地雷を踏んだ
「いいね。話が早い」
男の満足した様子に幾ばくかの不安がよぎる。
「直裁に言おう。君はこの城、ひいては町の守護者として働く事になる」
嗚呼、やはりこうなったか。敷かれたレールの上を歩いているとしか思えない、予め決められていたであろう台詞は、異見を口に出す考慮など一切されていない。この男が全ての決定権を持ち、威光に根ざした剛腕は、俺からするとそれほど不快感はなかった。
「それでは、場所を移そう」
ベレトは、水面に手を翳すように俺の顔の前に右手を差し出す。
「?」
その疑問の答えとして明示される、有無を言わさぬ刹那の変化とは、目の前の景色が切り貼りされたかのように見知らぬ部屋へ上書きされる理不尽さだ。しかし、これらの事も
「夢」の中だと片付けるなら、絵に描いたような混乱を体現する必要もない。ただ、あのような広間の空気をしがんだばかりの俺にとって、狭小に四角く区切られた一室は独房めいたものを感じざるを得ない。
「もう彼らの目は必要ないからね」
男は恙無く通過儀礼を終えたような口ぶりで、瞬間移動と形容して差し支えない景色の変化を起こした理由を吐露した。
「魔法みたいだ」
「魔法だからね」
言下にそう伝えられて、俺は口を閉ざす。荒唐無稽な表現の一つもこの世界の理からすると全て地続きにある常識であり、尽く想像を逸脱する現実がそこにはあった。
「私の名前はベレトだ。よろしく」
俺は自己紹介の形式に倣い、渋々答える。
「どうも、中村……レラジェ? です。此方こそ、宜しくお願いします」
上司部下と言った、明文化された立場の違いを異世界に持ち込むのは間違っているだろう。ただ、城内に限っていえば、権力体系のトップを司るのがベレトである事は明白だ。しかし、突然に異世界へ連れて来られて、ふんぞり返った態度を取られても釈然としない。ならば、価値基準を今まで生きてきた歳の数に焦点をあてよう。確実に年上であるベレトは、敬うべき相手として基準を満たしている。
「ベレトさん、貴方は俺を召喚したと言いましたよね」
「そう言ったね」
「俺の他にもいるんですか?」
路上に落ちていた栗を拾い上げた訳ではないだろう。確実な糸引きによって、俺は今ここにいるはずだ。
「ああ、いるよ。目の前に」
思いもよらない返答に目を丸くする。
「私は第十三柱のベレトだ」
つまり、この男は俺と同じ穴の狢でありながら、まるでこの世界を牛耳る支配者のような振る舞いをしたという事か。それはなかなかに度し難い。
「なら、随分と染まりましたね」
「どういう意味だ?」
「この世界で余程いい思いをしていなければ、奴隷さながらの扱いを受けていたならば、さっさと元の生活へ戻りたいと思うはずだ」
「……奴隷?」
空気が瞬く間に凍った。番犬の尻尾を踏んだかのような怖気が肌に粟立ち、俺はそぞろに唾を飲み込んだ。
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