君に悪意がない事には摩耶ちゃんもちゃんと気付いていたらしい。
でもだからすぐに納得出来る、と言う訳でもないみたいだけど。
とは言えちゃんとそれに気付いていた事に少しだけ安心した。
「あ、そうだ。
それなら恵美ちゃんも呼んで良いかな?」
「別に良いけど。」
と、言う訳で。
後から合流した恵美ちゃんも交えて、私達は前に来たパンケーキのカフェに来ていた。
とりあえず変わらずご立腹な摩耶ちゃんの代わりに、私が恵美ちゃんにこれまでの経緯を説明する。
「ふーん、なるほどね。
それはその男子が悪いわねー。」
事情を聞いた恵美ちゃんは、運ばれてきた自分のパンケーキに手を伸ばしながらそう返す。
「でしょ!?もう少し言い方を変えるとかあるでしょ!?」
その反応を待っていたとばかりに言いながら対面の席に座る恵美ちゃんの方に身を乗り出す摩耶ちゃん。
「…それで?本当にやめるの?」
そんな摩耶ちゃんのおでこを鬱陶しそうに片手で押し戻しながら、ため息混じりに恵美ちゃんが聞く。
「や…やめてやるわよ。」
「本当に?」
「ま、まぁ…?あいつがやっぱりやめないでって必死になって謝ってくれば?仕方ないからまたやってやらない事もないけど?」
うーん…申し訳ないけど、そんな中川君はちょっと想像出来ないなぁ…。
摩耶ちゃんがちょっと素直じゃないところがあるのは、こうして友達として関わってきて何となく分かってきた事だ。
多分だけど摩耶ちゃんは本心からやめたいとは思ってない筈だ。
「摩耶ちゃん、本当にやめたいと思ってるの?」
だから今度は私が落ち着いてそう切り出してみる。
「な、何よ…それ…?」
聞き返されるとは思ってなかったのだろう。
いかにも拍子抜けした、と言う表情だ。
「本当は寂しかったんだよね?自分だけ除け者にされたみたいで。
摩耶ちゃんだって本当は皆でやりたいって思ってるんじゃない?
中川君の言い方が悪くて意地になっちゃう気持ちも分かるけど…。」
「べっ…別に…そんなのじゃ…。」
視線をさまよわせ、次の言葉を探して気まずそうに口ごもっている。
多分もう一押しだ。
「本当に…?」
「そうよ…。」
さっき恵美ちゃんがしたように私が食い下がると、摩耶ちゃんは一度深いため息を吐いてから諦めたような表情でそう返してきた。
「確かに私だって皆でやりたいって言う気持ちはあるわよ…。
でも足手まといだし…迷惑かけるのも最初から分かってた。
本当に許せないのは…あいつじゃなくて、そんな惨めな自分だって事も。」
そう言う摩耶ちゃんは悔しそうにまた泣いていた。
だからその背中を優しく撫でてあげる。
「悔しくて、意地になって…それを素直に認めたくなかっただけ…。
それを全部あいつのせいにしてただけ…。」
「うん。」
「…それで?改めて聞くけどどうするの?このままその人の言う通りに辞める?」
と、ここでこれまで静観してくれていた恵美ちゃんがため息を吐きながら口を挟む。
「っ…!わ、私は…。」
迷っているようだった。
意思がないわけじゃなくても、自分の実力への不安と、逃げてしまった気まずさがあるのだろう。
「摩耶ちゃん、一緒に頑張ろうよ。
三人でこっそり練習して、中川君を認めさせよ?」
だから私はそう言って摩耶ちゃんの背中を押す事にした。
「え、ちょっと!なんで私まで!?」
それに納得いかないとばかりに恵美ちゃんが勢い良く立ち上がって抗議してくる。
「…そうね!見てなさいよ!」
そう返す摩耶ちゃんの表情と声は、さっきより少しだけ元気を取り戻しているような気がした。
「まぁ…良いけどさ…。」
それを見て一層深いため息を吐きながら渋々同意してくれる恵美ちゃん。
こうして、私達は三人でこっそり練習する事になった。
「あ、電話だ。」
ポケットに入れていたスマホが振動している。
出して見ると佐藤君からの着信だった。
「どうしよう。
佐藤君には言った方が良いかな?心配してくれてるかもだし。」
とりあえず出る前にどうするか摩耶ちゃんに聞いてみる。
「佐藤には言っても良いけどあいつには内緒にするように言ってよね!」
「あ…うん、分かった。
もしもし?」
改めてスマホを操作してから耳に当て、声をかける。
「あ、もしもし。
小池さんはどう?大丈夫だった?」
「あ、うん。
摩耶ちゃんもやっぱり走りたいって。
でもこの事は中川君には内緒にしててほしいの。
しばらく私達は個別に練習するから。」
「そっか、分かった。
でもあいつの事、あんまり悪く思わないでやってね。
口は悪いけど根は良い奴だからさ。
…多分。」
「あ、多分なんだ…。」
「あいつの事は長く見てるからさ、それはよく分かってるつもりなんだ。
たまにムカつく時もあるけど。」
「ちょっとずつ本音が出てる…。」
「まぁでもあれですごく面倒見が良かったりするんだ。
だからいつも助けられてる。
たまにムカついても、たまに頼もしくて、たまに一緒に馬鹿やったりしてきた仲だからさ。
本当は悪い奴じゃないんだって分かるんだよ。」
「うん。」
常に仲良くしてるような関係ではないし、だからこんな風にたまに話していたら本音が漏れたりするような二人だけど…。
なんだかんだお互いに認め合う事で二人は今までこうして繋がっている。
摩耶ちゃんと中川君も、こんな風にたまに喧嘩してもその都度仲直りしながら深まっていけるような関係になっていってくれると良いんだけどなぁ…。
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