第一章《2》



※ここからは美波(たまに春樹の)回想になります。

それぞれの呼び名が名字に変わるなどの変更があります。

美波→沢辺

春樹→佐藤



人を好きになる瞬間、言うんはどんな時なんじゃろう?


高校になるまでウチは、それがどんな物なんかを知らずに、ただ友達に囲まれて過ごしとる日々に満足しとった。


勿論、憧れが無かった訳じゃない。


でもこれまで、あんま自分が恋をすると言う事について真面目に考えとらんかった気がする。


そんなウチが恋と言う物を初めて意識し出したんは高校の入学式の日の朝。


新しい学校生活に期待を膨らませながら、一人これから毎日通るであろう通学路を歩いとる時じゃった。


その人は私の後ろから走って来て、その横を颯爽とすれ違っていった人。


うちの事なんて見向きもせんかったけど、かっこえぇなぁと思った。


すらっと背が高くて、整った顔立ちから感じる雰囲気はどこか明るそう。


通り過ぎる彼を、ウチは目で追った。


その時はただかっこえぇなぁって思うただけなんじゃけど。


ぼーっと見入っとって、彼の姿が遠くなると、自分も時間がない事に気付く。


おっと…ウチも急がんと…。


少しペースを上げる。


小走りに進んどると、段々陸橋が見えてくる。


目の前を歩いとるその人が上がろうとしとるんが見えて、同時にその人の前をお婆ちゃんが大きな荷物を持って上がろうとしとるんも見えた。


近くを歩いとる他の人達は一切それに見向きもせんのに、その人はお婆ちゃんから荷物を預かって陸橋をゆっくり上がり始めた。


嬉しそうなお婆ちゃん。


なんだかほっこりする。


陸橋下ってお婆ちゃんにお礼を言われとったその人は、照れ臭そうに頭を掻いとった。


「えぇ人そうじゃなぁ。」


純粋にそう思うた。


それで終わりなんかと思うとったら、その人はその荷物を持ったまま学校とは違う方向にお婆ちゃんと行ってしもうた。


入学式前に集合する教室に着く。


なんとなく辺りを見回しながら先生が来るんを待っとると、その人は息切れしながら慌てて教室に入ってきた。


(あ…今朝の人じゃ…。)


多分、荷物運びを手伝ったから時間がギリギリだったんじゃろうなぁ。


そのせいで自分が遅刻するかもしれんなんて考えもせん。


そう言う風に自分の事を後回しにする無鉄砲さは、悪く言えば馬鹿とも言われる。


でもそれは、嫌われる方の馬鹿じゃなくて多分好かれる方の馬鹿じゃと思う。


実際ウチは、その人の事がなんだか気になっとった。


「美波!おはよう!」


と、そこで同じく息切れしながらやってきて声をかけてきたのは中学一年の頃からの親友、藤枝理沙ふじえだりさ


髪の長さは肩くらい、いつもシュシュでポニーテールに纏めとる。


性格は基本サバサバしとって最初は怖そうじゃなぁって思うたりもしたんじゃけど、一度話してみるとすっかり仲良くなって今ではとても頼れる一番の親友になった。


今日も本来は一緒に行く予定だったんじゃけど、理沙のお母さんから寝てて起きないからごめんけど先に行ってと言われて仕方なく一人で行く事にしたのだ。


ゆっくり歩いとったら追い付くかなぁと思うとったんじゃけど…結局追い付いてこんかったなぁ。


「あ、理沙おはよう!」


「今日からまたよろしく!一緒のクラスになれると良いねー。」


「うん、そうじゃね。」


ウチら新一年生は、最初に述べた通りまずは全員一つの広い教室に集められる。


その後、入学式の簡単な説明が学年主任の先生からあり、黒板に貼られるクラス分けを確認してからクラス毎に体育館に移動。


入学式が終わってからはそれぞれホームルームに行って、担任から今後の説明を受ける。


と、言うのが今日の大体の流れだ。


しばらくそのまま待っとると、中年の女性教師が教室に入ってくる。


多分この人が学年主任の先生だ。


簡単な説明と自分、各クラスを担当する担任の紹介を済ませ、学年主任の::先生はクラス分けが書かれた紙を何枚か黒板に貼っていく。


それを見て、それぞれプラカードを持った担任の所に並んだ。


「お、美波一緒じゃん!」


紙を確認して、理沙が言うてくる。


「あ、ほんまじゃ!!」


同じ高校に入った知り合いが少なくて正直不安もあった。


でもその少ない内の一人である理沙が居って《おって》安心する。


これからの学校生活、楽しくなりそうじゃなぁ。


ウチらのクラスは二組。


理沙の他にはどんな人が居る《おる》んじゃろうな思うて辺りを見回しとると、近くにあの人が立っとった。


同じクラスなんじゃ!


仲良くなれたらえぇなぁ…。


そのまま簡単な説明を聞いてから、担任の先生の先導で体育館に向かう。


それから全員が着席してから程無くして入学式が始まる。


チラリと後ろを向くと、遅れて見にきとったお母さんが手を振っとって恥ずかしかった。


視線を前に戻したところで、よく漫画とかでも言うとるような、とても長い校長先生の話が始まる。


「新入生の皆さん!


ご入学おめでとうございます!


これで皆さんも今日から本校の生徒の仲間入りです。


私も当時は…」


欠伸が出そうになって堪えとったら、何処からか先に欠伸が聞こえてきて近くでクスクスと笑う声もした。


危ない危ない…。


入学式が終わってから、それぞれホームルームに向かう。


そこで出席番号順に席に着くと、なんとその人の隣じゃった。


一緒のクラスになれたし仲良くなれたらえぇなぁと思うとったんは確かじゃけど…。


いざ隣に来られると困るなぁ…。


話してみたいと言う好奇心よりもまず照れ臭さが勝って上手く声をかけられそうにない。


緊張と恥ずかしさが強く前に出てしまう。


ど…どうしよう。


いきなり大した用も無いのに話しかけたりしたら退かれんかな…?


隣じゃし挨拶ぐらいならしてもえぇんかな…?


