第23話 ダンジョンパニック

 初めてのゴブリンとの泥臭い戦いを行った翌日、経験上酷い二日酔いで胃の中の物を全て吐いてそうな量を飲酒したはずだが、少しの頭痛と喉の渇きで済んでいる。そんな可能性があるのかは分からないが、もしかしたら増えた体力の数値で二日酔いが軽減されているのかもしれない。

 変化したステータスを見ると、ゴブリンをほぼ倒したことで107まで体力が増えているが、魔力の数値のように減ったことがないため、RPGでよくみるHP(ヒットポイント)という扱いではなさそうである。この体力の数値を増やすことで、二日酔いの軽減のように何かメリットがあるのかもしれないが、今日で最後のダンジョン体験で調べられるのなら検証してみたい。

 そうして、今日も同じような時間帯で、集合場所の冒険者ギルドへ訪れるが、何やら集まっている冒険者たちが騒がしい。


「ゴールドランクの天空の大鷲がダンジョン内でモンスターの大移動を確認したらしいぞ」


「単なる門番か階層主や変異種の階層をまたいだ移動か、そいつらの起こした魔物の縄張り争いじゃねーのか?」


「もう上層の近いとこまで、複数の階層の魔物の群れが動いてるから、ダンジョンの大波らしいぞ!!」


 冒険者たちの噂話を聞いていると、ダンジョン内の異変を感じて探索から戻る途中のゴールドランクのパーティが、共闘する複数のゴブリンとガルの群れに襲われているブロンズランクのパーティを救ったらしい。ダンジョンの大波なんて聞いたことが無いが、その前の魔物の氾濫や上の層まで魔物の群れが移動しているという不穏な情報に、この街を離れたいと思ってしまう。


「おう、今日はダンジョンでスライムを倒して回るどころじゃなさそうだな」


 同じように話を聞いていたであろう、ゲンガンから今日のところはダンジョンの探索を止めるように伝えられ、迷わず同意する。とりあえず解散となったが、スライムがダンジョンから出て来ているため、ブロンズランク以上の冒険者は手が空いていたらすぐにでも対応をして欲しいと、ギルドの職員が声を張り上げている。

 冒険者ギルドにいた大半の人たちはその声に、ぞろぞろと移動を始める。その姿を見ながら、これだけ人数がいたら自分がいなくても大丈夫だよねと思い、安全確保に走る。


「いらっしゃいませー」


 満面の笑みでまた来てくれると信じて待ってましたようと言う、濃い緑髪の受付の女性に用件を伝える。


「ネイスさんは今日の配達に来ましたか?」


「今日は来ないかもしれませんね。ダンジョンの大波への対応で、あちらこちらに忙しく移動魔法で移動していると思いますよ。何か困ったことがあるんですか?」


 実はといざとなったらこの街から移動魔法で逃げれないか、と相談したかったことを伝える。その内容を聞くと、目の前の受付の女性は満面の笑みをより深くして返答する。


「でも、冒険者ギルドの規約にブロンズランク以上はギルドの判断する緊急時の対応で、協力を求められますよね。ダンジョンの大波なんかは、問答無用で戦力の提供を求められると思いますよ」


「えぇ…。知らなかったんですけど」


 規約を知らなかったと素直に告げると、満面の笑みから以前に見たわはははと大口での豪快な笑い方をされてしまう。

 改めて考えてみると、登録の際に説明をしない冒険者ギルド受付嬢のラピもラピだし、規約等の重要事項を気にしなかった自分自身も問題だ。新規でプレイするゲームの適当に長い規約と説明事項を読みもせず、同意ボタンを散々押して来た罰がここに来て出たのかもしれない。


「それでどうしますか?」


「魔法師ギルドの幹部なら、ダンジョンの大波を何とか出来ませんか?」


「部分的にはビキンの支部長が対応されますよー」


 質問に質問を返すが、対応策を教えてくれる。どうやら、魔法師ギルドの幹部クラスが持つ巨大な魔力と、それと同等の魔力を蓄えている大きなダンジョンには取れる対応が限られているらしい。

 それは、大きな魔力同士の干渉するエネルギーの行き場がなくなると、この大陸自体にも影響が現れるため、支部長が直接魔力でダンジョンに影響を与えるのは難しいようだ。今までのケースだと、ダンジョンから溢れた魔物を冒険者たちや兵士、奴隷が抑えて魔法師ギルドの幹部が多数の魔物を始末し、魔物の溢れる勢いが止まった時に決死隊が突入してサブダンジョンのコアを破壊して来たとのことだ。

