第28話 奇跡体験からの全包囲網

 冒険者ギルド入り口から声を掛けて来たのは、兵士の鎧を着た見掛けたことがあるような無いような外見だったが、体色は暗い緑に体毛は一切生えていない厳めしい顔をした、ダンジョンでタイマンで苦戦した魔物に似ている。でも…


「………ゲンガンさん?」


「おうよ!!」


「ゲンガンさん!?」


「おうよ!!って」


 だが聞いたことがある声に思わず知り合いの名前で尋ねるが即答され、もう1度大きな声で確認すると、酒に騒いでいた周囲の冒険者たちも気付いて入り口の方に注目する。


「ゴブリンが何で兵士の恰好してんだ?」


「生き残りが街に潜入しようとしたのかもしれねぇ」


「ゴブリンなら任せろ」


「戦い足りねぇから俺にやらせろ」


 途端に全員が武器を抜いて臨戦態勢を取り始めるが、本当にゲンガンなら止めないといけない。自称ゲンガンのゴブリン自体も焦り出して、何とか自身の証明をしようとしている。


「ワシだよワシ!!ゲンガンだよ。ほら、身分証も見ろよ」


「こいつ毛は生えていないがゲンガンの声に似せているぞ」


「身分証もどっからか拾ってきたのか?」


「見ろや、ゲンガンなら耳がゴブリンの形で2つはねぇし、こいつは歯も全部生えそろっているぞ。偽物だ」


 冒険者に取り囲まれたゴブリンな自称ゲンガンは、今にも殺されてしまいそうだが本人を証明する方法はないのだろうか。そうだ…


「ゲンガンさんスキルだ。本物なら獣化のスキルを使ってください」


「流石サドゥの兄さん、助かったよ。使うから見ててくれ」


 自分の提案に周囲の冒険者たちも武器を手に持って踏みとどまってくれているが、そんな相手に囲まれながらもゲンガンはスキルを使用して獣化を試みる。


「これは…、フォレストガルか?」


「一応、獣化は出来ているのか…」


「ダンジョンの新種か変異種で無ければ本物なのか?」


 獣化を行ったゲンガンは狼の顔になり、ゴブリンの耳からイヌ科の耳に変化しているが、体毛は緑のままのためフォレストガルに似ているらしい。容疑の晴れていない様子に、若手の冒険者たちにはベテランが説明をしてくれている。


「魔物が女を捕まえて子どもを産ませることがあるが、ゴブリンだけは絶対に他種族の特徴を受け継ぐことなく純粋なゴブリンの子として生まれる。だがらこのゲンガンと名乗るゴブリンが、ゴブリンと獣人のハーフとしてダンジョンから新種として生まれていない限りは獣化が出来るのは絶対にあり得ないんだよ」


「もしくは、冒険者の身分証から持ち主の特徴を真似してスキルも使える変異種のゴブリンか?」


「ゲンガンさんが本当に戻って来たのと比べて、どれが一番あり得るんですかね」


 思わず全員で悩みだすが、救出部隊に助けられた際にサブダンジョンのコアに吸い込まれたゲンガンのことを相談したが、コアのこと自体がよく分かっていないらしく、ダンジョンに死体が吸収される扱いとして考えられていた。コアに人が吸収されるのも知られていないのに、ましてやそんな状況から戻って来れる人がいるのは誰も想像出来ずにすっかり酒を飲むような空気では無くなっていた。


「身分証で本人しか出来ねぇことをやらせたらいいんじゃねーか?」


 ゴブリンと確認出来次第殴り殺そうとしてた鍛冶屋のゴルドからそう言われ、その手があったかと思った。それぞれのギルドで身分証を用いて本人しか行えないことがあり、冒険者ギルドであったら討伐履歴の開示を受付を通して行うことが1つある。


「おう、頼むぜ」


「…何で私が…」


 身分証を差し出しながら、疑いが晴れるまで冒険者に囲まれた状態のゲンガンとテーブル越しに接しているのは受付嬢のラピだ。他の受付嬢は間近に見る生きている魔物のゴブリンを怖がり、ラピは先程まで冒険者の宴に勝手に紛れ込んでタダ酒を飲んで、担当が3期連続で最速ランクアップと調子に乗っていたため、生贄に捧げられたようだ。