うーん…。


かと言ってなんも話さんと黙っとったら…感じ悪いって思われたりせんじゃろうか…?


「あー!やっと終わったー!」


頭の中でどうするんかを必死に考えとると、その人が急にぼやいた。


それに思わず笑ってしまう。


「だって説明とかだるくない?


あの校長の話とかつまんないのに長過ぎだよね。


あ、俺佐藤春樹、君は?」


笑って良かったんかを考えるより前に自然な感じで話しかけてきてくれるその人。


「う……ウチ、沢辺美波。」


それにおずおずと答える。


「沢辺か、宜しく!」


「う、うん、宜しく!」


話せた!


たったそれだけのやり取りが出来ただけですごく嬉しくて安心する。


「沢辺って変わった喋り方だよね?」


それから今日の話(主に校長の話が長かったとか)、趣味の話とかをしとると、その内に方言混じりの喋り方もすぐにバレた。


「あ、うん。


ウチは違うんじゃけど…お母さんが広島出身じゃけぇ(だから)方言使う《つこう》とって、その影響で…。」


「へぇ、そうなんだ!」


「うん…やっぱ変かなぁ…?」


「いや、なんか面白いなって。」


そう言って笑ってくる。


「なんそれ!?」


それにムッとすると、また笑われた。


「なんか婆ちゃんみたいだなって!」


「ば、婆ちゃんって!」


実際、この喋り方でいじられた事は度々あった。


婆ちゃんみたいと言われた事もなかった訳じゃない。


「ごめんごめん!


でも全然悪い意味でじゃないんだって。


上手く言えないけど…個性的って言うか、そんな感じ。」


「褒められとる気がせんし…。」


「だからさ、俺は良いと思うよ。


なんかほんわかする。」


「むぅ…。」


実際ウチ自身はそんな風にいじられてきた事もあるけぇ、この喋り方があんまり好きじゃなかった。


初めての人と話す時は大体変じゃって思われんかな、とか受け入れられんかもとか思うたりもする。


でも無意識に出る物じゃし意識して直せる物でもないけぇ、どこか諦めとる部分もある。


理沙みたいにそれでも気にせんと仲良くしてくれる人もおるし。


そしてもちろん、そう言う不安は彼に対しても感じとった。


気になって話してみたいと思った相手じゃけぇ余計に。


でも彼は笑いながらもなんだかんだこの喋り方を良いと言ってくれた。


はぶて(拗ねる事)たくもなったが、嬉しかった。


「まぁ…ならえぇけど…。」


「ははは、拗ねんなって!」


それにしても…いくらなんでも笑い過ぎじゃろ…。


「笑い過ぎじゃって!


それにはぶてとらんし!」


思わず頬っぺたを膨れさせながらそっぽを向くと、余計に笑われた。


「ほんま…なんなんよ…もぉ…。」


「ごめんごめん!


悪気は無いんだって!」


「むぅ…。」


そう怒りつつも、不思議と嫌じゃなかった。


こう言うやり取り自体は他の人とするんと全然変わらん筈なのに、それを彼とすると全く違った物に見えてくるから不思議じゃなぁと思う。


自然に、もっと話したい、知りたいと思う。


そうしてそれからゆっくり仲良くなっていくにつれて、いつの間にか誰に対しても優しいこの人を独占したいと思い始めとる自分に気付く。


あ、そうか…。


これが恋なんじゃ。


それに気付いたウチは、その日の夜家のベッドにうつ伏せで寝転がってからどうしようか考えた。


ちゃんと気持ちを伝えんと。


でもどうやって伝えるんがえぇんじゃろう…?


色々考えて、頭の中でイメージして。


それがあまりにも鮮明にイメージ出来てしもうて頭から煙が出そうなくらい真っ赤になる。


ブンブンと頭を思いっきり振ってから考え直す。


うーん……とりあえず理沙に相談してみようかな…。


スマホを取り出し、電話してみる。


「ハロー、どうしたのー?」


あまり待ち時間が無い内に理沙は電話に出て、軽快な声を聞かせてくれた。


「あ、あのさ。


実は…。」


深呼吸して、出来るだけ落ち着いて話す。


「ウチ、好きな人が…出来たんじゃけど…。」


理沙に対しての告白と言う訳でもないのに、こうして話すんはちょっとドキドキした。


「え!?マジで!?」


それを聞いた理沙は、思わず携帯を耳から遠ざけてしまう程の大声でそう返してくる。


なんと言うか興奮がそのままストレートに伝わってくる声だ。


それだけ私からの突然の報告を喜んでくれとるんじゃなぁと思った。


「えっと…うん。」


大音声が収まった携帯を耳元に戻しつつ、おずおずと返事を返す。


「え、それって水木とか?」


「う…ううん、稔じゃない!


稔はそう言うんじゃないよ。


あいつだってそんな風に思うとらんじゃろうし…。


そ、その…。」


「あ、じゃあ隣の席の?」


「うぁぁ!え、えっと…。」


早々に図星を突かれ、さっき同様に頭から煙が吹き出すくらいの勢いで顔が真っ赤になる。


「ありゃ、これ図星な奴だ。」


「うぅ…。」


「だってさ、美波ってその人と話してる時すごく楽しそうだし?


そうなのかなぁとは思ってたけど。」


「う、うん。」


気付かれてたんじゃ……。


実際隣じゃけよく話しとったんは確かじゃけど…そう思われるくらい仲良さそうに見られてたんは嬉しいような恥ずかしいような複雑な気持ちじゃなぁ…。


「それで、どうすんの?


告白するの?」


言われて考える。


そうしたい気持ちは勿論ある。


じゃけど…。


「う、うん。


でも変じゃない…?


まだ知り合ってからそんなに経っとらんし…。


まだ全然その人の事知らんのに…。」


不安の方が強いのだ。


せっかく友達としてはそれなりに仲良くなれてきたのに、もし上手く行かんくてそれを機に今後気まずくなってしもうたらどうしようと言う。


「うーん…美波はどうしたいの?」


そんなウチの言葉を聞いて、理沙はしばらく考えん込んでからそう聞いてくる。


「ちゃんと言いたい…。


でも…。」


したい事は決まってる。


でもその為のあともう一歩がどうしても踏み出せない。


「じゃあ言いなよ。


まだ知らない事ばっかなら、付き合ってから知っていけば良いじゃん?」


「う…うん…。」


「大丈夫だって、私全力で応援するしさ!


