第29話 シティボーイに憧れる上京苦学生

「彼には元々客人扱いを考えていたが、キミと合わせてそれ以上に配慮を求められる必要はあるかね?」


「私に1年ください。王都で研究の機会を頂ければ、言葉よりも1年以内に結果で示したいと思います」


 何度味わっても圧迫面接は苦手だが、とりあえず嘘でも良いからでかいことを言ってれば何とかなるだろう精神で貫く。本当なら、男子3日会わざれば刮目して見よで短時間で成長して結果を出したいが、魔法のことを基礎から知らないから下手なことは言えない。

 もしかしたら、本当は寿命分の期限を設定しても向こうは何も気にしないだろうが、こっちもそこに甘えて怠惰に過ごして一生ゲンガンがゴブリンのままになってしまう可能性もある。


「ほう、ではその条件で構わない。明日またこの時間に迎えに来よう」


 炎熱のローザが私が王都まで送りますと言うが、客人を迎えるのだからこちらから出向くのが礼儀と言って目の前の怪物は嬉しそうな雰囲気でこの場を後にして去って行った。

 一瞬の間の後、一斉に全員が息を吐いて落ち着こうとするが、炎熱のローザは早々にアタシは知らないよとゲンガンと2人で今後のことは諦められている。アレックスたちからも、同様に本当に良かったんですかと心配されるが、どうにかなるかどうにかするしかないのである。


「私は、勇者パーティよりも先に王都で名を上げることになるし、魔法師としてもっと成長してしまうが気にしないでください」


「「負けませんよ」」


 アレックスとクノから同時に言われるが、年齢を重ねると嘘か強がりか自分を誤魔化すことくらいしか上達しないなと感じてしまう。それはそれとして、本部のギルド長に無礼ですとクノに叱られながら、今後のことを考える。この街を去ることは確定したし、大して持っている荷物もないからあいさつ回りでもしようかな。

 そうしてまずは、タタールの街の猫の獣人のノワさん宛に、大手商会に昨日のごたごたで遅れていなかった荷物の詫びとその3倍の量で、手紙を一緒に転送することにする。

 手紙に関しては、商業ギルドで代筆を頼もうとしたら、情報を取られるし手数料が高いからとゲンガンが代筆を申し出てくれた。こう見えて、ゴールド以上のギルドランクを目指していた彼は戦闘力だけではない礼節といった、高い身分の依頼人と接する能力も磨こうとしていた時期があるらしい。見た目ゴブリンに負ける文明人は悲しいので、王都で暮らすうちに文字は早急に習得したいと思う。

 ついでにゲンガンを通して、タタールの街の最初の恩人であるネズミの獣人らしいゲンマもこっちの一方的な勘違いかもしれないが、友人であると思い至って近況を送ろうと考える。

 その内容としては、港町ビキンでは冒険者向けの商売を考えて、冒険者のことを知るためにギルドに登録して配達依頼だけで最速のランクアップを続けてブロンズになった。それから、ダンジョンの波もあってそこでも活躍してシルバーランクにも最速で到達し、今度は王都で成り上がるつもりだと書いてもらった。途中、ゲンガンが不幸の配達屋という顔見知りに知ってほしくないようなことを書いたが、文字を読むことは出来るので書き直しを要求した場面もあったが、あとはビキンでの限られた挨拶周りをしようと思う。



「まぁ、送られた分で作って売るのは構わねぇよ」


 冒険者ギルドから真っ先に寄ったのはゴルドの鍛冶屋で、彼には勇者の初めて振るった聖剣のレプリカである合金製の剣を売ってもらう商談に来たのだ。売り上げの取り分を魔法師ギルドに預けてもらい、王都の魔法師ギルドから引き出せるようにしなければならない。

 それに、タタールの街の支所長であるネイスにも支払い先を変更してもらうことになるが、魔法師でもあるギルドの長の炎熱のローザにお願いしようと思う。この街の魔法師ギルドの受付に頼んだら全て済むだろうが、何となく彼女の所属する支部の人たちの言った未来通りに動いたり動かされているような気もして、これ以上見透かされるのも嫌になったのだ。

 こういった考えも含めて、ビキンにいる間はもう魔法師ギルドには寄らないと捉えられているのかもしれない。結局ゴルドの所に寄った以外は、誰にも別れを告げずに次の日を迎えた。



