夜空に浮かぶ実家

草村 悠真

夜空に浮かぶ実家

 機内にいる人は皆、金持ちだと考えてよい。概ね人生において成功者に分類される人々だ。

 目的地は同じ。目的も同じ。

「失礼かもしれませんが、お仕事は何を?」私はたまたま隣合っただけで初対面にも関わらず、隣席の男性に話しかけた。「答えたくなければ構いません。私はアパレル関係の会社で、デザインをしています」

 機内で初めて会った人と言葉を交わすことは珍しくない。電子端末の持ち込みは禁止されているし、発射準備や安全確認に時間がかかるので、誰もが暇を持て余しているからだ。

「僕は設計です」突然声をかけられて驚いた様子だったが、男は応えてくれた。「建築よりも土木寄りの」

「土木ですか。最近は、景気が良さそうですね」

「まあ、それなりに」謙遜だろうか、男は控えめに口元を緩めた。「一時期は補修点検ばかりだったんですが、最近は、いろいろ新しいものを作らせてもらってます。実は、ここの発射台の設計にも関わってるんです」

「えっ、凄いじゃないですか」

 つまり、この男は、国を挙げてのプロジェクトに声がかかるほどの大物だということだ。

「いえいえ、そんな。この分野の設計をできる人間が少ないだけです」

「普通にしてれば関わらない施設ですもんね。広がりがある分野で羨ましいです。ファッションは、もう手詰まりです……」少々わざとらしいことは自覚しつつも、自嘲気味な溜息を添えて私は首を横に振った。「もう一通り出尽くして、過去の流行に現代のアレンジを加えて、どうにかやりくりしてる感じです」

 間も無く発射するとのアナウンスが流れてきた。今一度、乗客はシートベルトのチェックをさせられる。

「シャトルは何度目ですか?」私はふと尋ねた。男のベルト確認動作が妙に小慣れているように感じたからだ。

「さあ……」男は首を傾げる。「もう数えてませんね。若いうちに親が月に移ったので。電車に乗るような感覚です」

「そっか、ご自身が設計してれば、安全だって判りますよね。私は何度乗っても不安で……。子供の頃にテレビでやってたんですよ。世界の衝撃映像とか言って、発射してしばらくしたらロケットが空中で爆発する映像」

「ああ、ありましたね、そんな番組。まあ、昔の話ですよ。今はずっと安全です。飛行機事故がゼロになったみたいに、ロケットも、厳密にはスペースシャトルですけど、シャトルも、もう事故率はゼロに等しいですから、大丈夫です」

「だと良いんですけど」私は最後にベルトの根元を引張って、緩みがないか確かめる。「ご両親とも月に?」

「ええ。もともと父は宇宙開発に携わってましたから。月移住ができるようになったらすぐ行きましたよ。そのために、無理やり僕は跡を継がされたんですけど」

「もしかして、今も月で仕事を?」

「仕事、とまでは行きませんけど、アドバイザーになるんですかね。月面開発担当が父に意見を求めに来るみたいですよ」

「うわあ、凄いじゃないですか。私の両親なんて、月でのんびり浮いてるだけですよ。余生を謳歌してます。実家に帰ると、いつも月は良いぞ月は良いぞって、そればっかり。私だって、月で仕事ができるなら住みたいですよ」

「本当は良くないんですけどね」

「え?」何が良くないのか判らなくて、聞き返してしまった。

「あ、いえ、実は、ここだけの話にして欲しいんですけど」男は声のボリュームを絞って話し出した。明らかに私だけに向けられている。「リタイアして地球にいる必要がなくなって、一生を月で過ごせるだけの資産があって、後継となる子孫を残している。その子孫は健康で定期的に月を訪れることができる」

 男が言ったのは、月に移住するための大まかな条件だ。それを理解していることを示すために、私は男の方を向いて静かに頷いた。

「表向きは高齢者人口増加の対策なんですが、実は、人体実験を兼ねてるんですよ。さっきの条件も、資産はいいとして、他は要するに、もう生きている必要がないってことですから」

「えっ、じゃあ……」月で楽しそうにしている私の両親が頭に浮かび、そこに今までなかった悲哀の印象が付随する。

「月面生活で発生する諸問題を全てクリアすれば、多分、もう十年もかからないと思いますが、入れ替わります」

「入れ替わる?」

「長い目で見れば、地球での人類の歴史は、人類が月に移住するための予行演習でした。このシャトルに乗れるような選ばれた人だけが月に住んで、汚れた地球には社会に適応できなかった若者と、月での役目を終えた老人だけが残ります。親が月で寂しさを感じないよう定期的に実家に帰省しなければならないという名目で、僕らが月に行くことへの抵抗を少しずつ無くそうとしている」

「そんな……」

 機内にいる人は、概ね人生において成功者に分類される人々だ。

 目的地は月。目的は帰省。

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