自信持ちなよー。


もし付き合える事になったら一番に教えてよね。」


「が、頑張る。」


「うん、それじゃあまた明日ね!


おやすみー!」


「うん。


おやすみ。」


不安は相変わらずあるものの、聞いてもらって少しは気持ちが楽になった気がした。


それにしても…付き合ったら…か。


想像しとったら恥ずかしくなって、枕に顔を埋めながら足を勢い良くパタパタする。


すると、それをずっと見ていた飼い猫のサリー(♀のアメリカンショートヘア)が背中に乗ってきた。


全くこいつは…。


自由過ぎるサリーを一度ぎゅっと抱き締めて、私はそのまま深い眠りに就いた。


翌日。


この日は気合いを入れて早くに目を覚ました。


前髪を新しいヘアピンで整えて、それとクッキーを焼いて。


その間に今日彼に言う事を頭の中で予行演習して。


準備は万端。


「よし!」


そんな感じで気合いを入れて家を出たまでは良かった。


でも学校でいざ彼の顔を見ると、最初の時のように緊張して固まってしまう。


「おはよー、沢辺。」


「あ、お…お…はよー。」


そんな私とは対象的に、隣に座った彼は普段と一切変わらず何の気なしに笑顔で挨拶してくる。


ウチはそれに分かりやすい作り笑いを向けながら返すんがやっとじゃった。


うぁぁぁ!ウチむっちゃ挙動不審じゃん!


目の前の佐藤も頭上にハテナマーク浮かべとるし!


「あ、あの、えっと。」


気を取り直して、鞄に入れたクッキーを確認する。


会話に入る前のワンクッションに、と思って準備しとった物じゃけど…。


でもこれ、ただの友達なのに変じゃって思われたりせんかなぁ…?


それにもしクッキーが嫌いとかじゃったらどうしよう。


美味しくないって言われんかなぁ…。


喜んでくれるとえぇけど…。


好かれたいって気持ちが、嫌われたくないって気持ちが、容赦なくウチを不安にさせる。


鞄から取り出して、それをゆっくりと差し出す。


多分顔は真っ赤じゃと思う。


差し出す手は震えとる。


「こ…これ、作ってみたんじゃけど…。」


言えた…!いや、駄目じゃろ…。


この後もっと大事な事を言うのに…。


そっと彼の表情を盗み見る。


ぱっと広がるような笑顔は、純粋な喜びを感じた。


思わず見惚れてしまう。


「え、まじで!?


うわ、すげー!俺、こんなの初めて貰った!

超嬉しい!」


喜んで貰えた!


安心と嬉しさから泣きそうになったけどなんとか堪える。


嬉しい時にも涙って出るんじゃなー。


って…じゃけまだ早いってば…。


「あ、あのね、昼休憩屋上に来てくれん?


ちょっと話があるんじゃけど。」


「え、うん。


分かった。」


これも言えた。


心臓の鼓動が早くなる。


もう後戻りは出来ん。


昼休憩。


考えてみれば席が隣じゃし、二人で一緒に屋上に向かう。


その間は緊張して何も言えんかった。


うー…そこまで頭が回っとらんかった…。


ウチの馬鹿ぁ…。


と、頭の中で自己嫌悪に陥っとると、


「あのクッキー、旨かったよ。


ありがとう。」


隣を歩く彼にいきなりそんな事を言われてドキッとする。


作って良かった…。


また泣きそうになって堪える。


屋上に着く。


着いちゃった。


「わ、屋上涼しいねー。」


ドアを開くと同時に吹き抜ける風が心地良い。


今日はとてもいい天気だし普段なら中庭と並んで人気の昼食スポットなのだが、幸いな事にまだ誰も来ていないみたいじゃった。


とりあえずそれは良かったんじゃけど…。


「う、うん。」


どうしよう!


朝あんなに気合いを入れてきたのに、頭の中が真っ白になってしもうた。


怖い、どうしよう。


不安がまたウチを包む。


「沢辺?」


そんなウチを見て、彼は困ったような表情で顔を覗き込んでくる。


「あ、えっと…。」


早く言わんと…。


そう思うとるのに、口は一向に開いてくれん。


ここまで順調だったのに。


何も言えず、自己嫌悪が容赦無く襲いかかってくる。


「あ、そう言えばさ。」


気まずくさせてしもうたんか、彼が話題を振ってくる。


「今日、なんか雰囲気変わった?」


「え、あぁ…うん。


新しいヘアピンを付けてみたんじゃけど…。」


気付いてもらえた!


「そっか、やっぱり!似合ってるよー。」


そしてそれを笑顔で褒められてまたドキッとした。


それが勇気になる。


「う、ウチ!佐藤の事が好き!」


「…え?」


言うた、言うてしもうた。


ここまで来たらもう前に進むしかない。


「じゃ…じゃけぇ…その、付き合うて…くれんかな…?」


「え、本当に!?」


言われた彼は純粋に驚いてる様子だった。


「う、うん。」


嫌がってはなさそうな気がした。


でもそれだけじゃし…。


どうなるんじゃろう。


モヤモヤする。


返事を聞くまでの数秒がまるで丸一日以上過ごしたかのように長く感じられた。


「その…何て言うか…。


俺で…良ければ。」


でもその言葉を聞いた瞬間、そんなモヤモヤは一瞬で弾け飛んだ。


「うん!」


こうして、ウチと佐藤は付き合う事になる。


その時は、これからの学校生活が楽しく幸せな物になる予感がしとって、嬉しくて溜まらんかった。



沢辺に告白された後の事。


隣を歩く沢辺は、俺の答えを聞くとすごく嬉しそうにしていた。


二人で並んで屋上を出る。


入る時はそんなに緊張とかしなかったのだが、やっぱあんな事があった後だし流石に緊張するよな…。


沢辺もそうなのかな、と横顔を覗く。


そこで自然に目が合う。


「わっ!」


お互いさっとその目を反らす。


改めてチラリと目を向けると、真っ赤な顔で何かぶつぶつと言っていた。


「あー、そうだ。


この後古典だっけ。


絶対寝るわー。」


ひとまず場の空気を変えようと、いつものノリで話しかけてみる。


「え…?あ…そうじゃね。」


みたのだが。


…あれ?