「お前ら水くせぇぞ」


「王都でも元気でな」


「これから冬になって寒くなるし、王都は金がかかるから持って行け」


「昨日のうちに知ったら、しこたま酒を飲ませたのに…」


 流石に二日酔いで魔法師ギルド本部ギルド長に会うのは恐れ多過ぎて、冒険者仲間には内緒にしていたのだが、アレックスのパーティから漏れたのだろうか。依頼でこの街を離れている以外の、あの日の戦いに参加した冒険者は全員見送りに集合してくれている。その中には、回復魔法で手足の生えたゴールドパーティの天空の大鷲もいるのが見える。

 他にも、ゴルドから伝わっていたのだろう、配達依頼の指名依頼を出してくれていた商店の人たちが仕事を抜けて来てくれている。彼らからは、小麦粉の袋と肉や野菜に魚、薪に酒樽といった自称収納スキル持ちには困らないありがたい物を頂いた。

 そうして最後に、コア破壊の場面で一緒に戦ったアレックスのパーティと別れを告げる。


「サドゥさん、先に王都で活躍するのを楽しみにしています。僕らもいずれ王都や国中に話題が上がるような冒険者になってみせます」


「負けませんから」


 対抗意識を燃やすアレックスとクノの2人に、エレイシアからは王都では是非ブル教の教会に寄ってくださいと久しぶりに勧誘されるが聞こえない振りをする。

 あの日ダンジョンの波を経験して、自身のステータスの体力は1000を超えているが、コアの破壊だけで500以上は稼いだと思われる。おこぼれだけでそれだけ稼げたので、直接破壊したアレックスは既に自身を超える経験値だったりステータスの向上があると考えると、もう勝負ついてるからと言いたくなる。


「また欲しい」


「どこでも安く買えるようにして」


 獣人組のルルとタピーは別れの場でも変わらずアメを要求し、在庫が減って大急ぎで作っていたアメを壺ごと渡す。無邪気にアメを舐める彼女らの姿を見て、初めにアメがあって彼女らタタールの街の獣人との縁が出来て、この街でもその縁が広がって繋がっていたので感慨深いものがある。



「もう、別れはいいのかね?」


「十分ですよ。ね、ゲンガンさん」


「おうよ!!」


 仮面と外套で姿を隠したゲンガンと並びながら、お互いに涙腺が弱くなった年齢だし、せっかくの門出に湿っぽいのは似合わないだろう。タタールよりも大きな街だけど、ダンジョンと港があるのに変に都会的じゃないのが街の人たちから伝わって来る良い場所だったと思う。


「では王都へ行こう」


 本部ギルド長の言葉を聞き終えたら、そこはビキンの冒険者ギルドから別の建物の中であった。ギルド長からは案内の者をつけるが、実験への協力は明日以降で、菓子屋のキミも魔法師志望の学生が住む物件を紹介しようと説明される。


「ただし、キミたちの後ろ盾を期限内には務めるが、菓子屋のキミも客人扱いするとは約束していない」


「えっ!?」


「魔法師志望の学生たちがしているように、生活費は自分で工面するのだな」


「ちょっ、…待ってくだ」


 さいと言い終わる前に本部ギルド長は姿を消していた。そのタイミングを見計らっていたのか、同時に案内人も現れる。こちらのリアクションを楽しむように、突然現れた彼女は…


「はじめまして」


「うわっ!!」


 急に現れた女性はこちらの右腕に抱き着くように腕をからませ、突然の驚きのために腕を振り払ってしまう。だが、驚きだけではなく彼女の手が冷たくて触れられた自身の腕は体温を根こそぎ奪われるような気がして、そんな行動を取ってしまったのだ。ゲンガンもそんな彼女の行動に反応できずにいると…


「申し訳ありません。今日から専属受付を担当する者です」


「はぁ…」


 目の前の女性は頭の上の魔法師然としていた帽子を脱いで、丁寧に挨拶する姿にすっかりペースを取られつつ、ゲンガンが専属受付だってーと驚いているのが気になる。


「専属っつーのは、各ギルドの功績が華々しい奴らに職員を専属でつけるという、ギルドがその登録者に人を割いても惜しくはねぇと認められる証だぜ」


「なるほど…」


「ご理解頂けたでしょうか?」


 でもプラチナランク以上の冒険者だとか、相当高位の魔法師でもないのに客人扱いだけでそんなことをしてくれるのだろうか。喜んでいるゲンガンに比べて、慣れていない上流階級扱いは拒否反応が出て来る。その内心が表情に出ていたのか、さらに説明をしてくれる。


