オルマド・キル・マ

加々美透

夢を屠る

魔銃ランゲラウフ

第1話 そこに、少女がいた。

 日本刀が突き刺さっていた。真っ直ぐに差し込まれている。


 どろどろに溶けたスライムか、もしくはヘドロの化け物に、トドメを刺している。

 だ。

 空を見つめる、ただただ巨大な目。

 眼球。

 黒光りする刀身が貫いている。

 聖剣エクスカリバーのように、小高く積もったスライムの遺骸へ、然もありなんとおっ立っている。

 ひゅーひゅーと空気が抜ける音。目は、あぶくを立て、溶けていく。ぐつぐつと煮えた水銀のようだ。

 血のように滴り、道路にどろり。


「キミ、入っちゃったね」


 どろどろの丘の上に人が立つ。

 宵闇の街には月明かりだけが付き合い、返り血で濡れた黒い刀身に反射する、


 少女。


 紺色のスカートを履いている。

 ぶりゅっ。ちゅぽん。

 刀を引き抜いた。

 二の腕で挟み、黒い上着、ジャージで汚れを拭う。


 異様。


 ―—本能が俺に告げている。

 これは、やばい。

 今すぐ、逃げろ。

 そうしなければ、次にあの刀で拭われる血は、お前のものだ。


「う、うああ。うあああああっ」


 国道一号線を箱根に向かって走った。

 けれど身体が思うように動かない。足のつかないプールでバタバタと漕いでいる感覚。

 水の中?


 いいや、夢の中のそれだ。


 夢だ。

 これは夢だ。


 明晰夢ってやつなのか?

 なら奴に斬り殺されたら、現実でも死ぬんだよな?


「待ってよ、」


 殺人鬼の声がすぐ後ろから、ひんやりと耳を冷やす。

 追い付かれ、た―—?


「―—死にたいの?」

 

 死にたくない。

 だから意を決して振り返る。その顔を、見届けてやる―—


「だから、逃げられないよ。を屠らない限りはさ」


 少女だ。

 それは少女だった。

 鬼太郎みたいに片眼が隠れた、ダークブルーのショートヘア。くりくりとした黄色い目が、悪戯っぽく微笑んでいる。

 右手で刀の鍔を掴み、かしらで何かを指し、ほらほらと柄を振る。

 つられてもう一度振り返る。つまり合計で三六◯度回転する。


「うわ……」


 そいつの高さは、ちょうど隣の信号機くらいだった。

 スライムのようなヘドロのような化け物が、ぐあとを広げていた。

 虚無な穴の向こう側から、ぼえぼえぼえという低い声が響き、思わず鳥肌が立つ。

 眼は赤。

 一つだけ。

 俺を喰い殺してしまいと訴えている。

 や、やばい―—


「早く逃げて。邪魔だよ、そこにいちゃ」


 少女は、やや不機嫌そうに俺の前へと躍り出た。

 風が襟足を捲し上げ、ほんのりと心地の良い匂いが誘われる。

 背を向けたまま、音も無く、鞘から刀を抜く。

 クイと顎を上げ、斜め。

 顔の左の黄色い目が、俺を撫でた。


「ああ、でも。また後で逢おうね。たとえ逃げても、ボクから迎えに行くからさ」


 金縛りから解かれたように、途端に俺の足は軽くなった。

 今なら走れる。家までスプリントできる。

 逃げろ、逃げろ。いや、逃げれる。

 

 俺は、逃げれる―—

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