三話 腐らせる訳にはいかない
腹違いの兄であるフーネスが自分のことを下に見ているのは知っている。
しかし、そんなフーネスも自分と同じく真面目に訓練に取り組んでいることを知っているので、クランドは日々の訓練のお陰で手に入れたスキル、身体強化を直ぐに使用。
それだけなら、フーネスだって反応出来ただろう。
だが……この時、クランドは自然に呼吸をするかのように、キャントを行った。
すると、いきなりカバディのスキルが効果を発揮した。
(体が、動き過ぎる)
五、六歩ほどでフーネスとの距離を縮めようと考えていたクランドだったが、なんと……たった二歩で接近してしまった。
「えっ」
まるでクランドが瞬間移動したかのように感じたフーネスは、全くクランドの速さに反応出来ておらず……クロスレンジへの侵入をあっさり許してしまった。
(ヤバい!!!)
自然にキャントを行ってしまったことで、身体強化が行われた……と、詳しい内容までは一瞬で把握出来なかった。
しかし、今自分がこのままフーネスの腹を殴れば、骨を砕いてしまうかもしれない。
その砕いた骨が内臓に刺さるかもしれないと思い、急いで拳を開き、尚且つ慌てて後ろに引いた。
「がっ!!!???」
結果的に考えて……クランドの考えは間違えていないかった。
腕が確かな回復魔法の使い手がライガー家にはいるので、砕けた骨が内臓に刺さろうとも、元通りにすることは可能。
訓練場に回復魔法の使い手が移動していたこともあり、どちらにしろ怪我は治る。
ただ……クランドがグーをパーに変え、尚且つ当たる直前に引いた。
この結果が運悪く、クランドに空気の衝撃を与える結果となる。
「やべっ! だ、大丈夫かフーネス兄さん!」
無意識とは言え、掌底による大きな攻撃を行ってしまい、手に痺れが残る。
クランドはそんな痺れを気にすることなく、吹っ飛んでしまった兄の元へ駆け寄った。
「がはっ!!!」
吹っ飛ばされても、即座に立とうとしたフーネスだが、先程の攻撃で骨に罅が入り、吐血。
「そこまで!!! クラウド様の勝利です!!」
審判は即座に勝負の終了を宣言し、治癒師にフーネスの回復を頼む。
内臓にも衝撃が与えられていたが、治癒師の腕前もあり、無事に回復。
大事に至らずに済んだ。
「っ……クランド、もう一度だ!!!」
治癒師に怪我を治してもらった後、フーネスは直ぐに再戦を申し込んだ。
「あ、うん。良いですよ」
先程の身体能力の上がりようは何だったのか……それを確認する為にも、もう一度フーネスと模擬戦を行うのもありだと思った。
しかし、それを止める人物が現れた。
「いや、そこまでだ」
二人の再戦を止めた人物は、二人の父親であるオルガ。
再戦と止められたことに、当然フーネスは怒る。
「何故ですか!!!」
「……言わないと解らないか」
「っ!」
父親から今まで向けられたことがない、冷たい圧を向けられ、思わず震えてしまう。
「今もう一度行っても、結果は変わらない」
尊敬する父親からそう言われ……フーネスは薄っすらと涙を流し、その場から走り去った。
「さぁ、仕事や訓練に戻るんだ」
オルガの一言で、訓練場には騎士や兵士たちだけが残り、クラウドはオルガに執務室へ連れてこられた。
「ふぅーーーー……見事、と言っておく」
「あ、ありがとうございます」
クランドがやり過ぎてしまわない様に、咄嗟に行動を起こしたことを見逃していなかった。
その事に関しては、事実として褒めた。
だが……先程の一戦を観て、オルガの頭には……過去に、クランドから言われた一言を思い出した。
「…………あれが、答えということか」
「えっと、そうですね」
オルガが何を言っているのか、息子は直ぐに理解して返事をした。
クランドは以前、まだ五歳になる前に……オルガに対し、槍を扱う時にこれじゃない……そんな感覚が強いと伝えた。
この時、オルガは使い続ければその感覚もいずれ消えると思っていた。
まだ五歳にもなっていないが、クランドはいずれ自分を超える騎士になるかもしれない。
勿論、槍を専門の騎士になれると信じていた。
今でも時折、槍を扱った訓練中の光景を見ているが、とても槍技のスキルを習得ないとは思えなかった。
「カバディ、というスキルだったか」
「はい」
実際のところ、それがどういったスキルなのかは全く解らない。
先程の模擬戦を観ただけでは全容が知れないが、それでも……クランドは徒手での才が優れている。
それだけは解ってしまった。
(……これも、運命ということか)
ここで一つ、オルガの中に一つの仮説が浮かんだ。
クランドの素手による戦闘の才は……槍技の才を必要と感じない程、大きな才なのかと。
剣技、短剣技といったスキルは習得出来ている。
しかし、それらも同世代の天才、超新星と呼ばれる者たちほど跳び抜けてはいない。
「……クランド、私はお前の進む道を応援する。これからは、好きなように訓練を行うと良い」
「わ、分かりました。ありがとうございます」
本音としては、槍技のスキル習得をまだ諦めないでほしいという思いはあるが、そんな自分の我儘で息子の武の才を潰すわけにはいかないと思ったオルガ。
息子とが執務室から出ていった後……オルガは残念そうな表情で、深い深いため息を吐き……彼の秘書である男は主人に深く同情した。
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