会話…終わった?


いつもなら笑いながらそうだよねー。


とか言って会話が膨らむのに。


「あ、あの古典の先生俺苦手でさ。


さ、沢辺は?」


「え!?あー…うん…。」


慌ててその話題を更に広めようとするも、相変わらず適当な返事を返すだけでそれ以上会話は続きそうにない。


ま、また!?


なんだこれ…?


今までこんな風に、人と話してて気まずいとかあったっけ…?


いや、無かった。


いや、でも告白されたんだから嫌いとかじゃないんだろうし…。


好きでも気まずくなるのかな…?


お互いまだ全然知らない事ばかりだけど、これから少しずつでも変わっていくのだろうか?


と、ここで不意にチャイムが鳴る。


「わ!急がんと!」


「お、おう!」


二人して慌てて階段を駆け降りる。



それから…付き合い初めて二週間経ったある日の事。


「は!?あんた達、まだデートもしてないの!?」


その日の昼休憩。


理沙に聞かれて現状を話すと、そうぼやきながら思いっきりため息を吐かれた。


「い、いや…そう言われても。」


自分でも情けないなとは思うとるけど…あれ以来関係は友達だった時と比べて更に悪化した。


挨拶はなんとか出来ても、それも途切れ途切れ。


そもそも恥ずかしくて顔を直視出来んくなっとる。


勿論話しかけたいとはいつも思う とるけど、緊張で上手く話せんし……。


無理に話しかけようとすれば頭の中が真っ白になるし、かと言って逆に話しかけられても適当な返事になってしまう。


「全く…どうすんのよ!?


せっかく付き合えたのにそんなに緊張して!!


…つーか佐藤も誘えば良いのに…。」


「う、うん。


でもこう言うん初めてじゃし…。


どうしてえぇんかも分からんし…。」


実際それもある。


これまで人を好きになった事も、まして好きな人と付き合うた事もなかったし。


だからそうなった後どうすればえぇかなんて当然分からん訳で。


「兎に角!まずは四の五の言わずに誘いなさい!


そもそもこの昼休憩だって二人で過ごさないでどうすんのよ!?」


「ふ、二人!?


う、うー…。」


付き合う《おう》とったらそれが普通じゃって言うんは分かっとるけど…。


その普通の事が普通に出来んけぇ困っとる訳で…。


そんな風に頭であれこれ考えとると、また深くため息を吐かれた。


「じゃあ、美波は彼とこのまま話せなくて良いの?


もしかしたらそのせいで他の人に捕られる事だってあるんだよ?」


「そ、それは嫌!」


それだけははっきりと断言出来る。


このまま話せんのは嫌じゃし、せっかく付き合えたのに誰かに捕られるなんてもっと嫌。


多分そうなったら立ち直れん。


「なら待ってないで行動あるのみだよ!


あ、じゃぁ佐藤に弁当を作ってあげれば?」


「え、うえぇ!?」


唐突な提案に、思わず変な声が出る。


「ほら、あいつっていつも購買じゃない?


ちょうど良いじゃん。


あんた何気に料理上手いし。」


「な、何気にって…。」


何気に、言うんは激しく余計じゃけど…実際そうかもしれん。


告白の時のクッキーみたいに話す為のきっけにはなるかもしれん。


「ありがとう理沙。


ウチ頑張る!」


「おー張り切ってるねー。


結構結構。


あ、あとさ。


せっかく付き合ってるんだから名前で呼び合ったりとかしたら?」


「な、名前で!?」


確かに付き合うとったらそれくらい普通なんじゃろうけど…。


実際に佐藤が自分の名前を呼んだら?


自分が呼ぶより先にまずそれを想像してしまって真っ赤になる。


「相変わらず分かりやすい反応…。」


そう言うて理沙に呆れられた。


実際呼ばれるんもそうじゃけど呼びたい気持ちも確かにある。


ただどちらにしろ照れくさいしなんだか恥ずかしい。


「そう言う風にちょっとずつでも距離を詰めていけばいいんじゃない?」


「うん…。」


確かにそうだ。


このままじゃ駄目じゃし、出来ればもっと近付きたい。


色々頑張らんと…。



「なぁ、ヤスー。」


自分の席に着いてから、先に来て机に突っ伏していたヤスに声をかける。


「あ?」


するとそれに対していかにもめんどくさそうな返事が返ってくる。


「俺、こないだ彼女出来たって言ったじゃん?」


「なんだよ、ノロケなら聞かねぇぞ。」


かと思えば即効で切り捨てられた。


「いや聞けよ!」


「図星かよ。」


「いや違うけど違わない!


話ぐらい聞けって!」


「意味分かんねぇっつの…。」


「その、彼女と上手く話せないんだよ。


気まずいと言うか…。」


付き合うと言う事にはなったものの、それからは挨拶もまともに出来ないほど上手く話せなくなってしまった。


こう言う時にどうして良いか分からなかった俺は、とりあえずヤスに相談してみる事にしたのだ。


「なんだ、もう喧嘩したのかよ。」


呆れ顔でため息を吐かれる。


「ち、違うって!そうじゃなくて!


友達の時みたく普通に話せない、と言うか…。」


「そんなの当たり前だ。


関係が変われば関わり方だって変わる。」


「なぁ、俺どうしたら良い!?


どうすれば普通に話せる!?」


そう言って勢い良く机に身を乗り出して聞くと、またため息を吐かれた。


「そんなの俺が知るかよ…。」


「ヤス冷たい!」


「ったく…嫌いだから気まずいのと好きだから気まずいってのじゃ全然違うだろうが。」


「…そうだけど。」


「お前がそんな弱気でどうすんだよ?


相手だって相手なりに頑張ってんじゃねぇの?