「私は本部ギルド長直轄の受付ですので、魔法師ギルド内の派閥や他の組織からの横槍は未然に防げると思いますわ」


「それは…。ありがたい、ですね」


 目の前の彼女はアルビノと言うのだろうか、色素の抜けた髪の毛にそれ以上に血が通っていないような白い肌、赤い目をしている。貴族のお嬢様とかがしてそうな毛先が緩くカールされたような肩までの長さの髪形に、彼女も今まで関わっていた魔法師ギルドの受付のように横に少し突き出た長さの耳が目立っている。

 それにしても、約束通り後ろ盾として他の人たちの手出しを防いでくれるようだし、この人材起用も喜ぶべきなのかもしれない。これから暮らす建物への案内をしてもらいつつ、魔法の勉強と生活費の工面をどうするか悩みが出て来る。







 マグス王国の王都へゲンガンと到着後、1週間経った朝食にて少し落ち着いてきたのでお互いの近況を共有している。対面の席に座るゲンガンは、緑色の体毛ながら狼の顔をして、耳と尻尾が生えている。

 別段、常に獣化のスキルを使用しているわけではなく、タタールの街の賭場で使用していた獣人への変装用の魔道具を改良してもらったのだ。ある程度の魔法師ならば見抜けるが、そこは本部ギルド長の名を出せばどんな組織も建国以前からの神話の存在に逆らわないだろう。そんなゲンガンからは…


「尻尾はねぇし、久しぶりに耳と歯が揃っているのは変な気分でまだ慣れねぇぜ」


 日々、ギルド長の研究やら実験に付き合っているが不便はないのか聞くと、薬を飲まされたり変な器具を付けられるが最初に説明をされるからな、と返事をされる。説明の意味はよくわからないけれど基本的には従うようにして、流石にゴブリンのメスや他の種族のメスを用意するから交尾して繁殖してくれないかという実験は拒否したらしい。

 客人扱いとはいえ、深淵を目指している倫理観が無さそうな魔法師はやはり危険だと思う。それでも、ゲンガンはあの日にまた死に損なったと言うが、一方ではダンジョン入り口前の戦いで命を失った人や、同じようにコアに吸い込まれたシルバーランクのパーティは戻って来なかったので、命があるだけありがたいと考えているらしい。

 毎日の実験や研究の手伝いは大体長くとも半日の拘束で、余った時間を使って冒険者ギルドの依頼をこなしたい。だが、ギルドの身分証は凍結されたままで新規に登録するのも今更気が進まず、生活費は十分に支給されているようで、魔法師ギルドに客人用の身分証を発行してもらってそこに入金されているらしい。それにゲンガンは、最初はタダ酒が飲めると喜んでいたが、結局自分が稼いだ金では無いから素直に楽しめないと、空き時間はもっぱら王都内の道場で訓練をしているようだ。


 そう、王都内には兵士団や騎士団向けの流派があり、古くからある道場から王都冒険者ギルドに所属していた冒険者が引退してから開いたものまで様々な種類があるらしい。主に無手の道場の練習に参加し、いつか冒険者に復帰出来た時のためや体が鈍らないように訓練を行っているようだ。



 自身の生活としては、この1週間は朝起きると寮母が用意していくれた朝食を食べるところから始まる。手数料はかかるが、材料は持ち込みで安くしてもらって、その後は冒険者ギルドと商業ギルドや魔法師ギルドを覗いて目ぼしい依頼が無いか調べている。

 ギルド長に申し出て魔法師ギルドへ研究で貢献すると決めたが、王都の生活で思った以上に物価が高くて金がかかっているのだ。相変わらず風呂には縁遠い生活だが、王都にはダンジョンがないためアワの実は金持ちや身分が高い人が遠出する時用の物になり、下手したら王都の風呂屋の値段よりも高くなっている。