 それに失敗してサブダンジョンのコアが破壊不可能な場合はダンジョンを街ごと吹き飛ばすことになるが、加減を間違えると大陸の一部が吹き飛んでもおかしくないらしい。


「ダンジョンを破壊する方法は、ダンジョンからもたらされる資源が二度と採れなくなりますから、国からは反対されるので実際は限りなくないですね」


「そもそも、サブダンジョンのコアってなんなんですか?」


 それはですね…と受付の女性は、創造神の神話時代からの話をしてくれる。

 彼女曰く、大昔にダンジョンの魔物の脅威に対抗できない人間を哀れに思い、神は人間にスキルを与えたらしいが、ダンジョンから生まれる魔物も意思を持つダンジョンが神のごとく力を与え、次第に地上に溢れる魔物に人間が対処出来なくなっていった。どんどん減る人間の生存圏に大陸全土が魔物に支配されようとする時、ある魔法師が現れた。その魔法師、現在の魔法師ギルドのギルド長が大陸中のダンジョンごと魔物を焼き払い、魔法の威力と大きな魔力同士の影響で初めは1つだった大きな大陸は今のようにそれぞれに海を隔てて別れてしまった。

 その際、ギルド長は研究のためにダンジョンを全て消滅させずに一部残すと、ダンジョンも人間との共存をはかるように富を用意し始めた。ちなみに、地上にいる自然界の魔物はその時に生き残った魔物が残した子孫らしい。


「ギルド長は神話の時代から存在したんですね」


「全盛期よりは力が衰えたらしいんですけど、短命種から見るとまだまだ神に近い力は健在ですよー。それで、サブダンジョンはですね…」


 ギルド長の力で人間と共存を始めたかに思えたダンジョンにも例外があるらしい。ダンジョンには本能的に拡大しようとする意思か、あるいは貯めこんだ魔力を発散する機会がどうしても訪れるようで、それが何十年かに1度大きいダンジョンからはサブダンジョンを作ろうと言う形で起きるダンジョンの大波の現象が見られるようだ。


「それがビキンのダンジョンではたまたま最近だったという話ですね」


「なるほど」


 この街と大陸を気にしなければ何とかなるらしいが、その時は自身の身の安全はどうなっているか分からない。ブロンズランクだから実力的には重要なポジションの決死隊には選ばれないが、ダンジョンから溢れる魔物を抑える役目は強制されるかもしれない。

 こうなったら、なりふり構わずやるしかない。元々大したプライドなんてないし、頭を下げて済むならこれまでもいくらでも下げて来た。


「受付さん、お願いします。いざとなったら助けてください」


「えー、どうしましょうか」


 満面の笑みでもどこかこちらをからかうような気配を出しながら、目の前の女性は答えに迷った素振りを見せている。追撃のお願いしますと、相手が了承してくれるまで頭を下げた姿勢で待機する。


「スズキさんって駄目そうな所が魅力的ですよね」


「その女は甘やかすだけ甘やかして依存させて、相手が自分無しではどうしようもなくなってから捨てて絶望させるような性悪女ですよ」


 止めた方が良いですよ、えーひどいというやり取りを聞いて、久しぶりに聞いたような声に顔を上げると、驚いた。タタールの街の魔法師ギルドの受付の女性が、必死にお願いしていたビキンの受付の女性の横に並ぶように立っていた。


「お久しぶりです。魔法師ギルドから、私が先遣隊として派遣されました」


「私とも久しぶりだけど、相変わらず言葉がキツイよねー」


 満面の笑みの相手に、片頬だけ上げるように唇を歪めた皮肉気な笑みを返す関係性に、お互い性悪女なんじゃないかと思ってしまう。


「私に助けを求めるのなら、菓子の提供と弟子になるという契約で果たしましょう」


「えーと、その時に改めて相談させてください」


 私の条件も聞いてくださいよー、と濃い緑髪の受付の女性の言葉を背中に、逃げるように魔法師ギルドを後にした。タタールの街の魔法師ギルドの支所長のネイスがいれば、助けになってくれるはずだが忙しくしていて会えないのでどうしようもない。彼女らのどちらかに頼るのは最後の手段にしたい。


 魔法師ギルドを出ると、思うところもあってゴルドの鍛冶屋を目指していく。街中を見る限り、自身の財産である家や大きな家具を置いて行こうとする人はおらず、籠城をするように雨戸を降ろすように守りを固めている人たちを多く見かける。

 途中、見知った成金御用達の武器と防具を扱う店の店員を見かける。店員がおそらく店の装備を載せた馬車を連ねて東門の方に並んでいるのを見て、船を使用してこの街から離れようとしているのだと考える。先程まで、自身も逃げることしか考えていなかったが、この街の危機に武器と防具を提供しようとしない姿勢に、呆れた気分になってくる。



「おう、お前か。頼まれた合金製の装備なら用意してあるから持って行け!!」


「ありがとうございます」


「お前の注文に俺も思うことがあって、装備を別に作っていたが役に立ちそうだ」


 ダンジョンから溢れる魔物と戦う気の鍛冶師のゴルドは、自身の作った金属製の装備に身を包み、武器には身の丈以上の大きさの金属製の槌を持っていた。礼を言いつつ、アレックスに使用してもらうために用意してもらった装備を受け取って、待機空間に仕舞う。

 そのまま、街の中心にあるダンジョンの前に戻ろうとすると、街の住人たちに声を掛けられる。小麦粉屋の店員には配達の兄さん、ブロンズランクでも倒せる魔物をしっかり倒してくれよと言われ、他の配達で見知った街の人たちからもいざとなったら俺らが戦うから安心しろと言われ、一般の人から見ても戦えなそうな外見で頼りなく見えるのだろうなと思ってしまう。


