第2話 自由市で商売してみよう

 その後、ゲンマと別れた後に店主らしき人物へ一応声をかけておく。


「ゲンマから宿代をもらっているから2階の好きな場所で寝ろ。ついでに喧嘩と殺し、娼婦の連れ込み、客同士でヤルのも無しだ」


 余計な騒ぎを起こしたら殺すと言わんばかりの迫力に、素直に頷いておく。店主に獣の耳は生えていないし、体毛も一切ないスキンヘッドの強面は獣人ではなそうだ。自販機を見上げるような身長に横幅も同じようにあり、熊の獣人みたいな姿にまともに逆らおうとする者はいないだろうなと思う。

 トイレの場所も聞いて、2階に上がる前に使用するが和式に近い形に、汚物処理用と思われるスライムのような軟体生物が便器内にうごめいている。


「異世界で見る初のモンスターがトイレ内とは…」


 なるべく下を見ないように用を足すが、ブラックな職場の長時間労働で痛めた腰と膝にくるためしゃがんだ姿勢はきつかった。

 元々酔っていなかったが、余計に冷めた気持ちで2階に上がって大広間を見る。そこは、等間隔に申し訳程度の薄い布が床に敷かれており、大体20人近くは寝ることができるスペースがあった。

 旅の途中か肉体労働の疲れからか先に寝ている者もいたが、いびきの大きさからとても自分は眠れそうにないと感じてしまう。


 とりあえず、壁際で隣合うスペースが少ない場所に座り、誰が使ったかいつ洗濯したか分からない布の上に座る。突然こちらに来て、普段だったらネットを使って時間を潰したりゲームをしていたことから、余計に時間を長く感じてしまうな。

 することもないため、ゲンマと一緒にいる時はできなかった交換魔法でアメをストックする作業を続けているが、集中しなくてもできるようになってくると様々なことが頭に浮かんでくる。

 突然こちらに来たということは、急に日本に帰ることもあるのか。スキルをいつの間にか所持していたことから、失うこともあるのか。日本に戻った場合に、所持品やスキルは持って帰ることができるのか。いなくなった自身の扱いは日本でどうなっているのか。

 長い間異世界で過ごして、何も持たずに日本に戻ったら無職の期間だけ長い恐ろしく悲惨な生活が待ってるのは想像するだけで体が震えてくる。将来に期待できない無職の身としては、こちらにいる方がチャンスがあるかもしれないが、両親の老後のことやいなくなったことで迷惑をかけるのはとても申し訳なく感じる。


 様々なことが頭に浮かぶが、急にこちらに来たがそもそも日本でその瞬間に何をしていたのか一切記憶にないのが不思議に思う。

 こちらに来てからも、初対面の人間に嘘をついて会話する程、自身の順応性は高くなかったはずだ。会話にしても、普段の外出頻度からスーパーの店員にレジ袋と箸の有無しか話さないのに、長時間話して口や喉に違和感がないのも不思議に思う。

 辺りが暗くなり1階で騒ぐような声も聞こえなくなり、段々周囲のいびきの音が増えてからは流石に体を休めようと横になり目をつぶるが、考えは頭で巡り続けた。まどろんでいるようで一睡もできずに、差し込む日の光で朝になっていた。


 早い時間帯であるが、1階に降りると店主は起きていた。仕込み作業をしていたが、朝食は出来ているようで30ブルの銅貨3枚を渡すと提供してくれた。

 朝のメニューはパンと粥のような野菜の煮込みだった。パンは黒糖パンのような色をしているが麦が違うのか固く、どろどろに煮込まれて原型の分からない野菜のスープに漬けてふやかして食べる。それでも、普段サプリメントともやしでしか野菜を採らない自身にとっては、野菜は高級品のためありがたい。朝まで胃も動いていたため、食欲がしっかりとある。

