第24話 戦闘開始

「おい、配達屋。次はこれを西門だ」


「はい!!」


 後方部隊の指揮官であるゼーエフに言われるままに従って、用意された荷物を交換魔法スキル由来の合金製の箱に入れて目的地に転送を行う。今までもタタールの街へ、ある程度の量をまとまって転送していたことからも慣れた作業としてこなすが、ダンジョンの大波に備えて用意されたであろう物資は、次々に集積されて来ており箱の在庫が少なくなって来ている。新たに作るか箱を現地から持って来てもらって回収した方が良いのだろうかと悩んでいると、ゼーエフから質問を受ける。


「その箱は送るだけじゃなくて、送った先からも転送して回収出来ないのか?」


「…試してみます」


 ゼーエフから街を捨てて退去する時が来た場合に、街の要所に置いてある箱に荷物を集めて一気に回収出来ないかと相談を受けて考えてみる。たしかに街を放棄して外に出る際に物資を集める手間が省けそうだが、今まで一方的に送るだけで送った先から、視認できない程離れた位置から待機空間に回収することなんて考えてもみなかった。

 試そうとしてみるとどうやってと思うし、記憶力が低下している自覚もしっかりとある年齢のおっさんには、街のどの場所にどれだけ送ったのかを把握しきれていないので厳しいと感じてしまう。それに送った物も、荷物を別としては大きさ以外は特徴に違いの無い金属製の箱だから分かりにくい。

 それでも、何とかしてみようと方法を考えると、合金製の箱は自身の魔力由来の物だから、その魔力を感じて個別に認識して待機空間に逆転送することをやってみれば良いのかもしれない。

 そうやっていると昔のことで大して覚えていないが、大学受験の時よりも頭を使って集中して知恵熱が出るような気がする程、自身の魔力を探知しようとする。そうすると、何とかなりそうだがこの街だけでも自身の魔力由来の物が多いことに気が付く。その内の1つを待機空間に移動させてみる…


「あ?…うっ」


 たらりと水っぽいものが鼻の中から出て来て唇に触れる感触に、鼻水が出たと拭くが、すかさず反対の鼻の穴からも続いて出て来て風邪を引いたか鼻炎かなと思いながら、服でこするように拭き取る。


「お前、鼻血出てるぞ!!」


「えっ…」


 ゼーエフからの言葉で、拭き取った上着の服の袖を見ると血が付いている。鼻の粘膜を傷つけた覚えがないし、てっきり鼻炎で一度鼻水が出始めるとティッシュを使い切っても止まらないから鼻炎薬がないと困るのにと思っていたが違ったようだ。

 こうして実験は何とか成功したが逆転送は想像以上に負荷がかかるのか、それとも広い街中にこれだけ自身の魔力謹製の物が多いと、認識が難しいのかもしれない。はたまた手順が複雑なため自身の能力を超えているのかもしれないし、素人魔法師が気付いていない正攻法のやり方があるのかもしれないが、負荷ありの方法しか今のところは使えない。


「…箱を1個ずつなら何とか送り先から持ってこれます」


 今回の検証で気づけたことがあって逆に良かった。散々差し押さえられた品を転送して、壺だらけにしているタタールの街から逆転送をしようと思わなくて。その距離もそうだが体にかかる負荷を考えるとものすごい負担で、鼻血どころではない影響が出たかもしれない。

 それにしても、ビキンで商売するために試して当たり前のように転送を使用できていたけれど、いきなりタタールの街に向けて行おうとしたのは蛮勇だったのかもしれない。無知のなせる業かもしれないが、よく可能だったと思うし、冷静に考えたら能力を超える負荷がかかってもおかしくない行いだったと今なら考える。

 結局、アメを舐めながら魔力の自然回復を促進させながらも箱を作製して、後方部隊に用意された荷物をどうにか転送し切った。



「冒険者共は下がれ!!この街は俺たちが守る」 


 ゼーエフと転送の検証をしてから荷物を送っている間にも戦況は動き、フットワークの軽い冒険者に遅れたが、この街の兵士団が駆けつけて来たようだ。

 彼らの頼もしい姿は、全員重装鎧の兵士団と表面を金属で覆っているが木製の大楯のみ与えられた奴隷部隊が到着する。兵士団の一方的な言葉にブロンズランクの冒険者たちは初動から戦況を支えていたプライドがあるが、長時間の戦闘の消耗から素直に交代して後方に下がって来る。

