第43話 デュエルスタンバイ

 何故かムドを先頭に集団で正門の前に向かうが、こんなに広大な敷地なのに使用人は誰も見当たらずに、自動で柵状になった門扉が開いていく。貴族の屋敷に人がいないのはおかしいのではと思うが、魔法師が管理する屋敷ならば人の手が無くとも維持出来るのかとも考える。

 捜索部隊兼突入部隊として敷地内に入っていくと、正門から屋敷の玄関の間までにも噴水があったり馬車が通るようなロータリーを経て、数百メートルはゆうに歩く距離となっている。地方貴族ですらこの広さの敷地面積とそれに見合った屋敷を所有しているのだから、王族だとか公爵クラスになると屋敷と敷地を合わせた面積で、1つの大学のキャンパスが収まるような広さなのかもしれないと勝手に想像してしまう。

 そんなことを考えていると今頃になって、第4王子の組と深淵祭の実践の場の2回戦で対戦して、紫色おかっぱ頭の眼鏡公爵に自爆特攻をしかけたのは不味いかもしれないと思うようになった。相手の装備やらも滅茶苦茶にした気がするし、実践の場で真剣に戦った結果として寛大な心で流してくれたらいいが、金持ちだから許して欲しいと思っているけれど隙を見ていつか早めに謝った方がいいなと思う。


「門扉が自動で開くとは、魔道具の仕掛けなのか?」


「魔力の高まりは感じなかったが、隠蔽されていたのか?」


 ムドとその軍団たちは呑気に門扉が自動で開いた方法を考察しているが、庶民よりは裕福な家の出の彼らでも知らない仕掛けの魔道具か、他の方法で客人を招き入れたのかと考える。


「おっちゃん、どうだ?」


「まだ分からない。屋敷の中かもしれない」


 ムドたちとは別に、マーディンからの問いかけに答えるが、屋敷の敷地内に入ってからもポッシュが所持しているはずの、自分の魔力で作った合金製の発動体もどきの杖の所在を感じ取れていない。

 今までは、杖が物理的に処分されたか、ダンジョンのように遮られて感じ取れない魔力の膜のような物の中にあるのかと考えていた。だが、王都全体の広範囲を探知するのは自身の能力を超えているし、この屋敷内でも探知出来なかったらいよいよポッシュはもうこの世に存在していないのかもしれないと思ってしまう。

 それでも、これからカルミア嬢に確認して彼女が無実でポッシュは無事か、他の場所にいるのなら改めていそうな場所を探そう。もしくは、今になって思うが冒険者ギルドで緊急の依頼を出しても良かったのではないかと気が付いてしまう。

 最も力のある存在に助力を頼めず、本部ギルド長に自力で対応すると言ってしまって、そのことで頭が一杯だった。だが、普段の自分ならば自身の矮小な身の程をわきまえて足りない分を、他人の力を借りてまで達成することにプライドは無かったはずなのに、ポッシュのことで気が動転していたのかもしれない。


「ここからは…お前らが先に行けよ」


 外灯に照らされた道に沿って屋敷の玄関前までぞろぞろと集団で歩いて来たら、先頭で歩いていたのに急に立ち止まったムドに声を掛けられて、どうしようかと思う。こういった貴族の屋敷を訪問する時のマナーが分からないし、インターホンみたいな物が無いのにどうやって訪問を知らせるのだろうか。

 まるで、好きな人の家に学校のプリントを届けるのに躊躇する小学生のように、はたまたピンポンダッシュをする時に誰が行うのか押し付け合うように、無言の応酬があってから最年長だから行けよという空気に最終的になってしまう。


「…ここも自動で開くのか…」


 最年長だからとおっさんが仕方なく、ドアベルみたいな物も見当たらず、適当にノックして声を張り上げて訪問を知らせようと思ったら、玄関の両開きのドアも自然と客人を招き入れるように開いてしまった。


「…どうぞ、お待ちしておりました」


 吹き抜けのような玄関ホールの上の階から、この屋敷の住人である魔法師のカルミア=コロニラと名乗る人物に声を掛けられる。そうだよな、と正門前から来客を把握出来ているのであったら、玄関から招き入れるのも問題ないと気付く。

 それにしても、彼女が一連の連続失踪事件とダンジョンの封印解除に本当に関わっているのだろうか。争いごととは無縁な様子の満開の花が咲いたような笑みを浮かべ、肩まで届く波打った桃色の髪に、この屋敷の高級な調度品が様になっている生粋の貴族のお嬢様の姿その者だ。初めて姿を見た時同様に透けるようなある意味病的に白い肌に、赤い目をして冬になる前の時期から変わらずに、顔以外の体の大部分を隠すような厚手の上着と手には黒い革の手袋をしている。