 飲み物はエールであるが、朝から飲むのは断った。きれいな飲み水といい、個室の宿や着替えといった必要なものがありすぎて金を稼ごうとより決意する。


「お待たせしましたか?」


 混む前にトイレも終えて宿屋の入り口近くの壁にもたれながら過ごしていると、ゲンマに声を掛けられる。慣れない環境で早く起きただけと伝えるが、もう少し交換魔法を試していたかったと思っている。

 時間はたっぷりあったため、1種類のアメの交換は消費魔力よりも自然回復が上回り、積極的に枯渇はさせていないが魔力最大値は30を超えた。他の味のアメの交換を始めつつ、一度に交換する量や種類を増やしたりと工夫できることが多く、長年のスマホゲーで染みついた最大値まで自然回復するのがもったいないと思う身としては、まだまだ続けていたかった。


「じゃあついてきてくだせぇ」


 一緒に酒を飲んだ仲から、昨日よりは少し砕けた印象のゲンマについて歩いていく。後姿を見ると、尻尾が見えないため服の中に仕舞っているのか片耳のように理由があるのか、街中の獣人たちも身体的特徴に差異が見られなと考える。血の濃さか、個人差と言えるものか興味深い。


「朝市は日の出前から昼までやってますが、これから案内する自由市は日の出後から夕方までですよ」


 食べ物を扱う朝市は仕入れのこともあり早朝から開かれているが、自由市は商業ギルドが派遣する管理者の裁量で、広い時間帯で行われていると説明を受ける。

 やはり覚えられない道順に苦労しつつ、メインの通りに出る。今まで方角が分からなかったが、メイン通りは南門から北門にかけて一直線になっており、朝市はこの街の中心に近い場所にあり、自由市は北門側に近い場所にあることを知った。

 昨日からここで過ごしているが、月や太陽の個数が地球と違ったりせず、日の出の方角から太陽の位置で東と西は分かりそうなため、困ったら大体の方角でメインの通りに出れば何とかなりそうだと思う。


「ここら辺がそうですが、良い場所は許可をもらったやつらが使うんで立て札がありますが残りは早い者勝ちで」


 黙々と久しぶりにこんなに歩いた思う頃にようやく住宅街を抜け、車が何百台も止めれそうな大きい広場に着いた。宿を早めに出たつもりだったが、入り口近くや中央近くの一等地と思われる場所は確保されており、空きがあっても立て札が見られて予約済みのため日当たりの悪そうな隅の方しかなさそうだ。

 入り口からどんどん奥に入りつつ、準備中や営業中の人たちを見て情報を得ていく。値段の交渉をしている姿を見て活気を感じたり、売り場は布を敷いて商品を並べているのを見てそんな物用意していなかったと気が付く。そういえば、管理者にも挨拶をしていないのはどうなのだろうか。


「管理者には昨日のうちにワシの方で話を通しておきましたんで構いませんよ。布についてはあてがありますんで任せてくだせぇ」


 ゲンマに尋ねると色々と手をまわしてくれていたようで、昨日の酒場での様子からも顔役みたいなことをしているのかなと思う。

 広場の終わりが近い場所まで来ると流石に空きがあり、近くの獣人にゲンマが挨拶しているのに気が付き、ゲンマさんにお世話になっているタナカですと挨拶する。


「私もゲンちゃんにお世話になってるのよ」


「タナカのにいさんは初めてここで商売するんで、余っている布があったらくれねーか」


 丸眼鏡をかけたノワと名乗るおばあさんは白い毛の猫の獣人なようで、顔の輪郭も丸く柔らかい印象がある。布の上に並べられた商品は焼き物のような器や壺であり、それを見て布以外にも商品のアメを入れて展示する容器もなかったことに気が付く。

 布は余っていて譲ってもらえるが、申し訳ないのでアメを1個渡す。ゲンマが物欲しそうな顔をしていたため渡すが、ノワさんはアメを舐めたことがあるのか自然に口に入れている。