 見知った人たちと挨拶を交わしてダンジョンの入り口が見えるドーム前に着くと、門を包囲するように冒険者の防衛網が敷かれ、交代しながら魔物の相手をしているようだ。既に、ダンジョンの門から溢れる魔物は、スライムからゴブリンに出て来る魔物が変化しているようだ。


「サドゥさんも来たんですね!!」


「アレックスさん、良かった」


 探していた相手は冒険者の包囲網の後方にいたようで既に戦っていたのか、パーティメンバーを含めて生傷と装備に損傷が見られ、全体的に消耗が見られる。視線からこちらの内心に気が付いたのだろう、説明をしてくれる。


「実は、今日は朝からダンジョンの探索で5層にいたのですが、そこで多数のガルとゴブリンの群れに襲われまして、ゴールドランクの天空の鷲に助けてもらって何とか助かったんですよ」


「そうだったんですね」


 ギルドで話に上がっていたブロンズランクのパーティは彼らだったのか、ゴールドランクのパーティの助けがあったとは言え、誰一人欠けずにメンバーが揃っているのは流石勇者のパーティかと思う。それにしても、傷が痛々しく見えてしまう…


「私の魔法では一度に全員を治すことが出来ず、魔力も尽きてしまったのです」


「良かったら、魔力回復薬の代わりになる物を提供しますよ」


 回復役の魔法師のエレイシアに壺に入った菓子を渡す。不思議そうに眺める彼女に、効果を知っているクノは魔法師ギルドが魔力の自然回復を保証していると説明すると納得して口に含む。途端に甘さに驚くが、笑みを浮かべている。それを見て、今まで消耗し切って寝転んでいたヒョウ柄の体毛のルルと兎顔のタピーも、体を起こして私も私もと求めている。魔法師に配る者だが、少量なら仕方がない。

 さらに、アレックスには消耗した装備の代わりに、ゴルドが制作した合金製の装備を渡す。無料と聞いて恐縮する彼には、この装備でサブダンジョンのコアを壊すくらい活躍して宣伝して欲しいと伝える。彼らを見ていると、もっと早くに会ってパーティメンバーの魔法師以外の装備を整えることが出来たら良かったのにと思ったり、そもそも予約が入らなかった売れない装備でも数だけは用意していたら、緊急時に冒険者たちに使用してもらって助けになったのにと後悔してしまう。


 それでも、後悔ばかりしていても仕方がない、逃げることは何とかなりそうだし、自身の出来ることを考えたい。能力的にはスライムを倒すことが出来るくらいで、ゴブリンとの1対1もやっとのおっさんだが、何か出来るのではないか。今日は、タタールの街にアメとチョコレートを転送するのは止め、在庫を魔法師たちに配ることにするが、他に何か出来ないのか。いつもは後ろ向きだが、今日に限っては積極的に行動しようとする自身に驚く。

 その理由を考えてみると、冒険者ギルドの規定を破ったらどんな罪を背負うことになるか分からないが、その他にも動機がある。いつも過ごすギルドの酒場で目にする冒険者たちは、荒っぽいが気の良い人たちばかりだし、配達の依頼で関わっていた街の人たちにはずっとお世話になっていた。逃げるのは得意だが、出来ることを全てやり尽くしてから考えたい。その時声が聞こえてくる。


「街の防衛網に物資を手配するが、ブロンズランクで動ける者は集まってくれ!!」


 後方部隊の指揮を執るのだろう、冒険者ギルドの初級者講習で講義を行ってくれたゼーエフが声を張り上げている。これから本格化する魔物の氾濫にブロンズランクは役に立たないかもしれないが、荷物を運ぶことは出来る。それに…


「私の収納スキルなら、街の中で行ったことがある場所ならば荷物を転送できます!!」


 私に任せてください、とゼーエフに大きな声で呼びかける。出来ることがまず、1つあった。


「お前は配達で有名な奴だったか、とりあえず、試しに南門の前に転送して見せてみろ」


 ゼーエフは興味深そうな表情をするが、顔面中にある傷を歪ませているためこちらを威嚇しているようにしか見えないが、素直に指示に従う。配達でいつも使用していた合金製の箱を取り出し、荷物を入れて声を掛ける。


「私は外国人でこの国の文字を書けません。送り先の担当者への指示を紙に書いてこの中に入れてください」


「分かった」


 ゼーエフが淀みなく紙片に文字を書きあげると、合金製の箱に入れる。それを確認すると南門をイメージしながら転送を行う。周囲で様子を見ていた人たちが、その瞬間におおっと声を挙げるのを見つつ、ゼーエフの反応を待つ。


「見ろ、荷物の転送はされたようだな」


 ゼーエフの指さす南門の方向を見ると、向こう側にいる魔法師が上げたのだろう、青い光の玉が空に浮かんでいた。続いて、大まかな位置には荷物を転送して、細かい仕分けは現地で手分けして行うぞとゼーエフから指示が出る。

 よし、まずは自分に出来ることからやっていこう。

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