「カ、カルミアさん、本日はお日柄も良く…」


「単刀直入に聞きたい、ポッシュはこの屋敷にいるのか?それに、キミが王都のダンジョンの封印解除に関わっているのか?」


 ここにも彼女の毒牙にかかってそうなムドがいるが、彼の挨拶を無視して話し掛ける。そもそも、時刻はとっくに夜だし、お日柄も何も関係ない。彼女が無実で、ポッシュがやらかしていたら彼の分まで謝って許してもらえたらそれで済むだろうし、もし彼女が危険な魔法師でも出来るだけ交渉で穏便にポッシュの身柄を返還してもらいたい。


「その問いに関してはどちらも正しいですよ。それにしても、魔法師の領域に無防備に入って来るのは感心しませんね」


 やはりタヤスの言う通りで彼女は危険な魔法師だったのかと思ったら、屋敷の中にいた自分たちは周囲一面が人間の骨がそこら中に砂漠の砂のように溢れている環境となった場所に立っていた。これは移動魔法を全員に前触れもなく、使用したのか…


「地下のダンジョンの封印を解いたので王都全域はもうダンジョンだと言えますが、その力を使えばこの屋敷の敷地内もダンジョンのように環境を変化させることは容易いですよ」


 そう言って、彼女はいつの間にか現れた骨で出来た椅子に座った状態で固定されたポッシュの頭を撫でており、近くには引き延ばされた六面体のように角ばった黒色の水晶のような物がある。まさか、あれはビキンのダンジョンで見た水晶玉のようなサブダンジョンのコアとは形と色が異なるが、似た印象からダンジョンのコアなのだろうか。

 それに彼女の言う通りならば、ポッシュが既にダンジョンの中にいたのなら、彼が所持していた自分の魔力由来の合金製の発動体もどきの杖で、その所在を把握しようとしても無理だったのだな。あまりの展開の変化と、彼女のことをそれでも信じたいと思っていた、マーディンとスタインとビビは言葉を発せないでいる。

 あるいは、ダンジョン特有の空間を支配するような魔力の濃密な空間と、それと遜色ない第4王子の組全員を合わせてもなお、遥かに圧倒している彼女の黒い魔力の膜がこの場を支配するような威圧感を感じさせているからだろうか。

 彼女は、先程の玄関から迎え入れる時とは違った、目と口が弧を描いた仮面のような満開の笑みで頬のこけたポッシュが拘束された椅子の前に立っている。椅子に拘束されたポッシュは、目が開いているがこちらを認識している様子が無く、生きてはいそうだが無事なのだろうか。


「おい、これはどうなっているんだ?」


「彼女は王都の連続失踪事件に関わっていたんだよ!!」


「信じられん!!俺は信じないぞ」


 急に屋敷の玄関の床から環境が変わったせいで、積み重なった骨の砂丘に足を取られ、慌てて手を触れるのも嫌がってムドは立ち上がるが混乱している。専属受付嬢に騙された状態で、発動体代わりに戦力にしようとしたのは間違っていたのかと後悔しそうになるが、もうここまで来たら遅い。


「もう、タナカさんの言うことは正しいですよ。…こうしたら信じてもらえますか?」


「い、ぃやだやだやだぁー!!いやだ、しにたくな…」


「…あっ」


 驚きの声は誰のものか分からないが、彼女が外した右手の黒い革の手袋の下からは肉と皮が存在し無い白い骨だけの手が見えている。既に経験があるのだろう、思い出したように拘束から逃れようと暴れるポッシュは頭の上に骨の手を置かれ、見る間にその姿が衰弱して暴れることも出来なくなってしまう。

 ポッシュのこの中の誰よりも痩せ細った姿に、その苦しみを経験して分かるのか深淵祭の壇上で同じような魔法を味わったムドは真っ青な表情になっている。あの魔法が本当に同じ種類のものならば、解説役の炎熱のローザが言っていたような魔法ならば…



「その魔法は死霊が使うような魔法ならば、あなたはもう死んでいて、死んだはずのカルミア=コロニラ本人か関係ない他人の死霊なのか?」


「正解は本人です。正確には寿命の克服の一環で、こうやって姿を偽って人間の前に出て来れるようになるのに時間がかかってしまって、気が付いたら死んでいた扱いをされていただけですよ」


 再度黒い革の手袋を嵌める彼女の姿を見て思う、もしかしたら顔以外の服で隠した体も骨なのではないだろうか。もしくは、顔自体も骨に死霊の魂が宿っているのだろうかと考えてしまう。


