二十話 どう言っても怒りを買ってしまう
「ご遠慮させていただきます」
「……」
予想外の答えに、ジルの表情が固まる。
同じく、応えると思っていたオルガの表情も固まった。
アルネも二人と同じ表情をしていたが、この中でアスクだけが、何故クランドがジルからの提案を断ったのか、おおよそ見当が付いた。
(仕方ないと言えば……仕方ないのでしょうか?)
アスクが見当が付いても口に出さないでいると、ジルの娘であるメイナの目が……相手を侮る目へと変わった。
「ふむ……その理由を尋ねても良いかな」
「えっと…………シュライドよりも、強いとは思えないので」
シュライドとは、主にクランドやリーゼの訓練相手になっている、ライガー家の中でもトップクラスの実力を持つ凄腕騎士。
「シュライドといえば、確かライガー家に仕えている騎士、だったよね」
「あぁ、そうだ。いつもクランドの相手をしてくれている優秀な騎士だ」
「……なるほど」
ジルは先程オルガが口にした言葉などから、クランドがどういった考えを持ち、自分の提案を断ったのか理解した。
理解し……怒りが湧くことはなかった。
しかし、娘であるメイナは別。
「あなた、私に余裕で勝てるつもりなのかしら」
アスクやジルの様に、殆ど考えを理解してはいない。
ただ、なんとなくクランドが自分を嘗めている、下に見ていると感じ取った。
「いえ、そういうつもりはありませんよ」
そういうつもりであるのは間違いない。
メイナが自分の力に自信を持つだけの実力がある。
それは何となく理解出来るが、自分が満足出来る相手ではない。
しかし、その思いを堂々と言わない。
そんなクランドの考えをジルは理解している。
理解しているからこそ、ますますクランドに対する興味が強くなる。
「クランド君、気が変わったよ。君がメイナとの模擬戦に勝てば、何か報酬を用意しよう」
クランドの気を引くために、この場で何かしらの報酬を用意すると決めた。
ただ、その報酬はメイナに勝てたら。
噂通りの実力を示せなければ、報酬はなし。
「っ……」
この提案に、クランドの気持ちは揺れた。
ジル・ランディ―スは侯爵。
その侯爵からの報酬となれば、気持ちが自然と昂る。
「では、そちらの騎士と模擬戦をさせて頂きたいです」
「ほぅ、それはそれは……報酬、と言って良いのかな?」
「はい、確かな報酬です」
クランドが指名した騎士は、今回の旅に護衛騎士として行動している女性騎士、フェリス・ホルアーク。
いきなり自分が話の話題に入ったことに、驚きは……ギリギリ胸の内に隠した。
パルスティラ王国の方まで微かに話が流れてくる子供に、勝利報酬として自分と模擬戦をしてほしい。
そう言われては、少々嬉しいという思いがある。
ただ……話の流れ的に、自分の護衛対象であるメイナの怒りが爆発するのは目に見えていた。
「ねぇ……あなた、バカなの?」
「見方によっては、そうかもしれません」
どう答えても更に怒りを買いそうなので、冷静に言葉を返した。
「ふふ、良いね。オルガ、どうかな。これから直ぐに始めないか?」
「気が合うな。俺もそう思ったところだ」
予定変更。
訓練場に移動し、クランドとメイナの模擬戦が行われることが決定。
訓練場ではライガー家とランディ―ス家の兵士や騎士たちが合同で訓練を行っていた。
そこに自分たちの主人が登場し、訓練場に緊張が走る。
「そういえば、メイナ嬢が勝った時の報酬を決めていませんでしたね。金貨十枚でどうでしょうか」
クランドの案に、ジルはチラッとオルガの方に顔を向ける。
問題無いとばかり、悩むことなく頷くオルガ。
「そうか、確か君はシェフでもあったね」
「シェフというプロの名を名乗る腕はありません。ただのアイデアマンですよ」
そもそも、そのアイデアでさえ自分が考えたものではないので、誇る気にすらならない。
こうしてクランドが負けた場合は、クランドの懐からメイナに金貨十枚を渡すことが決定した。
「それでは、そろそろ始めましょうか」
五分ほど準備運動を行い、二人の体はある程度暖まった。
「……どういうつもりかしら」
「見た通りですよ」
扱う武器は、当然木製。
しかし……クランドが手にした武器は、槍だった。
「おい、あの子は確か、槍技のスキルを習得出来てないんじゃないのか?」
当然、その噂も他国にちょろっと流れている。
習得出来てないスキルの武器を使う。
この光景にメイナと同じく嘗めていると思う者は……いた。
いたが、クランドの体を見て、子供ながらに鍛えていることが解る。
「ふん、負けた時の良い訳には丁度良いかもしれないわね」
「そのつもりはありませんよ」
準備は整い、構える。
開始前の構えだけで、ランディ―ス側の兵士、騎士たちの見る眼が変わる。
「それでは、始め!!!」
開始の合図が行われた瞬間、二人はほぼ同時に駆け出した。
先手を放ったのは、寸での差でクランド。
槍技のスキルを習得してないのは、事実。
それでも、槍に対してこれじゃない感を感じ取ってからも、鍛錬を怠ったことはない。
その狂っているとも思われかねない努力は、決して侮っていいものではない。
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