 時を同じくして、ガルとゴブリンの群れの動きが散発的になって来たと思ったら、金属製の銅鑼を叩くような音が聞こえ、門の向こう側から魔物の軍隊が現れたのを目にする。


「ゴブリン精鋭部隊だ」


 魔物たちは兵士団に負けない統率された列に、統一された装備に大柄なゴブリンたちが見える。自身が昨日戦ったゴブリンが獣人の子どもの大きさなら、大柄なゴブリンは大人と変わらないくらいの身長がありそうだ。その装備はダンジョンから採掘される金属で作ったのだろう、総金属製の装備を楽に使用していることから、筋肉量なら完全に負けているな。

 何よりもゴブリン精鋭部隊からは、先輩の冒険者たちと同様に感じるプレッシャーと言うか、戦いを知る凄みのような感覚が伝わって来て弱気になってしまう。


 兵士団の部隊は迎え撃つように門を塞ぐように布陣する。魔物の群れがある程度ダンジョンの門に近づいて来た所で、魔物の軍隊から長めの銅鑼のような音が響く。そうすると、一定の距離でゴブリン精鋭部隊が立ち止まって、奴隷部隊を最前列に敷いた兵士団が向き合う。まずは、挑発か示威行為かゴブリンの盾持ちは、片手剣を盾に繰り返しぶつけて一斉に猿のような甲高い声を響かせている。


「総、員、突、撃!!!!!」


 人間の戦争ならば挑発か舌戦を交わすのだろうが、兵士団の隊長と思われる人は守りの態勢を捨てて、いきなり全軍突撃を行った。向こうのゴブリンの部隊がダンジョンの入り口から出て来て、布陣しきる暇を与えない作戦だったのか、大楯持ちの奴隷部隊を先頭にした激しい激突で途端に増えてくる死傷者が多く見える。先頭の奴隷部隊は声すら上げず、いつものように虚ろな目をしているが、逆にこの場では異常に思えてしまう。


「奴隷の奴らは戦争奴隷か犯罪奴隷でこの街に契約で縛られているから、いずれにせよ街のために死ぬしかねぇ。どうせ死ぬから役に立つようにと、狂化薬か暗示でも使われてんだろうよ」


「ゲンガンさん…」


 普段の無手の姿と違い、長物というのか槍のような尖った先端に斧のような刃もついている武器を装備し、頭には兜を被る姿は初めて見る。

 そして、ゲンガンから教えられた情報に、間近に見た奴隷部隊の彼らの姿を思い出す。隆起した筋肉に浮き出た血管が目立ち、噴き出す汗に寒くもないのに体から発せられる熱で湯気が立ち上るような異常な雰囲気を感じたのだ。薬か暗示の影響かは分からないが、街の緊急事態に非人道的な行為も当然なのかもしれないと思ってしまう。


「18年前の大波を経験しているから分かる。まだ、こんなもんじゃねぇ。時期にこの位置も危なくなるから、もっと下がった方がいいぜ」


 そう言ってゲンガンも兵士団を援護するのだろう、前線の方へ行く。同じように、ゴールドランクのパーティやシルバーランクのパーティが動き出す様子を見せる。

 気が付くと、最初は激突の勢いで兵士団の隊列がゴブリンの精鋭部隊の群れを押していたはずが、逆に徐々に押されているようで後退して来ている。こちらの兵力には限りがあるが、ダンジョンから出て来る魔物の群れには終わりが見えず、展開できるスペースが出来るとそこを狙ってか、ガルに乗ったゴブリンたちが側面を突くように回り込もうとしている。


「冒険者共余計なことをするな!!」


 危ないと思ったが、杞憂だったようで冒険者パーティからの弓矢と魔法攻撃で側面を突く動きを見せたゴブリンの部隊は倒されていく。兵士団も崩れた穴をすぐ埋める1つの生き物のような統率を見せるが、冒険者たちはより魔物退治の専門家とばかりに逆に相手の側面を突こうとする動きを見せている。