ちゃんとその気持ちを受け入れてやれよ。」


「じゃ、じゃあ今は仕方ないのかなー。」


「俺からは以上だ。」


それだけ言うと、ヤスは本当に寝始めてしまう。


こいつ…本当にこれ以上話を聞く気はないんだな……。


「うーん。」


ちゃんと気持ちを受け入れてやれ、か。


そうは言ってもなぁ…。


「さ、佐藤!」


「うひゃい!?」


と、そこで背後から沢辺が少し大きめな声で声をかけてくる。


完全な不意打ちだったから思わず変な声が出てしまった…。


「ご、ごめん!」


そんな俺の反応を見て沢辺は慌てて謝ってくる。


「いやいや、おはよう。」


「う、うん。


おはよう…。」


そこからしばし沈黙。


目でヤスに助けを求めようにも相変わらず寝てるし…。


どうしたものか、と思っていると。


「あ、あの。


えっと…。」


照れくさそうにソワソワしてる沢辺。


うーん…受け入れろって言われても…。


このままじゃ間が持たないよなぁ…。


こっちまで恥ずかしくなるよ…。


「あ、あのね。


良かったら、その良かったらでえぇんじゃけど。」


な、何これ背景がピンクなんだけど。


いや、それは流石に想像だけどそんなイメージの場面って事だ。


真っ赤な顔で上目遣い。


もじもじしながら何か言おうとしてる。


そんな姿に思わずドキっとする。


と言うかこうやって聞いてみると沢辺の方言混じりの喋り方って案外可愛い気がしてきたぞ…?


声もなんか色っぽいと言うか…。


雰囲気に合ってると言うか…。


などと思っていると、意を決したのか沢辺が遂に口を開く。


「きょ、今日のお昼…!いっ…、一緒に、たっ、食べにゃい…!?」


あ、今噛んだ。


そのせいか、さっき以上に顔が真っ赤になってる。


「っ…はははは!」


それを見て思わず吹き出してそのまま笑ってしまった。


「ちょ、ちょっと!笑い過ぎじゃけぇ!」


しばらくそのまま笑っていると怒られた。


「あははは!ごめんごめん!」


「むぅ…。」


笑いながら謝ると拗ねられた。


「だからごめんってば!


一緒に食べるの、勿論良いよー。


何処で食べるー?」


「あ、えっと、中庭とか?」


まだ笑いを堪えていたのだが、とりあえず話題を戻したから一応機嫌を直して貰えたみたいだ。


「お、良いね。」


「じゃ、じゃあそこで…。」


「オッケー!」


とりあえず改めてゆっくり話すチャンスだな。


うーん、とは言え何を話そう。


「あ、でも昼休憩先に購買に行かなきゃ。


一緒に行く?」


とりあえず一緒に食べる物を用意するところからだったわ…。


すると沢辺は俺のブレザーの袖を掴んで照れくさそうに首を振る。


「あ、あのね。


買いに行かんくてもえぇよ…。


じ、実は…ね、お…お弁当…作って来とって…。」


「……え?えぇぇぇぇ!?」


思わず声が大きくなる。


驚かせてしまったみたいで、それに沢辺はビクリと肩を震わせる。


「あ、ごめん。」


「あぁ…うん。」


軽く謝りつつ、俺は今沢辺が言った言葉を何度か頭の中で反芻する。


お、お弁当作って…?


お、お弁当!?


クッキーだって女子から作ったやつを貰うの初めてだったのに、まさか弁当まで作ってきてくれるなんて。


と言うかこれまで付き合ってから恋人らしい事一切してなかったし、ここにきてなんか初めて恋人らしくないか?


わ、なんか幸せ感やばい…。


「そ、その嫌じゃなかったらじゃけど…。」


しばらくその幸せ感の余韻に浸って無言になっていたからか、体を小刻みに震わせながら沢辺が聞いてきた。


「い、嫌じゃない!無茶苦茶嬉しい!」


慌てて返事を返す。


「そ、そうなんじゃ!


良かった…。」


言葉を聞いて嬉しそうな表情からは安心が真っ直ぐに伝わってくる。


「その、ありがとう。」


「う、うん!」


「おーい、いつまでもイチャイチャしてんなー。


爆発しろー。


ホームルーム始めるぞー。」


と、そこで教室に入ってきた橋本の言葉にお互いが真っ赤になる。


一応…改めて紹介しておこう。


この人はこのクラスの担任である橋本義輝はしもとよしてる、三十歳。


担当科目は国語、中肉中背、後は…まぁ独身ってぐらいしか紹介しようがないか…。


え、てか今この人さりげなく…と言うか包み隠す素振りすら一切なく爆発しろとか言わなかった…?


本当に教師なの?


何かの教祖とか危ない団体の間違いじゃないよね?