「それはおかしいです。その服が魔法師の目を誤魔化せるとしても、その顔は人間のものとしか思えません」


「顔も…こうですよ。毎日新鮮な精気を集めて顔だけに集中させたら、魔法師の前でも問題なく振舞えるんです。一部の見破られる人も気付いていて何もしないので、わたくしの行動は容認されていますよ」


 ビビの言葉に彼女が隠蔽していた姿を解いて一部こちら側に見せたのか、貴族の美少女の顔が透けてしまい、その中に黒い魔力の膜に覆われた頭蓋骨を確認出来てしまう。でも、彼女の目的は何なのだろうか、格上の魔法師相手にこの空間から逃げ出すことも戦うことも出来ずに、どうにか交渉の余地は無いのかその目的を探りたい。


「カルミアさん、出来ればポッシュを解放してもらって私たちも帰りたいのだが…」


「いいですよ、でもわたくしの実験に付き合ってくれたら考えてあげます」


 あっさりと解放と帰宅を了承する彼女は、実験と言いながらゲンガンの方を指さしている。指さされた方のゲンガンはワシ、と己自身のことを指さして驚いている。


「そう、あなたです。あなたはビキンのダンジョンの波の際に、サブダンジョンのコアに吸収された後に体は魔物のもので魂だけは戻って来ることが出来ました。それが魂を専門に研究するわたくしには大変興味深くて、サブダンジョンのコアではなくダンジョンコアならばどうなるのか、こうしてお腹を空かせたダンジョンのコアを用意しているので、どうなるのかまた吸収されてその結果を見せてくれませんか?」


「…いいぜ、その代わり他の全員は見逃してくれ」


「ま、待ってください。同じ状況を再現するのなら、ダンジョンコアを破壊することになるんですが、カルミアさんは大丈夫なのですか?」


「何を気にしているのかと思えば、6000年以上もダンジョンの波を起こすことを許されなかったので、王都のダンジョンの波は簡単にコアが用意出来るのですよ」


 ほら、と告げた彼女が手のひらを上に向けて指し示すと、同じようなダンジョンコアが骨の山の上に無数に湧いて来ており、その守護者なのか人骨で出来た大型なゴーレムや骨の竜も生まれている。ビキンのダンジョンの波では、1個のサブダンジョンのコアですら苦労したのに、ダンジョンのコアが無数に生まれる状態を見て、これが幻か偽物の魔法で無ければ本部ギルド長の言う通りに王都が更地になってもおかしくはないと感じてしまう。

 それに、これだけ数が生まれてくるのなら自分の自爆前提の多重圧縮熱魔法を何回も行っても足りないし、格上の彼女には深淵祭の実践の場で手がバレているだろうから、全く通じるとは思えない。何も、何も打つ手は無いのか…。

 圧倒的に強大な力を持つダンジョンの魔物に囲まれて震えてしまっている、自分と魔法師学校の生徒たちに背を向けて、ゲンガンは前に進み出て行く。


「…へっ、誰も何も気にすんな!!耳と歯が揃っても、液体石鹸で毎日洗ってもくせぇ体で、歓楽街で金をいくら払っても女が相手してくれねーようなゴブリンの体にはうんざりだったんだよ。…………兄さん、あの時のように頼むぜ」


「…ゲンガンさん」


「…………………」


 それではダンジョンコアが吸収しやすいように吸いますね、と彼女は言って1人だけ進み出たゲンガンの精気を吸っている。1人だけが犠牲になって、自分たちを救ってくれようとする姿に、ビキンのダンジョンから自分は何も成長出来ていないと感じる。知り合いの命を犠牲にすることに、自分も何度味わっても慣れないがビキンで自身が初めて感じた感情に、マーディンとスタインとビビも触れて黙り込んでいる。

 あの時とは言われても、獣人だったゲンガンがゴブリンになって戻ってこれたが、次も戻って来れる保証は無い。これが今生の別れになるかもしれないが、せめて自分に出来ることをしようと、今では防御魔法を使えるようになったが、あの時のように自分の魔力をそのままゲンガンに転送するように体を覆うように包み込む。

 そうして、ダンジョンコアに吸収されるために精気を吸われて痩せ細ったゲンガンは、自分の無色透明な魔力に包まれて、ダンジョンコアに吸い込まれていく。身に着けていた合金製の仮面や外套を付けた姿のまま消えてしまった。


