フィガロには夢がない

エリー.ファー

フィガロには夢がない

 フィガロはいつも考えていた。

 夢と現実の狭間に見える世界を見つめていた。

 いずれ、誰かの死が大きく形を変えてやってくることを知っていたのかもしれない。

 状況は常に悪く、いつまでも悪夢の中に閉じ込められていては寂しさに埋もれてしまうと知っていた。

 太陽と月の喧嘩を遠くで眺めているつもりだったが、気が付けば仲裁役になっていた。

 フィガロは首を傾げる。

 フィガロは何も分からない。

 フィガロは無知である。

 しかし。

 フィガロはフィガロ以外よりも遥かに賢かった。

 まるで神のようだった。

 いずれ、地球は滅亡してしまう。

 でも、フィガロは生き残る。

 フィガロだけのために空間は存在し、言語は存在し、命は存在していた。

 ある日、未来と現在が喧嘩をした時、フィガロは沈黙を貫いた。

 



 フィガロは希望という言葉の意味を知っていた。

 絶望という状況が存在しえないことを知っていた。

 とりあえず、未来を信じるというような浅はかな思考ではない。

 とりあえず、前向きに生きてみるというような質の低い考えではない。

 とりあえず、幸せが待っていると思い込むような無意味な生き方を選択したわけではない。

 自らの実力と才能に裏付けされた真実を抱えて生きていた。

 誰かがフィガロに尋ねようとした。

 しかし。

 やめてしまった。

 いつしかフィガロは孤独を知るようになった。




「朝日が目を突き刺すのです」

「いえ、地球の形と同じ孤独を抱えておかなければなりません」

「算数と数学の間には学問としての差は全くありません」

「教育には、何の効果もありません。何か効果があると思い込みたいという宗教だけがあります」

「ですが、すべてがそうでしょう」

「その通りです。宗教しかない」

「信じるものは救われますか」

「救われた者たちが、信じていた、と言っただけです」

「神はどこにいますか」

「あなたの中に」

「そんな軽い言葉なんて求めていないのです」

「そう。それがすべてです」

「何がですか」

「神の価値はあなたよりも軽い。これが真理です」

「でも」

「どうか、強く生きてください」




 間もなく年が明ける。

 いつかの日が帰ってくることはない。

 いつもの時間が続くだけである。

 人と人の間に落ちた源が、誰かの叫び声を連れてやってくる。巻き込まれないように気を付けるべきだが、気を付けたところで、犠牲になる人は出てくる。

 傾向と対策は一切役に立たない。

 いつか努力は実を結ぶという思い込みに走るしかない。

 言葉通りに生きていくしかない。

 哀れである。

 しかし。

 それでも日は昇る。




「もしもし」

「はい、こちら引っ越しセンターですが」

「何もかも嫌になってしまいました」

「えぇと、はい。あの、お客様」

「死んでもいいですか」

「あの、お客様。お客様、聞こえていますでしょうか」

「死にたいなぁ、死にたい。死にたいなぁ」

「あの、えぇと。悪戯電話ですかね」

「引っ越しをお願いします。とにかく、遠くに行きたいんです」

「引っ越しの御依頼ということでよろしいでしょうか」

「よろしいです」

「あ、左様でございますか」

「ちょっと、嫌になってしまって。その」




 フィガロは人間のことが好きだ。

 そして。

 フィガロは人間だ。

 故に。

 フィガロは自分のことが好きだ。

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