「あ、佐藤お前放課後雑用に付き合えな。」


などと考えていたら、唐突に聞き捨てならない言葉が飛んできた。


「え!?なんでっすか!?」


納得行かず、慌てて反論する。


「そんなの決まってるだろ。


俺が個人的に気に入らんからだ!」


…したのだが…。


うん、少なくともこの反応からして教師ではなかったわ…。


多分他の皆もこれ見て同じ事思ってんだろうなぁ…。


生暖かい視線を感じる…。


主に橋本に対して…。


その後の昼休憩。


「そ、それじゃあ行こうか。」


「うん…。」


ここ、桜乃木高校には校舎中央に結構広めな中庭がある。


学校の名前にもある桜の木はここにも何本か植えられていて、桜が見れる時期はその木の下にあるベンチはカップルの間でちょっとした人気スポットだ。


まぁ実際それ以外の時期でも晴れの日はそこそこ人が居て、この日も何人かが足を運んで弁当を食べていた。


空いているベンチに二人して並んで座る。


と言っても詰めれば四人は座れるベンチの端と端な訳だが……。


これでも沢辺は相変わらず緊張が顔に出て真っ赤だし、かと言って付き合ってるのにこれ以上離れ過ぎても駄目だろう。


と言うかこれ以上離れないと駄目なんなら俺が泣くぞ…。


そう考えたら今はこれぐらいがお互いにとって丁度良い距離なのかもしれない。


「あ、えっと…。


これ…。」


そんな事を考えていると、沢辺は慌てて鞄の中を探ってから、青色の包みに入れられた弁当を取り出す。


それをベンチに置いてそっと手で近くまで押す形で渡してきた。


「あ、ありがとう。


早速開けてみて良い?」


それを受け取って聞いてみる。


「う、うん!どうぞ…。


その、大した事…ないけど。」


言われて包みを広げ、ゆっくり開いてみた。


唐揚げに卵焼き、アスパラベーコンにマカロニサラダ。


見た感じどれも一つ一つ手作りで、一生懸命さが伝わってくる。


可愛らしく盛り付けられていて、すごく美味しそうだった。


広がる匂いも、食欲を後押しする。


「えっと、佐藤は肉が好きみたいじゃけぇ…。


よくそう言うパンとか食べとるじゃん。


で、トマトが嫌いなんよね…?


いつも避けとったし。」


「え!?」


そんなにじっくり見ててくれてたんだ。


ちょっと照れ臭いながら、嬉しかった。


ちゃんと愛されてたんだなぁ…。


別にそれを疑ってた訳じゃないけど嫌われて素っ気なかったとかじゃないんだと言うのが改めてよく分かったからなんだか安心した。


「それで、こんな感じにしてみたんじゃけど…どうかな…?」


「うまそう!いただきます!」


早速唐揚げを箸で摘んで、一口囓ると、口の中に肉汁が広がる。


「う、うまっ!?」


素直な感想が口を衝く。


「え!?ほ、ほんま!?」


そんな俺の反応に、驚きの表情で慌てて聞き返してくる。


「うん!モロ俺好み!」


それに後押しされてそのまま一心不乱に食べていると、急に沢辺が泣き始めた。


「え!?どうしたの!?


俺なんかした!?」


慌てて聞くと、沢辺は弱々しく首を横に振る。


「ううん…ウチ、嬉しいんよ…。


好きな人に頑張って作ったお弁当を食べてもらえるんが…。


こんな風に美味しいって言ってもらえるんが…。」


「そ、そっか。」


「ごめんね。


まだこう言うのにあんまり慣れとらんけぇ…。


緊張しちゃうけど…。」


「うん。」


「でも、頑張るけぇ…。


もっと話せるように、もっと喜んで貰えるように頑張るけぇ。


またこれからもこうしてお弁当作ってきても…えぇかな…?」


「う、うん、楽しみにしてる。」


不覚にもまたドキリとした。


これは反則だろう…。


照れた顔を見られたくなくて顔をそらすと、沢辺に笑われた。


「あ、もしかして照れてる?」


「うっ、うるさい。


別に照れてない!」


否定するとまた笑われた。


多分これまで緊張で気を張っていたのだろう。


その緊張も今は和らぎ、そう笑う声も自然な明るい物だった。


「これからもよろしくね。


その…は、春樹。」


「っ!?」


初めて下の名前で呼ばれてまたドキッとした。


一方の沢辺もまた顔が真っ赤だ。


でもチラチラとこちらを見てくる。


「あ、あぁ…よ、宜しく。


その…み…美波…。」


言い終えてお互いが真っ赤になる。


ヤバい…!こ、これ結構最初は照れるな…。


「と、とりあえず弁当食べよっか…!」


「そ、そうじゃね!」


それは、長い付き合いでもうお互いに気兼ねなく呼び合ってるヤスと比べれば些細な事かもしれない。(なんならヤスは名前じゃなくておいとかお前とかだが…。)


でもそんな関係に近付いていると言う確かな前進のようにも感じた。


きっとこんな風に何気ない時間をこれからも積み重ねていくんだろうなと、そうして行く内に今のこの少し気まずい関係がちょっとずつでも変わっていくのだろうなと、その時はなんとなく思っていた。


実際、俺達はそれからちょっとずつ普通に話せるようになっていき、たまにデートとかにも行くようになった。


そしてそんな時間が徐々に何気ない自然な物へと変わっていくのだ。


まるでそれが最初から当たり前だったかのように。



それから二年になり、ウチと春樹の環境は大きく変化する事になる。


今日は二年生の始業式の日。


始業式が終わると、体育館の外に設置された掲示板に新しいクラスの割り振りが貼り出される。


人混みをかき分け、春樹と理沙と三人でその掲示板を見に向かった。


「今年は何組かなー?」


右隣の春樹が、早速その長身を活かして掲示板を覗き込む。


「あ、またヤスとか。」


ウチもなんとか背伸びをしてその横からひょっこりと顔を出す。


そのまま目で自分の名前を探すと、すぐに見付かった。


ウチは…三組か。


えーっと…春樹の名前は…。


「うげ、俺また担任橋本かよ!」


隣の春樹がぼやく。


言われて操られるように各クラス割の紙の1番上に書かれた担任の名前を見ると、別の人じゃった。


「うっ…嘘じゃぁ…。」


「み、美波?」


ショックが顔に出とったらしい。


隣の理沙が心配そうに声をかけてきた。


「あ…ありゃー…。」


そのままつられて掲示板を見てから理由を察したらしい。


「馬鹿もん、俺だってお前なんぞの面倒をまた一年も見なきゃならんと思うと気が滅入るわ。」


言いながら春樹に拳骨しとるんは橋本先生。


「うげ、居たんすか!」


完璧な不意討ちに春樹は激しく動揺しとる。


いつもならウチも笑ってその様子を見とるんじゃろうけど、今はショックで言葉も無かった。


「ま、まぁまぁ…休み時間に会いに行けば良いじゃん?


