第三章《1》

二年生は、登山合宿の翌日から夏休みに入る。


実行委員の仕事やその他もろもろで、体を酷使し過ぎた俺は当然翌日から筋肉痛で動けず…。


そのせいでずっと夏休みが始まって数日は部屋に引きこもっていた。


母さんにはそのせいで散々文句を言われた訳だが…まぁ、これは仕方あるまい…。


文句を言うなら無理矢理任命した橋本に言ってくれ…。


ちなみに合宿で一緒に行動したのをきっかけに、ヤスと高橋さんと小池さんの三人とはそれ以降一緒に行動する事が増えた。


専用のグループチャットを開設してからそこで日取りを決めてから遊びに行ったりしたし、定番だが最終日には俺の部屋に集まって夏休みの宿題をやったりもした。


まぁ高橋さんとヤスは早い段階で宿題を終わらせていたらしく、だからほとんど終わってなかった俺と小池さんは主にヤスのスパルタ教育で地獄を見る事となった訳だが…。


とまぁ…そんなこんなで、あまりにもあっけなく夏休みは終わり。


今は二学期が始まって始業式の翌日。


まだまだ残暑が続き、暑さはちっとも収まりそうにない朝。


教室に着いた俺は、席に着いて早速机に突っ伏した。


「あー…こんだけ暑いんだからまだ夏休みで良いんじゃね…?」


「同感だわ…。」


そのままの体制でぼやくと、下敷きをパタパタしていた小池さんがそれに同意する。


「二学期って言えば体育祭と文化祭があるよね。


私、楽しみだなー。」


一方の高橋さんは合宿の影響からかすっかり学校行事が好きになったようで、この暑さなのになんだか嬉しそうだった。


「体育祭が楽しみだなんて…あんた変わってるわね…。」


「暑いのに運動とかだりー…。」


高橋さんには悪いけど、俺も小池さんの意見には全面的に同意だ。


だから突っ伏したままでそう答える。


「う、うーん…。


私もそんなに運動は得意じゃないけど…。


でも今年は皆がいるから頑張れそうな気がするの!」


言いながら小さくファイティングポーズをとってる。


また可愛いなと思ったが、それで癒されてやる気が出る訳でもない訳で…。


「あんた元気ねー…。」


元々の暑さのせいで下敷きをパタパタしても運ばれてくる風はただ生ぬるい。


無いよりはマシなのだろうが、小池さんのやる気を出させるのには力不足みたいだ。


「お前ら…ちょっとは高橋の穢れなさを見習えよ。」


そんな俺達を見て、今来たばかりのヤスが呆れ顔で皮肉を言ってきた。


「いつも居眠りしてる奴に言われたくないわよ…。」


それに対する小池さんのツッコミには当然いつものような覇気がない。


「よーし!お前ら席に着けー。」


と、ここで暑さに不似合いな大声でクラスの奴らに声をかけながら橋本が入ってきた。


「今月末には待ちに待った体育祭があるぞ!気合い入ってるかー?」


俺達が通う桜乃木高校では、九月末に体育祭、そして十一月の半ばに文化祭がそれぞれ行われる。


体育祭は大体平日の開催が多いのに対して文化祭は部外者の参加も多数あるからと大体土日開催だ。


土日に行われる文化祭は振替休日があるものの、当然平日に行われる体育祭にそんな物はない訳で…。


だから体育祭も土日にやれよ…と思ってるのは多分俺だけじゃない筈だ。


「誰も待ってねぇよー。」


相変わらずクラス中から聞こえるブーイングにも全く覇気がない。


「えーい、やかましい!今日はそれぞれ実行委員と、出る種目を決めていくぞ!」


「えー!」


登山合宿の実行委員もやったのに、体育祭の実行委員までやらされるなんて冗談じゃない…。


机に突っ伏して目立たないようにする。


「ちなみに今年は、面倒だから真ん中で分けて左半分が赤、右半分が白だ!忘れんなよー!」


「適当過ぎんだろ!今面倒だからって言ったし!」


すかさず俺含め複数のクラスメートが、ツッコむ。


「じゃ、小林。


後は任せたぞ。」


しかも返事を聞かずにさっさと逃げやがった…。



そんなこんなで橋本が早々に投げたから、その後はいつも通り小林が仕切り始める。


本当、橋本に良いように使われてんな…。


ちょっと不憫にならなくもない。


「えーと…今から実行委員と、出る種目、あとクラス対抗リレーの走者を決めるぞー。」


今小林が言ったクラス対抗リレーは、各クラス五人一組のチーム戦だ。


アンカー以外の四人は五十メートルを走って次の走者にバトンを渡す。


最後にアンカーは百メートル走って最終的な順位を競う…と言う流れで行われる。


各学年ごとに別枠で行われ、プログラムの一番最後ではそれぞれの学年の勝ち残ったクラスが決勝戦をする学年対抗リレーがある。


その優勝グループには購買の大人気商品である厚切りヒレカツサンドの無料券が走者の人数分進呈され、更に優勝したクラスには最新型のエアコンが優先的に取り付けられる権利が与えられると言うメリットまであるのだ。


