誕生日プレゼント

マコ

第1話:誕生日とは驚きの日である

 井口ノボルは、今年の今日から十四歳になる。


 私立藤丸中学校の二年生だ。


 今日は休日の朝で、ノボルが誕生日のお祝いイベントを控え出す。


 井口家のノボルは一人息子だ。両親が彼を大切に育ててくれていたのは間違いなかった。盛大にノボルの誕生日を迎え出そうと、両親が必用なプレゼントを今日の朝から用意しといてくれただろうか。


 ノボルの半身が家の自室のベッドの上で、むっくりと起き上がる。ノボルは迫る期待に心を躍りつつ、ワクワクする胸の鼓動が収まらない。


 寝室を出るとノボルの歩く足が廊下を通り抜ける。リビングの方を着くが、ノボルの両親はまだ眠っていたものか起き出してこなかった。


 不意にノボルは外で新鮮な空気が吸いたくなる。


 しかし、ノボルが窓の手前を歩いて近付いたときに何かの気配を感じる。


「外に何かがいる……」というノボルがカーテンを手に掴み引くと開ける。


 そこには、黒くて大きな牛が、こちらを見つめ出した。その牛の首が縄のロープを杭に繋がれて立った。


「!?」


 ン~モォ~。


 ノボルはしばらくの間、驚愕に開けるままの口を閉じられない。


 そして、遅れて両親が眠い目をこすりながらリビングを歩いてきた。


「お、ノボルおはよう。朝早いね」といって母親のタエコが何時でもなくのんびりした調子の後、ノボルに穏やかな笑顔を向けてきた。


「何、暢気なことを言ってるんだよ。母さん、この窓の外を見てごらん。ベランダを牛が繋がれて立ってたんだよ。一体誰がこんなことをしたの!?」


「ああ、その牛は、知り合いの農場から譲り受けて連れ出してきたものさ」といって父親のセトシが母親のタエコの返答を引き継ぐと、暢気に欠伸を噛み締めながらまだ眠そうな頭を掻いた。


「どうしてこんなところに牛を置いてるの? 何か意味があるの?」


「ああ、それなら早速タネを明かそう」といって父親のセトシが満面の笑顔を見せてから応え出した。


「今日のノボルの誕生日プレゼントは、この黒毛和牛だ。後で支度が済んだら調理してもらって食べよう」


「ノボル、今日の昼食はフルコースよ」


「やったぁー、ありがとう。って、そんなこと喜べるわけがないじゃん。何を考えてたんだよ、父さん、母さん!」というノボルが父親の両肩を手に掴むと前後を何度も揺する。


「こら、ノボル、父さんの身体に強く揺することはやめなさい」


「ノボルが少し前まで生きた新鮮な牛肉が食べられるチャンスだぞ。それに、この黒毛和牛は常陸牛とも言われていて高級品なんだぞ。お前はもっと素直に喜べ」


「高級料理が食べられるなんて嬉しいな。って、だから俺は素直に喜べないよ!?」


「だからってまた父さんの身体を前後に揺すったりするのはよしなさい!」


 やむなくノボルは父親の肩に乗せる手を放す。


「父さんと母さんは、こんな牛を一体どうしたい気なんだよ」


「ノボル、とりあえず今から少し経ったら食事は朝昼兼用で、その黒毛和牛を焼き肉店に連れて行くぞ」


「それまでノボルはこの牛にいい名前を付けたりして待っていなさい。出発の準備が済んだら後で呼ぶわ」


「どうしてもこの牛に名前を付けたりしないといけないのか。この牛を愛着が湧いて食べれなくなるんじゃないか?」


「いいから、誕生日を迎えるノボルがその黒毛和牛の名前を着けておいてくれ。ちなみにその牛の性別は、メスだ」といって父親のセトシが、母親のタエコを連れて朝支度に移っていった。


 その場に取り残されるノボルは黒毛和牛に視線を移す。


「メスの牛に着けるべき名前とはなんだろうか……そうだ、牛子って着けよう」


 ノボルで我ながらネーミングセンスを疑うが、休日の今日限りの付き合いならば、これくらいで問題ないだろう。


「よろしくな、牛子」


 ン~モォ~ゥ。


 黒毛和牛改め牛子は、ノボルに視線を合わせて唸った。

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