おくれるマシン
草村 悠真
おくれるマシン
博士が作ったそれは、過去の同座標に紙を送れるというだけの代物で、タイムマシンとして満足のいかない出来だった。だがここまで時間をかけ過ぎた。自分の寿命がもう持たないことは明白だ。そこで博士はタイムマシンの設計図を過去へ送ることにした。それさえあれば、三年ほどで作れるはずだ。博士は、今が三年後だという嘘のメッセージと、データから紙に落とした設計図をマシンにスキャンしていく。
「博士、こんなものが!」
何事かと作業の手を止めて、助手から一枚の紙を受け取る。老眼が始まっている博士は目を細める。
この手紙は三年後の未来から送っている。タイムマシンは完成した。ただし同座標に紙を送ることしかできない。という旨の内容だった。
「未来の博士からですよ。三年後の未来で完成させたんですよ」
興奮気味の助手を制して博士は言う。
「君は今日来たばかりだから知らなくて当然だが、よくあるんだよ、この手の悪戯は。他の研究室の仕業だろう。所内のプリンタはネットワークで繋がっているから、それなりに技術があれば他所に出力するなんて簡単だ」
「そう、なんですか……」
そんな悪戯に踊らされて興奮していた自分が情けなくなったのか、助手は静かに俯いた。
「全く、私の研究を馬鹿にしてるんだ。だがまあ、君が気にすることではない。今後似たようなことがあれば無視してくれ」
「はい。わかりました」
助手が頷いたところで、プリンタから低い作動音。やがて次々と紙が吐き出され始めた。
「放っておきなさい」
博士は言ったが、助手はプリンタに近づき、一枚を手に取った。
「これは……。もしかしてタイムマシンの設計図ではありませんか?」
「相手にしなくていい。時間の無駄だ。何年か前にも一度、タイムマシンの設計図だとかで大量の紙を出させて、プリンタを駄目にさせられている」
「でも僕、来たばかりでできることもありませんし。プリンタが壊れないように見守りますよ」
実際、配属されたばかりの助手に任せられる仕事はまだない。
「好きにしなさい」とだけ言い、博士は研究に戻った。
そろそろ休憩しようかと博士が顔を上げると、分厚いチューブファイルが十冊ほど机に並べられていた。
「タイムマシンの設計図です」どこか誇らしげに助手は言う。「まとめておきました」
「よくまあこんなに……」
博士は端のファイルを手に開き、何枚かめくった。今まではどうせ悪戯だと、印刷が終わる前にプリンタの電源を落としたし、途中まで排出された紙も、目を通さないままシュレッダにかけていた。だからまともにそれを見たのは初めてだった。不思議なもので、こうして丁寧にファイルされていると、本物の設計図のように思えてくる。
「これは……」博士は次々とページをめくる。それは次第に速くなる。「なるほど。ファックスの技術を応用したか。送れるものを紙に絞れば可能か……」
最終的に、老眼と格闘しながらも、数週間かけて博士は全てに目を通した。結果、この設計図通りに組めばタイムマシンが作れると結論付けた。
それから時間はかかったが、博士はタイムマシンを完成させた。もちろん、過去の同座標に紙しか送れないという制限もそのままだ。
「六年かかりましたね」助手が呟く。「どういうことでしょうか。受け取ったメッセージには三年後とありましたが」
「まあ問題ない。設計図を九年前に送ればいいのだろう。そうすれば、私が完成に六年かけたとしても、歴史の遅れは取り戻せる」
博士は早速、九年前へ、タイムマシンは完成したとメッセージを送り、続けて、設計図もマシンにスキャンし始めた。
「駄目ですよ博士」横から助手が言った。「僕がいなかったら、悪戯と決めつけて博士は信じません」
「そうだったな……。ということは、六年前に、今が三年後だと偽って送るところまで含めて歴史的事実なのかもしれないな」
今度は六年前へ、今が三年後だという嘘を添えたメッセージと設計図をタイムマシンにスキャンしていく。
コピーした写真をまたコピーすると次第に線は細く、色は薄れていく。博士の作ったマシンも同じだった。未来から送られてきた設計図をそのままスキャンして過去に送るので、僅かではあるが劣化する。
設計図さえあれば、それを三年で完成させるだけの力が博士にはある。しかし、設計図が元より読み難くなっていることで、老眼の博士は多少なりとも読むのに苦戦を強いられる。ほんの数秒、設計図を睨む時間が増えるだけの微々たる誤差なのだが、塵も積もればというもので、過去に設計図を送るという未来を繰り返せば繰り返すほど、劣化は増し、タイムマシンの完成はどんどんと先送りされてゆくのだった。
やがて図面の線は精確に読み取れなくなり、助手が配属された日、プリンタに悪戯されたという事実だけが残り、歴史は修正される。
おくれるマシン 草村 悠真 @yuma_kusamura
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