実際無料券目的で参加する生徒もいるが、最新型エアコン優先権がかかってるからこそ代表に選ばれる奴は必然的にそのプレッシャーを背負う事になる訳で。


「えー、それならやっぱり小城だろ!」


「確かに!走ってるとこ見てみたい!」


だからこそ自分がその責任を背負いたくないからこそ、クラスの中で一番出来そうな奴を持ち上げて好き勝手に言うのだ。


まぁ、やりたくないのは俺も同じな訳だし、何も言わなければ良いと言う訳でもないのだろうけど。


「あー、俺は別に構わないけど。」


こう言う状況にも慣れているのだろう。


それに対して小城は、特に嫌がる様子もなく了承する。


「よし、他はいないかー?」


そして当然、確実な実力者の小城が参加を表明した後は、誰も名乗り出ようとはしない。


次第に、誰かやれよと言う無言の押し付け合いが始まる。


「私は小林君が走る姿が見たいなぁ…。」


と、ここでまたもじちらしながら林田さんがその沈黙を破る。


「林田さん、気持ちは嬉しいけどそれは無理なんだ。


クラス委員にはクラス委員の仕事があるからね。


それに俺が追いかけるのはいつだって君だけさ。」


「まぁ…!嬉しい…。」


相変わらずムカつくくらいキザだな…。


まぁでもそれに赤面してる林田さんも林田さんか…。


「さーて、早く名乗り出ろよー!」


微妙な空気になり、橋本が無理矢理その流れに割り込む。


なら最初から投げんなよな…。


「ねぇ、皆で出ようよ!」


などと頭の中でボヤいていると、唐突に隣の高橋さんがとんでもない事を口走った。


「え、高橋さん…一応聞くけど皆って…?」


おそるおそる聞いてみる。


「もちろん!私と、佐藤君と、摩耶ちゃんと、中川君!


丁度あと四人だし。


はい、私達出ます!」


言い切ると高橋さんは勢い良くその手を上げた。


「お、高橋と、佐藤と小池と中川だな。」


それを見た橋本が俺の方を見てニヤニヤする。


え、まさかこないだの事根に持ってないよな…?


「は!?ちょっ!まっ…!!」


突然の事に驚きと焦りで上手く喋れてすらいない小池さん。


そして居眠りしてるからそもそも話の流れすら聞いてないヤス。


なんて冷静に今の状況を解説してる場合じゃない!