「…これで満足したのか?」


「戻って来るかどうかを確認できるまでは、実験の結果が分かるまでは満足出来ませんね」


「じゃあ、そのダンジョンコアを破壊させてもらって、私たちは帰らせてもらうよ」


「わたくしは、考えてあげると言っただけで、実際にそうするとは約束した覚えも契約を交わしたこともありませんよ。こうやって、ポッシュさんを吸い尽くしてもいいですしね」


「もう止めろ、ポッシュの精気はとっくにゼロに近いだろ!!」


 何で自分はしっかりと確認をしなかったのだろうか、契約を交わしていてもその履行を気分で変える格上の魔法師の姿を見て知ったばっかりなのに、口約束なんて破られて当然だろうと自分の命惜しさにそのことを忘れていた。

 考えてやると言っただけでこちらとの話など知ったことかと、再度手袋を外した骨の手をポッシュに近づけるカルミアの姿にマーディンが声を荒げている。何とか交渉の余地は無いのか…


「こんなことをして、魔法師ギルドと冒険者ギルドや商業ギルドも黙っちゃいないぞ。キミの企みもすぐに王都に存在する組織が鎮圧に走るはずだ」


「でも、魔法師ギルドの幹部は動いてませんよね。わたくしが、汚した人間の魂を使用して王都の地下ダンジョンの封印を管理する魔法を解除していたのに、気付いていたはずなのに止められていません。それは、あの方たちが止めないことならば許された行いだと言っても良いですよね?」


「私は許さないよ」「俺も」「自分も」「おいらも」


 自分の宣言にマーディンとスタインとビビものってくれるが、ムドたちは状況の変化に追いつけずに置物と化している。自分たち4人の反論に驚いたのか、目の前の骨の化け物は表面上の美少女の目を見開くように、驚いた表情をしてみせる。


「発動体も持たない魔法師学校の貧乏底辺生徒たちに何を言われようが、わたくしには気になりません。そう、わたくしはダンジョンの封印を解放してその力を使って高みに至り、あの方の弟子に相応しいのはわたくしただ1人だけと認めさせるのです」


 取り繕っていた美少女の顔すら誤魔化しが効かない程、彼女の赤い目は赤黒く染まり、話す口の中はただの黒い孔となっていた。狂気を周囲に振りまく勢いに、誰も話し掛けることが出来ずにいると気が付いたら元の姿を取り繕う彼女は、別の思い付きを提案して来る。


「そうだ、わたくしも王都のダンジョンを全て掌握する間は暇なので、あの方が戻って来れるようにダンジョンコアの破壊を賭けた遊戯をしませんか?深淵祭の命を失うことの無い実践の場とは違って、生命と魂を賭けて戦う闇の遊戯、実際に生死とその存在を賭けて戦う場として実戦の場を用意しますよ」


「やめろー死にたくなーい」「やめてくれよ…」


 こちらが了承をする前に、ムドとその軍団の絶望の渇いた叫びを彼女は全て無視して思い付きを実現しようとする。人骨の積みあがった山の環境は、一瞬で変化して気が付いたら闘技場の壇上にいた。深淵祭で経験した空間よりも何倍も広い会場に、入場口と出口も無い周囲全てを壁に囲まれた闘技場で、壁の上に作られた観客の席には骨の兵士と骨の騎士があの時の観衆よりも数多く座っていた。彼らの動くたびに触れる骨の乾いた音が、これだけ数が集まっていると観衆の声や拍手の音のように響き渡っている。

 用意された壇上にこちらと対面する相手は、ゲンガンが吸収されたダンジョンコアを背に骨の兵士が8体と1人だけ人間が中央に立っている。全員が冒険者の身分証を首から下げていることから、彼女の犠牲になった冒険者だと思うが、人間の男を含めて3つのゴールドランクと残りはシルバーランクの輝きに格上3人と同格6人かと委縮してしまう気がするが、ここまで来たらもう関係は無い。


「どうしますか、諦めて死にますか逃げようと無駄な抵抗をしますか、それともわたくしが提案した通りに闇の遊戯に参加して、実戦の場で用意した魔物と存在を賭けて決闘を行いますか?」


 こちらを嘲笑う表情に、彼女が自分たちのことを騙して、ゲンガンのことを実験動物扱いで犠牲にしたのも絶対に許せない。それに、マーディンとスタインとポッシュとビビは、本当に大変な訓練をしてきたはずなのに、その純情を弄ばれたのも気に入らない。ここで全員が命を落とすことになるかもしれないが、パネルマジックどころか骨でしかなかった若作り詐欺女にもう許せないと、命まで狙われたらもう失う物がない無職のおっさんの、俺の怒りが有頂天になった。

 


「おい、俺たちと契約して決闘しろよ!!」

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