「おおおおおおぉおおおおおぉおおおお」


「…だから何度も言ってたじゃねぇか」


 ほっと息を吐くラピの様子と、身分証からの討伐魔物の履歴が表示され、外見はどうあれ中身はゲンガンと認定されたらしい。そうして先程まで疑っていた全員がゲンガンに抱き着くが、ゴブリンの放つ体臭の臭さに皆離れていく。手のひら返しの連続に、ゲンガンも悪態を付いているが、兵士団の鎧を着ていることを聞くと理由を説明される。


「気が付いたら裸で身分証だけ首に下げてダンジョンに立っててよ。ダンジョンの3層だったから何とか外に出たら兵士に襲い掛かられて、説明しても止まらねぇから殴って気絶させて借りたのよ」


「…お前という奴は。俺から兵士団には何とか伝えておく」


 騒ぎを聞きつけたやって来たゼーエフもゲンガンの行動に呆れているが、同期が生きていたのが嬉しいのか、傷だらけの顔面でも喜びが伝わってくるような表情をしている。


「それで、服や装備を新調したいけど、財布もねぇからギルドから金を身分証に入金したくてよ」


「それは…私の判断では難しいです」


 ラピが断る様子に、一般的に行方不明で死亡扱いだった冒険者が生還した場合は、資産の凍結が解除されるらしい。ただし、今回の場合はコアに吸収されたという肉体的な死亡は覆らず、魂の生還として扱って身分証と資産のやり取りを行えるかはギルドの末端の受付嬢としては判断出来ないらしい。


「じゃあ、分かる奴呼んでくれよ」


「そうですよね」


 ラピが取り出したのは、タタールの街の魔法師ギルドで見かけたようなベルだった。こちらのベルは銅色の金属で、鳴らすとしっかりと音が聞こえている。そのベルの効果で呼び出されたのは冒険者ギルドの長であった。


「なんなのさ、アタシが酒飲んでゆっくりしてんのにさ。どうしたのよ、兵士団は人手不足でゴブリンを飼い始めたのかい?」


 受付嬢のラピから状況を説明されて、ダンジョンの波が小規模だったとしても後始末は大変らしく、ギルド長の赤熱のローザは尖った帽子を握りつぶすように脱いで、髪の毛を搔きむしる。その後、ダンジョンとか魂の分野はアタシの専門外なんだよ、明日までに何か考えとくからお前らも身の振り方とか色々考えとけ、と言って姿を消した。とりあえず、どうしようか。


「…誰か金貸してくれねぇか?」


「……………」


「はい」


 ゲンガンの日頃の行いか冒険者たちの懐が寒いのか、周囲の人たちは金の話になる途端に目を逸らしている。沈黙が続く中、自身に注目が集まって仕方がないから名乗り出る。こうなったら資産の凍結が解除されるまでゲンガンの分も生活費を捻出しないといけないし、手持ちが減るからタタールの魔法師ギルドに卸している商品の分を、ビキンの魔法師ギルドから身分証へ入金しようと思う。

 さらに、一般の人たちの目もあるから、サイズが合うか分からないが謎の魔法師の恰好として使用していた仮面と外套をゲンガンに渡して自身は宴を再開した冒険者ギルドを1人後にする。



「ようこそー。ああ、生きていたんですね」


「どうも、身分証への入金に来ました」


 魔法師ギルドの濃い緑髪の受付は、いつも通りの満面の笑みでこちらを迎え入れてくれる。表情と声の変化の無さから、ダンジョンからの生還を喜んでいるわけでも驚いている様子も感じない。

 単純に興味が無いだけかもしれないが、彼女たちにとってはもしかしたら既知だったのかと考えてみる。今回は周期的に短い間隔だから、陰謀思考なら人為的に起こされたことと犯人を知っているとなるのだろうか。もしくは、事前にダンジョンの波が起こると知ることが出来る予知のスキルだったり魔法の所持者がいるとかがあるのだろうか。

 そう考えると、自分は以前に魔法師ギルドでアレックスとの関係を疑うクノに合金製武器の宣伝の張り紙を見せた。その際に、支部長は当たっているようなことを言っていた気がするから、勇者が合金製の武器で解決するのを読んでいたのだろうか。どうなのだろう、少し気になって来る。