「ツッ」


 ノワさんは想像以上の甘さか味に驚いたのか、両耳と毛が逆立ち閉じているように見えた細い眼も少し見開いている。昨日のゲンマのように醜態をさらしていないが、静かな圧をこちらに与えてくる。この雰囲気を何とかして欲しいが、ゲンマを目を閉じてしみじみとアメを味わって頼りにならない。


「ごめんなさいね、あまりに美味しくて年甲斐もなく興奮しちゃったわ」


 想像以上に長く感じたが気配が収まり、驚かせてごめんなさいと重ねて謝られる。自身の脇から冷や汗が出ているのに気が付くが、表面上はにこやかに喜んでもらえてうれしいですと伝えてその場を離れる。


「こんなに隅の場所でいいんですかい?」


 アメを舐め終えたゲンマに言われるが、怖い相手からはできるだけ距離を取りたいと思う。元々広場の隅の方であったが、他に誰もいない木々で日陰になって日の当たりの悪い湿った土の場所にもらった布を敷いて陣取る。

 客が来なさそうだが、今日の所は実験的な気持ちで臨んでいる。なるべく借りは増やしたくないが、売り上げが悪くともアメの提供でもう1日ゲンマに助けてもらうことも考えられる。


「この街での初めての商売だから、今日は様子を見たいんですよ」


 ゲンマに説明しつつ、新たに布の上に交換魔法で壺を作り上げた。


「ノワのばあさんに壺も貰ったのかい?」


 ゲンマがアメを味わっている間に貰ったと誤魔化しつつ、売られていた壺と寸分違わない形をした赤褐色の壺を置き、その中に大量にストックがあるイチゴとミルク味のアメを入れていく。

 交換魔法は買ったことのある物や食べたことのある物だけと思っていたが、先程入れ物に困って壺を眺めていた際に、オススメのラインナップに売り物の壺が表示されていたのである。スキルの技量向上による物か、魔法とはイメージの力が影響するのかより考えさせられる。そうして作った同じ壺がばれるのも気まずいため、ノワさんから距離を離して場所を取ったのだ。



「売れませんねぇ」


 あれから太陽が真上に来て昼時になるが、商品が売れていないどころかそもそも客が来ないので売り込むこともできていない。売れる良い商品だと自信があるが、知ってもらう機会がないので売れるはずがないのである。


「場所が空いたんでもう少し移動しましょうや」


 ゲンマが広場に出ている屋台で買ってくれたガルの肉串を食べつつ話し合うが、空いたスペースはノワさんの売り場で、午前中に遠目から見て同じように客は来ていなかった。今更、多少動いたところで変わりないと思うと返答し、ノワさんは昼飯を食べに帰ってまた戻ってくるのではないかと質問する。


「あのばあさんは暇つぶしの道楽でやってるんで、昼からはひ孫の相手ですよ」


 どうやらノワさんは大きな商会の創業者夫人で、現在の商会は孫が経営しており、創業者の夫が亡くなってからは、若い職人の作った物を気まぐれに仕入れて自由市で売っているらしい。

 採算が取れなくても構わない完全な道楽と言えるなと思いつつ、帰る前に挨拶された際に売り場の壺にはしっかりと気づかれたようで、また細い眼の隙間から眼光を受けたことを思い出し、嫌な汗をかきそうになる。


「場所が悪いのは最初から分かっていたことだし、どうしようかな…」


 肉串のお礼にゲンマへいつものアメを渡しつつ、無職の引きこもりが太陽を避けたがるのは仕方ないと言い訳を心の中で述べてみる。

 泊まる場所さえあれば食事も交換魔法を鍛えたらどうにかなりそうだが、よくわからない力に頼り切るのも怖いし、贅沢を覚えて日本の貧乏暮らしに戻るのも辛いと考え、何とかアメを売って稼いだ資産を元に新しい事業を立ち上げ、週休5日か働かずに金が入ってくるほどほどな生活をしたいと考える。