 そんな金を稼がないといけない状況ではあるが、配達のような拘束時間の長い時間のかかる仕事を行っていては、王都に来た目的を達成出来なくなってしまう。そのため、冒険者ギルドに張り出されるような高レベルの戦闘力が必要な依頼は当然無理だが、配達業務と同じように不人気な下水道掃除や下水道に出る魔物の討伐は出来ない。

 その代わりに、この大都市に人口が多くいるため駆け出しの魔法師向けの仕事も当然存在する。毎日人間が必要とする物の中で、綺麗な水の需要は絶対にあるため夜中に壺の魔道具から水を作り出して空の壺に貯めた水を、依頼を受注して納品するのだ。

 魔法の素養が無い人は魔道具か魔法師から買うしか無いが、高位の魔法師だって水を出すのが得意で無かったり、その分の魔力が勿体ないと思ったら他所から用意するのだから仕事に困ることはない。


 そうして、午前中は主に生活費を稼ぐ時間にあて、午後から魔法師の学校に向かうが高貴な身分向けの基礎教室は最初から避け、講師が説明する内容を自由に聞いて勉強する大学の授業のようなものに参加している。

 こうしてまた机の並べられた講義室みたいな部屋の席に座って、講師の説明を聞きながらメモを取るのは懐かしいが無駄にも思えてくる。自身は学友に頼まれて出席確認の用紙に代わりに記入する代返や課題のレポートを写すのを許したり、試験前には勉強に協力した。そんな学友は、バイトと遊びを楽しんで1度も留年することなく大学を卒業し、大学の学部の分野とは違った業種の安定した企業に就職したと人伝に聞いた。自身は内定切りにあって、就職難民になった引け目もあって卒業後に彼と会っていなかったが、彼のように自由に振舞えていたら今の自分のような無職にはなっていなかったのだろうか。

 学生時代は勉強さえしていたら、公務員のような安定した仕事に就けると考えていたら、世の中には上には上がいることを知った。さらには、学生時代に勉強のために切り捨てたような事柄を面接ではポイントとして加算され、学力も人間的魅力の足りなかった自分には安定した高収入の仕事は縁遠いものになった。


 余計な思い出を頭に浮かべながら目の前の講師の自己満足の喋りに、これまた日々の稼ぎの多くが消えているノート用の紙に日本語で記入していく。最近になってゲンガンに文字を教わって、それを50音表に対応した物を待機空間に置いているが、聞き取りながらのメモは断然日本語の方が慣れていて早いのだ。

 義務教育から合わせた学生時代の癖か、メモを取るのだけは得意な方で、自分さえ読めたらよいという字で書けさえすれば速度も出るのだ。

 こうやって、他のことも考えながらでもメモを取る手の動きは淀みなく、後から見直して話を整理して理解しなければならないので結局無駄に時間がかかると思う。


 そうしていたら、講義室の後ろの方から4人組の高校生くらいの年齢に見える男子学生が入って来るのを目にする。眼鏡をかけたそれ以外に特徴の無い平凡そうな少年を先頭に、身長は10代の平均よりも高いがグループの中で一番痩せている少年と、甘やかされて育ったのか若いのに糖尿病予備軍みたいな体格をした少年、最後が平均よりも身長が低い少年で細長い少年と比べると頭3個分以上違うんじゃないかという差が見られた。

 もうこの講義の時間の終わりそうな時間帯に、講義室の後ろの扉からこそこそと入って来る様子に、現代の学校だったらスクールカーストの低そうな連中に学生時代の真面目を気取っていた自分だったら関わり合いたくは無いなと感じただろうと思う。

 本来ならば、自身だってカーストは決して高い方じゃなかったし、意外と共通の趣味や話題が合えば彼らようなタイプの方が話していて気を使わなくてすむのは後になって知ったものだ。

 それに、王都で苦学生生活をしてみて、彼らも決して純粋なエリート魔法師一族の出だったり、裕福な家の出ではなそうだから、彼らなりに苦労をしているだろうと思うと、同じ学生の立場としても責める気になれない。これがもし、テニスサークルとは名ばかりの飲み会サークルに所属している学生のように、コンパとバイトしかやっていない学生だったら話は別だったかもしれないがな。

 そんな大学生活を思い出す生活をしているある日の授業終わり、彼らのグループのリーダーと思われる眼鏡少年に声をかけられる。




「なぁなぁ、おっちゃん。あのさー…講義のノート写させてくんない?」

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