異能力窮鼠

草村 悠真

異能力窮鼠

 数十分前に死を覚悟したつもりだったが、いざ目前に迫ると、そんな覚悟は所詮形だけだったのだと、自分の生への執着心の強さを思い知らされるのだった。

 事実、漫画みたいに突然特殊な力に目覚めて退屈な現実から抜け出したいと言う夢想を常々抱いていた。そしてそれは叶った。どういう経緯でそうなったのか、つい先刻のことなのでまだ俺の頭が追いつけていないが、とにかく俺は能力を手にした。他の能力者と戦うトーナメントに参加することを条件にして。トーナメントなんて聞こえのいい言い方をしていたが、要は殺し合いだ。

 それでも、どうせこのまま平凡な人生を送るだけだ。非凡な能力がもらえるのならと、俺は参加を決意し、もらったのだ。

 上手く着地する能力。

「これでどう戦えって言うんだよ!」

 文句を誰にともなく叫びながら、俺は飛んで来た石を必死で避ける。能力を与えられた以上、有無を言わさず一回戦が始められた。対戦相手は、石を飛ばす能力だろうか。拾い上げた石をさっきから俺に向けて飛ばしてくる。投げるのとは違う。相手が持った石を胸の前で手放すと、まるで弾丸のように一直線に飛ばすのだ。当たればただではすまないと思わせるに足る速度で。それでも、飛んで来る石の軌道は直線的なのが救いで、今のところ全弾回避できている。しかし体力は消耗している。このままでは避け切れなくなるのも時間の問題だった。

 無理だ。勝てない。まあ、それもいいのかもしれない。急所に当たらなければ、死にはしないだろう。即死に至らない能力者と当たったのは幸いだ。利き手じゃない左腕にでも石を食らって、痛みで気絶したふりをして敗退。どれだけ環境が変わろうと、俺は何も持たない凡人だったということだ。異能力を得たところで、他者の異能力と比べればゴミに等しい。上手く着地する能力など何の役にも立たない、使えない力だ。

 それにしても気に食わないのは対戦相手の顔だ。

 何だあの愉悦に浸ったような表情は。ネズミを追い回して楽しむ猫を連想させる。ただその一点で、俺は敗北を拒絶していた。相手に勝利という悦びを与えたくない。

 だが俺は逃げることしかできないネズミだ。

 自分の現状を理解したせいか、足がもつれる。容赦無くその隙をついて相手は石を飛ばして来た。食らいたくない。無茶だった。俺はまだ地についていた方の足で、何も考えずに地面を蹴った。駄目だ。これなら避けられるだろう。しかし、次の攻撃は無理だ。

 と思っていたのだが、どういうわけか、俺はまた駆け出していた。不思議な感覚だった。どう着地しても地面に倒れ込むことになる姿勢でのジャンプだったはずだ。

 そうして気づく。上手く着地したのだということに。

 散々使えないと思い込んでいた自分の能力に助けられたことがどこか嬉しくて、試しにその後の追撃もわざと無理な姿勢で飛び避けてみたが、全て着地が上手くいくので、すぐに次の動作に移せた。いけるかもしれない。今までは相手と一定の距離を取るように動いていたが、思い切って、その相手に向かって真直ぐに走る。持っている石を手放すという予備動作がある。来る、と思った瞬間に、非常識な回避動作を取る。着地が上手くいくので、またすぐに俺は走る。距離は詰まっていた。腕を伸ばせば届く。

 次に飛ばす石を持った相手の手首を掴もうとして、俺は後ろに弾き飛ばされていた。何が起きたのかわからなかったが、着地はできたのですぐに距離を取る。次の石が来る気配がなかったので、俺はもう一度飛びかかる。

 結果は同じだった。

「弾き飛ばす能力か?」

 俺が呟くと、聞こえていたようで、相手はニヤリといやらしい笑みを浮かべた。正解らしい。いい能力だな、と羨む一方で、嘆きはしなかった。俺の着地力も捨てたものではないと思い始めていたからだ。

 厄介な相手だが手はある。石を飛ばして来るタイミングだ。正直、着地前の身体が宙にある状態で撃たれたら、避けようがない。にも関わらず、飛んで来るのは毎回着地後。連続使用か弾く物の数か弾く対象か、何かしらの制限があるのか。考えてみれば、今までも石を一つずつしか飛ばしていない。

 すぐに動く。もしも何か制限があるのなら、相手は接近して来た俺を弾き返すため、下手に石は飛ばせないはずだ。一気に距離を詰める。予想通り、反撃はなかった。

 圏内、左腕を伸ばす。傷を負うだろう。ただし、敗北ではなく勝利のため。弾かれて激痛。その左腕に身体が引張られるより先に地面を蹴って飛ぶ。飛べば着地しなければならない。俺の着地は上手くいく。定めた着地点は相手の顔面。上半身は弾かれた左腕に引張られ、身体は地面とほぼ水平。ドロップキックを食らわせるような体勢に。

 上手くいくだろうか。

 まあ、失敗しても構わない。次の手を考えるだけだ。

 俺の能力で何ができるか考えるだけなのだ。

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