ほ、ほらクラスには私も居るし、その、一応水木も居るから…さ。


この機会にまた話せるかもよ…?」


「う、うん…。」


理沙は積極的に励ましてくれてる。


「大体教師を呼び捨てとは良い度胸じゃないか?」


「ははは、やだなー!気のせいですよー。


橋本大先生ー!」


それなのに一方の春樹はそう言うて何も無さげに笑うとるわろうとる


「棒読みで持ち上げられても嬉しくないわい!」


春樹はショックじゃないんかな…。


一緒になれんかった事よりもその方がショックな気がした。


そして、始業式の次の日。


今日から本格的に始まった新しいクラスでの授業は、一年の時と比べて何処か落ち着かんかった。


その主な理由はやっぱり同じクラスに春樹が居らんかったけぇじゃろうと思う。


理沙が一緒のクラスなのは嬉しい。


でも稔とはずっと話せとらんけぇ気まずいし…他のクラスメイトは話した事無い人ばっかじゃし…。


やっぱり落ち着かん…。


そんな空気から逃げるように、昼の休憩時間になると足早に二人分の弁当を持って二組の教室に向かった。


窓から中を覗くと、春樹は何人かのクラスメイトと楽しそうに話しとる。


すごいなぁ…もう新しいクラスに馴染めとるんじゃ…。


春樹が楽しそうなんはえぇ事じゃけど、それにモヤモヤしとる自分がいる。


やっぱり春樹はウチと違うクラスでも気にならんのかな…?


そんな疑問と共にある、寂しさと少しの不安。


でもまだその時感じとったんは、ただのモヤモヤでしかなかった。


「は、春樹!」


「おう。」


教室の扉を開け、声高にその名を呼ぶ。


気付いた春樹は片手を上げて、それに応えてから廊下に出てくる。


「お弁当持って来たよ。」


「あぁ、サンキュー。」


「もう友達出来たんじゃね。」


「ん、まぁね。


このクラス結構良い奴居るよー。


担任が橋本じゃなかったらなぁ…。」


頭を掻きながらそう言ってボヤく。


「そ、そうなんじゃ。」


それにウチは思わず適当な返事を返してしまった。


「そっちはどう?


藤枝さんも一緒だし大丈夫だよね?」


「え、あぁ…。」


自分の今の状況を思えば、はっきりそうだなんて言えそうにない。


「ん?何かあった?」


「あ、いや…。」


でもそれを上手く春樹に対して口にする事は出来んかった。


「ふーん、なら良いけどさ。」


そして春樹も追求はしてこんかった。


違和感。


こうして考えとるんはやっぱりウチだけなんじゃろうか。


気にしすぎなんかな…。


その時はそう思うてあんまり気にせんようにしとった。


春樹は気にしとらんみたいじゃし、ウチが気にせんかったらえぇだけじゃしと。


でもそのモヤモヤは常に感じとった。


今思えば、それはこれから起こる出来事を知らせる為の警報みたいな物じゃったんかもしれん。


実際、それは日が経つに連れてどんどん大きくなっていった。


モヤモヤによる不安からか、これまでより送るメールの回数は増えた。


クラスが違うし、その間の事が気になったからと言うのも理由の一つ。


そう言う理由から話題はそれなりにあったし、ちょっとした事でも連絡してみるようになった。


こうしとる事によって、クラスが離れとってもちゃんと春樹と繋がれとると言う実感が持てた。


持てとったんじゃけど。


その返事が段々素っ気ない物になっていっとる気がした。


「へぇ、そうなんだ。」


「ふーん。」


「良かったじゃん。」


と言う具合に。


普段ならそこから話が膨らむのになぁ…。


なんだかどうでもえぇんかも、とか早く終わらせたいんかな、みたいに考えてしまう。


でも返事がある内はまだ良かった。


その返事も面倒になったのか徐々に返ってこんくなった。


だから送らんくなる日が増えていった。


でも変化はそれだけじゃなかったのだ。


ある日の昼休憩。


いつものようにお弁当を持って春樹の居る教室に向かう。


「春樹、お弁当!」


ドアを開けて声をかけると、春樹は一瞬だけこちらを見て軽く手を上げた。


「あ、そこ置いといて!今日はこいつらと食べるからさ。」


「あ、うん…。」


言われてとぼとぼと一人で中庭に向かう。


徐々にこんな時間が増えていく。


でも何処かで今日こそはと期待しとるから、理沙と一緒に食べる事もその為に誘う事も出来ずにおる。


最近一人で居る時間が増えたなぁ…。


全然代わり映えのない、味もせん自分の弁当を食べながら思う。


どうしてこうなってしもうたんじゃろう。


おかずの唐揚げを一つ箸で摘まみ、しばし眺める。


春樹は気付いとるんかなぁ。


今日は前々から聞いとった大好物を全部入れとるのに。


この唐揚げも始めて春樹に弁当を作った時はすごく喜んでくれた物じゃし、ウチにとっては思い出深い物なのに。


春樹にとってはそうじゃないんかなぁ…。


そう思うと涙が出そうになって堪える。


全部食べる気になれず、半分以上残してしまった。


弁当を片付けて、中庭を出る。


モヤモヤが止まらない。


「ごめん!今日は友達と帰るから!」


毎日楽しみにしとった一緒に帰る時間でさえ、徐々に無くなっていく。


モヤモヤはもう抑えきれんところまで来とった。


このままじゃ壊れてしまう。


春樹との関係も、自分自身の心も。


ちゃんと話そう。


このままじゃもっと状況は悪化する。


そんなの…嫌じゃ。


「春樹、今日は大事な話があるんじゃけど。


じゃけぇ一緒に屋上に来てくれん?」


昼休憩、いつも通りに弁当を渡す時に意を決してそう切り出した。


「え、何?今ここで出来ない話?」


「うん。」


「そっか…分かった。」


渋々と言いたげな表情。


友達に声をかけてから、黙ってついてくる。


その間、お互いに無言で、屋上に向かう。


気まずい。


それはあの日のような照れくささや、恥ずかしさからでは当然ない。


いつからこんなに一緒に居って《おって》居心地の悪さを感じるようになったんじゃろう?


