羊頭狗肉の志
螺旋階段X-4号
第1話 暮色蒼然の出会い
絶体絶命の状況だ。
「嫌だ!死にたくない!」
夕暮れ時も終わる頃。鬱蒼と茂った森の中で、僕の悲鳴が響き渡る。
何を隠そう、この僕「アルト・クラバー」は今、巨大な魔物に追われている。
あいつはぶくぶくと太った体で大きな斧を持っているのにかなり機敏で、対して僕は足の速さに自信がない。
それでも逃げないと死ぬ!
逃げないと死ぬ!
逃げないと死ぬ!
頭の中を必死に塗りつぶして全力で走るも、やはり魔物の方が速い。
振り向くたびに魔物との距離が縮まっていく。
それでも逃げないと――。
「――あっ」
ぐらり、と視界が前に傾く。
走ることだけに脳を使っていたせいか、一瞬、何が起きたのか理解できなかったが、直後の激痛でようやく理解が追いついた。
何かにつまずいて転んだのだ。
咄嗟に後ろを振り返ると、あいつが斧を振りかぶっているのが見えた。
ああ、おしまいだ。
何故、僕はこうなのだろう。
辺境の村に生まれ、憧れの『冒険者』にもなれず、夢を諦めたまま15歳でこの世を去ってしまうのか。
森にある果実を採りに来ただけなのに、僕の人生はこの有様か。
いくら嘆こうとどうにもならない。次の瞬間、僕の首が刎ねられた……。
「ほれ、しっかりしろ」
「…………え?」
声に応じて強く閉じた瞼を開けると、両手に銃を持った黒い服の女性が俺を庇っている。
勿論、頭と体は繋がっている。
服装もあるが、前髪を左で三つ編みにしている変わった髪型と見慣れない顔立ちで冒険者なのだろうと確信する。
ただ、その女性よりも目立つものがある。
後ろにいる魔物だ。なんと腕を破壊されてのたうち回っている。
一体いつ破壊した?
「どうした? こういうデカブツは物理攻撃に強いって相場が決まってるだろ?一発でへばってんじゃあねえよ」
挑発に乗せられた魔物は「ギィィィィッ!」と悲鳴を上げ、女性に突進していった。
魔物と違って女性は冷静そのもので、深く息を吸い、慎重に狙いを定める。
「突っ込んでくるなよ、馬鹿が」
吐き捨てるように言うと、女性は愚直に向かっていく魔物の脳天を一撃で撃ち抜く。
魔物の頭はスライムのように弾け飛び、残された体は弱々しくその場に倒れ込んだ。
そのまま呆然としていると、女性がわざとらしい咳払いをし始める。
約十秒が過ぎると、女性はやっと口を開く。
「…………なんか言うことがあるんじゃあないか?」
「嫌だね。僕は冒険者というものが嫌いなんだ。僕がなれないものになれた人間がいるってだけで最悪な気分になる」
どうやら、彼女は感謝の言葉を欲していたらしい。
だが、さっき言ったように僕は冒険者が嫌いだ。
冒険者は僕の夢。そう、本当に夢でしかない幻想だ。
まず、冒険者になるには金が必要だ。僕の家は世界各地を巡るような金を持ち合わせていない。
次に戦闘能力。魔力がないと盗賊や魔物から身を守れない。僕は魔力が弱いからやめた方がいいんだってさ! 糞が!
考えるだけで腹が立ってきた。これは紛れもない嫉妬だ。間違いない。
だが、できて当然かのように振る舞うあいつらが許せない。こいつもそうなんだろう。
当然のように裕福な家庭に生まれ、当然のように才能もある。
僕らにはあまりにも高望みだというのに。
「……この職…………職でもないな。まあ、稼ぎ少ないしただの浮浪者と同じようなもんなんだが、どこに憧れる要素があるんだ?」
「かの英雄『ヴィファール』の活躍を知らないわけじゃないだろ?」
「知らん」
「6年前、双頭の究極龍『ギデオネル』を討伐した英雄だぞ!? そいつが冒険者だったことから、みんなこぞって冒険者やり始めたんじゃないか!」
「へぇ、そんな歴史が…………」
「なんで冒険者やってるんだ」
「そりゃ企業秘密だ」
なんなんだこいつは。
呆れていると、彼女が話を持ちかけてきた。
「そうだな、お前、夢を諦めたくないよな?」
「とっくの昔に諦めてるよ」
「そうか。だったら村人Aとして農業でもやるか? それもいいだろう。立派な職業だよ、皮肉抜きでな」
「それは……」
「嫌か? なら夢を追おう。職業としてはお勧めできないが、俺は夢を持つ少年を応援するぞ。俺と同行するなら旅費は全額俺が負担する。感謝しろよ」
…………なんか胡散臭いしムカつくな。
冒険者として世界を旅することができる。それだけ聞くと願ってもないことだが、いかんせん僕は弱い。
旅に出たところで死ぬのがオチだ――
「――死なないように修行もしておかないとな」
「修行?」
「当然だろう。弱いまますぐ野垂れ死ぬのと、強くなって後で野垂れ死ぬのはだいぶ違うぜ」
「どっちにしろ野垂れ死ぬじゃないか……まあいいや。」
「よし、それじゃあ早速修行といきたいところだが、一旦家に帰れ。親に連絡ぐらいはしておけよ。それと、助けてやったお礼として家に泊めてくれ」
僕は断るような力を持ち合わせていないので彼女を連れて帰るほかない。
僕を騙して殺すつもりだとしても、どうせ夢なんか諦めていたんだ。
そのまま一生冒険者になれないか、騙されて死ぬか。
結果は同じだ。
「わかった。歓迎しよう」
「よし。ありがとう。そうだ、お前、名前は?」
「アルト・クラバーです。貴女は?」
「
「え?」
上の名前が性というのは四年前に異世界から来たって人の特徴のひとつらしい。
いや、それより、お兄ちゃんってことは……男!?
帰る場所が燃えていることなど露知らず、僕は驚くばかりだった。
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