「ワシを倒したきゃ、王を連れてこい。王を呼んで来い」


 ゲンガンは最前線で味方を鼓舞するように大声を上げ、武器の一振りで防具ごとゴブリンの胴体を真っ二つにし、ゲンガンの持つ武器が通った後の空間には上半身がないゴブリンたちが直立し、武器の一突きで届く範囲のゴブリンをまとめて串刺しにしてそのまま構わずに振り回している。

 その光景を見ながら、ファンタジーの世界の魔物が吹き飛ぶ姿に現実感を感じないが、グロテスクな光景に人間同士の戦いではなくて良かったと心底思ってしまう。


 そうした前線の目立つ者に攻撃が集中しそうであるが、ぶつかり合う近接兵以外も戦っている。それは、兵士団の魔法師部隊と弓兵部隊が、相手の後衛部隊を優先的に狙って攻撃をしかけているようだ。


「ゴブリンの魔法師が左に3、回復役が正面に2、弓兵は部隊で左右に展開中」


「相手の回復魔法師から叩くぞ、全員合わせろ」


 最初に自身は後方の部隊の位置にいたが、人間側の部隊がじりじりと後退を続けて今ではそこが最前線に近くなっており、さらに後ろに移動した後方部隊は冒険者ギルドを本部と回復役の魔法師の部隊の救護所のような役割に使用している。


「配達屋、きれいな水を寄越せ!!」


「魔法師は交代で休んで、丸いのか黒いのか薄い揚げ肉を食って、魔力の自然回復に努めろ」


「これはありがたい、包囲網が突破される段階なら魔力回復薬に頼らざるを得ないが、あれは最後の手段にしたい」


 自身は後方部隊の本部と兵士団の後方に位置しながら、魔法師向けに魔力の自然回復を促す品を用意し、怪我人の治療で必要になる水も壺に入った状態で用意していた。

 聞こえてくる現場の兵士団と冒険者の所属を問わない魔法師の意見から、魔力回復薬が最悪の味で不便なら、自身の駄菓子屋の菓子を活かして何か役立てられないだろうかと思ってしまう。それは、錬金術師の領分を犯すことになるだろうが、今すぐは無理でも将来的には商売になるかもしれないぞと考えてしまう。




「ワイバーンだ!…ワイバーンが来たぞ!!」


 戦況は膠着していると思ったが、ダンジョンの入り口から見えるのは、コウモリに似た翼をもった蜥蜴のような頭を持った魔物であった。周囲の大柄なゴブリンよりも遥かに大きい体躯に、ダンジョンから出て来た瞬間から感じる威圧感に生物の本能としての命の危機を感じる。そして、同じような気配を持つ魔物が続いて現れる。


「ワイバーンの対処はギルド長を呼べ!!下手すりゃ前線が崩壊するぞ」


 後方部隊をまとめているゼーエフの叫び声に、事態の深刻さを感じる。そうした最中にも、後方部隊と前線が対応する間もなく、ワイバーンの一体が口から炎の塊を吐き出し、運悪くそれが当たった前線の兵士団とゴブリンの部隊が敵味方関係なく消し炭になる。不味いと誰かが言うが、その空いた穴にゴブリンの部隊が殺到する。どうにか、兵士団と冒険者たちが穴を埋めようとするが、残りのワイバーンの攻撃が続くと崩壊は免れない。



「おー、やってるねー。ワイバーンはアタシが殺るよ!!」


 突然現れた魔法師は後姿しか見えないが、兵士団の魔法師部隊にほど近い場所に立っている。その姿は全身を紅に染めた服と、肩口まで少し広がった茶色い髪の毛に右手は長めの杖を握りこむようにして持ち、人差し指が狙いをつけるようにワイバーンを示していた。

 彼女は、魔力の高まりを感じないが、衣装と同じ紅の魔力の膜は殆ど薄く体に展開されており、どうやってワイバーンに対処するのだろうかと思う。瞬間、狙いをつけていたワイバーンの1匹の額部分に彼女の魔力の膜と同じ、紅の点のようにしか感じない魔力が付着していることに気が付く。そして…