「あのー」


「何でしょう」


「予知のスキルとか魔法を持たれている人が、魔法師ギルドにいますか?」


「…それを知ってどうしますか?」


「いえ、別にただの好奇心です」


 今ここで死にたいんですかーと変わらない表情ながらも心臓を刺させるような声に、好奇心は猫をも殺すことを思い出し、慌てて話題を変えようとする。


「そう言えば、支部長ってこの街の生まれなんですか?…その名前が似ているから」


「わはははははははは」


 天を向くような大口を開けたままの姿勢で、豪快な笑いを続ける受付の女性を見ながら、常識知らずのおっさんが笑われて恥ずかしい思いをするが話題を変えることに成功してほっとする。


「逆でーす。支部長がダンジョンを抑えるようになって、何もない所に人間がダンジョン目当てに来始めてそれが集落になって村になり、やがて街となったというわけなんですよ」


 しばらく笑っていた彼女は、息を整えると街の名前の由来を説明してくれる。名無しの村が街に成長して、その街の名前を決める際に、支部長の名前にあやかったわけだ。彼女は名前を使用されることに何ら興味がなかったが、当時の人たちはそのままの名前を遠慮してビキンとなったようだ。

 こういった話を聞くと、魔法師ギルド本部のギルド長が神話の人なら、支部長の幹部クラスも歴史に名が残る人たちなんだと感心させられる。ついでに、タタールの受付の女性の姿が見えず、そのことも聞いてみる。


「もうこの街での仕事が無いですし、王都から来ていたなんたらのなんとか団の送迎ですよー」


「そう、なんですね…」


 1人でこの街に来ていたようだし、タタールの街の彼女も移動魔法が使えてもおかしくはないのかと納得する。その一方で、ダンジョン内の魔剣とやらの破壊跡と守護者と実際に接してみてプラチナランクの冒険者は化け物かと思っていたが、彼女にとっては名前を覚えることもない短命種の一員なのだろうなと感じる。

 そうして、用件と聞きたいことをすませてじゃあまたと帰ろうとすると、笑い話の礼か目の前の受付の女性からアドバイスを送られる。


「今回の件で魔法師ギルド・商業ギルドに加えて、冒険者ギルドと王都の兵士団・騎士団にも注目されるようになりますよー。決して国外には逃げれませんし、王都の貴族連中も動きますのでご注意を」


 まるで見て来たような未来の話をされるが、彼女の言う国外逃亡も許されない状況なのは自身も予想をしていなかった。またこの街に来たら絶対にギルドに会いに来てくださいよーと満面の笑みで両手を大きく振って見送られ、ビキンを出ることは確定していそうで自分のことながら未来は不安しか感じない。

 今回の件で、ブロンズから功績点が溜まっていない状況でシルバーにランクアップするくらいの手柄を上げ、特に魔法師の魔力回復への貢献は各業界から注目をされるのは薄々分かっていた。だが、その影響の大きさは、以前は王都から離れた小さな街にいたため、本当の意味でよく分かっていなかった。このままだと、各方面が動いて委託販売を任せているタタールの街の商会もすごいことになりそうで、それに対しては何か対処をした方が良さそうだと考える。





 翌日、冒険者ギルドの会議室に勇者パーティとゲンガンと自身が集合している。ギルド長を待つ間、あの日の状況や今後についてが話題となる。

 

「僕は聖剣のスキルを持っていましたが、聖剣を手に入れないと使えないと勘違いしてました。勇者が振るう剣こそが聖剣なんだって、気付きました」


 アレックスからスキルの説明と共に実戦でのスキル使用成功の理由を言われ、弘法筆を選ばずみたいでカッコイイなと思ってしまう。アレックスから申し訳なさそうに刀身が砕け散った合金製の剣を見せられるが、こいつも本物の勇者にまことの聖剣として振られて本望だったと思うと気にしないように伝える。

 それに、アレックスが今後勇者として脚光を浴びていけば、勇者が初めて聖剣として振るった剣のレプリカとして合金製の剣を売り出したら、冒険者はあやかりたくて買うに決まっている。もしかしたら、勇者のファンの一般人たちも家に飾りたいとグッズ感覚で売れるかもしれないから、ゴルドと今後の商売を画策したいと考えている。


