当たりますよね!(占い)

「駅前に占い師がいるんですよ!」

 机の上のジュースを一気に飲み干すなり、三原みはらかえではまるで世界を揺るがす大ニュースを報告するかの勢いで声を上げた。

「占い師だって人間なんだから、電車くらい乗るでしょ」

 片塰かたあま叶花かなかは片手の文庫本に視線を落としたまま静かに言葉を返す。

「そうじゃなくて、駅前で、いかにもな白い台を置いて、椅子に座って、一回百円っていう看板を立てて、お客さんを待ってる占い師がいたんです。どう思いますか!」

「無断でやってるなら違法だと思う」

「いや、そうかもしれませんけど、そうじゃなくて……」楓は片手の人差し指を立てて、それを頭の横でクルクルと回す。「占ってもらいに行きましょうよ!」

「嫌」

「うえぇー。もしかして叶花ちゃん、占いとか信じないタイプの人ですか?」

「外出とかしないタイプの人」

「あちゃあ、そっかそっか、そっちでしたね」楓は大袈裟に掌を額に押し当てる。「あれ? ということはもしかして、別に占いを信じてないわけじゃないってことですか?」

「うーん、別に、信じるとか信じないとかじゃないけど、確率の問題なのかな……」自分が占いというものに対してどういう認識をしているのか、叶花は初めて考えさせられる。「占いって、投資に近いのかも」

「透視ですか」楓は関心したように頷いた。「そりゃ、未来を見るんですから、透視でもありますね」

「未来というか、将来よね。将来こんなことがありますよって言われたら意識しちゃうし、その意識が些細な行動の変化を起こして、結果的に言われた通りになるとか、そんな感じかしら」

 叶花は自分が考えながら喋っていることを自覚して、一度口を止める。そして文庫本を閉じた。楓が来てから全くページは進んでいないし、おそらく、次にこの本を開くときは、楓が来る前に読んでいたページまで戻る必要があるだろう。

「占いで将来の夢とか目標が叶うかどうか聞いて、その結果をモチベーションにするというか、まあ、そんな感じなのかな。だから、占いは自己投資と言えなくもないかも」叶花は閉じた文庫本を楓に向けて少し掲げて見せる。「自己啓発本を買うようなものね」

「自己投資……? ああ、透視じゃなくて投資ですか」

 納得した様子の楓だったが、叶花が思っていたのよりもっと前の段階のことに納得したようだ。投資という表現を使っていたが、どうやら楓はそれを透視だと思っていたらしい。真面目に占いについて考えた時間を返して欲しくなる。

「とにかく行きましょうよ」

「とにかくって……」叶花の口から、ため息に近い小さな笑いが漏れる。「本当に未来を言い当てられるのなら行ってもいいけど」

「言い当てられます!」胸を張って言い切った楓。

「そう……」叶花は思わず頭を抱える。あまり理論が通じない相手だとは判っていたものの、話の対象が占いという胡散臭いもののせいで、余計に際立っている。「その駅前の占い師が当たるって評判でもあるの?」

 目を細めて考える素振りをした後、「さあ」と両方の掌を上に向けて広げ、首を捻る楓。「でも、外れたって言ってる人もいません」

「ふうん。なら、当たりも外れもしないんだ」

「うえー。なんかわけわかりません」今度は楓が頭を抱えた。「占いって何なんですか」

「随分根本的な質問ね……。結局、未来を占ってもらうわけだから、占いの通りになるのは明日かもしれないというのを毎日繰り返して、先延ばしにして、そのまま時間が経てば忘れちゃうってだけなんじゃないの」

「えっ、それって詐欺じゃないですか!」

「そう言いたいんだけど、でも、占い師という職業があるわけだから、そうとも言い切れないのよね。全く当たらなければ商売として廃れていくだろうし。まあ、偶然当たったとか、必ず当たるようなことだけを言うみたいな、そういう小細工が上手いんでしょ、多分」

「そう言われれば確かに、胡散臭かったです。痩せてて顔に覇気がなかったし、ヨレヨレのシャツに変なふっといメガネかけてて、いかにもオカルト人て感じでした。あっ、オカルトって、カルトを丁寧に言っておカルトなんですかね?」

「多分違うと思うけど……。まあ、着飾ってるよりはいいんじゃない。変に派手な服装をしてると、占いに自信がないから他のところで補おうとしてるんじゃないかって、疑っちゃうし」

「それは疑いすぎです」諭すように首を左右に振る楓。「ずっと家にいるからそんな風に考えちゃうんですよ」

「どこにいても私の考えは変わらない」自分の胸に片手を当てて叶花は応えた。「けどまあ水晶占いとかだと、水晶の透明感に合わせた綺麗な服装が大事かもね。でも手相占いとかは、ちょっと小汚くて虫眼鏡を持ってるイメージかも」

「駅前のは手相占いでしたよ」

「ふうん。じゃあわざとヨレヨレの服を着てるのかもね。虫眼鏡持ってた?」

「そこまで見てないです。気になりますか? 行きますか?」

「行かない」

「むう」楓がいつものように口を尖らせる。「わかりました。叶花ちゃんは占いを信じないタイプの人なんかじゃありませんでした」

「だから、外出しないタイプの人なの」

「いえ」楓はキッパリと首を横にふった。「占いを信じられないカワイソーな人です」

「可哀想で結構よ。多分、あなたみたいに興味本位で行く客がいるから、占い師がいるんじゃないかな。だって、もしもあなたに未来のことがわかる能力があったとして、それで他人の未来を教えてあげてお金を稼ごうとか、思う? もっと他の、うまい道があると思うな」

「それは、まあ、確かにそうですけど……」

 もうおしまい、というジェスチャーとして、楓は再び文庫本を開く。横目で楓を窺うと、グラスの底に氷が溶けて僅かに溜まっていた水を飲んでいた。

 その日の夕方、たいして暗くなっていないにもかかわらず 「楓ちゃん、怖くて一人じゃ帰れません」という見えすいた嘘に付き合う形で、叶花は楓を駅まで送った。

 しかし、そこに楓が話していた占い師はいなかった。

 違法だと言われて退散したのか、客が来ないから場所を変えたのか、それとももしかして。

 もっとうまい道に進んだのか。

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