「…溶けた」


 何が起こったのか分からないが、ワイバーンの頭部が弾け飛んだのか、気が付いたらチーズが熱で溶けるようにどろりと形を崩したのだ。周囲からは、劣化竜種とは言え炎に耐性のあるワイバーンを炎属性の魔法で一撃とは、と感嘆の声が挙がっている。


「冒険者ギルド長だ」「あれが、プラチナランクの炎熱のローザ」


 周囲の彼女を知っている者からの情報で、魔法師が冒険者ギルドの長をやっているなんて、ビキンの街の冒険者ギルドは実力主義なんだなと変なところで関心してしまう。

 続けて、彼女は少し溜めを作りながらもワイバーンに炎を吐くことを許さずに、あっという間に3匹のワイバーンを倒したのだった。


「アタシの魔法は少数向けだから、多数の相手はあんたらでどうにかしな。それにしてもこの砂糖菓子は美味いね」


 彼女は自分の仕事は終わったとばかりに、砂糖菓子を口に含みつつ、その場から移動魔法で離れていった。そう、ワイバーンの脅威は取り除かれたが、戦場の均衡が崩れた所を狙って敵の部隊がさらに追加されたのだ。



「骨の騎乗兵だ!!」「骨の騎士団も来ているぞ!!」


 ダンジョンの入り口の様子を見ていた斥候兵からの情報が戦場に広まるが、ワイバーンの炎で開いた隊列の穴を何とか埋めようとしている段階で、そこを狙われた騎乗兵の突撃に対応出来そうにない。

 以前、馬の走る速さが自動車の法定速度並みと聞いたような覚えがあるが、骨の馬に乗った骨の兵士は軽いだろうし、骨の馬も魔物だから生きている馬よりも速く走るかもしれないと思ってしまう。新手の魔物の群れに、兵士団の魔法師が何とか迎撃を行おうとするが、間に合いそうにないのを視界に入れつつ、どうしてか馬のことを考えていた。

 実際に見ていると速いし、馬具を付けていない裸の馬に、馬上で使用する武器のみ持った骨の兵士は軽さを活かした速度に乗った突撃を行おうとしている。その速度に乗った軽くとも勢いのある突撃を2列縦隊でしかける様に、思考は止まってしまっている。気付けば、ぶつかり合う前線までの距離が半分埋まり、もうゴブリンの部隊の後方まで迫っている。

 そうして、いつの間にか響く銅鑼のような音が鳴るのが合図に、綺麗にゴブリンの隊列は左右に割れ、骨の騎乗兵が急所を突きやすくお膳立てが整えられる。その開かれた道を、骨の兵士たちは飛んでくる弓矢も気にすることなく突き進む。




「あぁぁ……あああああああ?」


 前線の崩壊と共に、己の辿る結末を悲観したのだろう、近くにいた魔法師が悲嘆の声を出していたが、途中から声色が驚きに変わっていく。縦列で突撃していた先頭の骨の兵士が馬ごと倒れ、後続の部隊も速度を出していた分止まれず、巻き込まれて全ての骨の騎乗兵が倒れている。前線の急所への突撃が不発になったのだ。


「やるじゃねーか、配達屋」「良くやった!!」


「あいつらに不幸を届けてやりましたよ」


 もう死んで骨にだけになっている相手にさらなる不幸はあるのか分からないが、先頭を走っていた骨の馬はその足元に突然現れた箱に片足を入れて足の動きが妨害されて躓き、バランスを崩して転倒することになったのだ。後方部隊の連中は先程まで、その合金製の箱が次々と転送されているのを見たため、誰の仕業か気付いたのだろう。口々に賞賛をしてくれる。

 馬のことを考えていた際に、馬の走りは繊細でちょっとしたトラブルでも彼らの走りに影響が出ることを思い出したのだ。他の方法として合金の棒をタイミング良く転送することも考えたのだが、自身の動体視力に自信がないため、何個かの箱を転送する設置式の罠で実行したのだ。

 こっちは自分よりも弱い奴には強いんだよ。特に体重が軽いのと脳みその無い骨には負ける気がしない。現在進行形で増やしているし、まだまだ箱の貯蔵は十分だ、次の騎兵よかかってこい。

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