 他にも、最後の賭けの場面では無我夢中で気が付いていなかったが、クノも守護者のブレスの標的になりそうなギリギリのラインを攻めて、コア破壊部隊の後ろに着いて来てくれて防御魔法の効果が出ていたらしい。それに加えて、エレイシアも回復魔法で痛みを軽減してくれたから守護者をかく乱するスキルを自身が使用できたようだ。

 そんなことを話していても、同じコア破壊部隊であった兎顔のタピーとヒョウ柄の体毛のルルは難しい話はクノに任せているようで、あの時に渡せていなかったアメを提供すると口に入れて、会話よりも優先して甘味を堪能している。




「待たせたかい?じゃあ、まずは勇者パーティへの褒美だが…」


 会議室に入って来た冒険者ギルドの長、赤熱のローザは挨拶も省いていきなり本題に入っていく。アレックスたちのパーティは今回のサブダンジョンのコア破壊の褒美で、ダンジョン産の有用な装備と道具、スキルの中から希望する物を好きに選べるらしい。一部王都からの誘いもあったがそれはローザの方で遮断し、今後他の大きなダンジョンのあるギルドへの紹介状も個人的に用意してくれるらしい。

 その話に、彼らは喜びながらもまずはこの街のダンジョンで成長するのを目標にし、ゆくゆくは他のダンジョンや大きな依頼にも挑戦したいと考えているようだ。


「次は、ゲンガンのことだけど、正直不味いわね…」


 そうして、次にゲンガンの話になるが、完全にギルド長の対応可能な範囲を超えており、どこから話が伝わったのか分からないが王都の様々なギルドや研究機関も動き出そうとしているらしい。ゲンガンは奴隷でも生きてればそれで良いと言うが…


「私にも出来ることがあったら何でもやるんで、どうにかなりませんか?」


「僕たちも先程の褒美はいらないから、ゲンガンさんのことをお願いします」


 命の恩人だと褒美を投げ捨ててまでギルド長に一緒にお願いしてくれるが、彼らにはこのまま冒険者としての正道を歩んで欲しい。王都の団体への変な貸しを作ってしまうと、将来的に動き辛くなってしまうかもしれない。そんな考えが伝わったのか、ギルド長も溜息を吐くと、嫌々ながら提案をしてくれる。


「ああもう、研究対象扱いはされるけど一番マシな所にお願いするしかないじゃないか。ただし、アタシが話している間は、死にたくなけりゃ変なことは言うんじゃないよ!!」



 そうして、会議室の場にはフットワークの軽い王都魔法師ギルド本部ギルド長が目の前にいる。相変わらずの骨と皮だけの縮んで子どものような大きさになったような老人であるが、魔力を認識出来るようになってからは初めて会う。

 以前に感じた支部長のダンジョンのような、その場の空間全体を支配するようなものとは違った。熱いような寒いような、この部屋が広いような狭いような自身の感覚が狂わされているような変な印象を持つが、表現出来る言葉を持っていなくて分からない。魔法師ギルドの幹部連中は魔法の深淵を目指しているらしいが、ギルド長がもはや深淵なのではないかと思ってしまう。


「ほう、サブダンジョンのコアに吸い込まれた冒険者が、体はゴブリンとなって魂は無事に帰ってきたとな」


「私の手に余る事態でして、師のお力を借りたいと考えます」


 普段の気ままで自由な港町ビキンの冒険者ギルドの長の態度ではなく、1人の魔法師として赤熱のローザは師匠らしいギルド長に片膝を床について話し掛けている。これはある意味チャンスと思い、命知らずにも話し掛ける機会を窺って挙手する。


「面白い。王都で研究に協力してくれるなら客人として扱おう。…菓子屋のキミはどうした?」


「私が魔法師ギルドに研究で貢献するので、ギルド長個人がゲンガンと私の後見人になってくれませんか?」


 ほう、と皺くちゃの顔をさらに崩して笑う神話の怪物に向かって自身を売り込む。周囲の人間はローザすら口の動きで止めろと伝えて来るが、構わない。もう王都方面からの逃げられない干渉が分かっているのなら、死中に活を求めて怖いもの知らずの無職が逆に乗り込んでやる。

 敵は王都にあり。

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