前まではあんなにも安心出来る場所じゃった筈なのに。


「何?話って。」


屋上に着くと、先に春樹がそう切り出した。


多分早く切り上げたいんかもしれん。


この屋上も、ウチにとっては思い出深い場所なのに。


告白して付き合う事になった場所じゃし、その時の事は今でも鮮明に覚えとるのに。


そこにまたこうして呼び出す理由が、こんな事になるなんてその時は思うてもみんかった。


一方の春樹は、全くどうして自分が呼び出されたのか分かってすらいない様子。


「ねぇ、ウチら付き合うとるんよね?」


意を決して、そう切り出す。


春樹の顔は見れんかった。


「何言ってんだよ?当たり前だろ?」


「当たり前、ね」


当たり前と言う言葉は正直聞たくなかった。


春樹は当たり前じゃけぇウチと一緒に居るんか。


出来れば好きじゃけぇと言うてほしかった。


少なくともウチはそう思うて一緒に居ったのに。


「最近さ、一緒に居れる時間が減ったよね。」


そこからは何処か吹っ切れたかのように、まるで操られとるかのようにスラスラと言葉が出てくる。


「そ、そりゃ二年になってクラスも変わったし。」


「メールにも返事くれんくなったし。」


「それは、ごめん。


たまにちょっと面倒になって。」


「ふーん…。」


ため息が出る。


今こうしてここに居る理由が段々分からんくなってきた。


大袈裟かもしれん。


こう考えてしまう事を理解されんかもしれん。


でも別にえぇ、それがウチなんじゃし。


それを受け入れられんのなら、別に彼にとってはウチじゃなくてもえぇんかもしれん。


そう思うと、寂しさを超えた諦めのような感情が湧いてくる。


「もう別れようよ。」


限界じゃった。


期待するんも、我慢するんももう無理じゃった。


「え、何言ってんの?」


それを聞いた春樹はさも意味が分からないと言いたげな表情じゃった。


「これ以上続けても意味無いじゃろ…?


新しいクラスで楽しくやりなよ。」


「意味無いって…なんでそんな。」


あぁ、そうか。


彼にとってはそれが当たり前になり過ぎて無意味になっとる事すら分からんくなっとるんか。


このまま適当に過ごしとって自然に消えるくらいなら、今の内にさっさと終わらせてしまった方が絶対えぇのに。


「だからもうウチの事はもうほっといてよ。」


ほんまはこんな言葉を言いたくなかった。


ここまで考えてなお、この時もし考え直してくれとったら、なんて淡い期待を寄せとる自分がおる。


「か、勝手にしろよ。


せいせいするよ。」


そしてそんな期待はあっさり踏みにじられた。


「なんそれ…!?」


期待を裏切られた悔しさが、憎しみが。


一気に膨れ上がって言い返す声は自分でもびっくりするほど荒くなる。


「大体、俺にだって色々あるんだよ、ずっと一緒になんて居られるか!」


それに呼応してか、そう返す春樹の声も荒くなっていた。


「っ…!?」


苦しい。


好きな人の言葉は褒め言葉と同じくらい悪口だって大きな物にするんだと、今それがはっきり分かった。


深く心に突き刺さって、胸が苦しい。


「…私はただ、春樹を好きでおりたかった。


春樹に好きでおってほしかった!


ただ一緒におりたかった…それだけなのに!


もうえぇ!」


足早にその場を離れ、トイレ駆け込んでひっそりと泣いた。


好きな人を嫌いにならんといけん事がこんなにも苦しいなんて。


もう好きでおっちゃいけん事がこんなにも辛いなんて。


こんな痛みを知らんといけんのんなら、好きになんかならんかったら良かった。


こんな気持ち、知らんかったら良かった。


「うわ…何?そのさも私泣いてきましたって言いたげな顔。」


しばらくトイレで泣いてから教室に戻ると、ウチの顔を見た理沙は一番にそう声をかけてきた。


「ふってやりました。」


そう切り出してから、さっきまでの経緯を掻い摘んで理沙に話す。


「それは確実に佐藤が悪い!」


説明が終わった瞬間に即答される。


こうして話はしたけど、別にだからどっちが悪いのかとかが聞きたかった訳じゃないんじゃけどな。


今はただ誰かに話を聞いてもらいたかっただけ。


「辛かったね、大丈夫?」


はっきりそう言い切った後、理沙は言いながら心配そうにウチの頭を撫でてくれた。


「うん…。」


そんな親友の優しさが今はとても頼もしかった。


「まぁ、別れて正解だよ!


そのまま続けてたら美波がしんどいだけじゃん。」


一緒に居る意味が分からんくなった今、確かにこのまま何も無かったように続けるのは辛い。


どちらにしろもう後戻りは出来ん。


まぁもうするつもりもない訳じゃけど。


もう一緒には居られん。


居らん方がえぇ。


ウチは間違っとらん。


そう思い込む事で、必死に自分を保っとる。


それに、こうでもせんと春樹はきっとそのままじゃろうと思う。


これが少しでも春樹がこれからの事を考えるきっかけになれば、春樹自身の為にもなる。


だからこれはウチの為だけじゃない。


お互いの為に、これで良かったんじゃ。


良かったんじゃと思うとったのに。


別れてから一週間後、春樹が教室に来た。


今更じゃけど、謝りに来たらしい。


別に謝ってほしかった訳じゃないのにな。


とは言え一応は距離を置く事でウチとの事を考え直してくれたみたいじゃし、それだけはとりあえず良かった。


でも最初に言った通り、別に謝ってほしかった訳じゃない。


まぁ春樹からすれば喧嘩しただけじゃし、謝れば済む話でしかないんかもしれんけど。


でもウチからしたらそんなに単純な話でもない訳で。


それがどう言う意味なんかも分からんのんなら、平謝りなんかいらんからほっといてほしい。


彼にとってはどうせウチじゃなくてもえぇんじゃし。


なんとなく想像出来とった事ではある。


けどやっぱり辛い。


もしそんな事ない、とあの場ではっきり否定してくれとったら。


もう一度好きじゃって言うてくれとったら…。


ウチも少しは考え直しとったかもしれんのに。


一人でこんなに考えて馬鹿みたいじゃ。


あんなに楽しかった筈なのに。


幸せじゃった筈なのに。


こんなん、ウチが思うとった物じゃない。


あの時感じとったそれは、やっぱりただの勘違いじゃったんか。


これは恋じゃなかったんか。


またトイレに駆け込み、声を押し殺して一人で泣いた。




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