「いやいやいやいや!無理だから!俺走れないから!こいつだって走ってるとこ見た事ないし!」


「私だって!クラス代表で走るなんて絶対嫌よ!」


ようやくまともに話せるようになった小池さんと一緒に猛反論する。


「え…駄目なの?」


それに分かりやすく残念そうな顔をする高橋さん。


「「その残念そうな顔やめて!断れなくなるから!!」」


二人して叫ぶ。


「じゃあ一緒に頑張ろうよ!」


この時ばかりは高橋さんが悪魔に見えた。


「起きろヤス!起きてお前も何とか言え!」


慌てて最後の望みとばかりにヤスを揺さぶる。


「…何とか。」


「ヤスー!!」


そして…ホームルーム終了後。


「それで?なんでこんな面倒な事になってんだ?」


橋本に半ば強制的に話を終わらされ、途方に暮れていたところで、やっと目を覚ましたヤスが頭を掻きながらぼやいた。


「「寝てたお前が(あんたが)悪い!」」


それにすかさず返す文句が小池さんとハモる。


「クラス対抗リレーで立候補してる人が小城君しかいないみたいだったから。


丁度あと四人みたいだし皆でやりたいなぁって思って立候補してみたの!」


そんな俺達を尻目に、この状況にした張本人である高橋さんが事情を説明した。


「ふーん…なるほど、めんどくせー。」


それを聞いてため息を吐きながらぼやくヤス。


「「もっと早く言えよ(言いなさいよ)。」」


再びハモる。


「ごめんね…。


迷惑だったかな?」


ヤスのそんな態度を見て、申し訳なさそうに俯く高橋さん。


いや…それ迷惑だって言えないやつだ。


「ま、なっちまったもんは仕方ねぇだろ。」


それに対してヤスは相変わらずめんどくさそうだが、欠伸をしながら一応のフォローをする。


「簡単に言わないでよ…。


クラス対抗よ?運動部の小城はともかく、私達はてんで素人じゃない。


それで参加したってどうせ足を引っ張るだけよ!」


それにそう言い返したのは小池さんだ。


よほど嫌らしく、勢い良く身を起こして猛反発する。


「それじゃあさ、放課後ちょっとずつ練習しない?」


しばしその様子を静観していた小城がそう提案してくる。


「まぁ、妥当だろうな。


今更取り下げも出来ないだろ。


お前ら二人もそろそろ腹くくれよ。」


そう言って俺と小池さんに目配せするヤス。


「へーい…。」


仕方なく返事を返す。


「…分かったわよ…。」


さしもの小池さんも言われて腹をくくったらしい。


思いっ切りため息を吐きながらも渋々頷く。


「よし、じゃあさ。


とりあえず、走る速さを見てから順番を決めない?」


一応話が纏まったところで、そう提案したのは小城だ。


こう言うところでリーダーシップを発揮出来る辺り流石だなと思う。


「となるとアンカーはやっぱり小城だろうな。」


それにそう言って返すのはヤス。


「クラスメイトのお墨付きだしね。」


それを聞いて同意するのは小池さんだ。


「ははは、まぁそうなっちゃうか。」


一方の小城は相変わらずそう言う扱いに対して嫌がる素振りを見せようとはしない。


こうしてリーダーシップをとっているのだって、こうなる事を覚悟した上でだろう。


「じゃぁとりあえず放課後グラウンドに集合ね!」


「「はーい…。」」


俺と小池さんが渋々そう返事を返し、ひとまずその場は解散となった。


そして、憂鬱な気分で迎えた放課後のグラウンド。


小城の指揮の元、俺達は実力チェックの為の五十メートル走をする事になった。


「大体だけどこれが五十メートル。」


言いながら小城がスタート地点とゴール地点それぞれにカラーコーンを置き、目印にする。


「じゃ、とりあえず一回全員で同時に走って、順位を見るよー。」


その先導でそれぞれ位置につき、早速試しに五十メートル走ってみる。


結果は小城が楽勝で一位。


次にヤス。


その次俺、高橋さん、小池さんの順番だ。


「ぜぇ…はぁ…。


だから嫌なのよ…。」


ビリの小池さんは息切れしながら苦しそうにそうぼやく。


「へぇ、とりあえず男としてのプライドは保てたみたいだな。」


対して息一つ上がってないヤスは余裕の表情でからかってきた。


「はぁ…はぁ…。


うるさいな…。


ってか…お前意外と足速かったんじゃないか。」


そう言えば登山の時も一番余裕な表情だったっけ…。


まぁ…あの時の俺は自分のも含めて三人分の荷物を持って登ってたんだからそもそも比較する事自体間違いな気もするが…。


「俺は面倒だから普段は走らねぇだけだ。


誰も走れねぇなんて言ってねぇよ。」


「こいつは…!」


じゃああの時も体力温存してる癖に手伝うの拒否りやがったのか…。


「はぁ…はぁ…やっぱり結構疲れるね…。」


恨めしくヤスを睨んでいると、言い出しっぺの高橋さんが息切れしながら言ってくる。


まぁ本人も言ってたが高橋さんもそんなに運動が得意な訳じゃないし、そうなるのは仕方ないだろう。


「うーん…それじゃあこのまま、順位の逆順で走ろうか。」


そんな俺達の反応を一通り見ると、小城がそう提案してくる。


「…え!?って事は私がトップバッター!?


無理無理無理!」


そうなると最初は必然的にビリからになる訳で、ビリだった小池さんはそれを聞いて手を振りながら全力で反論する。


「そんなに難しく考えなくても大丈夫だよ、これからちょっとずつ練習していこう。」


その反応を受け、小城は気さくに笑ってフォローする。


「え…?これを毎日やんの…?」


でも小池さんにとってそれはフォローになってなくて、むしろ余計にやる気を削ぐ物だったらしい。


さも信じられないと言いたげに落胆の表情を見せる。


まぁ正直その感想に関しては俺も概ね同意ではあるが…。


「まぁ、そうだね。


戦力にもばらつきがあるし、本番までにちょっとでも改善してかないと。」


対して小城はそんな小池さんの態度にも表情を崩さず至って冷静にそう返す。


こう言う状況にも慣れてるだけに、作戦も的確だ。


「何それ…?って事はビリの私って邪魔な訳…?」


でも、そんな冷静な対応が、逆に小池さんの苛立ちを買ったらしい。


「そ、そんな事ないよ。」


その様子を見て慌てて高橋さんがフォローする。


「別に邪魔とは言ってねぇだろうが。


まぁ、今のままだと足手まといではあるんだろうがな。」


と、ため息を吐きながらぼやいたのはヤス。


「ヤス!お前、言い方…。」


すぐに嗜めるも、小池さんがそれを止める。


「良いわよ…。


どうせ私が出たって足を引っ張るだけよ…。」


「だ、大丈夫だよ!私もそんなに速くないし…。


一緒に頑張ろうよ!」


そんな空気を変えようと、高橋さんが引き続きフォローに入る。


「無理よ!それにあんた…私より速いじゃない!」


そう叫ぶ声は思いの外大きく、口調も強めだった。


「ご…ごめん。」


それに高橋さんも口を噤む。


重い沈黙が流れる。


小城も言い方が悪かったのを自覚しているらしく、困った表情で頭を掻いていた。


そこからしばしの沈黙の後、それを破ったのはヤスの深いため息だった。


「嫌ならやめろ。


俺が二人分くらい走ってやるから。」


「っ…!?」


その一言で場の空気が一瞬で凍り付いた。


「おいヤス!」


流石にこれ以上はマズいと俺も止めに入る。


「やめてやるわよ!」


でもそれは小池さんの叫び声に遮られてしまう。


そしてそのまま小池さんは泣きながら走り去ってしまった。


「摩耶ちゃん!」


そしてそれを追いかける高橋さん。


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