 うまくいかなくてイライラもあったのかついアメをかみ砕き、ゲンマにもったいねぇと注意されつつを過ごしていると、ふいに林の奥から声が聞こえてくる。


「あ、ゲンマのおっちゃんだ」「何してんのー」「変な黒いおっちゃんもいる」


 答えが出ないまま悩んでいると、唐突に獣人の子どもたち8人が売り場の前に集まってくる。

 上下黒のスウェット姿がここでは変と言われても仕方がないし、20代後半で初対面の小学生におっちゃんと声をかけられた経験がある自分は、異世界でも子どもから見たらゲンマと同じ扱いでもおかしくないんだと辛い気持ちを納得させる。


「こいつらは近所のガキ共で、林の奥で遊んでるんですよ」


 街の外は危険があって、この広場のちょっとした林は子どもたちにとっては公園のような遊び場なんだと理解する。話を聞くと、午前中は家の手伝いをしたり教会で読み書きを習い、午後から遊んでいるそうだ。


「黒いおっちゃんは何してるの?」


「まだ売れてないけど、お菓子を売っているよ」


「それ美味いの?」


 自分が返答する前にゲンマが美味いぞと言うと、子どもたちは目を輝かせている。

 自身の子どもの頃を思い出すようで、もともとはそういうものだったし宣伝になればいいかなと思い、子どもたちに提案をする。


「お父さんとお母さんにこの店のことを教えてくれたら、1個ずつタダであげるよ」「今日から子どもは1日1個小銅貨1枚で売るし、大人は銅貨1枚で売るから」


 値段のことを聞いてゲンマが全部買うと言い出すのをなだめつつ、駄菓子屋でおやつを買ったことを思い出していた。

 お小遣いの硬貨を握りしめて駄菓子屋まで走って行き、家までの帰り道で我慢できずに食べて当たりが出ると交換しに引き返す。

 そんなことを思い出しつつ、子ども達が常連になってくれたら当たりが出たらもう1個のシステムを導入できないかと考える。


「ちょうだいちょうだいちょうだい」「欲しいの」「ください」「黒いおっちゃんくれ」


 大合唱の子どもたちにお父さんとお母さんに教えてくれるかと尋ねると、そろってはーいと返事が返ってくる。

 小さい子から順番に並んでもらい、壺から出したアメを1個ずつ手のひらにのせていく。噛むのではなく舐めるのをお手本に見せつつ、当然のように最後尾に並んでいたゲンマにも1個渡す。


「あまーい」「おいしー」


 アメを口の中に入れると頬を両手で抑えたり、笑顔で嬉しそうに飛び跳ねている姿を見ると子どもらしい反応で安心する。1人だけゲンマの隣に立って、味覚にだけ集中して静かに味わっている子がいたが、過剰に反応するのはごく一部だったのだと思う。


「つれてくるねー」「まっててねー」


 アメを味わった子どもたちに宣伝してくれたいいと訂正する前に、あっという間に遠くの方に姿が消えた。子どもでも獣人は身体能力が高いんだなと感心していると、気が付いたら親と親以外の獣人が何十人も店の前まで集まっていた。


「この度は…」


 代表者のイヌ科らしき獣人が高い物をすみませんと謝り、耳があるものはへたり、尻尾があるものは丸まった姿で大人たちは恐縮していた。

 誤解を解くために子どもたちにした説明をもう一度行い、子どもたちがお手伝いや勉強を頑張ったらお小遣いを上げて欲しいと頼んだら、砂糖菓子がそんなに安いならと試しに買ってくれる人がいた。

 次々にあがる美味しさの声に全員我も我もと購入し、明日も買いに来てくれるし付き合いのある人たちにも宣伝してくれると約束してくれた。


「言ってくれたらワシが宣伝するのに…」


 壺の中のアメが無くなるのを心配するゲンマの声を聞こえないふりしつつ、ゲンマに頼んだら怖そうな大人だけ買いに来る怪しい取引現場になるだろと考えながら次の客を待つ。

 午後の少しの時間で昨日の宿なら数泊できる売り上げが出ている、これは勝ったな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る