リル・ウォーマー

エリー.ファー

リル・ウォーマー

 一冊の本に思い出を忍ばせる。

 言語感覚を養ってから踊り出す真夜中。

 事実はきっと仏の中に隠された。

 歩ききってから思い出す日々を愛してる。

 黒と白だけでは割り切れない路地裏の美学を込めて。




「踊っていたそうだ。あの男は」

「大丈夫なのか」

「膝が壊れちまってる。もう、無理だ」

「でも、本人は踊りたがってるんだろう」

「あぁ、だが」

「躍らせてやればいい」

「もう、歩けなくなるかもしれない」

「そうか」

「それでも、踊っていいと許可を出すべきか悩んでいるんだ」

「躍らせてみて、少しでも異常が見られたら幕を降ろしちまえばいい。傷物のステージにはなるが、どうにかなる」

「駄目だ。始まっちまったら、死ぬまで踊るよ。あんたも知ってるだろ」

「踊るのが好きな男だからな」

「もう、死んでも踊るかもな」

「違いない」

「どうする。どうするよ」




 この旅が終わる頃には汽車が到着するだろう。

 絶対のない人生において終わりはつきものだ。

 哀れではない。

 人生と同じ味のするワインには夢が詰まっている。

 言葉が輝いている。

 空に書いた文字が見えなくなれば夜がやってくる。

 吐き出した嘘がお前の首を締めにやってくる。

 覚悟だけが大人にしてくれた十字架式の青春物語。

 傷口に響く奇跡をもう一杯奢って欲しいんだ。




「踊れ、夜が明けるまで」

「踊り続けろ、脚が削れるまで」

「踊れるなら、笑え」

「踊らないなら、首の骨を折れ」




「リルさん」

「なんだ」

「今、誰かと話していましたか」

「いや、別に」

「でも、楽屋の中から声が」

「誰もいない。俺だけだ」

「リルさんが、そう言うなら。別に構いませんが」

「少し、休ませてくれ」

「それは、もちろんです。あの、水はどうですか。あと、濡れタオルも用意してあります」

「大丈夫だ。ありがとう」

「あの、リルさん」

「なんだ」

「もしかして、死ぬ気ですか」

「何がだ」

「そのままの意味ですよ。死んでもいいとか、考えていませんか」

「何故、そう思うんだ」

「リルさんが、どこか遠くに行っちゃいそうな気がするんです」

「ふざけたことを言うな」

「変な噂も聞いてます。リルさんが、人を殺したとか、シロップに手を出してるとか、それこそハスラーだとか」

「馬鹿馬鹿しい」

「でも、リルさんは表立って否定しないじゃないですか。皆、どうすればいいのか、なんて声をかければいいのか迷ってるんです」

「歓声だ」

「え」

「歓声でいい」

「俺はダンサーだ。俺にかけるのは歓声だけでいい」

「でも」

「今夜は俺のために騒いでくれ。今夜だけは俺のために笑ってくれ」




 二月十五日。

 二十三時十一分。

 ハレンシティの東側にあるクラブヴェヌエツコンの駐車場で、そのクラブの専属ダンサーの死体が発見された。

 右肩に二発、左膝に一発、腹部に四発。

 目撃証言が一切なく、警察に通報した者が誰なのかすら分かっていない状況である。

 ハレンシティの東側は特に治安が悪いことで有名で、今月だけでも傷害事件が四十一件、殺人事件が四件発生している。ワドンプースというギャングが根城にしていることから、隣町であるワニエスヴェータウンのヴィギーラヴとの抗争が常に発生している。

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